ギルドの街(1)
世界の穢れが集うといわれる悪徳の街ドルクジルヴァニア、ここには多くの成らずものが集う。
色んな国のはみ出し者や街を追い出された者、差別され決まった土地に定着できない少数民族や宗教の少数宗派の信者にギャングや没落貴族に国を追われた豪族や身寄りのない者たちまで様々だ。
そういった者たちがこの無法地帯にひとつの組織母体を築き上げていった。
それがギルドだ。
ギルドとは多種多様な専門職の人たちが各々の仕事に特化した集団を作り仕事の依頼を受ける。
街の市政を束ねる市長の斡旋のもと効率化されているように見える制度だ。
しかし、それは街の成らずもの達を隠すための上っ面の処置、この街のギルドに一度でも仕事の依頼を出したものならわかるだろう、ドルクジルヴァニアという街の闇の深さを……
そんなドルクジルヴァニアに住む人たちの構成は独特である。
元より街に住んでいた地元民は人口のおよそ半分で、残りの半分を余所から流れ着いた放浪者が占めている。
ギルドに加入するために来た者もいれば、身を隠すために来た者、行くあてもなく辿り着いた者など様々だ。
中でも街に生まれたての赤ん坊や幼い子供を捨てていくケースが多く、街にいる子供の割合で見ても身元不明の置き去り児が大多数を占める。
捨てられた子供の中には家が貧しく育てられないため捨てられただったり、望んでいない妊娠だったり、強姦などによる被害的妊娠だったりの結果産まれた子供や、それ以外にも世襲制や風習を重んじる王族や貴族の子もいるのではと言われている。
そういった捨てられた子供たちを街にいくつかある教会が保護しているわけだか、これを市政が全面的にバックアップしている。
これによって経済的に安定した孤児施設が市内に多数存在するわけになったのだが、当然市政は救われない子供達に愛の手を無償で差し出したわけではない……これにはある条件があった。
すなわち教会は、市政の資金援助やバックアップを受けて子供達を育てる変わりに、成人せずともある一定の年齢に達すれば市内に存在するいずれかのギルドに彼らを労働員として加入させなければならない。
つまりは教会にこの街の闇を担う構成員を育てろというわけだ。
市政とはすなわちドルクジルヴァニアの権力の中枢、ジルヴァニアギルド郡総本部。
ここがドルクジルヴァニア市内のすべてのギルドを統括管理している組織母体であり、ドルクジルヴァニア市内のみならず街周辺の無法地帯の行政も行なっている。
どの国にも属さない無法地帯の中心にドルクジルヴァニアが存在していることから、ある意味都市国家の中枢ともいえるだろう。
それを支配するのはドルクジルヴァニア統括市長であり、ユニオンギルドマスターでもあるヨランダ=ギル=ドルクジルヴァニア。
彼の了解なしに市内の法令も政策もギルドの重要な決定事項も可決されることはない。
教会を支援する代わりに育てた子供達をギルドの人員補充に回す考えも彼が統括市長になってからより一層厳格に従うよう生み出した法律だ。
ヨランダが統括市長になる前だと、「保護したすべての子供が健康で働けるわけでもないだろうから、見込みがある子だけを選抜して人員募集してるとこに振り分けてね!」くらいのノリだったのが、ヨランダになってからは「病弱だろうと虚弱だろうと障害を持ていようと何かしら使い道はあるはずだ! それこそ飼っている魔獣に食わせたり、おとりにしたり、戦闘訓練での生きた的など使い道はいくらでもある」という風にすべての保護した子供のギルドへの献上を求めたわけだ。
そして、教会が保護した子供を献上した証として教会を巣立つ際に彼らにミドルネームで自身が育った教会の名を名乗らせた。
例えばハンス=ビストリツァ=ドルクジルヴァニアという名はハンスがビストリツァという教会出身である事を意味する。
そして教会で保護されて育った者は皆、ドルクジルヴァニアの姓を名乗るため、名前の後に教会名とドルクジルヴァニアを名乗る者は皆ドルクジルヴァニア市内に捨てられ教会で育てられたドルクジルヴァニアという街の所有物というわけだ。
そして、それは統括市長のヨランダ自身、ギルという教会出身を意味している。
「まぁ、そういうわけだからこの街で中身が別世界の人間だったり別世界からやってきた人間なりを見つけ出すのは至難の業だろうな? 何せ、この街に住む奴らは全員がそういったワケありだ」
そう言って口元を歪めるのは今だ野心をその眼に宿らせる白髪の老人、ドルクジルヴァニア統括市長であり、ユニオンギルドマスターでもあるヨランダ=ギル=ドルクジルヴァニアだ。
彼は今豪奢な作りの椅子に深く腰掛け、机の前に立っている別の世界から来たと主張した自分たちに説明してくれた。
ヨランダの隣では伸ばした髪を頭の後ろで一括した眼鏡をかけた30代後半に差し掛かった男が立っており、眼鏡をくいっと持ち上げて補足説明をする。
「元よりこの地に先祖代々住む真の意味での地元の人間を除けば、まぁ教会出身の者、流れ着いた者すべてが君らが捜している者の候補となるだろう……何せこの街の住人はそんな事は気にしない、仕事さえできればそれでいいのだからな。相手の過去を暴こうと考える奴などほぼいないさ、だからこそ荒くれ者の街として発展してこれたんだ」
眼鏡の男の話を聞いてため息をつきたくなった。
要するに手がかりはそうそう見つけられないという事だ……今回の異世界はかなり時間がかかりそうな気がする。
(転生者なり、転移者、召喚者が他人より目立ったり、力が強すぎて本人は隠してるつもりでも隠しきれてないってパターンは多かったが、転生者を含めたすべてがイレギュラーだとどうやって見つけ出せばいいかわからないぞ?)
頭を悩ませていると眼鏡をかけた男が問いかけてくる。
「そもそも何故別世界から来た者を捜している? 組織を抜けた者を追っていたり裏切り者を追跡したりしてるのか?」
「……それこそ、この街の気質に合わせるならば言う必要ないのでは?」
「……まぁ、その通りだな」
眼鏡の男はそれ以上は聞いてこなかった。
ひょっとしたらこの街では別世界の抗争が繰り広げられるのは別段珍しくもない出来事なのかもしれない。
こういった所は今まで異世界と違って気を遣う必要がなくて助かる。
現にこうして明確な目的と地球の現状を語らずに転生者か転移者か召喚者を捜してると堂々と現地人に相談できるのだから。
「しかし、そうなるとギルドに転生者、転移者、召喚者の詮索の依頼を出しても見込みはないって事か……」
「まぁ、そうなるな?」
ヨランダは楽しそうに言うと眼鏡の男に1枚の羊皮紙を持って来させる。
「なら後は自分達で内側に入って接触していく中で暴いていくしかないのではないか?」
「接触だって?」
「あぁ、お前たちが求めるものは例えギルドに依頼を出しても仲間の過去を暴く内容だけに報酬目当てで誰も真面目にやらない可能性がある。ならばお前たちがギルドの仲間となって信頼を得て、身の上話を警戒心なくしてもらえる存在になるしかないだろう」
ヨランダの話はその通りなのだが、しかし自分たちにはそんな悠長にしている時間はない。
信頼を得るまでに一体どれだけの時間がかかるだろうか?
そして、そんな長期戦をこの異世界で展開している時間的猶予は残っているだろうか?
「本来なら新規ギルド立ち上げの申請は3人以上の団員数が揃ってからという規定なのだが……特別に2人からでもギルド立ち上げを容認してやろう。ここに必要事項を記入しろ、そして働け! そうすれば他ギルドとの交流の中で情報も得られるだろう」
言ってヨランダは眼鏡の男から羊皮紙を受け取ると机に羽根ペンと共に置く。
それを見て悩みながらも羽根ペンを手に取る。
どっちにしろ、ギルドの協力は必要不可欠だ。
むしろこの街で情報を集めるにはギルドという肩書きがなければ警戒されるだけだろう。
ならば弱小ギルドとして活動しながら情報収集するのがこの異世界での最善策のはずだ。
「これがギルド設立とギルドユニオンへの忠誠を誓う誓約書か……何を書けばいいんだ?」
「まぁ、とりあえずはギルド名、現時点での団員の名前、あとはどういった分野のギルドかだな……まぁ、どの分野かは今は特例で据え置きしてもらってかまわないぞ」
「ユニオンギルドマスター直々の優遇とは恐れ入るよまったく……しかしギルド名か」
実際問題、この異世界の転生者、転移者、召喚者を見つけるまでの間の隠れ蓑であるためギルド名にそこまでこだわりはないが、しかしギルドとして活動しながら情報収集する以上は向こうから接触してくれるような名前がいいのかもしれない。
こちらが捜すよりも、向こうから接触してくる……しかし、そんな名前あるだろうか?
(う~ん……わかりやすい日本語にするか? たとえば人気漫才師やギャグ、人気ドラマや漫画のタイトルとか……しかし、それが通用する保証はないんだよな)
転生者やらにわかりやすい名前をと考え頭を悩ませる。
何せ、最初の異世界での転生者、今元晋のように自分のいた時代と数年のずれがあるかもしれないし、王良伯のように日本人でもなく数十年も時代にずれがある可能性だってある。
そんな相手に自分が知ってる最新の日本のネタが通じるだろうか?
(だったら……無難なところで、この名前でいくか)
日本人じゃなく、年代に多少のズレがあっても通称するワード、それをギルド名にする事にした。
ギルド名を書き、登録する団員の名前を書く。
「そう言えば団員の数は最低3人からだったよな?」
「えぇ、そうです。ですが特例で2人でもいいと先程言いましたが」
「いや、3人でいい、もう1人当てがあるからな……後で合流する」
その言葉に横にいたフミコが反応してもの凄い形相で睨んでくるが今は無視しよう。
羊皮紙に書かなければいけない事項をすべて書き眼鏡をかけた男に渡す。
「これでいいか?」
「えぇ、結構」
そう言って眼鏡をかけた男は羊皮紙に目を通す。
「ギルド名は……<ジャパニーズ・トラベラーズ>ですか……どういう意味です?」
「さて、分かる人には分かる名前……かな?」
そう言うと眼鏡をかけた男は怪訝な表情をしたがヨランダは豪快に笑う。
「いいじゃねーか! どうせ腹の中はお互い全部話してないだろ? ギルドとの関係なんてそんなもんだ!」
「いいのかそれで?」
ヨランダの言葉に思わず呆れてしまうが本人は気にした様子はない。
そしてヨランダは口元を歪めて歓迎の言葉を述べた。
「あぁ、いいとも……それじゃあ今日からせいぜい仕事に励んでくれ新生ギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>、諸君らの活躍を期待する」
こうして、新たな異世界での今までに経験したことがないギルド活動という情報収集活動が始まったのだった。