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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
8章:DifferentWorlds

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敗北者パーティーのお仕事

 その場所は前も後ろも横も上も下も、そもそも方角そのものがわからない、足下を見ても底が見えない、どこまでも暗闇が広がる何もない空間だった。

 そもそも空間と言ってしまっていいのかすらもわからない、何せ世界の枠から外れた場所、宇宙空間の境目の向こうなのだから……


 ここは次元の狭間、そう呼ばれている場所だ。


 そんな場所、通常なら軽々と行けるわけがない。

 何せ素粒子など何もない空間なのだ、重力は当然ないし光など存在するわけがない。

 何兆年かして膨張した宇宙がやってきたら話は別だろうが、そうでない限り「無」である次元の狭間を旅する術は本来はない。


 とは言え、そんな次元の狭間に何もないか? と言われたらそうでもない……

 様々な理由で元いた世界、もとい宇宙をはじき出された存在が彷徨ってたりするからだ。

 それらが「次元の迷い子」。


 時間という概念に縛られていた世界から放り出され、時間という概念が存在しない空間に未来永劫彷徨い続けるはめになり、生命活動を停止しても肉体が朽ちる要素がない次元の狭間でただゾンビのように彷徨うしかない存在……


 そして元いた世界から誰からも忘れ去られ、誰かに発見してもらうまで「無」を漂う失われし文明……


 最後に、「無」など気にせず悠々と狭間を遊弋する絶対的存在、ジムクベルト。


 無限といっていい次元の狭間でこれらに遭遇する事はごく希であろうが、それでも「無」であるはずの次元の狭間にもこれだけのものが存在しているのだ。


 とはいえ、やはり次元の狭間は素粒子も重力も引力も光もない寂しい世界である。

 だから、そんな「無」の世界を突き進むなんてどうかしている……日野あかりはそう思うのだった。


 「ねぇ……本当にまだ進むの?」


 不安そうな表情で日野あかりは前を進む2人に聞く。

 声をかけられた2人はそれぞれ振り返ると。


 「大丈夫だって! まだ[道]は続いてる、心配いらないよ!」

 「いざとなったら自分があかりさんの事は守るっすよ!! 安心してくださいっす!!」


 本当に大丈夫か? とさらに心配になりそうな返事が返ってきた。


 日野あかり、かつて異世界で運命の乙女と呼ばれていた少女の前を進むのは今元晋に喜多村卓也という少年。

 それぞれ、かつて異世界で魔王を倒す勇者を担っていた者と極寒の地で聖斧片手に狩りやその地に纏わる歴史を探っていた者だ。


 この3人に共通している事、それはそれぞれ別の異世界に転生したり召喚されたりして、その地で異能を得たが異世界渡航者と名乗る少年、川畑界斗に能力を奪われ殺されたという点だ。


 本来なら殺された時点で終わるはずなのだが、どういうわけか自分達を殺した相手である川畑界斗の活動拠点である次元の狭間の空間と瓜二つの場所に送られて、意識を保っている。


 一体どうなっているのか?

 その答えは川畑界斗が地球から次元の狭間の空間に移動したその日にあった。


 次元の狭間の空間に入った初日、川畑界斗はアビリティーユニットと次元の狭間の空間全体を管理するメンテナンス施設であるプログラムを組んだ。


 自称神のカグを信用していない川畑界斗は神を出し抜くための手段として、次元の狭間の空間全体にある仕掛けを施したのだ。


 それが空間拡張、しかし普通に空間を広げて施設を増やしても神の監視が即座についた。

 そこで、空間を拡張するがそれを悟らせないよう、限りなく自分と同じ次元にありながら違う次元に重なり合うように、まったく瓜二つの空間をコピーアンドペーストで構築したのだ。


 それが今元晋や喜多村卓也、日野あかりが殺された後にやってきた空間だ。

 川畑界斗が異世界で相手を殺した直後、その相手の魂の半分をこの空間に送るようにしているのである。

 こうする事で神は半分の魂を地球で死んだという風に調整する一方で半分魂がある以上、彼らを生かす事ができる。


 とはいえ、川畑界斗は実際にこの空間がちゃんと機能しているかはわかっていない。

 神の目を欺くために自分が管理している履歴を残せないため、空間と転移のプログラムだけ組んで、元となるデータは破棄しており、コピー空間の管理はコピー側に任せているわけだ。


 だから川畑界斗はその時が来るまでコピー空間へと繋がる、もしくは連絡を取る手段のプログラムは組めない。

 本当に成功してるのか確認しようがない状態なのだ。


 とはいえ、コピー側からはメンテナンス施設を介して川畑界斗のいる正規の空間の情報は知る事ができた。


 ゆえに連絡は取り合えなくても、何かしらのサポートはできるのではないか? と始めたのが今行っている作業……今元晋の言うところの「敗北者パーティーのお仕事」なのだ。


 「本当に彼が殺した転生者、転移者、召喚者の魂は地球へと戻り、そこで死んだことに修正されるのか? それによって本当に次元の亀裂は修復していっているのか? それをこっそり監視するってのはわかるんだけど……」


 日野あかりはそう言って不安そうに周囲を窺う。


 「基本的に今の私達って彼に能力を奪われたままの状態なんでしょ? いくら[道]のおかげで次元の狭間を移動できると言っても「次元の迷い子」ってのに襲われたらどうしようもないんじゃ……」


 そう、彼らは今何の異能も持ち合わせていない。

 次元の狭間の空間にあった木刀とハンマーを今元晋と喜多村卓也が手に取り、日野あかりが食堂のキッチンから拝借した出刃包丁を護身用として持っているという申し訳程度の武装具合だ。

 本当にこんな頼りない装備でいざという時に大丈夫なのか? と不安になるのは当然だろう。


 そうこうしているう内に[道]の最果てに辿り着く。

 [道]は目には見えないため、本当にここから先は進めないのかわからないが、少なくとも[道]から外れれば指標のない無の空間で悠久の時を彷徨うことになるだろう。


 そんな場所で3人は上を見上げた。

 無の空間である次元の狭間に本来上も下もないが、[道]という場所のおかげで地に足をつけている感覚がある以上はこの表現が今は正しい。


 そんな見上げた先に代わり映えのしない暗黒の無の空間にオーロラのような光のカーテンが突如現れる。


 「すごい、何あれ……きれい」

 「あれが次元の亀裂だよ」

 「あれが亀裂!? オーロラのようにしか見えないけど?」


 思わず大きな声をあげる日野あかりの反応に今元晋は苦笑して人差し指を唇にあてて「しー」と言った後しゃがむよう促す。

 日野あかりは恥ずかしそうに口元を押えてしゃがむと、小声で今元晋に質問する。


 「本当にあれが次元の亀裂なの? 想像してたのと違うんだけど」

 「まぁ確かに亀裂と言われたら普通はもっとひび割れたものを想像するだろうけど、あれは言うなれば……」


 そこから今元晋が色々と日野あかりに説明したが、そのほとんどを日野あかりは理解できなかった。

 それどころか余計に混乱するはめとなった。


 「う~ん? つまり……どういう事?」

 「あはは、少し分かりづらかったかな? まぁ気にせずあれが次元の亀裂とだけ覚えておいてくれたらいいよ」


 そう今元晋が言った直後、喜多村卓也が緊張した面持ちで声をかけてくる。


 「きたっすよ!」


 その一言で今元晋の表情が変わった。

 日野あかりも緊張の面持ちとなり、3人とも無言でオーロラのような次元の亀裂を見上げる。

 直後、彗星のような尾を引いた光る物体がどこからか飛んできてオーロラのような次元の亀裂を突き抜けるように通過する。


 「あれは!?」

 「あれが魂ですよ」

 「え? 魂って……」

 「カイトが異世界で転生者、転移者、召喚者を殺すたびにあの彗星のような魂は飛んできます。そして次元の亀裂へとぶつかってそのまま彼方へと去って行く……きっと飛び去った先が地球がある次元の方角なのでしょうね」


 すでにこの光景を見慣れている今元晋と喜多村卓也は冷静であったが、はじめて見る日野あかりは言葉にならない衝撃を受けていた。

 人の死後、魂はどこに行くのか? その答えを、真理の一端を垣間見たのだ。

 冷静でいられる2人が信じられなかった。


 「次元の亀裂に変化は……わかりづらいけどあるみたいっすね」


 喜多村卓也がそう言うと、同じく今元晋も頷く。

 とはいえ、日野あかりはオーロラのような次元の亀裂を見上げても特に変化はないように感じていた。


 「ねぇ、一体どう変化があったの?」


 日野あかりがそう尋ねると今元晋がオーロラのような次元の亀裂の端を指さす。


 「あそこ、最初に亀裂が現れた時と比べて薄くなってない?」

 「……言われてみれば?」

 「魂が通過するたびにあぁやって薄くなっていくんだ。そしてやがて消えていく、それが亀裂が修復されたって証なんだ」

 「……なるほど、でもそこまではっきりとした変化じゃないですよね?」


 そう、意識してない日野あかりでも目に見えて分かるほどの変化なら亀裂がどんどん修復されているとわかるが、実際はそうではない……つまりは。


 「まだまだ次元の亀裂の完全な修復には時間がかかるということっすよ!」


 喜多村卓也がそう言って警戒を解く。

 どうやら観測は終わったようだ。

 今元晋も立ち上がって踵を返そうとしていた。


 「なんだか気が遠くなる話ですけど、これでもうここでやることは終わったってことなの?」


 日野あかりがそう聞くと今元晋は頷く。

 喜多村卓也も一仕事終えたとばかりに大きく腕を伸ばしている。


 「観測する以外に結局のところ今の自分達にはできる事がないからね……それに[道]がここまでしかない以上、魂が本当に地球まで届いて、そこで消滅した事になってるかまでは追跡できない」

 「危険は犯すけど、本当に危険な事はできない……その境界線がここなんすよ」

 「そうですか……」


 2人の言葉を聞いて日野あかりは納得するしかなかった。

 どの道、異能がない以上できる事はほとんどない……日野あかりは今元晋、喜多村卓也の後に続いて次元の狭間の空間へと戻るのだった。

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