墓参り
12年前にこの家に拾われ、
2ヶ月前に養父が死んだ。
いまは、姉とふたり。
*
村の共同墓地は使わせてもらえず、道場の裏に小さな墓石。どこでもこんなものだ、と云う。長年、サラン家は村を守るという名目で金や作物を貰って食いつないできたが、こういうときにはやはり、よそもの扱いだ。
オツペル=サラン。30年も前に、どこかから流れて来て、当時の有力者に取り入り、ここに道場を開いた。ときたま弟子志望者がやって来たが定着せず、結局、道場はかれの家族が修行するだけの場となっていた。
妻は娘を産んですぐに死に、オツペルも病死した。
跡を継いだのは、娘のメイ=サラン。
墓石の前、土のうえにじかに正座して、瞑目して居る。
18歳。といってもパミリス人は少し老けて見えるから、22、3くらいにも見える。白い肌に、細かく結い上げた黒髪がぬるりと這う。紺のズボンの上に似た色のスカート、ゆるめに帯を巻いて、上半身は前あわせの着物。パミリス人の、一般的な女の服装である。
「……メイ様!」
若い男の声。
すっと、切れ長の黒い目が開く。唇をきゅっと締めて、とうてい女らしいとは言えない、きつい顔つき。半ばは生まれながらのものだが、残りは表情のせいか。
立ち上がると、かなり背が高いのがわかる。足もだが、腕がずいぶん長い。剣をとって伸ばせば、たいていの男よりも間合いは広くなる。
ふりむく。声の主は、メイよりもすこし年下の少年である。こちらはパミリス人としてはかなり背が低い。メイの肩くらいか。もっともまだ十六歳だから、これから伸びるかもしれない。太い眉に、ちょっと自信なさげな、優しい目。メイと同じ生地の、簡素なズボンと着物を身に着けている。
「あぁ、」
メイは、ちいさく眉をしかめて、
「その呼び方は、やめてください。……もう、父もいないのですし。」
「でも、」
「モリス。あなたは、サラン家の養子。わたしの弟ではありませんか。」
「でも、ありましょうが……、」
少年は、ちょっと目を伏せて、ちいさな声で、
「……あなたは、今やサラン家の当主。私は従者ですから。」
メイは反駁しかけて、口をとじた。眉をいっそうぎゅっとしかめてから、ため息。
「それで、……何か?」
「客人です、」
「あぁ、」
ふもとの村から、誰かあがって来たか。
なんとなく、予想はしていた。オツペル亡きあと、もう生活の面倒はみられないという話か。構うまい。どうせ、父もただの流れ者だったのだ。
家名を捨てる、よい機会かもしれない。
が、モリスが続けたのは、予想外の言葉であった。
「……帝都から。」
「帝都?」
ベーマント帝国の首都、ギミス。
知識として知ってはいるが、行ったことはない。いや、村の誰ひとりとして、帝都に足を踏み入れたことなどないだろう。歩いて何日かかるものか、見当もつかない。
むろん、心当たりなどない。
「ラナ=デミギアという、若い女性です。客間に通そうと思いましたが、道場を見たいとおっしゃるので、そちらへ。」
「……すぐ、ゆきます」
ぎっと眉をきつくして、メイは大股に歩きだした。