モス=アマリ
さて──
獣化術の使い手、マテル=パナル。
拳闘士、キュナ=ナルパ。
マテルは全裸、キュナは半裸である。
キュナは、とん、とん、と片足で跳ねた。目線の先は、マテルでなく、審判の口許に。
とん、
とん、
とん。
「……はじめ!」
の、『は』が発声される直前に、キュナは地面を蹴っていた。
マテルが、驚いたような顔をして、口をひらいた。だが、どんな言葉も、そこから飛び出してはこなかった。その前に、キュナの拳が届いたからだ。
顔面に。
マテルの首の筋肉は、拳の衝撃に耐えられるほど強くなかった。体ごと後ろにのけぞって、倒れようとする。それに覆いかぶさるように、キュナの拳が。目に。顎に。頬に。首筋に。肩に。頭に。何度も、何度も。
ふいに、拳鍔ごしに肉が砕ける感触が、変わった。
かたい、分厚い筋肉の鎧と、毛皮。それから、牙。
倒れかけていたマテルは、すぐに起き上がった。獣のからだは、もう拳で傷つくことはない。顔からはだらだらと血がしぶいていたが、致命傷ではないようだった。
羆が、そこに立っていた。
キュナは大きく拳をふりかぶって、呼吸をととのえた。
心臓めがけて、一撃。
羆は、動かない。避けようともしない。
どん、と大きな衝撃がはしった。変身したマテルの体が大きくゆれた。それから、
キュナの体が、血を吹き出しながら大きく吹っ飛んだ。
羆の大きな手が、横から薙ぎ払うように突き飛ばしたのである。爪をたてて。
キュナは地面に倒れて、動かなくなった。
かはっ、
と、変身をといたマテルが、血を吐いた。血と唾。胃液も混じっている。
四つん這いになって、しばらく呼吸を荒くしてから、顔をあげる。
その先には、モス=アマリがいた。キュナ=ナルパの仲間、そばかすの若い女である。
「降参、──」
しろよ、と言いかけたマテルの首を、後ろから踵が襲った。
キュナの脚であった。
いつのまにか、立っていた。眼球が、奇妙に揺れていた。
がっ、
がっ、
踏みつける。
三回、踏んだところで、また、感触が変わった。変身しようとしている。構わない。何度も、踏む。足をとられる。いや、噛まれる。
狼であった。
キュナはもう片方の脚で攻撃しようとしたが、狼が足首を噛んだまま走ったので、バランスを崩した。そのまま、二人、いや一人と一匹は、倒れこんで転がった。
背後は小川であった。もつれあったまま、落ちた。
ざばり、と波がたった。それから、もう一度。
しばらくして、変身をといたマテルだけが、試合場にあがってきた。その首筋には、まだ鱗が残っていた。
「……降参です。」
モス=アマリは、溜息をついて、そういった。




