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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
9章:ギルドの街

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新たな仲間(5)

 宗教ギルド<幸運を運ぶ神の鐘復古運動>、その集団は端から見てとても健全な宗教活動を行っている集団とは言えなかった。


 信徒であるギルド団員たちは皆チンピラばかりで荒事ばかり起こす連中だ。

 そんな信仰など持っていなさそうな集団を束ねているギルドマスターは自称聖職者ジョセフ。

 アルティア王国の出身、実家は片田舎の領主の館で貧乏辺境伯の3男坊……それが彼のプロフィールだ。


 貴族とは言え実家は貧乏であり、跡取り息子はともかくそれ以外の子を家に留め置く余裕はなく成人してすぐに追い出された。


 一様は貴族の子弟として王立アカデミーにも通っていたが、学費を払うのがやっとで校友会など出費が伴う活動はできなかった。

 学業に励みながら侯爵家の執事の仕事をこなしてなんとか食いつないでいたが、その仕事も貧乏貴族の所作は品がなく侯爵家には合わない、執事として気がきかないといった理由で解雇され長続きしなかった。

 王立アカデミー卒業時に国の機関からのオファーはなく、ド田舎貴族の3男坊に都でコネなど当然あるはずもなく都の片隅で失業し行き場を失う。


 軍にも一時入隊したが、士官ではなく下士官にもなれない一般兵であったため、平民と肩を並べての生活と行動に耐えられなかった。

 自分は貴族だというプライドが最後まで邪魔をしたのだ。


 軍を除隊し、いよいよ行き場をなくしたジョセフは自暴自棄となり違法な魔結晶に手を染めてしまう。

 地球で言うところのいわゆる覚醒剤や麻薬などの違法薬物だ。


 その結果、彼は幻覚や幻聴をきたすようになり、自身にしか見えない救いの神を信じるようになる。

 そして、いつしか同じく軍を除隊させられた同期の平民のチンピラたちとつるんで違法な魔結晶にのめり込んでいき、やがて魔結晶で得られた幻聴による神の声を皆に世間に届けようと宣い出す。


 それが自分の役目だと、神の声が聞こえる者の責務だと信じ込んだのだ。

 魔結晶で精神が犯され、頭が汚染された者が陥る幻覚症状である。

 本来なら魔結晶で廃人となった者の幻覚症状など誰も耳をかさない。


 しかし、腐っても彼は元貴族、メイジだ。

 魔法の才能はそこそこあったため、周囲を脅して説法を聞かせる事ができた。

 そんなジョセフを見て兵隊時代の同期はジョセフを祭り上げ、彼の説法を盾に悪さをしようと企む。

 これが宗教ギルド<幸運を運ぶ神の鐘復古運動>のはじまり……

 アルティア王国を脱出し、再起を賭け無干渉地帯を……ギルドの街ドルクジルヴァニアを目指したきっかけだ。




 魔結晶で廃人となったとはいえ、ジョセフは完全に思考が麻痺したわけではない。

 軍時代の同期が自分の信仰を鵜呑みにしていないことも、暴れるための免罪符にしている事もわかっている。

 だからこそ、ジョセフはいつも襲撃を行う際は自分1人離れた場所で見物する。

 いつでも彼らを切り捨てられるように……彼らを見殺しにできるように……

 次の行動の判断材料にできるように……


 そんなジョセフは今起っている出来事に多少なりとも困惑していた。

 軍にいた頃からの仲間を含めたギルドのメンバーが全滅した事に対してではない。

 それは上記で述べた通り、元よりいつでも切り捨てるつもりでいた捨て駒、全滅しようが気にしない……

 だが、その全滅の仕方が問題だった。


 「なんだ……あの岩の壁は? あれは何だ? 魔法か?」


 ジョセフが困惑するのも無理はない。

 何せ、襲撃した相手のギルドに自分と同じメイジがいるという情報はないのだ。

 そして観察していた限り、杖を使っている様子もない。

 つまりはメイジの扱う系統魔法でない……仮に系統魔法だった場合、これだけの規模で土の系統魔法を展開しようとすればメイジが複数名必要、もしくは土系統トップレベルのメイジがいなければ辻褄が合わない。


 ならば亜人の仕業か? とも思うが、このような規模の魔法を亜人がこの地で行えるはずがないのだ。

 亜人たちの扱う自然魔法とはそういうものだ。


 「このドルクジルヴァニアの街には亜人たちが強力な自然魔法を発動するために必要な精霊力(マナ)が足りない。亜人どもにあの規模の魔法は発動できないはず……ではなんだ?」


 そこで何かしらのマジックアイテムか? と疑うが、これほどの規模を発動できるマジックアイテムなど聞いたことがない。

 ジョセフは底知れぬ恐怖を感じた。


 「それに何だあの緑色の大蛇は? まさか魔物を召喚したのか? 一体何がどうなってやがる!?」


 冷や汗が額を伝う。

 このまま襲撃を続けても負けるだけだ。

 いや、もう自分以外は全滅したのだから襲撃を続けるには自分が打って出るしかない。

 しかし、勝ち目があるだろうか?

 ここでこっそり逃げて身を隠した方が賢明ではないか?


 そう考えたジョセフだったが、そこでいつもの禁断症状がでた。

 どれだけ頭をフル回転して思考しなければならない時であっても、それはやってくる。

 魔結晶の常習性……効果が切れたら欲してしまう。欲せずにはいられない。

 まさに中毒症状だ。


 「あぁぁ……どこだ!? どこにしまった!? あぁ……あぁ!!」


 ジョゼフは突然大声をあげ、服やズボンのポケットの中を探る。

 見つからないとよけいに奇声をあげて、ヒステリックに体中をまさぐって捜す。

 そして腰につけたポーチからようやく魔結晶を取り出す。


 「おぉぉぉぉぉ!!」


 ジョセフは魔結晶を恍惚の表情で眺め、()()()()()()

 そして数秒放心状態となり、思考が冴え渡る。

 感覚が研ぎ澄まされる。


 「あぁ……そうだ、殺さなくては。あのギルドは危険だ。ここで逃げたら統括本部に報告される。阻止しなくては……そう、殺さなくては」


 ジョセフの目はすでに焦点が定まっていない。魔結晶によって蝕まれているのは明白であった。

 しかし、魔結晶を喰らい精神力(オド)は格段にあがった。


 亜人の自然魔法が大気中に溢れる精霊力(マナ)を使って魔法を発動するのと違ってメイジの系統魔法は自身の内側に流れる精神力(オド)を消費して発動する。


 メイジは自身の内側の力を浪費するため自身に見合った系統の魔法しか使えない、ゆえに系統魔法なのだ。

 その系統も大きく分けて4つに分類される。

 火系統、水系統、風系統、土系統。


 ジョセフはその中でも風系統の魔法を扱う。

 ゆえにジョセフが腰から杖を引き抜くと周囲に突風が発生した。

 杖を構え、呪文を詠唱する。


 そして詠唱が完成すると一気に近くで一番高い建物の屋根の上へと飛び移り、着地すると同時に杖を岩の壁の中の中心にあるギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>本部の建物の方へと振り下ろす。


 「ウインドスピアー!!」


 杖の先から強力な風の魔法が放たれた。




 それは突然やってきた。

 眼下では緑色の大蛇が岩の壁で囲った中を蹂躙し終え、リーナも千里眼の指輪による探知で襲撃してきたギルドのリーダー以外の反応が消えた事を確認し、ひとまずは安堵して警戒を解こうとしていた所だった。


 「ん!?」


 違和感を覚え、地面に座り込もうとしたいたリーナを引き寄せる。


 「わ!? マスター? 一体どうしたんですか?」


 リーナが疑問を口にした直後、すさまじい勢いの風の魔法がこちらに飛んでくる。


 「きゃ!?」

 「かい君!!」

 「川畑くん!!」


 その事に同じ屋根の上でも離れた所にいたフミコとケティーが慌ててこちらにやってこようとした。


 「来るな!! 心配しなくても大丈夫だ!!」


 なのでフミコとケティーを制する。

 一箇所に集まれば一網打尽にされる危険がある。

 その意図が伝わったのか、2人はすぐに足を止めた。

 直後、風の魔法は自分とリーナの目の前に突如浮かび上がった発光する紋章に阻まれて四散する。


 「こんな事もあろうかと、あらかじめ聖斧の能力だけじゃなく魔術障壁の能力も展開しといて良かったぜ」


 そう言ってアビリティーチェッカーの液晶画面を見る。

 選択されているエンブレムは2つ、斧のエンブレムと盾のエンブレムだ。


 (魔術障壁の能力……楯原京介はこの障壁を空中移動の足場に使ったりとしていたが、事前に障壁を設置してそれを攻撃を探知するまで隠しておくなんて今使った手を楯原京介にやられてたら面倒だったろうな……あいつなんで使わなかったんだろう?)


 そう思いながら風の魔法が飛んできた方角を睨み付ける。




 「な、なんだ!? 防がれた? モーションもなしにシールドを展開した!? 一体なんだ? 何のマジックアイテムだ!?」


 ジョセフは自身の魔法を防御した技に驚きたじろぐ。

 しかし、今更引くことはできない……攻撃を仕掛けた以上、こちらの位置は特定されてしまったはずだからだ。


 「いや、あのハーフのガキは千里眼の指輪を持っていた。どっちにしろ最初から場所はバレていた可能性が高い。ならもう下手に距離を取る意味も身を潜めて撤退する意味もない!!」


 そう言ってジョセフは呪文を唱え杖を振る。


 「なら突撃だ!! 直接出向いて殺してやる!!!」


 ジョセフの体が風に包まれ少し浮遊し、杖を背後に向けると杖の先から突風が吹き荒れ浮遊したジョセフを弾丸のように一気に飛ばす。

 そのままジョセフは建物の屋根の上にいるカイトへと襲いかかった。


 「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」




 それはまさに一瞬であった。

 高架から眼下の線路を突き抜けていく新幹線を見ているような感覚を覚える。

 そんな一瞬の中でも思考は停止しなかった。

 恐るべきスピードで迫り来る相手を見て、今発動している魔術障壁だけでは不十分と思い、魔術障壁を新たに複数発動させる。


 「来るなら来い!!!!!」


 叫んでアビリティーユニット・アックスモードを構える。

 直後、複数展開した魔術障壁に相手は衝突し、これを砕いていく。

 そしてすべての魔術障壁を打ち破った相手にアビリティーユニット・アックスモードを叩きつけた。


 「おらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 アビリティーユニット・アックスモードの刃と風を纏った相手の拳が衝突し、周囲に衝撃波が吹き荒れた。


 「きゃ!?」

 「リーナちゃん危ない!!」


 その衝撃波にリーナは吹き飛ばされそうになるが、慌てて飛び出したフミコがなんとか抱きとめる。


 「フミコ! リーナを頼む!!」


 叫んでアビリティーユニット・アックスモードを振るい、相手の拳を弾き返す。

 とはいえこちらも衝撃で少し後ろに飛ばされてしまった。

 すぐに体勢を立て直し、アビリティーユニット・アックスモードを構え直す。

 向こうも同じく体勢を立て直したようだ。

 杖を構えてこちらを睨んでくる。


 「あんたがさっきまで下にいた連中の親玉で間違いないな?」

 「あぁ、そうだ……我はジョセフ。親愛なる神の敬虔なる僕だ」


 そう言って白い法衣を纏ったジョセフと名乗った男は杖を自らの拳に振るう。

 するとその腕の周囲に小さな竜巻が発生して、そのままグローブのように腕に巻き付く。


 「神の僕ねぇ……まさか神様のお告げがあったからリーナをいたぶったなんて荒唐無稽なこと言わないだろうな?」


 そう問いかけるとジョセフはニヤリと笑う。


 「天の導きだ」


 その答えにイラっときてしまう。


 「本当にそう思ってるのか? くだらねぇ……狂ってやがる」

 「貴様……我の神を侮辱するか? 異教徒め! やはり天に背く者には報いを受けさせねばならぬ」

 「ふん、生憎と俺は信仰してる神も仏もないんでな! てめーのくだらねぇ説法に耳を貸す気はねぇーな!」


 そう言うとジョセフは怒りを滲ませながらも哀れな生き物を見る目を向けてくる。


 「貴様、無神教者か……異教徒ですらない神の恵みを知らぬ知性のない無能な猿め、クックック……ますます痛めつけて猿から人間になるための神の知恵を授けなければならないな!!」


 そう言ってジョセフは杖をしまうと竜巻を巻き付けた腕を突き出し、何かしらの武術の構えを取る。

 それを見てこちらもアビリティーユニット・アックスモードを解除、アビリティーチェッカーの武術のエンブレムをタッチする。


 直後、腕の周囲に半透明のベルトが現れ、それは実体化し腕に巻き付く。

 それは腕に巻き付いたブレスレッド型ベルトとなり、アビリティーユニットはそれに装着している形へと変化する。


 王良伯から奪った数多の武道が扱える能力を使用する際のアビリティーユニット・ブレスレッドモードだ。


 (まぁ、向こうが肉弾戦の格闘技で来そうだからて、相手に合わせてこちらも武道で対応する必要はないんだが……)


 そう思いながらもカンフーの構えを取る。


 「残念ながら神の知り合いはいるし、嫌というほど会話もしている……自称神だがな!!」


 そう言って一歩を踏み出す。それはジョセフも同じだった。

 ギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>本部の建物の屋根の上で拳と拳がぶつかり合った。

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