戦神
審判の首が飛んだ。
モリスは、なかば呆然としながらそれを見ていた。突如、光のなかに出現したラナ=デミギアが、手刀で審判の首を落とすのを。
ラナは、白い、裾の長い服をきていたが、ところどころ破れていた。体は青く輝いて──服をとおして、透けて見えていた。まるで、裸のように。
「きさま、……」
ケイ=バムンが、かわいた声でなにかを言おうとした。
「戦神ル=サーシャとは、何なのです」
モリスが、あとをひきついで、言った。
屋敷の入口。ラナ=デミギアが立っている試合場からは、少し遠い。
しかし、それ以上、近づく気にはなれなかった。
「私は、──滅ぼされたシーラーナ王国の遺志を、」
ラナは、青くかがやく目でこちらを見て、何かいいかけた。その声は、たしかにラナ=デミギアのものであった。
「シーラーナ王国など! もう百年も前に、国としての体を失って──」
「ケイさま、あなたが、それをおっしゃいますか。」
ラナが、視線を投げた先には、ケイの連れが、じっと動かぬまま座っている車椅子があった。
幻術で、人間のように見せている、ただの人形を。
「わたしは、──、」
いいかけて、ラナは口をつぐんだ。目も。
それから、もう一度まぶたを開けたときには、あきらかに別人のように見えた。
「……おれは、戦神ル=サーシャだ」
高い、たしかにラナ=デミギアの声帯から出た声でそういって、手をふりあげる。
その手には、白い、ぼんやりと輝く霧の塊のようなものが、あった。
それから、ふと思いなおしたように、少し目線をさげて、
──口笛の音。
ケイ=バムンと行動を共にしていたときに、耳にした旋律である。
少しして、──ラナはいぶかしむように目線をさまよわせた。
「……きかんよ。……おれの術のほうが、さきだからな。」
「そういう、……ものですか。」
「そういうものさ。」
口笛に、べつの旋律が乗った。
ラナは、うすくほおえんで、
「あらあら。私を、幻術にかけようと?」
ぱち、ぱち、とまばたきをする。
──すこし、目つきがかわった。
くるくる、と眼球が奇妙にゆれて、瞳孔がひらく。きいんと、張り詰めたような、ピントの合わない目。
キュナ=ナルパの目に、似ていた。
少しのあいだ旋律を続けてから、ケイはあきらめた。──ともかく、今のやりとりでわかった。ラナ=デミギアは、おれたちの技を盗んでいる。自分で身につけたのではなく。
ラナは、右手をすっとさしあげた。霧の塊だったものは、はっきりと形をとっていた。それは、瓶だった。
精霊の小瓶。
ガル=デミウが、悲鳴をあげてかけだした。ラナはそちらに目をむけもせず、ただ、小瓶を動かして、ぴんと親指で栓をぬいた。
稲妻がきらめいた。
ガルの悲鳴がとまった。倒れた男のからだから、かすかに焦げたようなにおいが漂った。
小瓶は地面に落ちた。月光と沈黙が、あたりに満ちた。
ラナの左手に、新たな霧が集まってきていた。ゆらめきながら、複雑な形をとりはじめる。ベルトと、小さな歯車と、弓のような構造物。
ラモン=シリウスの弩!
キュナ=ナルパとエマ=ナンラが、同時にとび出した。先にとどいたのはエマの拳だった。がちんと固い音をたてて止まった。鎧。いや、手甲か?
竜鱗だ!
インパクトの瞬間、気を送りこもうとしたが、はじかれた。竜鱗のせいか、それとも技術で防いでいるのか、わからない。
螺旋闘術の秘技が盗まれたとは、思いたくなかった。
ラナ=デミギアが、くるんと体を動かした。パワーを増幅させる、螺旋の動き。
キュナの拳が、ラナにあたる前に横からふっとばされて落ちた。腕を叩きつけたのだ。その勢いのまま、エマの鳩尾に爪先が叩きこまれる。
それで終わらなかった。頭に肘、喉に膝、胸に拳。四連撃。
エマは意識を失って倒れた。キュナ=ナルパも。少なくとも、そのように見えた。
ラナの頭上に、かげがさした。
羆の巨体であった。マテル=パナルが、覆いかぶさるように近づいてきていた。ラナは左手を後ろにさげたまま、むぞうさに右手を心臓のあたりに撃ちこんだ。
螺旋を描いて、足元から生まれたエネルギーがマテルの心臓に流れこんでいく。
羆の体が、びくんと大きく震えて、動かなくなる。伏して。
その後ろから、
剣が──、
ラナは大きく後ろに跳んだ。脇腹から血がしたたっている。ザジ=ダームの剣が、マテルのかげに隠れるようにして突き出されていた。




