新たな仲間(2)
「さて……これからどうしようか?」
ギルド本部に戻ってきたはいいが、一体何から手をつけたらいいか迷ってしまう。
仕事は受領したが、酒場のウエイターのお手伝いの仕事が始まる時間にはまだはやい。
ならばもう1つの受領した仕事である老朽化した雑貨屋の店舗解体作業に行くべきなんだろうが、リーナというユニオンギルド統括本部から割り当てられた人員について素性を調べる必要があるだろうし、そもそもリーナを基本的に自分達と同じところで寝泊まりさせろと言うが、自分達もまだどこで寝泊まりするか決めていない。
掃除して綺麗にしたこのギルド本部に寝床の部屋を用意するか、どこか格安の宿屋に部屋を借りるか、それともケティーのムーブデバイスで次元の狭間の空間に戻って就寝するか……
しかし次元の狭間の空間に戻って就寝する場合、この異世界の現地人であるリーナを連れて行くわけにはいかず、その場合リーナをこのギルド本部に住まわせるか、リーナの部屋をどこかで借りなければならない。
(まぁ、一番いいのは自分たちは次元の狭間の空間に戻って、このギルド本部にリーナを住まわせることなんだが……金銭的な意味でも)
ただし、それが最良なのかは検討しなければならない。
自分たちが次元の狭間の空間に戻って寝ている間、リーナをここに一人きりにするわけだから。
リーナの素性を調べてその結果、リーナがユニオンギルドの送り込んできたスパイだとわかった場合、そんな相手を一人残すのは危ない気もする。
(さて、どうするかな……)
考え込んでいるとケティーがある提案をしてきた。
「あの子の処遇を迷ってるなら私が調べようか?」
「え? 調べるって何を?」
「あの子が統括本部が送り込んできたスパイなのかどうなのか」
「わかるのか!?」
思わず大きい声で聞き返してしまったが、ケティーはその反応を待っていたのかニヤリと笑うと。
「わかるよ、これを使えばね」
そう言って何やら配線コードが沢山取り付けられたヘルメットのような物を手に取って見せてくる。
「何だそれ?」
「これはとある異世界で仕入れた一品なんだけど……というか、これを使って裏を取らなきゃ、まず信用して交渉や商売できないって場面沢山あるからね。これは言わば相手の嘘を暴いたり相手の脳内を読み取って過去を垣間見るアイテムなんだよね」
「……え? 何それ? 嘘発見機にプライベードダダ漏れ機能プラスされてるの? 怖っ!!」
そんな代物があったら、どう考えても悪い事に使われ放題だと思うのだが、ケティーは気にした風もなくさらと言う。
「別に珍しくもないでしょ? 警察やら軍の尋問施設なんかじゃ普通に置いてると思うけど? まぁ自白剤なんかの薬を使って強要するよりよっぽど人道的だと思うけどね?」
「出てくるワードが不穏すぎるのばっかなんだが……ちなみにその代物はどうやって手に入れたんだ?」
そう聞くとケティーはニッコリ笑うだけで答えなかった。
うむ、これ以上は踏み込まない方がいいのだろう……
ケティーがフミコにくっついておどおどしているリーナに話しかけ、すぐにリーナの頭にヘルメットのような代物を被せると椅子にリーナを座らせて、ヘルメットのような代物から伸びている大量の配線コードをどこからか取り出したタブレット端末に繋ぐ。
あの装置がどれほどの技術水準の異世界の代物かわからないが、たとえ地球産であっても最先端の軍事機密が詰まった嘘発見機や脳内スキャナー過去映像解析機なんて素人には操作方法などわかるはずもないのでケティーに任せて結果が出るまで椅子に腰掛けて待つことにする。
まぁプログラミングの能力を使えば何かしら手伝いができるのかもしれないが、どうにも気が引けた。
しばらくすると解析が終わったようで、ケティーが険しい表情でタブレット端末の画面から目を落とすとリーナの頭からヘルメットを外す。
「どうだった?」
険しい表情を浮かべているケティーに近づいて尋ねるとケティーはため息をついた。
「川畑くん……これ多分面倒な事になるよ?」
「どういう事だ?」
「そうだね……単刀直入に言えばこの子はスパイじゃない」
「そうか、だったら問題ないのでは?」
スパイでないのなら何が問題なのだろうか?
そう思っているとケティーがリーナの方を見て困った表情を浮かべる。
「この子、混血だね……人間と亜人のハーフだよ」
「ハーフ? それがどうしたって言うんだ?」
「この異世界ではハーフは嫌われ者なんだよ……そもそも亜人自体が無干渉地帯はともかく、周辺国では畏怖の対象になってる。人間と亜人のハーフはその畏怖すべき相手の血を引いてるから迫害されやすい」
どこの世界でも当然ながら差別は存在する。
残念ながら、どれだけ相互理解を深めても種族間差別が消滅する事はない。たとえ種族間での差別がなくなったところで今度は人種感での差別が……それがなくなれば国家間、宗教間、思想間、主義主張間などでの差別や迫害が始まってしまう。
悲しいがこればかりはどこまでいってもイタチごっこなのだ。完全になくす事は難しい。
そんな種族間の差別はこの異世界では人間は亜人を、亜人は人間を軽蔑し迫害する。
そして、人間と亜人、差別し合う2つの種族の間に経緯はどうであれ子が生まれた場合、その子に幸せな人生は訪れないだろう。
人間社会と亜人社会、どちらからも拒絶されて行き場を失い、誰も知らないところでひっそりと息を引き取るか、街中で倒れそのまま野ざらしにされるか、住民や集団に暴行を受けて殺されるか……いずれにせよ幸せな未来は望めない。
それがハーフの辿る結末だ。
だからこそ、経緯はどうあれハーフを産み落としてしまった者たちは人知れず無干渉地帯を訪れギルドの街ドルクジルヴァニアへと捨てていく。
愛情があって他種と交わり子を孕んだか、拉致され孕み袋にされたあげく不本意に身籠もった子ごと解放されたかは別として、自らの体を痛めて産み落とした子がそのような目に合うのを見たくないと思うのだろう。
ギルドの街ドルクジルヴァニアには確かに種族間での差別はあまり見られない。
それはギルドの街ができあがっていく過程で多くの種族が寄り集まってきたわけだから当然なのだが、それでも中には他種族に差別感情や嫌悪感を抱く者はいる。
特に無干渉地帯の外から来たよそ者の新参者は差別感情そのままに振る舞う。
それが原因で街中であってもトラブルが頻発するのだとか……
「この子、どうやら人間と吸血鬼のハーフみたいだね……出身はボルヌ帝国でそこの狂った貴族が実験で人間に吸血鬼の子を孕ませた場合、その子に吸血鬼の魔法は継承されるのか? 継承されないのか? また貴族が吸血鬼の子を孕んだ場合、その子は貴族の魔法を継承するのか? 吸血鬼の魔法を継承するのか? って検証をやってたみたいで、この子はその実験で生まれた子みたいね……結局、この子には魔法は継承されなかったみたいだけど、もう一方の子にはほんの少し吸血鬼の力が継承されてたみたいで生まれてすぐ力が暴走して実験を行っていた貴族の館を巻き込んで自爆してしまったみたい……この子を産み落とした母親は狂った貴族の土地の領民だったみたいだけど、命からがら館から脱出して、自身の村までこの子を抱えて戻ったんだけど当然受け入れてくれるわけがない、そこで安全な土地を目指して隠れながらこのドルクジルヴァニアを目指した。母親はこの街に辿り着いた時に精根尽き果てて命を落とし、この子はギル教会に拾われて保護された」
「……何とも言えない話だな、でもここではありきたりな話なんだろうな……」
「そうだね……珍しい話じゃない。そしてギル教会で保護されてるうちは良かったけど、教会を出てギルドに入らないといけなくなってこの子は世間が持つ差別の洗礼を浴びることになる」
「え? ちょっと待て! リーナはギルドに割り振らないといけないから俺たちのところに来たわけじゃないのか?」
その質問にケティーは首を横に振って否定する。
「確かに統括本部は私たちにこの子を割り振ったけど、初めてじゃないみたい」
「初めてじゃない……?」
「そう、この子は私たちの前に何度かギルドに加入させられてる。でも、どれも追い出されるかギルドが潰れたかで長続きしなかったみたい」
「……どういう事だ?」
「差別意識を持つよそ者で構成されたギルドだったからハーフだからという理由で追い出された。また亜人やハーフに偏見は持っていなくても風の噂で出生の秘密を知り気味悪がられて追い出された。またあるところでは虐待を受け、見かねたユニオンギルド総本部がそのギルドから保護して差別意識のない別のギルドに預けたけど、その預けたギルドを虐待していたギルドが襲って壊滅させ、この子をまた連れ帰って虐待をしていたみたいね」
「……なんだよそれ」
聞いていて気分のいいものではない。
ただ単に差別意識があるから追い出すだけなら褒められたものではないが理解できなくはない。
しかし、あるギルドはリーナを虐待したあげく、その事が総本部にバレてリーナを取り上げられると、今度はリーナを新たに受け入れたギルドを襲撃して潰し、再びリーナを連れ帰って虐待を再開したという。
気に入らないならほっとけばいいものを他ギルドと争ってまで取り返し虐待する意味がわからない。
というか、そんな事してペナルティーなど受けたりしないのだろうか?
しかし今はそれよりも気がかりな事がある。
「もしかして、そのリーナを虐待してたギルドはまだ健在じゃないよな?」
ケティーはリーナから過去の光景を覗いただけなので現在の状況まではわからないだろう。
それでもリーナが再び保護され、自分達のところに割り振られた期間を考えればある程度の予想はつく。
そして、健在だった場合、再びリーナを虐待するために取り返しにくる可能性がある。
つまりはここが襲撃されるかもしれない。
「残念ながら健在でしょうね……リーナがその虐待してたギルドから再び保護されたのは3日前みたいだし」
「……まじかよ、最悪だな」
統括市長はこの事を知っているのだろうか?
知っててリーナをうちに割り振ったのだとしたら一体何を考えていやがるのか?
いずれにせよ、受領した仕事へと向かう前にやることができてしまった。
「とにかく、今は襲撃に備えないとな」
「……かい君、どうするの?」
「決まってるだろ、返り討ちにしてやる!」
リーナを虐待していたギルドがどういった考えを持った集団なのか知らないが、一時とは言え仲間となったリーナをそんな連中に渡すなどありえない。
後顧の憂いを絶つためにも、ここで連中を壊滅させてやる! そう決意するのだった。




