新たな仲間(1)
フミコとケティーが世にも恐ろしい形相で受付嬢さんを2時間近く恫喝した後、さすがにこれ以上はまずいと思い、仕事だけ受領してさっさと退散すべきと考え適当な仕事をもらおうとしたが、涙目で嗚咽し恐怖に震える受付嬢さんはすでにまともな対応は期待できないような状態になっていた。
うむ、もしこの異世界にSNSが存在したら大炎上だろうな……
とりあえず適当に酒場のウエイターの仕事と雑貨屋の解体作業の仕事を受領し、今だ怒りが収まらないフミコとケティーの背中を押してエントランスフロアから立ち去ろうとした時だった。
これ以上ややこしくなる前にこの場を離れたかったが別の受付嬢さんに引き留められた。
「ちょっと待ってください!」
「えーっと……何か?」
さすがにこの2時間近い騒動で注意を受けるだろうと身構えたが、そうではなかった。
「さきほどはティアと揉めていたようですがどうされたのですか?」
「あ、あぁ……何でもないですよ?」
「そうですか……まぁ、あの子も性格に難がある子なので大目に見てやってください」
「はぁ……」
どうやらさきほどの受付嬢さんはティアという名前らしい。
しかし性格に難ありとわかっていて人と接する受付の仕事を任せるのはどうかと思う。
「あ、私はミルアといいます。以後お見知りおきを」
「これはどうも」
ミルアと名乗った受付嬢さんにフミコとケティーは不審な者を見る眼差しを向けるが、ミルアは動じず話を続ける。
「実は統括本部のほうからギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>の皆さんにお願いがあります」
「お願いですか……それは仕事の斡旋ですか?」
「いえ、仕事を斡旋するにはまだギルドのランクが足りません」
「じゃあ一体何です?」
そう聞くとミルアが後ろを振り返ってどこかに向かって手招きをする。
何だろう? と手招きした方を見ると、そこは受付カウンターの横にある壁に設置されたドアであり、そのドアが半開きとなって誰かが隠れるような形でこちらをじっと見ていた。
「リーナ、こっちにいらっしゃい」
ミルアがそう言うと半開きのドアに隠れていた誰かが出てきて、こちらに小走りで走ってきた。
そしてミルアの背中に抱きつくとそのまま顔を隠してしまった。
「もうリーナったら! ちゃんと挨拶しなさい!」
ミルアがそう言うと、リーナと呼ばれた子はミルアの腰をしっかりと握りながらも不安そうな顔を出して小さく会釈してきた。
リーナと呼ばれたその子はまだ10歳かそこらといった風貌の幼い女の子だった。
不安でいっぱいな怯えた表情でミルアから離れようとしない、そんな様子であった。
「すみません、この子人見知りなもので」
「はぁ……それは大変ですね? えっと……お子さんですか?」
そう尋ねるとミルアは笑顔ながらも殺気に満ちた眼光をこちらに向けてくる。
「あらあら、私ってこのくらいの子供がいる年齢に見られてます?」
「い、いえ! そんな事ないです、はい」
思わず声が裏返ってしまった。
うむ、この受付嬢さんにはこの手の話題は避けた方がいいな……
「あの……じゃあその子は?」
「はい、この子が統括本部からのお願いであります」
「……はい? どういう事です?」
突然何を言い出すのかと思ったが、ミルアの腰を掴んでミルアの背中に隠れているリーナというらしい女の子は暗い表情で床に視線を落としていた。
そんなリーナの様子を気にかけずミルアは話を続ける。
「統括市長とお話になった時、この街のルールについて説明は受けましたよね?」
「えぇ、まぁ……」
「ではこの街に捨てられた子達を教会が保護し、やがて各ギルドに割り当てられるのも」
「それは聞きましたが……え? まさか!?」
冗談だろ? と思ったが、ミルアはニッコリスマイルで言い放つ。
「はい、統括本部からこの子……リーナ=ギル=ドルクジルヴァニアをギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>のメンバーとして割り当てるよう言われています。ですのでこの子の事をよろしくお願いしますね!」
ルミアはそう言って不安そうな表情を浮かべて背後に隠れているリーナの肩をつかんで無理矢理前へと押し出す。
「リーナ! はい挨拶! これからお世話になるギルドの皆さんにちゃんと自己紹介なさい!」
そうルミアに言われてリーナは泣きそうな表情で、木枯らしが吹いたらかき消えそうなくらい小さな震えた声で自己紹介を始めた。
「あ……あの………あ、あ、……リーナって言います。この春までギル教会にいました……あの……お……おや……お役に、立ちます……せ、千里眼の……マジックアイテムの……千里眼の指輪……使え……ます」
聞き取るのもやっとなほどの小さな声で自己紹介するリーナだったが、ついには目に大粒の涙を浮かべて泣き出したので、さすがにこれ以上は見ていられなくなったので自己紹介をそこで遮った。
「わ、わかった! もういい! もういいよリーナちゃん! うん! いいよな? 2人とも」
そう言ってフミコとケティーに振ると2人も困った表情で頷いた。
そんな自分達の様子を見てルミアは笑顔で両手を合わせると。
「ではリーナの事よろしくお願いしますね! この子の私物はほとんどないに等しいですが、後ほど荷物をギルド本部のほうに送ります。リーナの寝床も基本的にはギルドの皆さんと同じところにしてあげてください」
「え? マジですか?」
「はい、マジです」
ミルアにニッコリスマイルでそう言われ、これ以上の質問は受け付けないといった空気を醸し出された。
まぁ、ここで粘ってごねてリーナをうちで引き取る話をなくす事もできなくはないのかもしれないが、さきほどのティアとの揉め事もあるし、統括本部からのお願いである以上は断ればランクアップなどにも影響するかもしれない。
何より、リーナの出身はギル教会……確かユニオンギルドマスターであり統括市長でもあるヨランダもヨランダ=ギル=ドルクジルヴァニアと名乗っている以上はギル教会の出身のはずだ。
ドルクジルヴァニアの教会で保護された捨て子達が、どれだけ同じ教会で保護され育った者たちや同じ教会出身者に愛着と言うか、家族愛的なものを抱いているかは不明だが、下手に拒否して刺激しない方がいいだろう。
(やれやれ……どうしたものかな? なんだかやりずらくなったぞ?)
一瞬、ヨランダがこちらを監視、もしくはスパイするために送り込んできたのかとも思ったが、リーナの様子を見る限りそうではないように思える。
とは言え、外見や年齢で決めつけるのはよくない。この街はそういった所だ。
子供であろうと諜報や暗殺はお手の物だと言う。
それに仮に転生者だった場合、外見と中身は一致しないだろう……
30代40代のサラリーマンや反社会的勢力の構成員や退役軍人に傭兵、やさぐれ停職謹慎処分中の海兵隊員などが転生して幼女になっている可能性だってある。
(とりあえずは俺たちのギルド本部に戻って、調べるべきか)
頭が痛くなってきたが嘆いても仕方ない……ルミアに挨拶してリーナの手を取ってユニオンギルド総本部の建物を後にした。
リーナの手を取って歩いていたが、そのリーナはユニオンギルド総本部の建物を出た後もずーっと振り返って泣きそうな顔でルミアの事を見ていた。
それはミルアの姿が見えなくなっても、ユニオンギルド総本部の建物が見えなくなっても続いていた。
(はぁ……困った、ほんとに困った。こんな子供のおもりどうしろっていうんだ? 転生者なりを捜すためにまずはギルドのランクアップをしなきゃならないって言うのに、まずは先にこの子に裏がないかの確認をしなきゃならない……まったく問題山積みじゃねーか)
そんな考え事をしながら歩いていると、自然と意識が思考へと完全に傾き、リーナの手を取って歩いている事を完全に忘れ去ってしまう。
なので、手を取って一緒に歩いている子供の歩調に合わせるという気配りがつい頭から抜け落ちてしまった。
結果、リーナは困った表情でこちらを見上げて小走りに近い形になっているのに気付かず、内気な性格もあってもう少しゆっくり歩いて欲しいと言えないリーナはそのままつまずいて転んでしまった。
「きゃ!?」
「え!? あ、ごめんリーナちゃん!」
リーナが転んだ事でようやく自分がリーナに歩調を合わせていなかった事に気付くが、転んだリーナはそのまま大声で泣き出してしまった。
「お、おいリーナちゃん落ち着いて!」
なんとか落ち着かせようとするが、どうすればいいかわからない。
するとフミコがしゃがみ込んでリーナの顔を覗き込む。
「うん、痛かったね、辛いよね、悲しいよね、不安だよね、でもね? ここで泣いてたって何も変わらないよ?」
フミコはリーナを抱き起こすと優しく声をかける。
そんなフミコを見ていると隣にケティーが呆れた顔でやってきた。
「川畑くん、考え込む気持ちはわかるけど幼い子の手を引いて歩いてるんだからもう少し気配りしないと」
「……返す言葉もない」
「とにかく、ギルド本部に戻ったらこれからの事をしっかり話し合わないとね」
「そうだな」
「あと、ここからはあの子はフミコに任せたら? なんか泣き止ませちゃったし」
「……ほんとだ、泣き止んでる」
見ればリーナは泣き止んでどこか意を決したような表情になっていた。
フミコのやつ、一体どんな言葉をかけたのだろうか?
何はともあれ、リーナという新しいメンバーを加えてギルド本部に戻ってきたのだった。




