1.5章:次元の狭間の空間
地球に突如として現れた神でさえ殺すことができない超高次元の超上位種なる存在ジムクベルト。
かの怪獣を次元の狭間へと再び追い出すため川畑界斗は異世界渡航者となり数多の異世界を巡ってその世界でジムクベルト出現のきっかけを作ったとされる転生者、転移者、召喚者たちの能力を奪い葬っていく旅路へと神を自称する老人の導きの元旅立ったのだった。
神を自称する老人が生み出した空間の歪みに生じたトンネルへと足を踏み入れたわけだが、その先に広がっている光景は予想していたのとは違っていた。
「なんだここ? これが異世界?」
そこはひどく暗い印象の空間であった。
空はまるで夜のように薄暗く星はひとつもない、遠くを見渡しても風景のようなものはまるでなかった。
薄暗い中にぽっつりとレンガを敷き詰めたような通路と空間が広がっている、そんな感じであった。
戸惑っているこちらを余所に神を自称する老人がどんどんと先へと進んでいく。
「おい! ちょっと待てよ!」
「置いてかれたくなかったらついてこい。と言ってもここは別段置いて行かれたところで迷うような場所でもないがの」
神を自称する老人は笑いながらまるで桟橋のような狭い道を歩いて行く。
確かに見たところ殺風景なところだ。迷う要素は皆無な場所である。
「まさか異世界がこんな寂れたところだとはな」
辺りを見回しながらため息をつきたくなった。夜だからかもしれないが近くの空間以外は真っ暗で何も見えない、というより何もない印象だった。
この桟橋のような狭い道も通路の外は海かと思いきや底なしの巨大な穴のようになっている。にもかかわらず突風などは吹き荒れていない。
そう、さきほどから風がまったく吹いていない……凪の状態とも考えられるがそれにしては妙だった。
気温も寒さも暑さも感じない。最適な気温と言われればそれまでだがどこか奇妙な感覚を覚える。
桟橋を渡りきり広い空間に出たところで神を自称する老人は立ち止まってこちらへと振り返った。
そしてニヤニヤと笑いながら後ろの空間を指さす。
「貴様はここが異世界だと思っとるのか?」
「ん? 違うのか?」
「まぁ貴様からすればそうかもしれんが違うの」
「どういうことだ?」
「異世界へと一瞬で移動する術などそうそうない、異世界の成り立ちを思い出せ。ブラックホールの中の宇宙にそんな瞬時に移動などできんよ」
「……あ、そう」
「なんじゃ? なんか反応鈍くないかの?」
神を自称する老人はこちらが素っ気ない反応を見せると不満そうな顔を向けてくる。
そんな表情されてもいちいち無駄なリアクション取れるかよ。
「いや、あんたが世界の仕組みを説明するたびに神を語るあんたの無能さが際立つなと」
「だから貴様ら地球人類の考える神じゃないと言うとるじゃろ」
「………で? じゃあここは何なんだよ?」
「ふむ、言うなればここは異世界へと移動するまでの時間を過ごす場所とでも言えばいいかの? 簡単に言えば次元の狭間の空間じゃ」
「な!? 次元の狭間だって!?」
神を自称する老人の言葉に驚いてつい周囲を警戒してしまう。
次元の狭間って大丈夫なのかそれは? 確かこの老人の話ではジムクベルトはその次元の狭間を漂っている存在ではなかったか?
そんな慌てるこちらの反応を見て神を自称する老人は声を大きくして笑う。
思った通りの反応が見れて満足なのだろう。ひとしきり笑うと安心せいと言って説明してきた。
現在ジムクベルトは地球に出現しているため次元の狭間の空間で出くわすことはまずないこと。
そもそも次元の狭間自体、無限の空間であるためそこで出くわすこと自体奇跡であること。
そんな果てのない空間で隣の世界に移動しようなど本来は無謀に等しく、高次元から低次元へと向かう場合ならばある程度の道筋が立てられるが、同じ次元かより高い次元を目指す場合は道筋が立てられないということ。
そして、ここはそんな地球から別の宇宙、別の世界へと渡航するための次元の狭間を移動する空間だという。
「言うなれば大海原に浮かべた小さないかだをイメージしてくれればよい、ここはそういう空間じゃ」
「無限に近い広さの次元の狭間に浮かべたいかだって……それたどり着けるのかよ?」
「ほっほっほ、心配するな。目的地のない航行ならともかく移動する次元がわかってる以上問題はないわい」
神を自称する老人は断言するが本当だろうか?
このまま地球に戻ることもできず永久にこんな空間で過ごすなどまっぴらだ。
まぁ無趣味なぶん別段やりたいことがないから困ることは特にないんだが……
しかし、移動にはかなりの時間がかかるようで異世界へとたどり着くのに数年かかることもあれば数日で着くこともあるという。
とはいえ、この体感速度は地球の時間と比例してるわけではないらしく仮に100年かかって異世界にたどり着いても地球では数分と経ってないこともあるという。
ここら辺は神を自称する老人が不可逆性の何たらだと説明してくれたが理系苦手さっぱりマンなので右から左に流すことにした。
とにかくこの寂れた空間で異世界にたどり着くまでの時間を過ごさなければならないらしい。
とはいえこの空間には娯楽施設など当然なく必要最低限の施設しか存在しなかった。
ついさきほど渡ってきた異世界の地へと降り立つ桟橋と現在いる広場、その広場の両端にはアーチ状の橋がいくつかあり広場から次元の狭間に飛び出す形でいくつかの施設へと繋がっていた。
広場の西端には橋が4つありその橋の先にはそれぞれ寝室のみのコテージ、温泉、食堂、コンビニのような外観の1階建てのアビリティーユニットをメンテナンスするための施設があった。
対して広場の東端にある橋は一つしかなく橋の先には道具や荷物を保管しておく倉庫があった。それだけに東側だけやけに殺風景な印象を受ける。
就寝部屋だという寝室のみのコテージに入ると驚くことにそこには日本での自宅の自分の部屋がそっくりそのまま再現されていた。
神を自称する老人曰く慣れ親しんだ部屋のほうがぐっすり眠れるじゃろ? とのことだったがいらぬお世話だ。
ちなみにパソコンを起動してネットを開いてみたが情報は地球を旅立った時点までのものは閲覧可能らしい。
ただしそれ以降の情報は更新はされないみたいだ。
窓の外を覗いてみたがやはり真っ暗なだけだった。神を自称する老人曰く次元の狭間に景色はないからとのことらしい。
温泉も同じくスーパー銭湯の露天風呂のような和風な造りだったが景色はやはり真っ暗で風情も何もなかった。
そしてなぜかここの脱衣所の中にしかトイレは設置されていなかった。食堂の方にはなく理由は不明である。
更に気になって仕方がないのはトイレで流した汚物は一体どこへと向かうのだろうか? ということである。
下水施設がどうなってるかは謎で本当にどう処理されているのだろうか?
次元の狭間に垂れ流すのだろうか? だとすればその垂れ流された汚物はどうなるのだろうか? 考えたら夜も眠れなくなりそうだ……次元の狭間に昼夜の概念は存在しないだろうが。
それに温泉や食堂で使う水は一体どこから供給されているのだろうか? まさかこの空間内で半永久的に循環しているのか? だとしたらトイレに流したものは……
この事は深く考えないことにしよう……世の中知らなくてもいい、知らなければよかったと思うことのほうが多いのだ。
真実を追究し真実を知ることが正しいとは限らない。
食堂はなぜか団体客が押し寄せても対応できるような広さがあった。
長いテーブルにイスがたくさんあるのだがこれ他にも追加で異世界渡航者がやってくるってフラグですかね?
料理をしたことがない身としてはキッチンを見たところで何とも言えないがプロが使いそうなやつがたくさんあった。ただ料理なんてしたことないのでお世話になることはなさそうだ。
冷蔵庫も巨大でかなりの食材を保管できるみたいである。
まるでコンビニのような外観の1階建てのアビリティーユニットをメンテナンスするための施設の中には大がかりな機械と多数のモニター、キーボードが設置してあった。
専門知識がない限り、まずもって縁のない施設に思えたが避難所での戦闘後に奪った能力のおかげですんなりと扱うことが出来た。
アビリティーユニットはどうやら能力を奪いエンブレムが増えるたびにここでメンテナンスを行いアップデートしなければならないようだ。
そしてここの設備はこの次元の狭間の空間全体もメンテナンス、アップデートできるらしい。
試しにシステムを覗いてみたら案の定ここも含めたすべての施設に監視カメラのような機能が付与されていた。
神を自称する老人に監視されているということだろう。
奴の思惑を見抜き出し抜くにはここで馬鹿正直に手札を見せてはダメだ。何か欺く術を見つけなければならない。
試しに施設が物置倉庫しかない寂しい東端にトレーニングルームを追加設置してみた。
こちらが新たにプログラムで追加した施設であるにも関わらず、すぐに監視カメラ機能が追加された。
神を自称する老人め……なんてクソったれな野郎だ。
だが、ここからは慎重にどこまでが監視の目を掻い潜れるのかを調べなければならない。
理系苦手マンがプログラミングなどできるわけがないが奪った能力のおかげか色々と小細工を思いつき試してみる。
後はしばらく様子を見よう。これで監視の目を掻い潜れるか?
あくまで慎重に、バレないようにだ。
メンテナンス設備を出るとプログラミングで追加したトレーニングルームが広場の東端にもうできあがっていた。
最初の異世界にたどり着くまでの間はあそこで特訓しなければならない。
神を自称する老人がチュートリアルと言った避難所での次元の迷い子との戦闘だけではまだまだ感覚は掴めていない。みっちりと鍛える必要がある。
ここまで一通り施設を回ってみたが最後に謎の存在があった。
広場の奥にまた桟橋がありその先に謎の巨大な宇宙船のようなものがあった。しかし桟橋には閉ざされたゲートがあり先へと進むことが出来なかった。
どういうわけかゲートをよじ登って飛び越えることも出来ない。
不思議なことにメンテナンス設備で次元の狭間の空間全体の図面を見た時にはそんなものは存在しないことになっていた。
神を自称する老人いわくまだ解放されてないスペースらしい。
解放されてないスペースとはどういうことだろうか? 何にせよじっくりと調べる必要がありそうだ。
すべての設備を見終え検証し、ようやく1日が終わった。とはいえ、この次元の狭間の空間はいつ見ても空も空間の外も真っ暗なため1日が終わったという感覚がまったくないのだが……
とにかくその日は自分の部屋を模した就寝施設で寝ることにした。
最初の異世界にたどり着くまでまだ日数はある。とにかく今は寝て頭を休ませよう。
ジムクベルトが地球に出現し人類が滅亡の危機に瀕してから2日、次元の狭間の空間に来て半日
模した部屋とはいえようやく川畑界斗は久しぶりに自身の部屋のベッドで安眠を得ることができたのだった。