ル=サーシャ
ラナ=デミギア。
壁にかけられたいくつもの灯が、こうこうと照らす。
白い、ふうわりと裾の広がったドレス。骨組みでもあるのか、不自然な円錐形に。婚礼衣装のようにまっしろで、いたるところに複雑な縫い模様、手袋、足にはかかとの高い靴。長髪を高く結い上げて、てっぺんには金色の髪かざり。
ラナのまわりの床には、白い直線がいくつも引かれている。ひとつは足元から、まっすぐ背後へ。そこから一筆書き。それから、直線のあいだを埋めるように、文字。魔術文字。なかにはモリスが知っている文字もあった。
まわりに立っていた影が、こちらを振り向いた。
白い影だった。そう、見えた。全身を白い布でくるんだ人間だった。フードつきのゆったりしたローブ。いくつもある光源から影が落ちて、広げた手札のように重なる。
帯剣していた。
モリスは剣の柄に手をかけた。パナンのほうを見る。ただ、立っている。構えもせず。
ラナのむこう、いちばん奥のあたりにいた影が、近づいてくる。
ひときわ背の高い、髭面の男であった。
男がすっと息をつき、口を開こうとした瞬間、機先を制するようにモリスがいった。
「……ル=サーシャとは、何なのです。」
「何だと?」
その間にも、他の影たちは、呪文を続けている。
ラナ=デミギアも。
「この呪文です。……今夜この土地で死んだ戦士を、ル=サーシャに捧げると。ル=サーシャとは、何なのです?」
「……われらの祈りの言葉が、わかるのか。」
「祈りですって?」
「祈りだ。きさまらは……、」
男はなにか良いかけて、やめた。ちらりと、奥に目をやる。モリスはその視線を追った。なにかが積んである。きらりと光るものが目に入る。槍の穂先か。
「……この土地は、我々のものだ。」
「どういう意味です?」
「ル=サーシャは、いくさ神だ。おれたちの」
その言葉が、まるで合図のように。
ラナの周りにいた影たちが、さっと動いて、積んであった武器をとった。槍と弓矢であった。モリスはパナンと目を見かわして、退った。通路。パナンが前に出る。「行け、」と小さく告げる。モリスは身をひるがえして走りだした。
まだ、全貌は見えない。けれども、わかったことはある。
死者は、ル=サーシャに捧げられる。
捧げられるとどうなるのかは、わからない。だが、
止めねばならない。
*
ベーマントは、いまは帝国と呼ばれている。
けれども、その領地は、百年前までは五つの王国の集合体だった。




