ケイ=バムン
休憩時間の終わりには、ラナが呼びにくることになっていた。
もっとも、メイは2回戦で負けたから、このあとの出番はないだろう。
廊下に出て、壁に背をつけて、息をつく。なんだか、気が重い。
「おい、」
と声。
廊下の、むこうから、全身に布を巻きつけた男が、ゆっくりと歩いてくる。覆面で隠した目が、こちらを見ている。
幻術士、ケイ=バムンであった。
「なんでしょう」
ゆっくり、ケイがこちらに来るのを待ってから、モリスは問い返した。
ケイは、かすかに身じろぎをして、
「……よみがえりの呪文を聞いていたろう。お前は、意味がわかるのではないか。」
そう、言った。
「ええ、…まあ。」
モリスは眉をしかめて、それから、ぼそぼそと答えた。
『地下にましますわれらの神よ、供物に今一度かりそめの姿を。まつりが終わるまで。』
「……おおむね、そのような意味でございましたでしょうか。それを、何度も繰り返していいたような。」
「……まあ、そんなところか。」
「魔法言語が、わかるのですか。」
「わかるというほどではない。古代語は、少し学んだだけだ」
「古代語……」
モリスはいぶかった。サラン流では、呪語をそのようには呼ばない。
「シーラーナの古代語だ。……まあ、それはよい。それより……、」
ちょっと口をつぐんで、
「……この催し、少し、怪しいと思わないか。」
「それは……、」
意図をつかみかねて、モリスは、首をかしげた。
怪しいというなら、何もかもが怪しい。
「おぬしの知る術の中に、死者をよみがえらせる法があるか。」
モリスは首をふった。あるわけがない。
「だろうな。おれも知らぬ。……だいいち、それが本当にあったとして、御前試合のたかが予選に、そんな秘術を使うものか。大金を積んで、死ぬまで戦えと言うほうが、よっぽどそれらしい。」
「それは、……そうでしょうが。それで?」
「かといって、幻術とも思えぬ。……おれは、」
しばし迷うように口をつぐんでから、ケイはいった。
「おれはな、……死者をよみがえらせるすべを、ずっと探しているのだ。」
*
常識的にいえば、魔術で死者を蘇らせるなど、ありえない。
が、仮にあるとするなら、それは人間業ではあるまい。
なんらかの超自然的な存在か、大がかりな装置の力を借りているはずだ。
「さきほどの蘇生の術を、見たか。あのとき、なにか輝くものが──」
──地面から、染みだしてきていた。
あれを生みだすもとが、どこかにある筈だ。おそらくは、地下に。
この屋敷の地下に、『神』に相当する存在があり、ラナ=デミギアの唱えた古代語が、なんらかの魔術装置を介して、そこから力を引き出しているのではないか。
ケイ=バムンは、そう考えた。
*
「……妻をな、山賊に殺されたのだ。」
廊下を、出口にむかって歩きながら、ケイはモリスにむかって語っていた。
「奥様を。」
「そうだ。正式に結婚していたわけではないが、な。……その光景が、目から離れぬ。」
「それで……。」
「いろいろと、方法を探した。その過程で、あやしき技も知った。が、いまだに、死者を本当によみがえらせる方法は、知らん」
「……本当に、というと。」
「まあ、……そう見せる方法は、ないこともない、というところか。」
そんな話をしているところへ、また、別の足音。
廊下の曲がり角のむこうから、人の気配がする。
かすかな、話し声。ラナの声ではない。この屋敷の下人であろうか。
モリスは、とっさに身をかくすところを探した。この先は正面玄関しかない。左右にはちょうど扉はなく、隠れるようなかげもない。
トガをまとった二人の男が、牛革のサンダルがこすれるような音をたてて歩いてくる。
小さな口笛の音がひびいた。冬の、風の音に似ていた。
ふたりの下人は、何も見えないかのように、すっとケイのそばを通りぬけていった。腕が触れても、避けようともせずに。
「幻術よ。……出るところを見られては、何かと面倒なのでな」
そう、いいながらふりむくと、そこには誰もいない。
ケイはおどろいて上をむいた。
モリスは、まるで風船のように宙に浮いて、さかさまに天井にはりついていた。
「それは、……」
「見られては、面倒だと思ったものですから。」
ちょっと歯をみせて、すました顔で。




