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治癒術


「……痛ぇよお、」

 マテルは素裸のまま、篝火のそばに横たわって、女のひざに頭を乗せていた。

 マテルの付添の女は、たしかメナンという名だ。パミリス人にしては色黒で、かなり背が高い。肩までの黒髪をまっすぐに垂らして、いくつもの指輪と首飾りをつけた、おとなしい顔だちの女。

 マテルより、少し、年上だろうか。姉というわけでもないようだ。

「あの、……」

 モリスは、そっと二人のそばに近づいて、声をかけた。

「よければ、……治療しましょうか。」

「お医者様なのですか?」

 メナンは、泣きぼくろのある目をぱちぱちとしばたかせて、

「助かります。……血は止めたのですが、やけどの薬は、持ってきていなかったので。」

 マテルの肩には、布が巻かれている。たしかに血は止まっているが、傷は深そうだ。

「医者ではありませんが……、」

 モリスは、腰の矢立から筆をとりだし、墨をふくませて、マテルの肩にあてた。

 つなぎ文字で、10文字ほどの単語を記す。


 獣。そういう意味の言葉である。


 それから、小さな声で呪文をとなえる。同じ内容を、二度、三度とくりかえして。

 訳すと、おおむねこのような意味になる。


 獣よ、獣よ、

 もとの姿に還りたまえ。

 獣よ、傷つく前のからだに、皮膚に、骨に、肉にもどり、血を肉にとどめよ。

 焼けただれた皮膚は、生まれたままの毛皮にもどれ。

 尾をたてて忍びあるく豹の子のように。木の上でねむる子猿のように。


 決まりきった呪文ではない。即興歌のようなものだ。マテルの能力から獣を連想し、呪詩に仕立てたのである。

 といって、べつに、効果はかわらない。ただの遊び心だ。

 ともあれ、マテルはすぐに生気をとりもどし、ぼろぼろと、固まった血と古い皮膚のかけらをまき散らして、立ち上がった。

「すげえ。……俺、こんな感覚は初めてだ。」

「そうですか。」

 モリスは、ちょっと首をかしげて、

「……変身術とは、やはり違うものですか。」

「俺のは、獣化術さ。」

 いいながら、素裸で胸をはるマテルの体を、メナンが濡らした布で拭き清めてゆく。

「獣化術というのはな、俺のような勇者だけが手にできる、秘術のなかの秘術さ。どうだ、知るまい?」

「存じません。」

「そうだろう。……きさまらが、いくら奇妙な術を使おうとも、もう二度と負けはせんぞ。二度とは、な。」

 さきほど、涙をにじませて呻いていたのを忘れたように、はつらつとマテルはさけんだ。それから、メナンから新しい下履きを受け取り、身に着けて、とんと跳ねる。

「しかし、……きさまの女、美人だがおそろしいな。気をつけろよ。寝首をかかれるぞ」

 わざとらしくモリスの耳元に唇をよせて、そうささやく。

 ……ぼくの女ではありません、と小さな声でいって、モリスはメイのほうをみた。


 試合場をかこむ小川から、三歩ほど離れて、じっと立っている。

 黒髪が、月に照らされてあざやかに輝いている。白い肌が、……


 モリスはすぐに目をそらした。


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