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ケイ=バムン

 休憩時間の終わりには、ラナが呼びにくることになっていた。

 もっとも、メイは2回戦で負けたから、このあとの出番はないだろう。

 廊下に出て、壁に背をつけて、息をつく。なんだか、気が重い。

「おい、」

 と声。

 廊下の、むこうから、全身に布を巻きつけた男が、ゆっくりと歩いてくる。覆面で隠した目が、こちらを見ている。

 幻術士、ケイ=バムンであった。

「なんでしょう」

 ゆっくり、ケイがこちらに来るのを待ってから、モリスは問い返した。

 ケイは、かすかに身じろぎをして、

「……よみがえりの呪文を聞いていたろう。お前は、意味がわかるのではないか。」

 そう、言った。

「ええ、…まあ。」

 モリスは眉をしかめて、それから、ぼそぼそと答えた。


『地下にましますわれらの神よ、供物に今一度かりそめの姿を。まつりが終わるまで。』

 

「……おおむね、そのような意味でございましたでしょうか。それを、何度も繰り返していいたような。」

「……まあ、そんなところか。」

「魔法言語が、わかるのですか。」

「わかるというほどではない。古代語は、少し学んだだけだ」

「古代語……」

 モリスはいぶかった。サラン流では、呪語をそのようには呼ばない。

「シーラーナの古代語だ。……まあ、それはよい。それより……、」

 ちょっと口をつぐんで、

「……この催し、少し、怪しいと思わないか。」

「それは……、」

 意図をつかみかねて、モリスは、首をかしげた。

 怪しいというなら、何もかもが怪しい。

「おぬしの知る術の中に、死者をよみがえらせる法があるか。」

 モリスは首をふった。あるわけがない。

「だろうな。おれも知らぬ。……だいいち、それが本当にあったとして、御前試合のたかが予選に、そんな秘術を使うものか。大金を積んで、死ぬまで戦えと言うほうが、よっぽどそれらしい。」

「それは、……そうでしょうが。それで?」

「かといって、幻術とも思えぬ。……おれは、」


 しばし迷うように口をつぐんでから、ケイはいった。


「おれはな、……死者をよみがえらせるすべを、ずっと探しているのだ。」




 常識的にいえば、魔術で死者を蘇らせるなど、ありえない。

 が、仮にあるとするなら、それは人間業ではあるまい。

 なんらかの超自然的な存在か、大がかりな装置の力を借りているはずだ。

「さきほどの蘇生の術を、見たか。あのとき、なにか輝くものが──」


 ──地面から、染みだしてきていた。

 

 あれを生みだすもとが、どこかにある筈だ。おそらくは、地下に。

 この屋敷の地下に、『神』に相当する存在があり、ラナ=デミギアの唱えた古代語が、なんらかの魔術装置を介して、そこから力を引き出しているのではないか。

 ケイ=バムンは、そう考えた。



「……妻をな、山賊に殺されたのだ。」

 廊下を、出口にむかって歩きながら、ケイはモリスにむかって語っていた。

「奥様を。」

「そうだ。正式に結婚していたわけではないが、な。……その光景が、目から離れぬ。」

「それで……。」

「いろいろと、方法を探した。その過程で、あやしき技も知った。が、いまだに、死者を本当によみがえらせる方法は、知らん」

「……本当に、というと。」

「まあ、……そう見せる方法は、ないこともない、というところか。」

 そんな話をしているところへ、また、別の足音。

 廊下の曲がり角のむこうから、人の気配がする。

 かすかな、話し声。ラナの声ではない。この屋敷の下人であろうか。

 モリスは、とっさに身をかくすところを探した。この先は正面玄関しかない。左右にはちょうど扉はなく、隠れるようなかげもない。

 トガをまとった二人の男が、牛革のサンダルがこすれるような音をたてて歩いてくる。


 小さな口笛の音がひびいた。冬の、風の音に似ていた。


 ふたりの下人は、何も見えないかのように、すっとケイのそばを通りぬけていった。腕が触れても、避けようともせずに。

「幻術よ。……出るところを見られては、何かと面倒なのでな」

 そう、いいながらふりむくと、そこには誰もいない。

 ケイはおどろいて上をむいた。

 モリスは、まるで風船のように宙に浮いて、さかさまに天井にはりついていた。

「それは、……」

「見られては、面倒だと思ったものですから。」

 ちょっと歯をみせて、すました顔で。

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