旅の始まり(7)
殺すに決まってる……この神を自称する老人は当然と言った表情で言った。その思ってもみなかった言葉に少し驚いてしまった。
異世界でイキり散らしてる連中から能力を取りあげてこいということまではまぁわかる。だが能力を奪った後に殺すとまでなると理解はできない。
そんなこちらの思考を悟ったのか、神を自称する老人は顎髭をいじりながら説明してくる。
「転移者や召喚者はともかく転生者に関してはすでに地球では死んでいる身だ。遠慮する必要はなかろう? それに生かしておく理由がない。能力を奪っても連中がその世界でイレギュラー因子であることには変わりないからの。また新たな能力を獲得する危険もある。そうならぬよう殺して痕跡も消さねばならん」
「痕跡って」
「その世界の記憶から彼らを剥ぎ取るのじゃよ。そして死んだのは地球ということにする。まぁそこらの調整はこちらでするから気にするな」
「気にするなて……」
気にせずただ殺してこいとこの神を自称する老人は言っているのだ。そんなの気にするに決まってるだろ!
相手はさきほどの怪物とは違って同じ人間なんだぞ?
しかし、そんな自分の考えに神を自称する老人は首を傾げる。
「ふむ、意外じゃの? 貴様はそのようなこと気にするタイプではないと思っておったがの」
「てめー人を一体何だと思ってやがる!」
「神に対するその口の利き方もじゃが、そもそも貴様は他人がどうなろうと関心を示さないタイプのはずじゃが?」
「知ったような口を」
「当然じゃ、神だからな」
ほっほっほと笑いながら顎髭を弄るさまを見て思わず舌打ちしてしまった。
さきほどまでの話を聞くにこの老人は地球人類が思い描く「神」とはほど遠い存在であるはずで、自身もまたそこまで神にこだわってはいないと公言していたが、こういう時にはそれを振りかざすらしい……うざったらしいたらありゃしない。
「それにしても、他人に関心を示さないタイプのはずの貴様も一様には気にする。完全な無関心ではなく多少の関心はあるようじゃの」
「当たり前だろ! 殺し屋でもないのに殺してこいと言われて、はいわかりました! で人殺しをするバカがどこにいる!」
「まぁ軍隊なり組織なり特殊なケースでない限り普通はないよの」
「わかってて俺にそれをやれと?」
「貴様なら適任じゃからの」
「どうして俺なんだ? もっと信心深い信徒にでも頼めばいいだろ! たとえ人殺しをすることになっても世界のためと神の言葉を信じる責任感の強い奴とかよ! 俺はそこまで使命感も責任感もないぞ?」
それこそ狂信的な信者なら神の言うことに疑いなく人殺しも実行するんじゃないのか?
しかし神を自称する老人はそんな信徒や正義感の強い人間をあっさりと否定した。
「彼らでは無理じゃの」
「なんでだ?」
「そもそも信徒ではアビリティーユニットの適合者にはなれない。これは神の言うことなら何でも聞く者だと意味をなさないからの」
「どういうことだ?」
「まぁこっちの話じゃわい。ゆえに信徒は無理というわけじゃ。で、正義感の強い人間にやらせればいいという話じゃが……これは論外じゃの」
「なんでだ? 俺よりもよっぽど使命感を持って事に対処すると思うが? それこそ適任だろ」
「論外じゃ! 仮に正義感が強い責任感の塊のような奴に任せた場合、100%裏切りおるわい」
「裏切る……? どういうことだ?」
裏切るも何も、地球を襲っているジムクベルトにどう寝返るというのだろうか?
そう考えたが神を自称する老人の答えはそうではなかった。
「異世界側に付くという意味じゃ。正義感が強いが故に異世界の人間も同様に見過ごせず一緒になって向こうの事情に肩入れしてしまい、結果説得されて丸め込まれてしまう……その結果は次元の歪みの増幅の加担、これじゃミイラ取りがミイラじゃの、まったく嘆かわしい」
神を自称する老人の言葉には苛立ちが含まれていた。
自分の前に正義感の強い人間に託して見事に裏切られたということだろうか?
「だからこそ、貴様のような奴が適任なのじゃよ」
「なんでだよ?」
「基本世の中に無関心じゃが適度に責任感があるからの。それくらいがこの任務には丁度良いのじゃ……絶対に地球を救うんだ! と気負いすぎず、かと言って向こうの事情にも流されずマイペースにとりあえず任務をこなす……そういう者が最も効率よく世界を救えるのじゃ」
「なんかそこはかとなくバカにしてないか?」
「堅物の清廉潔白な英雄よりのんびり屋の遊び人な勇者を世間は求めとるということじゃ、褒め言葉じゃよ」
神を自称する老人はそう言ってケラケラと笑った。
どうにもいけ好かない。
要するに生真面目でなく不真面目でもない中途半端だから選んだと言っているのだ。これで喜べと言われて喜べる奴がいるのか?
そして最も気にくわないのは最後に小さく小声で言った言葉だ。
神を自称する老人は聞こえてないと思ったのか、それともわざとかはわからないが確かにこう言った。
「そのほうが駒として扱いやすい」と
ふざけるな! 何も考えてないがとりあえず与えられた任務はやるというタイプの人間だから駒として扱いやすいだと? バカにするのもいい加減にしろ!
腸が煮えくりかえる思いに駆られたが今は堪えることにした。
どちらにしろ、現状では神を自称する老人の話を蹴ったところでジムクベルトや次元の迷い子に対抗できない人類は滅亡の道を辿るだけだ。
結局のところ選択肢はない。腑に落ちない点も多いが今はこの神を自称する老人の話に乗るしかないのだ。
「………わかったよ。で、これからどうするんだ?」
「覚悟を決めたようじゃの。世界を救う英雄誕生の瞬間じゃな! ほっほ」
上機嫌で笑う神を自称する老人を見て嫌気が差した。
何が世界を救う英雄だ……やるのは別の世界へ行って力の簒奪と殺害だろうが! こんなもの英雄譚になどなるものか!
そんなこちらの腹の内を知ってか知らずか、神を自称する老人は笑顔で背中をバンバンと叩いてくる。
「では行こうかの、まだ説明しなければならないことがあるが……一旦は地球とはおさらばじゃ」
「地球とおさらば……そうか、異世界に転生者、転移者、召喚者とやらを倒しに行くんだもんな」
ふと辺りを見回してみる。次元の迷い子たちの襲撃でボロボロとなった避難所。
遠くを見ても黒煙がいたるところで立ちこめる廃墟のような風景しかない。
スマホで緊急時災害伝言板を確認するがやはり家族からのメッセージはない。
どうか無事でいてほしい、そう思う。
そしてこの光景を目に焼き付けておかなければならない。
この現実を終わらせるために。
そして、この老人の本当の目的も探らなければならない。
神を自称するこの老人は信用しきれない、信用しきってはいけない。
都合のいい駒になどなってたまるか!
てめーが本当に神だとしても絶対に欺いてやる! そしててめーの真意を暴いてやる!
それが俺のやるべきことだ!
決意が固まった、そんなこちらの心情など気にせず神を自称する老人は軽い感じでパンパンと手を叩いた。
すると目の前の空間に歪みが生じ、人一人が通れるほどのトンネルが生まれる。
「それでは行こうか地球救済の旅へ、異世界渡航者よ」
「異世界渡航者?」
「あぁ、貴様は異世界転生とも転移とも召喚とも違う。地球救済という目的を使命を持って数多の異世界を巡る、故に貴様は転生者でも転移者でも召喚者でもない……異世界渡航者じゃ」
そう言って神を自称する老人は空間の歪みに生じたトンネルへと入るよう促してくる。
異世界渡航者か……これからやる事はその呼び名が意味するような、そんな生やさしいものだろうか?
とにかく次に地球戻ってくる時はすべてが終わっていることを望んでトンネルへと足を踏み入れた。
この先に何が待ち受けてるかはわからないが、それでも突き進むしかないのだ。
こうして地球救済の使命を背負った異世界渡航者、川畑界斗の旅は始まったのだった。