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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
8章:DifferentWorlds

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決戦!フミコVS悪役令嬢(後編)

 薄暗い空間に1つのステージがあった。

 まるで演劇の舞台のようなそれの目の前には階段状に配置された観客席が設置されている。

 天井には目を見張るほど豪華なシャンデリアが吊され、入り口の扉や壁に2階、3階テラス席にいたるまで豪華絢爛な装飾が施されている。


 そう、ここは演劇場。

 それもただの演劇場ではない、身分の高い者達を楽しませるための演劇やオペラ、バレエ、オーケストラの演奏会などが催される庶民では一生縁のない場所だ。


 その建物の外観は地球で言えばフランスのガルニエ宮、いわゆるオペラ座そっくりだった。

 そんな演劇場内の観客席は今、大勢の客でぎっしりと埋まっていた。

 満席御礼である。


 そんな観客が今か今かと待ちわびているのは優雅な演奏会でも上演会でもない……舞台の上に設置された椅子に腰掛ける2人の淑女の優雅なる争いの行方である。


 そう、今から始まるのはお嬢様5番勝負!

 それは淑女の嗜みを競う究極のフィニッシングバトルなのである!!


 「……ちょっといいかしら?」


 そう言って椅子に深く腰掛け足を組み、さらに腕組みして不機嫌そうな表情をしているのはフミコである。

 その態度や雰囲気はとても淑女には程遠く、そもそも勝負になるのか? と誰もが思ってしまいそうだった。


 「何かしら?」


 そう言って上品な姿勢で椅子に腰掛け、優雅に振る舞っている貴族令嬢は異世界転生者エリオール・トリテ・セレヌ・カルテーラ。

 ここではわかりやすく悪役令嬢転生者エリオと表記しておこう。


 「誰が悪役かしら?」

 「……誰に話してんだ?」

 「オホホ……失礼? ついメタ発言してしまいましたわ」

 「……頭大丈夫か?」

 「ほっといてくださいまし! で、何ですの?」


 悪役令嬢転生者エリオが口元を扇子で隠しながら言うとフミコが不満そうに観客席を指さす。


 「こんな大勢いるなんて聞いてないんだけど?」

 「判定してくださる方は多い方がいいってものですわよ」

 「は?」

 「この観客席にいる方々全員がどちらがより令嬢としての魅力に溢れているかを判定してくださいますわ!」

 「ちょっと待て!」

 「あぁー心配なさらずとも、これだけの人数の集計する術は用意してあります」


 エリオがそう言うと舞台の袖から双眼鏡を構え、片手で数取器のスイッチをカチカチ押してカウンターを回す謎の集団が現れる。


 「観客審査のカウントを担当する異世界野鳥の会の皆さんですわ! まるで紅白ですわね!! まぁ実は野鳥の会が紅白担当したの少ないんですけど」

 「いや、誰だよ!? というかこうはくって何だよ!? てかそういう話してるんじゃないよ!!」


 フミコが怒鳴るとエリオが首を傾げる。


 「あら、違いましたの? というか紅白をご存じでない?」

 「違うし知らないよ! 集計とか以前の問題だよ!! 採点するのはかい君だけって話だったでしょ!!」


 フミコが怒鳴るとエリオは「あぁ、そういえば!」とわざとらしく言ってポンと手のひらを叩く。


 「心配しなくても彼も審査員の1人としているよ?」


 そう言ってエリオは最前列の席に座る目をハートにさせてエリオを「うつくしい……」と棒読みで言うだけのゾンビになったカイトを指さした。

 フミコはそんなカイトを見て涙を流す。


 「かい君……あたし以外の女の子にうつくしいなんて言わないといけない呪いにかかって可哀想に……待ってて! 今すぐあたし以外の女の子なんて必要ないって思えるかつての姿に戻してあげるからね!!」


 フミコのそんな言葉にエリオが引き攣った顔になった。


 「ちょっと君~さすがにドン引きなんだけど? かなり病んでるね? ヤンデレヒロインなの?」

 「は? 何それ? それよりかい君以外にも審査員がいるってどういう事?」

 「だから採点はより幅広い意見を取り入れた方がいいでしょって……」

 「え? それってかい君以外にも愛想振りまかないといけないって事? あたしかい君以外の男にそんな事するとか嫌なんですけど? 反吐が出る、気持ち悪い」


 本気で嫌そうな顔をして言うフミコにエリオも引き攣った顔が元に戻らない。


 「いやいや……彼が好きなのはよくわかったけどそれはさすがにどうなのかな? じゃあわかった。彼の採点は他の観客の採点より500倍高いって事にしましょう! ここの観客席は450人収容できて今満席だから文句はないでしょ?」

 「……まぁそれならいいでしょう」

 「そうですか、それはよかった……はぁ、疲れる」


 エリオは始まる前から疲れた表情でため息をつくと、すぐに姿勢を正し扇子を広げてフミコを見据える。

 そして先制パンチとしてこう切り出した。


 「ところで、5番勝負を提案しておいて何だけど、あなたそもそも令嬢の嗜みなんてあるのかしら?」

 「は? 何が言いたいわけ?」

 「嗜みと言うよりは淑女として私と対等に戦える身分なのかしら? と思いましてね? さすがに平民相手に貴族が教養を……マナーやプロトコールでマウントを取っては恥ですから」


 エリオがそう言うと観客席から嘲笑が渦巻いた。

 そんな観客席の空気やエリオの態度にフミコはため息をつくと。


 「なんだ……そんな事か」


 そう言って腕組みを解いて右手を椅子の取っ手の上にかざす。

 すると一枚の丸い鏡が現れた。

 フミコはその鏡を人差し指で押えて取っ手の上に立てる。


 それは見るからに豪華な装飾が施された鉄鏡であった。

 鏡の背面は金で龍が象嵌されており、角などは銀で象嵌されている。

 さらにそれ以外も魅入られる装飾であり、日本国内でこの手の鏡が発掘された事例は1件だけだ。


 その事実は日本の古代史を知っていなければ価値を理解できない。

 ゆえに観客席の誰もその鏡を見ても何とも思わなかったがエリオは違った。


 椅子から転げ落ちてワナワナと震える。


 「そ、それはまさか……金銀錯嵌珠龍文鉄鏡!?」


 エリオが言うとフミコはニヤリと笑った。


 金銀(きんぎん)錯嵌(さく がん)珠龍文(しゅりゅうもん)鉄鏡(てっきょう)

 それは大分県にあるダンワラ古墳から出土した鉄鏡である。

 最初に発見されたのは1933年。当時はその価値に気付く者がほとんどなく注目を浴びる事はなかった。

 そして戦時中、この鉄鏡は行方不明であり、再び世間の前に姿を現すのは戦後の1960年。

 京大の考古学者の教授が古物商から買い取って詳しく調べてからだ。


 そこではじめて金銀の装飾が施されていることがわかり、以降この鏡と同類は発見されておらず現時点で日本においては唯一の出土例である。


 ではなぜ大分県のダンワラ古墳でこれが出土したのか? これにはいくつかの仮説があったが近年注目の発見があった。


 弥生時代の日本、倭国大乱の時代に多くの小国がこぞって朝貢した中国の国は魏。

 そして魏の皇帝と言えば三国志の中では悪役として描かれる事が多い曹操が有名であるが、その曹操の墓からも同様の鏡が出土したのだ。


 これが示すところは、つまりは曹操が自身が持つ鏡と同じものを倭国に下賜したという事。

 当時の倭国の王と言えば言わずもがな邪馬台国の女王である卑弥呼だ。

 もしくは時代が少しずれていても台与である。


 これは今だどこにあったか定かではない邪馬台国の所在……九州説と畿内説の論争の中で九州説が大きくリードする材料となり得る仮説なのだ。


 そんな鉄鏡を弥生時代人だというフミコが持っている。

 これが意味するところはつまり……



 (ま、まさかこの子……そうなの? 弥生時代の人間云々って説明は聞いたけど、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡を持ってるなんてそんな事……そう言えば名前はフミコって名乗ってるけど……ひょっとして現代人が読み方を少し間違ってるだけで本当は!?)


 鉄鏡を見て慌てふためくエリオを見てフミコはドヤ顔を決めながらも内心で思う。


 (まぁ、これはかい君に錬金術で作ってもらったレプリカなんだけどね……)


 そう、フミコは簡易ラーニングである程度の知識を得ていたが、実際は自分が生きた時代の事はラーニングしていない。

 これには理由が様々あるようだが、そのせいで日本史に関しては少し歯抜けな理解をしているのだ。


 その事実を知らずにカイトはフミコに対して「あの鏡って有名だったの?」と聞いてきたのだが、それが金銀錯嵌珠龍文鉄鏡をはじめとした発掘例の少ない稀少な鏡の数々だったわけだが当然フミコは知る由もない。

 そもそも現代の学者がつけた鏡の名前を問われても当時を生きたフミコがわかるわけがない。


 そこで学校の授業で使う資料集や教科書の写真、スマホで調べた画像などをカイトはフミコに見せたわけだが、知っていたり見た事がある物は少数だった。


 しかし、そんな中で金銀錯嵌珠龍文鉄鏡は噂では聞いたことがあり、鬼道に使えないかと常々思っていた所にカイトが錬金術の力を得たので製作を頼んだのだ。


 (まぁ、鬼道は祈りや呪いを蓄積して呪力を練り出せないと使えないから作ってもらったばかりのレプリカじゃまだ使い道が限られるんだけど……まさかここで役に立つとはね)


 フミコはカイトのほうを一瞬ちらっと見て、すぐにエリオを見据える。


 「さて、確か対等に戦える身分かって話だったかしら?」

 「ひぃ!! そ、それは……」

 「まぁ、確かにこの世界ではあたしは平民なのかもね? でも、だからと言って貴族が必ずしも淑女の嗜みを持ってるとは限らないんじゃないかしら?」


 フミコはそう言うと金銀錯嵌珠龍文鉄鏡をくるっと回す。

 すると装飾が施されてる背面から鏡の表面が観客席に向いた時に眩しく光を反射した。

 それは一瞬であったが、しかし最前列に座るゾンビ化したカイトには効果てきめんだったようだ。


 目がハートとなってゾンビのようになっていたカイトはその光の反射を浴びると意識を取り戻したのだ。


 「……あれ? 俺一体今まで何を?」


 そう言って困惑しているカイトにフミコが舞台の上からアイコンタクトを取ってくる。


 「……なんだ?」


 カイトは一瞬フミコが何を求めているのかわらなかったが、すぐに慌てず周囲の状況を観察する事でなんとなく状況を理解する事ができた。


 「言ってくれるじゃない! フィニッシングスクールにでも通ってない限り、貴族として常に嗜みを叩き込まれてる私に敵うわけないでしょ!」

 「そう……じゃあ試してみましょうか? はじめましょう、5番勝負を!」


 フミコは自信たっぷりに言って笑みを浮かべる。

 その態度にエリオは恐れおののいてしまうが、すぐに唇を噛みしめてフミコを睨む。


 「いいでしょう! 見せてあげます実力の違いを! 淑女の嗜みを!!」




 こうしてお嬢様5番勝負が始まった。

 始まったのだが、すでにカイトを正気に戻したフミコにとってこれはただのワンサイドゲームであった。

 何せ観客席の観衆449人がいくらエリオの勝利に挙手してもカイトのフミコへの勝利の挙手1つで449対500となりフミコの勝利となるのだから……


 そんなわけで呆気なくフミコが3勝し勝負がついてしまった。


 「そ、そんな……わたくしが負けるなんて……あんな酷い作法の数々に負けるなんて……」


 そう言ってエリオは膝をついてがっくりと項垂れた。

 ちなみに5番勝負の内容はフミコのあまりの不格好さと酷さ、それにカイトのあまりに酷い、まだ操られてますよ演技の大根役者っぷりとフミコ贔屓っぷりというコンボのため、彼らの名誉のためにカット致します。


 そして意外ながら、フミコが勝ったと挙手した人はカイト以外にもそれなりにいて、エリオがへこんでいる理由はそこであった。

 一体何が彼らをそうさせたのか? 恐らくはこの異世界における最大の謎であろう……


 「さぁ! 勝負はついたわよ! 観念しなさい!!」


 フミコがそう言うとカイトが席から立ってそのまま舞台へとあがってくる。

 そしてカイトはフミコの隣に並び立つ。


 自分の隣にカイトがいる……その当たり前の事にフミコは嬉しくて泣きそうになった。

 短い時間とは言え、カイトが自分の事を見ず目の前の女のゾンビ奴隷になっていた事にどれだけ傷ついたことか、寂しかったことか抱きしめて伝えたかったがフミコは我慢した。


 「かい君、はやく終わらせよう」

 「そうだな……それとすまない。迷惑かけたみたいだな」

 「本当だよ? かい君はもう少しあたしの気持ちに寄り添うべきだよ」

 「ごめん……でも一体どうして呪いが解除されたんだ? 金銀錯嵌珠龍文鉄鏡にはまだ鬼道を使えるだけの十分な呪力は貯まってなかったはずだろ?」


 カイトがそう聞くとフミコは満面の笑みを浮かべて答えた。


 「それはね……愛の力だよ!」


 そう言ったフミコの笑顔はとても魅力的でカイトは思わず照れながら顔を背けてしまった。


 しかし、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡が力を発揮した本当の理由はフミコのエリオに対する怒りと殺意と呪いという負の感情が呪詛となって鉄鏡に短時間で一気に蓄積し呪力となったからであったのだが、この事実を彼らが知る事はないだろう……

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