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岩の精霊

 さて、中庭では。

 ラナ=デミギアにかわって男の召使が音頭をとり、『敗者復活戦』が行われていた。

 召使も、ふたりがいなくなったことには気づいているはずだが、特に何も言わない。

 メイ=サランも、エマ=ナンラも、騒がない。

 ケイ=バムンもだ。



 初戦は、ケイ=バムンとマテル=パナルの戦いであった。

 ケイは試合場にあがって、すぐに、

「降参だ。」

 といった。



 続いて、ラモン=シリウスとガル=デミウの戦いである。

 ラモンは、からくり仕掛けの巨人のなかにいる。

 ガルはその反対側にいて、懐に手を入れている。

 審判の声がかかる前に、ゆっくりとその手をとりだす。

 小瓶であった。

 中には、灰色の石がひとつ。


 かららら、と音をたてて振り、審判の合図と同時に、栓をぬく。


 轟音、砂煙。

 ずずず、ず、ときしむような音。

 それが消えたとき、巨人のまえに、もうひとりの巨人が立っていた。


 灰褐色の、巨大な岩であった。


 人のようなかたちはしていない。台形の岩の六方に、足のような岩のかたまりがある。亀に似ていた。いや、蜘蛛か。いずれにせよ、生き物ではない。

 岩の精霊であった。


 ラモンは、からくり巨人のなかから、じっと岩の巨人を見上げた。

 ちょうど、ラモンの視線をすこし上にあげたあたりに、顔のようなものがあった。目のようなかたちに、岩に割れ目が入っている。

 ラモンは、不敵にわらった。

 右手を、座席の下に手をいれて、なにかを押し込んだ。


 奇妙な音がした。


 加熱しすぎた鍋が蒸気を吹き出す音を、100倍も大きくしたような、高い音だった。

 あたりを、白い煙が包んだ。からくり巨人の胴のあたりにある、金属製の灰色の筒のようなものが、がたがたと不穏な音をたてて震えている。同時に、歯車がいくつも、猛烈な勢いで動きだす。うめくような金属音が耳をつんざく、ガルは眉をしかめて唇をかんだ。


 煙が晴れた。


 からくり巨人の右手の肘から、朱い、尖ったものが鋭く飛び出していた。

 それは、回転していた。らせん状に切り込みの入った、円錐状の棒のようだった。

 肘から先はだらりと下って、ザジをふっとばした拳は、地面についていた。そのかわり、尖った棒が、槍のように岩巨人の胴にむけられていた。

 それは、過熱していた。

 岩巨人が、ぐっと体を後ろにかたむけた。いやがって逃げたようにも見えるし、攻撃のための溜めのようにも見えた。

 朱い槍が、それを追った。

 二本の回転する槍が、岩巨人の肩をぐっと押さえた。ひどい音がした。えぐれて、穴があいた。それから、高熱。煙。岩は削れていると同時に、熱で溶けているようだった。

 ぼろ、ぼろ、となかば溶けて崩れた岩のかけらが地面に落ちた。その下を、するすると蛇のようなものが這っていった。炎の精霊であった。

 岩巨人の影にかくれて、ガルは炎の精を放っていたのである。

 炎の蛇は、器用に巨人の脚に体をまきつけて登っていった。膝まで、それから腹、操縦席までほんの一瞬だった。そうして、かま首をもたげ、無防備な操縦者を襲おうとして、


 そこには、誰もいなかった。


 レバーは勝手に動いていた。座席は空で、その下から絶え間なく蒸気が吹き出していた。炎の精は、戸惑ったように動きをとめた。ガルは地上にいる。巨大な岩の精が目隠しになって、操縦席は見えない。指示を出すことはできない。

 ひゅっ、と鋭い音をたてて何かがガルの肩をかすめた。

 トガの布がはじけて、アンダーシャツも破れた。血がにじむ。なにか鋭いものが、回転しながら飛んでいったのだ。

 ふりむく。小川のきしに、矢がささっている。やけに太い、まるで杭のような。矢じりは地面に入り込んでいて見えない。尾羽のかわりか、らせん状の刻みが入っている。

 岩の巨人の肩のうえに、ラモン=シリウスが立って、こちらを見下ろしていた。その手には、歯車がいくつも組み込まれたボウガンのようなものが握られている。ボウガンの右端からは、太い革のベルトのようなものが垂れていた。そこにはたくさんの矢が付いていたが、どういう意味があるのかガルにはわからなかった。

「振り払──、」

 叫ぼうとした瞬間、次の矢が、ガルの足元に穴をあけた。

 二体の巨人は、朱い槍でつながっていて、動けない。攻撃のためでなく、固定するための機構だったのかもしれない。

 だが、次の矢が装填されるよりも、こちらのほうが速い。

 ガルは瞬時に判断して、最後の瓶を開けた。切り札。氷の精。白い光がきらめき、飛んでいく。誰も避けられない。ただし、狙いが正確ならばだ。

 はずれた。

 ラモンの髪が数本、凍って砕けた。氷の精は、空のかなたに消えていった。

 次の瞬間、ガルの脇腹の布がはじけて、血がしぶいた。

 見上げる。もう次の矢が装填されて、こちらに向いている。ばかな。機械式の弩を、こんなに速く引き絞ることなどできるのか。いや、二連式の弩というのもあるが、さきほどから三連射、こんどで四連だ。まさか。

 あの、ベルトに付いている矢がすべて、自動的に装填されるようになっているのか。

 引き金にかかったラモンの指がうごいた。ガルは手をあげて、大きく叫んだ。

「降参だ!」

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