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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
9章:ギルドの街

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フミコ対ザフラ(2)

 『フミコお姉ちゃん、敵が動きました!!』

 「!!」


 リーナからの言葉を聞いて意識を集中し銅矛を構えるが、そこでふと思い返す。


 (銅矛で対処できる? ()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)


 フミコは判断に迷う。

 相手の得物が何なのか不明な以上、たとえ相手の位置や動きが判明しても迂闊に手を出せないからだ。


 武器によってリーチは変わる……

 得物を何も持っていない素手なのか?

 それとも刃物を手にしているのか?

 鈍器を手にしているのか?


 ナイフなのか? 棒なのか? 短剣なのか? 長剣なのか? 槍なのか? 杖なのか? 斧なのか? ハンマーなのか? ムチなのか? 飛び道具なのか?

 どれが相手の得物かわからない以上、相手の間合いが掴めない。


 その状態では一体こちらはどう構えればよいか検討がつかない……迎撃も追撃もままならないのだ。

 何せ迂闊な行動が相手の間合いに入ってしまう可能性があるし、まったくの空振りに終わり隙を見せてしまうかもしれないのだから……


 『フミコお姉ちゃん、右です!!』


 リーナの言葉で咄嗟に銅矛を手放し銅剣を手にする。

 そして構えた直後、攻撃が来た。


 「く!」


 これを銅剣を振りかざして受け止め、刃と何かが激しくぶつかり火花が散った。

 リーナの報告もさることながら、相手が殺気を振りまいているのも位置を特定できた要因だ。

 おかげで大まかな場所を感覚で掴む事ができる。


 フミコは攻撃を受け止めていた銅剣を力一杯振るってこれをはね除け、すぐに構え直す。

 直後、殺気が背後に回った。

 少し遅れてリーナの声が届く。


 『フミコお姉ちゃん、後ろです!!』

 「了解!!」


 フミコは素早く体を捻って後ろへと銅剣を振るう。

 すると刃が相手の攻撃を受け止めて再び火花を散らした。


 見えない相手はそのまま攻撃を押し込むことをせず、再び離れてまた別角度からの攻撃を繰り返してくる。


 正面、右、右、左、真上、背後、左斜め上と素早い動きで攻撃の手を緩めない。

 しかし、どれも隠すつもりがないのか漂う殺気で大まかな位置が予測できた。

 そしてリーナの報告でそれは確かなものとなる。


 とはいえ、あくまでもこれは相手の攻撃を凌いでいるにすぎない。

 敵の得物が何なのかわからない以上はどこまでいっても防戦一方だ。


 (どうする? このままじゃジリ貧だ……何か手を打たないと)


 そう考えながらフミコは見えない敵の攻撃を受け止めていく。

 そして、ふと思いつく。


 (仮にこれが姿を完全に透明にするものでなく、まやかしを自身に施しているものだとしたら……)


 自身にまやかしをかす。

 それは周囲を化かす行為であり、言わばマジックショーのトリックがあるようなものだ。

 仮に魔法やスキルで純粋に姿を消す、透明になれるという技があったとして、それとは種類が異なるものとなる。


 かつて背徳の女神陣営と運命の乙女陣営が争っていた異世界で出会った”不可視”のヒースは『潜伏』というスキルを使い、自身の認識を周囲から阻害する方法で、透明になったわけではないが相手から感知されないという手法を使っていた。

 もしこれと原理は同じだとしたら……


 (一か八か試してみる価値はある!)


 思って銅剣を右手に構え、左手にもう1つアイテムを握る。


 (リーナちゃんの誘導で相手の動きはわかる。それにどうしてかわからないけど、敵は姿を消している意味をなくすくらいの殺気を直前に放ってくるから大まかな位置がわかる……なら後は待ち構えるのみ)


 『フミコお姉ちゃん、左です!!』


 リーナの言葉通り、まさにここにいますと宣言しているかのような殺気が一気に左方向から迫ってくる。

 これをさっきまでのように銅剣を振るって受け止めるのではなく、左手に持ったアイテムを掲げて対処する。


 「これでもくらえっ!!」


 そう叫んでフミコがかかげたアイテムは眩しいほどの光を周囲にまき散らす。




 (簒奪者め、防ぐので精一杯のようだな?)


 透明な何者かはフミコの周囲を移動しながら攻撃を絶え間なく続けていく。

 とは言え、こちらの姿は相手には見えていないはずだが攻撃はすべて防がれていた。

 反撃がないとはいえあまり好ましくない状況だ。


 本当なら相手からはこちらの姿が見えない事をいいことに一方的にいたぶって悔しがる顔やどこから襲われるかわからない恐怖に怯えた顔、驚愕の顔や泣きじゃくる顔を存分に堪能しながらゆっくりとじわじわと殺す予定だったが今のところそうはなっていない。


 (ふむ……あからさまに殺気を出し過ぎてるか? まぁこればかりはどうにも抑えられんから諦めるしかないが……それとも遠方の仲間から誘導してもらってるのか?)


 普通に考えれば、ここまで来た時点で誘導役がいるのは明白であるしあからさまにインカムをつけているのだから考えるまでもないことなのだが、透明な何者かはそこに気付かない。

 フミコへの憎悪が冷静な思考力を低下させているとも言える。


 だから透明な何者かは深く考えなかった。

 フミコが銅剣の他に別のアイテムを手にしても、それが何かを……


 (何だ? あの丸いのは? ()()()()?)


 透明な何者かはここにきて盾を出したという事はもう剣で凌ぐのも限界か? と内心で嘲け笑う。

 普通の思考力があれば、その丸い何かが盾にしては明らかに金や銀に宝玉などの豪華な装飾が施されすぎだと気付いたはずだ。


 しかし透明な何者かは思考がすでに停止していた。

 フミコはもはや限界であり、いたぶりつくせる賢者タイムはすぐそこだと確信して油断してしまった。

 だからこそ、そのまま突っ込んでしまった。

 そして……


 「これでもくらえっ!!」


 フミコが手にした丸い何かをかかげて、くるりと表裏をひっくり返した時、ようやく間違いだったと気付く。


 (あれは……鏡!?)


 そう、フミコが透明な何者かへと向けたのは鏡面。

 そしてその鏡面は眩しい光を放ち、それを浴びた透明な何者かはその姿を白日の下に晒した。




 フミコがかかげたもの、それは金銀(きんぎん)錯嵌(さく がん)珠龍文(しゅりゅうもん)鉄鏡(てっきょう)であった。

 とはいえ本物ではない、カイトが錬金術で造ったレプリカだ。


 このレプリカの金銀錯嵌珠龍文鉄鏡には1つの特殊効果が付与されている。

 その効果は以前、とある異世界で悪役令嬢の転生者に呪いをかけられたカイトを正気に戻し救った事がある。

 それは呪いの無効化だ。


 当然、これはカイトを悪役令嬢の呪いから正気に戻したように、本来は仲間に対して効果を発揮するものだが、さきほどケティーが相手の護符を無効化するアンチシール弾を放ってカイトのグラビティーを逃れて壁をよじ登っていたチンピラを撃ち墜とした事にヒントを得たのだ。


 姿を消しているのがまやかしの類いならこれで打ち消せるのではないか? と……




 古来より鏡には魔力があると言われてきた。

 フミコが本来生きていた弥生時代、倭国大乱の世では邪馬台国の女王卑弥呼が魔鏡で権威を示したという。

 魔鏡、それは銅鏡の鏡面の反射光の中に像などが浮かび上がる鏡の事である。


 これは鏡面とは裏面の装飾部分の凹凸の形を表であり反射面である鏡面を極限まで削って磨き上げて裏面の凹凸を反射面にわずかな歪みとして吐出させ、そのわずかな歪みによって反射光の中に歪みの形が濃淡として現れるいたってシンプルな現象だが、原理が庶民にも広く知れ渡った中世以降は魔鏡は物珍しくはなくなり、むしろ反射で浮かび上がられたい像を裏面から吟味するようになる。


 これを逆手に取ったのが江戸時代の隠れキリシタンだ。

 江戸幕府による鎖国と禁教令によって弾圧を受けるようになったキリスト教徒はありとあらゆるものに信仰を隠したのだが、その中の1つが魔鏡であった。


 さきほど述べた通り、魔鏡の原理はすでに庶民に知れ渡っており、銅鏡の反射で映し出されるものは裏面を見ればわかる。

 なので隠れキリシタンは銅鏡の裏面を2重にしたのだ。


 これによって裏面の装飾は特に問題がないが、鏡を反射すれば本来の裏面である十字架に貼り付けられたイエスの像や聖母マリアの像などが浮かび上がる魔鏡ができあがり、隠れキリシタンたちの信仰のより所となった。


 弥生時代の人間であるフミコは当然このエピソードを詳しくは知らない。

 簡易ラーニングによってかじった程度の知識があるだけだ。

 それでも、このエピソードには呪力を用いる鬼道にとって応用できる部分がいくつかあった。


 「まやかしの像を映し出す光によってまやかしを解く……金銀錯嵌珠龍文鉄鏡は銅鏡のような魔鏡とは違うけど、込めた鬼道の効果は絶大だったようだね」


 そう言ってフミコは目の前の敵を睨む。

 そこには金銀錯嵌珠龍文鉄鏡が発する光を浴びてたまらず地を蹴って後ろに下がった、その姿を白日の下に晒した敵が立っていた。


 しかし、その者は透明ではなくなったとはいえ、素顔が見えない格好をしていた。

 頭の上から足下まで全身をすっぽりと覆う黒い布のような服装をしており、顔も目の部分以外は完全に隠れている。

 その目の部分も網状のもので覆われており、目元ですら確認するのは難しい。


 フミコにはわからなかったが、その格好は現代の地球の人間ならすぐにイスラム教徒の女性だとわかっただろう。

 それはブルカ、女性は夫以外には肌を見せてはいけないというイスラム教の教えの中でも最も厳粛に教えを守り規律に厳しい地域で見られる服装だ。


 日本では一般的にブルカという名がムスリムの女性の服装の総称と勘違いされているが、規律をどこまで緩めているかによって当然違いはある。


 最も厳しい規律のブルカは目元も網目状で隠しているが、それよりも少し規律が緩められていると目元は隠しておらず、これはニブカと呼ばれる。

 地域によっては伝統衣装であり、着用が強制されていない髪と全身を覆うマントのようなものはチャドルであり、これはマントを頭からすっぽり被っているイメージなので歩く際は手でマントを持ちながらでないといけない。


 ブルカやニブカ、チャドルのように全身を覆うのではなく頭から胸元までをすっぽりと覆い隠すのはカイマーと呼ばれ、同じく頭から胸元までを覆い隠すがカイマーと違いヘアバンドとスカーフできっちりと体に固定しヘアバンドも見せるものはアル・アミラと呼ばれる。


 またスカーフで髪と首だけ隠したものはヒジャブと呼ばれ、広くイスラム社会で一般的に使用されているのはこれであり、イスラム教徒ではない女性が観光やビジネスでイスラム圏を訪れる際に推奨されるのがこのスタイルだ。

 また砂漠などの地域ではヒジャブよりもさらに緩く、たんに長いスカーフを被ったり巻いたりしただけのシェイラというスタイルも好まれる。


 いずれにせよ、フミコの目の前に姿を現した者はイスラム圏で最も規律に厳しい女性の格好をしていた。

 ブルカを着たその者は、自身の透明化が破れられた事を確認すると舌打ちして右手を突き出し得物を構える。

 ブルカから見えたその手は黒いグローブと黒い籠手で覆われ徹底して素肌を見せない。


 そんな手が握っている得物はクファンジャル、S字状の刀身のナイフだ。

 かつては西はスラブ民族圏から東はインドまで広く使われた40cmほどのそのナイフだが、その者が持っているクファンジャルの柄は黒く、奇妙な装飾が施されておりS字状の刀身もまた黒かった。


 「あぁムカツク! 簒奪者ごときがわたしの『インビジブル』を解除しやがって!」


 そんなブルカを着た何者かに死霊術士のような格好をした何者かが小馬鹿にしたような声をかける。


 「おいおいどうした? 油断しすぎなのはお前のほうじゃないか? ザフラよ?」

 「黙れハーフダルム! 軽口叩いてる暇があったらお遊びをさっさと切り上げろ!」

 「やなこった。今楽しいところなんだぜ? お前も簒奪者とのダンスを楽しめ」

 「はん、子供か! 人形遊びがすぎるぞ? ったく言われなくても殺すさ! 簒奪者は生かしておかん、絶対にな!!」


 言ってザフラと呼ばれたブルカを着た何者かはクファンジャルを自らの左手へと突き刺す。

 とは言え、自傷というわけではない。

 左腕にも右腕同様、黒い籠手と黒いグローブが装備されている。

 ただし違う点がひとつ……左腕の籠手にはハムサと呼ばれる中東に伝わる護符が無数に巻き付けてあった。


 ハムサとは邪視避けの護符であり、そのデザインは手をイメージしたもので5本指の中で中心の人差し指、中指、薬指の3本が山を形作り、親指と小指が同じ長さというデザインで手の甲はイクトゥスと呼ばれる記号あり、その中に目が描かれているといったものだ。


 その邪視から身を守ると中東地域で信じられているアミュレットを無数に巻き付けているその籠手にクファンジャルを突き刺したわけだが、あろう事かザフラは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 護符を自ら斬り捨てるあり得ない行為。

 直後、呪いがザフラを襲う……ハムサの消失によって邪視に呪われる。

 呪いがその身に降り注ぐが、しかし次の瞬間にはその呪いを自らの力へと変換していた。


 『イリュージョン』


 斬り落とされて地面へと落ちたハムサから音声が轟いた。

 直後、ザフラの姿が突如6体へと増える。


 「さて……『インビジブル』は突破されたが『イリュージョン』はどうかな?」


 ブルカで表情は確認できないが、ザフラはそう言うと6体で一斉にフミコへと襲いかかった。

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