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御前試合

「……なぜ、あそこでやめたのです?」

 木剣の文字を、水で濡らした布で拭き取りながら、モリスがそう尋ねてきた。

 墨文字は、一度完全に塗りつぶしてから拭き取ることになっており、水拭きで完全にきれいにするのは難しい。モリスは、何度も桶に布をつけながら丁寧に木剣を擦りつづけている。目はこちらを一瞥だにせず、何を考えているのか、よくわからない。

「ただの、試合です。」

 かろうじて、絞り出すようにして、メイはそう答えた。

 木剣につけた『名前』を、使わなかったことを言っているのだろう。

 ただの、試し合いだ。奥義をつくして戦うような場ではない。あいてが降参した以上、こちらの面子も立った。それに、ラナ=デミギアは力自慢の道場破りというわけではない。都の役人で、きちんとした用件あって来たのだから、あれはただの座興というもので──、

 いろいろな言い訳が頭をよぎるが、口からは出てこない。

 モリスも、それ以上何も言わない。ただ、一心に剣を磨き続けているようにみえる。

「今日は、もう……休みます。夕餉は要りません」

 そう告げて、立ち上がる。モリスは、こともなげに「はい」と答える。

 私室にはいってから、メイは大きくため息をついて、考える。


 父なら、どうしただろう。いや、モリスなら。

 彼ならば、あんな無様な試合はすまい。奥義をくりだすまでもなく、きっと──


 私は……、



 ラナ=デミギアの用件というのは、こうであった。


 宮廷武術指南役という役職がある。武術家が宮廷人となる数少ない役のひとつで、ときには皇帝に直接武術を指南することもある。

 武術家として、公式に得ることができるものとしては、最高の名誉といってよい。

 しかし、その選抜は、かならずしも武術の実力によるわけではなく、家柄と政治力によって左右される。現に、ここ数代はデミギア家が独占している状態である。

 それでは、公正ではないのではないか、ということになった。

 ラナは明言しなかったが、言い出したのは皇帝であるらしい。指南役にふさわしい実力を、はっきりと示せと。

 そこで、全国から、ふさわしい実力を持つ武術家を集めることになった。

 デミギア家のものたちが、帝国じゅうを廻って、優秀な武術家をさがし、ひとところに集めて武術を競わせる。しかるのち、もっとも強いと認められたものが、皇帝の前で現職の武術指南役と戦う。そういうことになった。

 指南役と戦うといっても、結局は、デミギア家が主催する試合であり、真剣勝負というよりは、ほどよく戦って負けることが求められるのではないか。そうも思われる。

 だとしても、御前試合に出られるのは名誉である。多額の褒美も出る。指南役に取って代われるわけではないにしても、皇帝に技を見せることができれば、出世の足がかりになる。

 よい話、であった。

 けれども、メイはすぐ返事をしなかった。いったん保留して、二日後にふたたびやってきたラナに、ゆくと告げた。

 実のところ、ゆくかどうかで迷っていたわけではない。

 迷っていたのは、だれが出場するかだ。

 いや、迷っていたというよりも、待っていた。


 結局、モリスは何も言わなかった。だから、メイが出るしかなかった。

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