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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
9章:ギルドの街

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ギルドの街(6)

 「あはは、お恥ずかしい所をお見せしてしまったようでごめんなさい」


 そう言って受付嬢が苦笑いしながら受付カウンターに戻ってくる。

 そんな彼女の背後の惨状はまだ完全に片付いたとは言い難かった。


 「いえ、こちらこそなんかすみません」

 「あぁ、お気になさらず。まさかカウンターに尋ねてくるギルドがいるとは思わなかったもので……ここ最近は新規ギルドもなくて受付業務は平和でしたからね。つい緩んでしまってました」


 そう言って受付嬢は詫びるが、つい緩んでいたというレベルの気の抜きようではなかった気がするがそんなに受付の仕事は暇なのだろうか? よくわからん……


 「それでご用件はって……新規ギルドだから説明を受けに来たって感じですね?」

 「えぇ、まぁ……」


 そう言うと受付嬢が再び書類を探し始めた。

 先程の事も相まってまた色々ぶちまけて散らかさないかと不安になってしまう。


 「新規ギルドの通達書類は確か……あった! これだこれ、えぇーっとギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>ですか……どういう意味です?」


 受付嬢が可愛らしく首を傾げて頭にクエッションマークを浮かべてそうな表情をして聞いてきたが、知ってる人にはわかる名前ですよとだけ答えておいた。

 その答えに受付嬢は「ふーん」と言うだけでそれ以上は聞いてはこなかった。

 それぞれ過去を抱えてる者達が多いギルドの街だ、深入りや詮索はしないという事なのだろう。


 (詮索されないのはありがたいが、逆に言えばそれだけ相手の過去を聞き出すには苦労するって事だよな……)


 「さて、それでは仕事の事ですね?」

 「はい、今できる仕事を聞きたいのですが……あとランクがあがるにはどれだけ仕事をこなせばいいかなんかもアドバイスいただければと」


 そう言うと受付嬢は書類に目を落とす。


 「そうですね……書類を見る限りギルドの分野は据え置きって事ですけど、何でも屋でもするつもりですか? あまりお薦めはしませんけど」

 「何か問題でも?」

 「う~ん問題はありませんけど、専門の仕事のギルドにした方がいい仕事を取れる可能性はありますよ? 確かに何でも屋だとジャンル気にせず仕事をもらえますが、広く浅くをする分、より専門性が高く報酬もランクアップのポイントも高い仕事は受けにくくなります。言うなればAという簡単な雑用だけど報酬も少ない、ポイントも稼げない仕事とBという難易度が高く専門性が高くて報酬もポイントも高い仕事の2つがあった場合、なんでも屋だとBの仕事は受領しにくいですね……専門のギルドが仕事で出払っていないって場合でなければまずAしか受領できないし紹介してもらえません」

 「……専門分野がない限り、専門分野に特化したギルドが受領する必要がない雑用な仕事しかできないってわけか」

 「はい、そうです。だからギルドランクを素早く上げたいのであれば専門分野を決める事を推奨します」


 受付嬢はそう言うが、実際どうだろうか?

 確かにギルドのランクを上げるには何かに絞るのがいいのだろうがリスクはある。

 自分達はまだこの街にいるであろう地球からの転生者なり転移者なり召喚者がどのギルドに所属しているかはわかっていない。

 どの専門分野のギルドにいるかわからない以上、博打を打って見当違いのジャンルでランクを上げ交流する機会が巡ってこない危険がある。


 「さてどうしたものかな? フミコはどう思う?」


 隣で大人しくしていたフミコに試しに聞いてみると、一瞬考える素振りをした後こう答えた。


 「ギルドって荒くれ者が酒飲みながら今日はどこ行く? 何狩る? とか相談して仕事決めるだけじゃなかったの?」

 「フミコ……今度は一体何を知識の参考にした?」


 漫画やゲームじゃ冒険者たちがわいわい騒ぐそういった光景がギルドのイメージだろうが、多分その知識は当てにならんぞ?

 そう思っていると受付嬢も困った表情となった。

 フミコの後ろではケティーは必死で笑いを堪えていた。

 うん、これ後で絶対ケティーがからかって喧嘩になりそう……


 「え~っと……ひょっとして、かつての冒険者ギルドの受付イメージ語ってます? ユニオンギルドはすべてのギルドを統括してるわけですから、そういったイメージの受付光景はさすがに絶滅してますよ?」

 「え? そうなんだ」

 「そうですよ? それとも、そういったイメージの事したいなら専門分野は冒険者ギルドにしますか?」


 受付嬢はそう言ったが幅広い範囲で交流するにはやはりジャンルは絞らない方がいいだろう。

 なので何でも屋で押し通すことにする。


 「あ、いいです。とりあえず据え置きのままで」

 「そうですか……まぁ専門にしたい分野ができたらいつでも言ってくださいね」


 そう言って受付嬢は新たにいくつかの書類を取り出す。


 「さて、何でも屋で行くという事は仕事の分野は問わないわけですから、受けられる仕事は山ほどあります。ただギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>は現在最低ランクのFですから報酬が高い仕事はまったくありませんね……それとランクアップのポイントですが、それは依頼の達成状況なんかで変化しますから一概には言えません」


 要するに、同じ仕事内容でも出来がいいか悪いかでポイントは上下するらしい。

 だから具体的にどれだけの数の仕事をこなせばランクアップとなるかは言えないようだ。

 仕事の出来高というか、評価が正当に反映されるシステムのように思えるが、一方で評価方法を曖昧にするという事は気に入らないギルドにはポイントを与えなくすることもできるという側面もある。


 「なるほど……で、今ある仕事っていうのはどういったものがあります?」

 「そうですね、まずは仕事の大まかな説明をしましょうか」


 ギルドに来る依頼にはいくつかの種類がある。

 アイテムや資材、原料、食料などの物資の調達や輸送、配送といった仕事。

 そしてそれら輸送の護衛、これには人を送り届ける護衛や要人の警護も含まれる。

 他に魔物の討伐や害虫、害獣の駆除に捕獲、希少種や遭難者の保護、敵対勢力に拉致・監禁された者の奪還など。

 また土地や遺跡の調査、観測、発掘、研究、開拓、開墾に敵対勢力に奪われた土地や村の奪還、偵察、斥候。さらには潜入捜査。

 さらには街の中にスパイがいないかなどの調査、監視。街中の公安、治安維持、警邏や街の防衛、郊外の重要施設の管理、防護など。

 その他、無干渉地帯の外への遠征(各国外交を含む)、飲食店や専門店、市政機関の手伝い、郊外での希少素材の採取やアイテムの調合、他国や敵対勢力の公的資料の解読や翻訳と市政への提言に市内の建築物の解体作業などが主な依頼内容だ。


 これらは仕事の内容に応じて定期的にユニオンギルド統括本部がそれぞれの専門ギルドに斡旋するが、すべての依頼を均等に振り分けて斡旋するわけではない。

 重要性の高い依頼を実績があり信頼できるランクが高いギルドから順に振り分けられるのだ。


 そして、そこまで重要でなく急ぎでもない依頼や仕事は各ギルドに斡旋されずにユニオンギルド総本山のクエストボードに貼られたり、カウンターで受付嬢から駆け出しギルドへ案内される形となる。


 「そんなわけで、ギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>の皆さんが今受けられるお仕事はFランクの雑用レベルのお仕事ですね……例えばここの近くの酒場が今ウエイター不足らしいのでそれのお手伝いとか、4番街にある老朽化した雑貨屋の解体作業とか、下水道の掃除とか害虫駆除とかですね」

 「え? 何それ? マジで雑用じゃん……」

 「だから言ったじゃないですか! まぁ仕事あるだけこなしてたらすぐにランクアップしますよ!」


 笑顔で受付嬢は言うがとてもやる気がでそうにない仕事ばかり提示された。

 何これ?酒場でウエイターってただのアルバイトじゃん……隣ではフミコが死んだ魚の目をしており、ケティーが呆れた表情をしていた。


 「まぁ、やるしかないんじゃない川畑くん?」


 同情するようにケティーが声をかけてきたが、さてはこれ以上関わる気がないな?

 さっさとムーブデバイスで撤収して逃げようと考えてるかもしれない。

 くそ、こうなったら今回はケティーも最後まで巻き込んでやる!


 そう思った時だった。受付嬢がとんでもない事を言い出した。


 「あ、あと特別なお仕事もありますよ?」

 「ん? 何それ?」

 「ランクアップポイントには関係ありませんが……」

 「いや、ないんかい!」

 「まぁまぁ、最後まで聞いてください! 実は私が住んでる寮がこの施設の裏手にあるのですが、その寮はとっても厳しくて月に一度、部屋の状態をチェックされて一定以上清潔感を保てていないと追い出されてしまうんですよ」


 何やら深刻な表情で受付嬢さんが言ってきた。

 突然そんな話をされても特別なお仕事の話はどこに行ったんだ? とツッコみたくなるのだが?


 「はぁ……それは大変ですね?」

 「そう!! 大変なんですよ!! 困るんですよ!! 寝床を追い出されるんですよ!? ホームレスですよ!?」


 突然受付嬢さんが大声を出してバンバンとカウンターを叩きだした。

 いきなりテンション変わったな、おい……


 「確かにそれは困りましたね?」

 「そうなんですよ! ユニオンギルド受付の仕事で部屋を掃除する暇がないというのにあんまりと思いませんか? 思いますよね!?」


 迫真の表情で受付嬢さんが迫ってきた。

 うむ、勢いに押されて首を縦に振るが、どう見てもこの人が部屋を片付けられない、散らかしっぱなしのだけな気がする……

 こっちが声をかけるまで本読んでたし、それだけ暇なら休憩をいただいて部屋を片付けに戻れそうだし、背後の資料やらの惨状を見るにきっちりしている性格とは思えない。


 そして、ここまでで大体の予想がついた。


 「あの~ひょっとして特別なお仕事ってあなたの部屋の片付けと掃除とかじゃないですよね?」


 恐る恐る言うと受付嬢さんは満面の笑みで答えた。


 「ピンポンピンポン、正解です!! いや~部屋の整理整頓、掃除を手伝ってくれるとありがたいな~って!」


 あぁ……マジで言いやがったこいつ、ありえねー!

 何が特別なお仕事だ、頭おかしいだろこいつ……


 「ポイントは貯まるんですか?」

 「いや、ランクアップには関係ないって言いませんでしたっけ?」


 受付嬢さんがキョトンとした顔で言ったのでさすがにキレそうになった。


 「いや、だったらいいです。てか何で無償でそんな事しなきゃいけないんですか?」


 そう言うと受付嬢さんは笑顔で、隣にいるフミコやケティーがブチキレるとんでもない発言を繰り出した。


 「無償ってわけじゃないですよ? 報酬は部屋が片付け終わった後で、私の部屋で私を抱いてもいいですよ? 私の体を好きにしていいんです、ほら魅力的な報酬でしょ? あ、別に誰にでも裸を見せるビッチじゃないですよ? あなた結構私の好みだから言ってるわけで……」


 そこまで受付嬢さんが笑顔で言った直後、フミコとケティーが自分を押しのけてカウンター越しに受付嬢さんの胸ぐらをつかむと世にも恐ろしい表情で受付嬢さんを怒鳴りつけた。


 「あぁ!? なめてんのかこのビッチが! あたしのかい君に何手だそうとしてんだコラ! 報酬はあんたの命でいいか? あぁ!?」

 「お姉さん、今の発言、ユニオンギルドのクレーム窓口に報告していいかな? いいよね? じゃあしますね? 職権乱用、これでお姉さん解雇かな?」

 「ひ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください!! ほんとごめんなさい!! 調子に乗ってましたすみません!!」


 2人の剣幕に受付嬢さんは涙目で何度も頭を下げて謝罪していた。

 それでもフミコとケティーの怒りは収まらず、それから2時間も罵倒と恫喝を続ける事態となった。

 う、うむ……何というか、これ後々何か問題になったりしない……よな?

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