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決心

 目覚めたとき、モリスは自分がどこにいるのかわからなかった。

 清潔な寝台。ふんわりしたシーツ。それから、カーテンからもれる日のひかり。

 朝陽か。いや、それとも夕焼けか。

 生きていることに一瞬だけ安堵し、それから失望する。身をおこし、見回す。誰もいない。いや、部屋の隅に、ひとり。

 禿頭の小男。パナン=ミムルだった。

「ほォ、目が覚めたかよ。」

「ここは、」

「デミギア家の、まあ客室かな。たぶんな。家のものがおらんので、勝手に使っている。あれから、大騒ぎだったよ。だが、まあ、大体かたがついたようだ」

「……今は、いつなんです」

「まだ、一日も経っておらんよ。今夜じゅうに目覚めなかったら、どうしようかと思っていた。……かたがついたと言ったのは、あくまでもおれたちの話だ。デミギア家がどうなるかは、知ったことじゃない。ケイ=バムンのやつは、色々大変なめにあっとるようだが」

「そう、ですか……」

 モリスは一度口をとじて、また開いた。それから、また閉じて、ひらく。

 訊かねばならないこととは、べつのことを、訊いていた。

「ラナ=デミギアは、何をしようとしていたのです?」

「さァ。帝国は、あまりに恨みを買いすぎたということだろう。デミギア家は代々、宮廷に仕える武術の家だが、ラナの母方の家は、帝国に併合されたシーラーナ王国の、王家に近しいものだったということだ。ケイから聞いた話だがね」

「では、これは……反乱、だったと?」

「反乱の準備、かな。おれたちは、とんだとばっちりだ。……そんな話より、おれぁ、どうやって、のほうを知りたいね。おれたちの技を奪って……それどころか、何もないところから、武器をつくりだしたりしたというんだろう。そんなことが──、」

「ぼくにも、わかりません。……ですが、この土地の地下に、戦神とかいわれるものが、本当にいたというのなら……」

 モリスは首を振った。まばたきを三度。それから、勇気をふるいおこして、

「パナン、あの……、」

「……死ぬものは、死んだよ。」

 くらい顔をして、そう答える。モリスはおし黙った。

「戦神だかの力をもってしても、死者をよみがえらせることはできなかったということなのか、あるいは最初からそのつもりはなかったのか。わからんが、おれがあがっていったときには、すでに死んでいるものもいたし、──治療がまにあわず、すぐに息をひきとったものもいた。できるだけのことは、したつもりだがね。」

「それでは……」

「が、あんたの想い人は無事さ。」

 モリスは目を見開いた。パナンは、にやりと笑って、

「屋敷から出たときいちばん近くにいたんで、あんたたち二人に、まっさきに気を注ぎ込んでやった。それが効いたか、あんたの呪文のおかげか、わからん。まあ、奇跡とでも思っておくさ。」

 モリスは無言で寝台をおりて、服を整えた。すぐに行かなくては。

「ああ、──御前試合は、予定どおり行われるとさ。」

「え?」

 足をとめる。予定どおりといったって、相手がいないではないか。

 ラナ=デミギアは死んだ、はずだ。

「皇帝陛下の御意向だとか。……もっとも、勝てば指南役になれるとかいう約束は、いったん棚上げらしい。もともと、勅令ではじまったことだ。デミギア家が吹っ飛んだからといって、簡単に中止にはできんということかね。……ともあれ、武術指南役の席があいたのは確かだ。おれたちには、またとない時機かもしれん」

 パナンは、うれしそうに頬を緩ませていた。

「では、誰と誰が戦うのです。……決勝戦を闘った、ザジと、エマが?」

「そういう話もあったが、エマは嫌じゃというたよ。鍛えなおしての再戦ならばともかく、一度決着がついたものを、くいさがるような真似はしたくないとさ。……そういうところが、頑固でいかんのよ。あやつは」

「では……?」

「おぬしを、ザジが指名した。」

 モリスは、思わず息をとめて、眉をしかめた。

「なぜ……、」

「なぜ、もあるか。あのラナ=デミギアを叩きのめしたそうじゃないか。」

「それは……、」

 たまたまです、と言いかけて、やめた。魔剣術の秘技に属することだ。

 かわりに、背を向けて、ドアに手をかけた。

「……受けるのかね?」

 どこか冷え冷えとした声で、パナンはモリスの背中に声をかけた。

「当主と相談して、……決めます。ぼくは、ただの門人ですから。」

「そうかね。」

「いえ、……」

 モリスは首をふった。手が、かすかに震えていた。あのとき、ラナ=デミギアにとどめを刺そうとしたとき、止めてしまった手。それでも、

「……受けようと、思います。いま決めました」

「そうかね。」パナンはもう一度、頷いてそういった。さきほどとは違った声音で。

「ありがとうございました。……それでは。」

 ドアを、開ける。


 外には、光があふれていた。

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