死
惨惨たる状況であった。
誰が生きていて、誰が死んでいるのか、すぐにはわからない。とにかく、治療しなければ。治癒術を使えるのは、自分と、メイと、それから螺旋闘術の使い手。といってもエマ=ナンラは失神しているし、パナンはまだ屋敷の中だ。メイは魔術語をマスターしていないから、自分がサポートしなければ難しいだろう。とにかく、すぐ動かなくては。
「メイ!」
叫んでから、敬称を忘れていたことに気づく。
「急ぎましょう。まずはエマを──」
違和感。
メイは、防壁布のところで伏せたままだ。もう危険はないのに。
矢は当たっていなかったはずだ。
絶対に。
「メイ!」
脂汗。メイはひどく青ざめていた。呼吸が浅い。脈をとる。ほとんど感じられない。ピントのあっていない目から、まぶたがゆっくりと落ちていく。体温が。
青白いひかりが、メイの全身からきらめいて落ちる。地面に吸い込まれていく。
寒気がした。
何度も名前を呼ぶ。立ち上がって、あたりを見る。ほかに、光が見えるのは、2箇所。まさか。
……まさか。
「モリス、……」
震える唇をひらいて、かすかな声を絞り出す。
「私は、……怖くありません。一度……」
何を、ばかな。
怖くないはずがあるか。きりりと、奥歯をかみしめる。
「……モリス=サラン。……あなたを、サラン流魔剣術の後継者とします。」
ふざけるな。
あなたが、あの男を殺し、後継者となったのではないか。
メイ=サランの呼吸が、止まった。
生と死は、武芸者のならい。そんな言葉が、脳裏にちらつく。
ひざまづいて、メイの肩をつかむ。冷たい。
もう、動かない。何の反応もない。
救命措置を、と一瞬考えてから、思いなおす。そうじゃない。
魔剣術の使い手は、元々の名前のほかに、魔術語の名をつけて、身に刻む。
メイ=サランの別名は、マリナ。強きもの、という意味だ。
モリスはすうっと息をすって、魔術語の呪文をとなえた。
短い呪文を、何度も何度も、歌うように。
ル=サーシャよ、地に沈むマリナの命をとどめたまえ。
身代わりに、この私を。




