落下
ラモンは、最初から、飛行機械をつけて立っていた。
からくり巨人は、もう使えない。飛行機械と弩で戦うつもりのようだ。
エマは、両手を下げたまま、立っている。リラックスした姿勢である。腕にも、脚にも、緊張は見えない。
裸足である。
半袖のシャツに、腿までのズボン。街の女の感覚であれば、ほとんど、下着同然の恰好といってよい。
もっとも、今この場では、そんなことは関係がない。裸であろうが、下着姿であろうが。
エマの体に満ちる、気が、そのような目で見ることを許さない。
さて──
審判が手をあげた。
エマは、構えない。
ラモンは、迷うように身じろぎをしてから、飛行機械に手をかける。
それは、大きく翼をひろげた。
地上で見ると、まるで屋根のように大きな翼であった。
風が吹いた。
翼が、動いたのである。
ぶわり、とラモンが浮いた。
エマは、まだ構えない。
ラモンは、眉根を寄せて、いぶかしむような目線を投げた。そうしながらも、体は浮いていく。腰にさがった弩が、ゆれる。
浮いていく。
ついに、ラモンの体が手のとどかぬところへ飛んでも、エマは動かなかった。
ただ、見上げるのみである。
月光にさす翼のかげが、地におちる。
その影が、エマの目にはいった瞬間、ラモンは飛行機械のハンドルから手をはなし、弩をとった。あとは、風に流されるままである。
かっ、
乾いた音をたてて、矢がエマのすぐ脇をすりぬけ、地面にめり込む。
エマは動かない。
目を細めて、唇にかすかな笑みさえ。
次の矢。
ラモンが風で流されたせいか、もっと逸れた。
エマの立つ場所より、二歩ほど離れた地面に。
「もっと、よく狙え。」
エマは、落ち着いた声でそういった。
ラモンは、焦れたように弩を構えなおし、撃った。
かっ、かっ、かっ、かっ、
次々に、地面に矢がおちる。
一本ははずれたが、残りは、命中した。
いや、そのように、見えた。
矢は、エマのすぐ後ろに落ちた。
角度から考えて、エマの胴のあたりに、命中したはずの矢である。
エマは動いていない。いや、ラモンにはそのように見えていた。
それなのに、矢はまるで体をすり抜けたかのように、地面に刺さっているのである。
ばかな、
ラモンはちいさく呟いた。手がふるえた。弩をとり落としそうになる。
いつのまにか、さらに風に流されていた。あわてて、弩から手をはなし、ハンドルを握る。
それをたしかめて、エマが腰を落とした。
矢を、拾うためである。
土のなかに、なかばまで入り込んだ矢を、二本の指だけで、かるがるとひきぬく。
しゃがんだまま、右手でその矢をにぎり、大きく肩をまわす。
親指と中指で、矢をひねるような握り方であった。
なにごとか、小さくつぶやきながら、エマはその矢を投げた。
矢は、ぎゅるぎゅると唸り声をあげながら飛び、翼に刺さった。
翼の中ほどにある骨組みの、二本の木が合わさった折れ目のところに、狙ったように。
ぱき、と乾いた音、ついで、革がはじける音。
限界まで薄くして張ってあった革が、割れて、大きく二つになった。
風を受けるものがなくなって、体の片側が大きく傾く。
落ちる──
視界が回転する。
ぱき、ぱき、と残った骨組みが音をたてて折れる。
重力がなくなる。体の制御がきかない。血の気がひいていくのがわかる。回転しながら、落ちる──
ギメイの悲鳴がきこえる。
すっ、と体の動きがとまった。
腹の下に、エマの膝があった。エマは、片足立ちの姿勢で、大きく膝を突き出していた。
エマは、落下してきたラモンを、右脚で受け止めたのであった。
ほとんど衝撃を感じなかった。膝があたった感触さえも。
また、体が浮いた。
こんどは、きちんと衝撃と、痛みをともなって。
エマが、脚をむぞうさに振って、ラモンを空中に放ったのである。
ラモンは、仰向けに地面に転がった。
気がつくと、顔のすぐ上に、エマの足があった。
裸の足の裏であった。
──踏まれるのは、ぞっとしないな。
ラモンはうすく笑って、敗北を認めた。




