決勝戦
モリスは、走っていた。
*
試合開始と同時に、エマが跳んだ。とん、とん、とん、とすぐに間合いを詰めて、右手を振るおうとする。かるく握った拳、動かしながら、二本の指を立てる。狙うのは、
ザジが抜いた。
抜き撃ち、横薙ぎに。
エマはとっさにのけぞって、剣を避けた。いや、避けた、はずだった。
首から血がしぶいた。
それでも、エマは澱まず、姿勢を低くして蹴りを放った。ザジの膝が大きな音をたてた。倒れる。剣をかかえるようにして、地面を転がる。エマは追わなかった。いや、追えなかった。首の出血がひどかった。
エマは構えをなおし、くるんと全身を回転させる、奇妙な動きをした。
体内の螺旋を整え、増幅させる、螺旋闘術の秘技である。
血が止まっていた。
ザジも立ち上がった。右手で剣を構え、左手を懐に入れている。
右膝は、曲がらないようだった。
エマは、もう一度、右手を振ってつっかけた。今度は指ではなく、拳。胸。いや、首筋の少し下。深い意味はない。そこが一番狙いやすかったからだ。いや、
そう、誘導されたような気がする。
間合いが縮まる瞬間の、ザジの不自然な動き。右膝がかすかにバランスを崩したように見えた。が、『調整』であったようにも。
エマは、寸前に拳を止めた。ザジの懐からかすかに覗く、異様な色にきらめく抜き身の刃に触れる寸前に。
罠であった。
動きを止めたエマを、右手の剣がおそった。避けようとして姿勢を崩した。胴を横なぎ。一撃で両断される。はずだった。エマの両足が地面から離れ、仰向けに倒れるように上半身をのけぞらせた。目にもとまらぬような動きであった。
肉が裂ける音がした。
エマの右脇腹の肉と、血が、ザジの剣に残った。ふたりはまた離れて、向き合った。エマは脇腹を押さえて、しゃがみこんでいた。
脚がかすかに震えていた。
ほんの一呼吸のあいだ、ふたりは睨みあった。エマは立ち上がった。それと同時に、ザジはもう一度、こんどは両手で剣を構え、きっさきをまっすぐエマの首筋にむけた。
エマのからだが、動いた。さきほどと同じ、回転する動きだ。それが完了する前に、ザジは地面を蹴った。一瞬で間合いがなくなる。くるりと一周したエマの顔の目の前に、刃があった。
避けられる自信はあった。ただ、あまりに疾かった。
のけぞる動きにひきずられるように、刃が喉元に。
触れる──
「殺すな!」
モリス=サランの声。その瞬間。いや、刃が動きだす前から、声は聞こえていたのだろう。それが脳に達したのが、今だというだけだ。この剣は、そんなに遅くない。
止まった。
皮膚に触れたところで、ザジが手を止めた。ふたりは密着した状態で、刃をあいだにして向き合った。この状態から反撃することもできる。けれども、
「……降参だ。」
エマは目を伏せて、小さく手をあげた。




