ギルドの街(4)
「邪神の……復活?」
「そ、それがカルテルの結成以来の目標なんだって、理解に苦しむよね」
ケティーはそう言うが、ファンタジーな異世界では割とメジャーな目的ではなかろうか?
倒すべき相手が明確に設定されているとも言える。
しかし邪神とは……またいつぞやの異世界の時のようにカグの知り合いじゃなかろうな?
「なるほど……そんな目的を掲げてる以上はカルテルを無視して潰し合う事ができないってわけか」
「そういう事、まぁ仮にカルテルがかつての姿……結成当初の規模というか、まだカルト宗教化していない山賊協定の頃だったらギルドも空賊連合もキャプテン・パイレーツ・コミッショナーも相手にしなかったかもしれない。でも今は違う……最も警戒しないといけない組織になった」
「そこまで邪神の復活って目標は絶大ってわけか……」
つまりはカルテルの掲げる邪神の復活、言うなればラスボス復活を阻止すべく活動しているギルドがいるとすれば、そこが転生者のいるギルドの可能性が高いというわけだ。
何せ、まさにこの異世界で起ろうとしている問題の最前線にいるわけなのだから……
「しかし、山賊協定って名乗ってた頃はそうでもなかったのに邪神復活を目標に掲げてカルテルと名乗ってからは3組織から警戒される組織になったってのは飛躍しすぎじゃないか? そこまで邪神のインパクトが強いのか? それとも山賊協定からカルテルへと変貌する過程で何かあったのか?」
そう聞くとケティーがうーんと唸る。
「そうだね……そこのところはよくわからない部分もあるんだけど」
ケティーのその一言で今まで黙って聞いていたフミコが鼻で笑う。
「はん、なんだ肝心な事はわからないんじゃない。かい君やっぱこの女使えないよ」
「おいフミコ聞き捨てならんな? あんたよりは有益情報いっぱい提供しただろ!」
「お、おい……話が進まないから喧嘩は今はやめてくれ」
そう言って2人の喧嘩を止めに入るとフミコとケティー両方に睨まれた。
あぁ、やっぱこの2人を同じギルドの一員として活動させるのは失敗だっただろうか?
そう思っているとケティーがため息をついて話を続ける。
「まぁ、確かにカルテルに関しては詳しい情報はあまり持ってないわね……でも仕方ないでしょ? この無干渉地帯はそもそも治安が悪いんだし、良識を持った普通の旅の行商人はまずここに来ようとしないから詳細な情報は持ってなくて当たり前だよ」
「そりゃギルドの街の評判は知らないが、空賊に海賊が内陸部にいようが出没するような地域に出向いて商売しようなんて、普通はリスク高すぎて考えないよな」
「そういう事……だから川畑くんに誘われなければこの無干渉地帯に来ることはまずなかっただろうね……」
「じゃあ、後はこちらでギルド活動をしながら情報を収集していくしかないか」
そう言ってこれからの事に頭を切り替えようとした時だった。
ケティーはニヤリと笑って話を続ける。
「まぁ、カルテルの詳しい情報はないにせよ、特徴だけなら知ってるよ?」
そう言ってケティーは邪神結社「カルテル」構成員の特徴を話し始めた。
無干渉地帯に万が一にも行く時にはこういった連中に気をつけろという行商人の間で共有されてる情報らしい。
まずカルテルという組織は幹部組織と下位組織に分かれているという。
下位組織は主に旧山賊協定の者で構成され、新入りなども最初はここに配属となるらしい。
外見上の見分けは特になく、見るからに盗賊ですといった身なりの者が多いという。
もしくは周辺国から逃げてきた逃亡犯やギルドや空賊、海賊を追い出された者達もいるのだとか。
そして、彼らはそのほとんどが下位組織から抜け出せる事はないらしい……
そしてカルテルという組織と目標遂行の根幹を担うのが幹部組織。
この組織は邪神結社「カルテル」の盟主を頂点とする10人の幹部とそれらの幹部が信頼を寄せる部下数名で構成される少数のグループだ。
とはいえ、彼らの力は絶大で、故に下位組織の旧山賊協定たちは従わざるをえないのだ。
その幹部組織にはそれぞれセフィラと呼ばれる位が与えられ、順序が決まっているのだとか……
盟主には第1のセフィラである王冠が与えられ。
以下第2のセフィラ知恵
第3のセフィラ理解
第4のセフィラ慈悲
第5のセフィラ峻厳
第6のセフィラ美
第7のセファラ勝利
第8のセフイラ栄光
第9のセフイラ基礎
第10のセフイラ王国
と続く……
これら10のセフィラを与えられた者がカルテルの幹部であり、そして隠されし最後の位……
第11のセフィラである知識。これに据えられるのがカルテルが復活させようとしている邪神であり、言うなれば11のセフィラをすべて埋める事がカルテルの目的とも言える。
これら10のセフィラを与えられた者はカルテル幹部として下位組織のような一発で山賊、夜盗、盗賊、ならず者の犯罪者と分かるような格好はせず、統一したカルテルという組織の正装をしているという。
そして、最もわかりやすい見分け方として幹部は皆眼帯をしているらしい。
「全員眼帯をしてる……? 目が悪くなければカルテルでは幹部になれないのか? もしくは中二病全快でないと無理とか?」
「中二病全快かどうかは置いといて、幹部になる前は誰も眼帯はしてないと思うよ。目も悪くなくても問題ないはず」
「じゃあ眼帯に意味はあるのか?」
これは当然の疑問だ。
目が悪くないのに幹部になった途端眼帯を付ける事を強要される。
どう考えても中二病を煩っているとしか思えない。
しかし、ケティーの回答は末恐ろしいものだった。
「あるよ……これは実態がよくわかってない邪神とも関係してくるんだけど。カルテルで幹部になってセフィラを得るためにはまず儀式を受けないといけない……その結果眼帯を付けることになる」
「どういう事だ?」
「カルテルの目的は隠された第11番目のセフィラ知識に邪神を据えるため、邪神を復活させる事。そのためには深淵に封じられている知識とパスを繋げられる存在でなければならない……深淵に触れて正気を維持できる者でなければならない……それを確かめるためにセフィラを得られるか否かを見定める試験で盟主から片目を抉り取られるんだ」
「……は?」
「右目か左目どっちでもいいけど、盟主に片目を抉り取られた後、その空いた箇所にかつて存在した邪神が生み出したと言われる魔結晶で作られた義眼を埋め込まれる。その際体中が蝕まれるらしいけど、それに耐えた者が幹部としてセフィラを与えられるんだとか。魔結晶で作られた義眼には邪神の加護が宿り、特殊な能力を使えるようになる。眼帯はそれを封じるための護符で、眼帯を外せばその特殊能力が解放されるって話だよ」
なんじゃその中二病モリモリの設定は! とツッコミたくなったが、そもそも片目を抉り取られると聞いただけで思わず目を手で覆い隠したくなる。
あまり想像したくない光景だった。
「それって、もし義眼に耐えられなかったらどうなるんだ?」
「さぁ、そこまでは……でもまぁ、死ぬか廃人になるかじゃないの? 正直、邪神を呼び起こそうって考えてる組織がアフターケアなんて考えないでしょ」
「まぁ、そうだろうな……」
実態がどうなのかは定かではないから、あまりこれ以上は突っ込めないが、ろくでもない組織なのはよくわかった。
「で、邪神ってのは実際何なんだ? 魔王だとかそういった存在と思っていいのか?」
「う~ん、どうだろ? 邪神に関しては明確な資料がないんだよね」
「どういう事だ?」
明確な資料がないとはどういう事だろう?
かつて人類が滅亡寸前まで追い込まれたとか、わかりやすい伝承がないという事だろうか?
そんなあやふやな存在なら誰も恐れたりしないのではないか?
「そもそも邪神がこの異世界に現れたのが数千年前らしくて、当時を知る資料は複数あるけど、それも後年編纂された伝承ばかりなんだよね……カルテルが使用してる魔結晶や、邪神と戦う戦士を描いた壁画や邪神がもたらした厄災の様子が刻まれた石版は存在するけど、当時の様子を正しく理解できる明確な遺跡が存在しないの。だから正確な事はわからないし、神話としては扱われるけど史実なのかは論争の対象だね」
「なんだそれ……そんな実在したかもわからない存在を復活させようとしてるのか? カルテルって組織は」
「だから言ったでしょ、カルト宗教だって……到底理解に苦しむ目標を掲げてるって」
確かに気が狂っている。
数年前に魔王が世界を滅ぼそうとして、しかし勇者に倒されました。
その魔王が再び目覚めました。
そういった世界なら誰もが恐れ逃げ惑うのは当然だ。
しかし、この世界はそもそも邪神が存在したかも不確定だという。
そんな世界で邪神を蘇られる! と言ってもそりゃ誰もピンと来ないし、頭のネジが飛んだ集団って評価しか受けないだろう。
それでもギルド、空賊、海賊が警戒してるのはその目標よりもカルテルという組織の実力なのだろう。
「なんとも判断に困る話だな……要するにカルテルの目標は絶対に止めなきゃならない! だからギルドから精鋭が邪神復活阻止のためた立ち上がったって状況ではないわけだな?」
「まぁそうだね……少なくともそういう話はないと思う」
「……つまり空賊連合、キャプテン・パイレーツ・コミッショナー、カルテルは一旦置いといて結局のところ、このギルドの街で転生者なりを地道に捜すしかないってわけか」
この異世界、というか無干渉地帯の状況は理解した。
転生者なりを物語の主人公と考えた場合のわかりやすい主人公が絡んでいくイベントがない以上、ギルド活動をしながら情報を収集していくしかないようだ。
「やれやれ……一体どれだけの時間をここで費やすことになるのやら」
ため息をつきたくなったが、嘆いても仕方ない。
地道に活路を切り開く、そうと決まればギルドとしてまずは名を馳せて気兼ねなく他のギルドと話ができて身内話を聞き出しやすくしなければならない。
先は長いぞ。
「じゃあまずは仕事をもらいに行かないとな……」
そう言って立ち上がるとフミコがキョトンとして首を傾げる。
「え? かい君、ギルドって統括本部? ってところがお仕事を持ってくるんじゃないの?」
「あぁ、仕事の斡旋か……それはもらえる日が決まってるらしい。そして、統括本部から斡旋してもらえる仕事の内容もギルドのランクで決まってくるらしいから、いい仕事をもらうにはランクを上げないといけない。それには自分達で仕事をもらいに行くか、自分達でいい仕事を見つけるしかないんだよ」
そう、ギルド立ち上げの際、説明ではそうなっていた。
詳しい説明は書面でとなっていたため、一緒に統括本部で話を聞いていたが書面に目を通していないフミコが知らないのは無理もない。
「そうなんだ……じゃあ仕事もらいに行くってまたあの統括本部ってところに行くの?」
「いや、今統括本部に依頼が来ている仕事の中で各ギルドに斡旋されてない依頼を見るには統括本部とは別の施設にあるクエストボードを見ないといけないらしい。まずはそこでどんな仕事があるのか、今のランクで受けられるのか聞かないと」
「そっか、じゃあそこに行こう!」
フミコがそう言って立ち上がるとケティーも立ち上がって。
「さて、どんな仕事があるのかな?」
と言って一緒についてこようとしたので、またフミコがケティーを睨む。
「なんでついて来るの?」
「なんでついていっちゃダメなの?」
ケティーもフミコにメンチを切って口喧嘩をし始めた。
これから仕事をもらいに行こうって時なのに、おいおい勘弁してくれと思った時だった。
今までまったくいなかったのに、さも当たり前のように神を自称するカラスのカグが自分の肩にいつの間にか止まっていた。
ちょっと待て、こいついつの間に現れやがった?
「おい、何やってんだ?」
「ほっほっほ、久しぶりの登場なのに冷たいの?」
「……何の用だ?」
そう言って掃除を手伝わなかったカラスを睨むと、カグは目つきを細めてこう言った。
「な~に伝えておこうと思ってな? お知らせじゃ、今回の異世界に限り制限を緩和してやろう」
突然のカラスの発言に驚いてしまう。
「は!? 何だそれ!?」
「ほっほっほ!サプライズじゃ! なのでこの異世界の事情に絡んでもよいぞ? 具体的にはカルテルとかいう連中の邪魔をしてよい」
「……どういう事だ?」
邪神を復活させようというカルト宗教の邪魔をして良い、カグはそう言ってきた。
このカラスは一体何を考えているのだろうか?
その発言はやはりカグと邪神と何か因縁があるのか? そうとしか考えられなかった。




