決戦!フミコVS悪役令嬢(前編)
次元の狭間の空間、その中にある食堂で今まさに異様な光景が広がっていた。
「お、お嬢様……紅茶が入りました」
そう言って優雅とはほど遠い仕草でカップを机に置く。
ちなみに今の格好は執事が着ているような燕尾服であり、正直自分に似合っているとは思えない。
そんな自分がこんな格好して給仕している相手はと言うと……
「ありがとう……ふふふ、今日もかい君がいれてくれる紅茶は美味しいですわよ」
などと言って小指を立てながらカップを手に取り、優雅とは言えない仕草で紅茶を飲み干す。
貴族なり何なりの身分の高いご令嬢の仕草を見よう見まねでやっているのがはっきりとわかる動作だった。
そんな他人が見たら腹を抱えて笑われそうな事をやっているのはフミコだ。
服装もいつもの弥生時代の巫女姫のようなものでも、たまに着る現代の巫女装束のものでもなく、貴族の令嬢が着ていそうなドレスを身に纏っている。
さらにどういった冗談なのか、食堂の中であるにもかかわらずフミコの座っている席の隣には日傘が立てられている。
室内でまったく無意味な事をしているのだ。
そんな理解不能な事が展開されている食堂の入り口が勢いよく開けられる。
「たっだいま~!」
そう言って元気よく入ってきたのはケティーだ。
どこかの異世界から商談を終えて帰ってきたのか、今朝見た時よりも荷物が少なかった。
そんなケティーは入るなり、自分とフミコの格好を見ると腹を抱えて笑い出した。
ほら、言わんこっちゃない……
「ちょっ……川畑くん、フミコ何その格好? コスプレ大会でもしてるの?」
「うるさいな……笑うんじゃねー!」
「って言うか本当にどうしたの?」
腹を抱えて笑いすぎて涙目になったケティーが涙を拭きながら歩いてきてフミコの隣に座ろうとしたが、フミコは物凄い形相でケティーを睨む。
そして、ケティーを無視して紅茶のおかわりを頼んできた。
やれやれと思いながらもフミコが飲み干して空になったカップを手に取るとケティーも笑いながら「私もー」と言ってくる。
いや、俺は別にウエイターをやってるわけじゃないんだが?
そう思った時だった、ケティーの発言にフミコがブチ切れる。
「おい、かい君はあたしの執事なんだけど? ちょっかい出さないでくれるかしら?」
「一体いつ川畑くんがフミコの執事になったのか聞きたいんだけど、そもそもフミコに執事なんか必要ないと思うけどな?」
ケティーがそう言うとフミコがものすごい形相でケティーを睨む。
「そんな事言ってまたこの前みたいにかい君拉致しようって魂胆じゃないでしょうね?」
「さーて、何の事かな?」
「とぼけるなよ! この泥棒猫!!」
ケティーはフミコから視線を逸らして適当に口笛を吹き出した。
以前ケティーに半ば強引に異世界に連れてかれてデートと称して荷物持ちをさせられたが、その時の事をフミコは今だ根に持っているのだ。
ちなみに、その件に関してフミコの怒りは自分にも向けられたが、その時の事はあまり思い出したくない……
軽いトラウマである。
うむ、あんな世にも恐ろしい事が待っているとわかったら、まず浮気をしようなんて発想は浮かばないだろう。
いや、別に浮気以前に付き合ってるわけでないから浮気という表現自体がおかしいのだが……
敵意を向けてくるフミコを無視してケティーが自分の耳元に顔を近づけてきて小声で聞いてくる。
「ねぇフミコ一体どうしたの? ていうか本当に何なのこれ?」
「何というか……何だろうね? それよりこの体勢は余計にフミコを刺激するだけでは?」
そう言うと案の定、フミコが激昂して「このドラ猫! 何かい君にキスしようとしてるの!!」と怒鳴っている。
火に油注いでどうすんだ……思わずため息が出た。
どうしてこんな事をしているのか?
そう、それは前日に遡る。
前日に訪れた異世界、すべてはそこから始まった……
その異世界は特に何か変わった事のない、ごくごく普通の異世界だった。
異世界にごく普通も何もないのだが、そうとしか言い様がないのだから仕方がない。
街の風景や文化水準などはおおよそ地球でいうところの中世欧州といったところで、魔法のような異能の力も存在しない世界であった。
そんな世界で一体何を頼りに転生者なり、転移者なり、召喚者を探せというのかと頭を抱えそうになったが、フミコが「初心者でもわかる異世界ガイドブック」というあの謎の本で得た安直な知識「転生者・転移者・召喚者はなぜか異性にモテる」を頼りに探そう! とトンデモナイ発言をしだしたが、魔法などの異能もなく、魔物に襲われて人類が絶滅の危機! などといったわかりやすいイベントも特にない、本当に手がかりが何もない状態なので、とりあえずフミコのご機嫌を取る意味でもハーレム野郎、もしくは逆ハーレム女を捜す事にした。
すると、意外にもすんなりと転生者は見つかってしまった……
貴族街の中に広がる自然豊かな公園、その中でベンチに腰掛け優雅にお茶会をおこなっている貴族令嬢がいたのだが、そのご令嬢の周りには王子なり貴族のご子息なりイケメンな執事なりと数名の野郎共が群がっていた。
どことなく運命の乙女の能力を奪った時の事を思い出す。
その状況を見るやフミコが「異性になぜかモテる女……あれに違いないよかい君!」と完全に決め込んで突撃を開始しだした。
「ま、マジかよ……本当にそうなのかどうかまずは観察して判断しないと! それに能力の情報も何もないのに接触は危険だし、そもそも100%違うと思うぞ!!」
そう叫ぶが、しかし今のフミコの暴走は止まらなかった。
貴族令嬢のところまで走ってくと、令嬢が周囲にはべらせている男達の言葉など聞かず。
「あなたがこの世界の異世界転生者ね!! もしくは転移者か召喚者!」
とドヤ顔で言い放った。
あぁ、ダメだこりゃ……どうやって謝罪すっか? と考えていると、貴族令嬢が驚いた顔で立ち上がり。
「ど……どうしてそれを!?」
そう言って顔面蒼白となった。
え? 何? マジで当たりだったの? ウソやろ? そんな事ってある?
「ふっふっふ……隠しきれると思ったわけ? この本の知識をつめこんだあたしに! あなたの正体を見破れないわけないじゃない!!」
そう言ってフミコが「初心者でもわかる異世界ガイドブック」を掲げてドヤ顔を決めた。
やめてくれ……なんか恥ずかしい。
一方の貴族令嬢はワナワナと震えながら聞いてもいない事をベラベラと喋りだした。
「そ……そんな! どうしてわたくしの中身がこの世界の人間ではないとバレたの? ちゃんとゲームの設定通りに順応してヘマはしなかったはずなのに! もしかしてゲームとは違う展開にしてしまったからなの? でも仕方ないじゃない!! だって転生したのがゲームじゃヒロインに意地悪ばっかして最後は因果応報で死んじゃう悪役令嬢に転生しちゃったのよ! そりゃゲーム知識フル活用して回避するでしょ!!」
なんだか半狂乱で叫びだした。
あーうん、あれかこれ……よくある乙女ゲームのキャラに転生したら主人公を虐めるキャラになっちゃってたので、死亡フラグ回避するためにゲームのメインストーリーに極力絡みません! すると、あら不思議! 本来なら主人公に惹かれる攻略対象のイケメンたちになぜか好かれまくってモテまくりじゃー! ってあれですか……
「あなたが一体何言ってるのかさっぱりだけど、もう言い逃れはできないよ! おとなしくかい君に能力を見せて能力を奪われて昇天しなさい!!」
「初心者でもわかる異世界ガイドブック」には悪役令嬢カテゴリの説明は書いてなかったのか、貴族令嬢の親切丁寧な説明口調もフミコにはいまいち理解できてなかったようだ。
まぁ、自分もゲームしないから詳しく聞かれたら答えられないが、最低限の事は向こうがわかりやすく言ってくれたんだから理解はしてやろうぜ?
まぁ、弥生時代人に言ってもダメなのかもしれないが……それにゲームの世界に転生するってのはよくあるらしいから、そこらの知識を少しでも補っとくためにも多少なりともゲームはしといたほうがいいのだろうか?
次元の狭間の空間に戻ったら売店で何か買うか……ケティーにお薦めのゲームでも聞いてみよう。
そんな事を呑気に考えていると、取り乱していた貴族令嬢が懐から手鏡を取り出した。
「じょ、冗談じゃないわ! せっかく数年かけて死亡フラグを回避してきたのに、ここにきて唐突にゲームにない展開で唐突に死亡フラグとか許容できるわけないでしょ!!」
そう言って手鏡をこちらに向けてきた。
なんだ? 何かのマジックアイテムだろうか?
でもこの異世界って魔法とかの異能はないって話じゃなかったか?
とはいえ、それだと奪う能力がそもそもない事になるんだよな? じゃあやっぱり存在するのか異能?
そう悠長に考えていると、手鏡が日の光を反射して眩しく光る。
思わず手で顔を隠したその時、手鏡から反射した光がレーザービームとなってこちらに飛んできた。
「おわ!?」
慌ててこれを回避すると、そのままレーザービームは近くを散歩していた名も知らぬモブ男子に直撃し、モブ男子の全身を痙攣させる。
直後、モブ男子は貴族令嬢のほうを見ると目をハートにさせて……
「ビューティフール」
と、とてもいい発音で言葉を発するとゾンビのような動きで貴族令嬢の元までやってきて彼女に平伏する。
「い、今のは!?」
「見たかしら? これは呪いの鏡で、この鏡から発せられた光を浴びた者は使用者に心を奪われ、一生言うことを聞く奴隷となるのよ! できればこれは使いたくなかった! だってこれは他人の心を強制的に奪える代わりに自身に呪いが蓄積していく、使い続ければ破滅する代物なんだから! ゲームでは主人公に嫉妬して、主人公からすべてを奪ってやろうとこれを使うけど、結局それが原因で破滅するって展開だったから今まで使わずにここまで来たのに!! どうしてくれるのよ!!」
いや、知らねーよ!!
そっちが勝手に使ってきたんだろ!!
そう叫ぼうとした時だった。
貴族令嬢が鏡を再びこちらに向けた。
あ、これまずいかも……
アビリティーユニットを取り出そうとするよりもはやく、呪いの鏡から発せられた光が自分の体を貫いた。
「か……かい君――――!!」
フミコの叫びが脳内に響く中、そこで意識は途絶えた。
貴族令嬢の手鏡から発せられたレーザービームはカイトに直撃し、全身を痙攣させる。
そしてカイトは貴族令嬢のほうを向くと……
「う、うつくしい……」
棒読みでつぶやき、ゾンビのような動きで貴族令嬢のほうへと歩いて行く。
「ちょっとかい君!?」
フミコが慌ててカイトの前に立つがカイトは目をハートにさせて貴族令嬢だけを見て進む。
目の前にいるフミコを押しのけて進む。
「きゃ!?」
「う、うつくしい……」
「そ、そんな……かい君なんで!?」
泣きそうな声でフミコは言うが、貴族令嬢は高らかに笑って勝利宣言する。
「ははは! わからないの? 呪いの鏡の光を浴びた以上、彼はもう私の下僕よ! あなたの事なんてもう忘れてしまっているわ! まぁ多分呪いの鏡を使わなくても私の魅力で落とせたと思うけど、残念だったわね!」
そう言って悪役令嬢っぽく高笑いした後、せっかくここまで頑張って悪役回避してきたのに、もう完全に悪役じゃん……と唐突に落ち込みだした。
気持ちの浮き沈みが激しいタイプのようである。
そんな彼女はしかし、直後ゾクっと背筋に薄ら寒いものを感じる。
「よくも……よくもあたしのかい君を奪ってくれたな? ケティーのやつはまだ半分冗談だったから許さないにしても許さなかったけど……あなたは絶対に許さない……」
「ちょ、ちょっと? いきなり雰囲気が怖くなったんだけど? 許さないにしても許さないって結局許してなくない? 言葉がおかしいよ? ねぇ?」
貴族令嬢が冷や汗を流しながらフミコを落ち着かせようとするが、フミコは聞く耳持たず鋭い眼光を貴族令嬢に向ける。
「あたしからかい君を奪ったあなたは今ここで死すべし……慈悲はない!」
そう言ってフミコは右手を横に突き出す。
その手には銅鏡が握られていた、三角縁神獣鏡だ。
貴族令嬢の呪いの鏡に対してこちらも鏡でやり返してやろうと思ったのか、それともフミコが扱う鬼道の中で最大の火力を発揮するこの銅鏡で焼き殺そうと思ったのか……
何にせよ、フミコは容赦なく貴族令嬢を潰しにかかろうとしたその時だった。
命の危険を察した貴族令嬢がこんな事を提案してきた。
「ちょっと待って!! 落ち着こう!! 私は何も君から彼を未来永劫奪い取ってやろうとは思ってないわけよ!」
「……へぇ? ならさっさとかい君をあたしの腕の中に戻しなさい」
「ま、まぁそうしてあげたいのは山々だけど? でも君たちなんか私の命を狙ってるっぽいじゃない? そんな相手を解放するって危険だよね?」
「……かい君を解放しないならどの道すぐ殺すよ、許せない」
「……あはは~それって私詰んでなくね?」
「いいからはやくあたしのかい君をあたしの元に戻しなさい。でないと殺す」
「……でも、君たち私の命狙ってるんだよね?」
「かい君があなたの能力を奪って殺す。それだけですが?」
「いや! 結局殺されるんじゃん!!」
貴族令嬢はそう叫んでその場から走って逃げようとして足を止める。
そしてフミコを指さすと。
「わかったわよ!! 彼を解放してあげてもいいわ!! でもそれには条件がある!!」
そう叫んだ。
フミコは表情1つ変えぬまま貴族令嬢に聞き返す。
「条件って?」
「私を殺さないって約束して」
「それはかい君の本来の目的に反するから無理」
「じゃあ解放するわけないでしょ」
「かい君を元に戻してあたしの腕の中に返さないと殺す」
「いや、取引にならないってそれ」
「……何が言いたいの?」
「ちょっと君、交渉しようにもできないでしょ? そんなんじゃ!」
「……ちなみに条件って?」
フミコの言葉で貴族令嬢はようやく安堵のため息をこらす。
この子しんどい! 心の中でそう叫び条件を提示する。
「私と勝負しましょう! 殺し合いじゃない勝負ね……私が負けたら彼を解放してあげるわ、ただし彼を解放した直後私は逃げるけどね! そして私が勝ったら君は私の前から姿を消す事、いいわね?」
「かい君をどうするつもり?」
「……あぁ、もう! 負けたら諦めるって発想はないわけ?」
「かい君をどうするつもり?」
「あ――――も――――!! わかったわよ!! しばらくしたら解放してあげるわ!! ただし私が命の危険にさらされないと判断した時にね!!」
「かい君をどうするつもり?」
「いや、話聞いてた!? 解放はするって言ったよね!? かなり譲歩したつもりなんだけど!?」
「……わかった、納得はしてないけどそれで我慢してあげる」
「そうですかそうですか……はぁ、疲れるわ」
貴族令嬢がお嬢様とは思えないがに股姿で肩で息をしながら額の汗を拭う。
なんとか命を繋いだ、交渉成立だ!
そう心の中でガッツポーズを取る。
「で、勝負って何するの?」
フミコが聞くと貴族令嬢が口元を歪ませる。
「ふっふっふ……お嬢様勝負だよ」
「はい?」
「お嬢様5番勝負と言ったのだよ君? わからないって? ふふ、わかりやすく言えば君と私どちらがより令嬢としての魅力に溢れているか競うのよ!! 君が取り戻したい彼に採点してもらって先に3勝したほうが勝ち!! どう? 素晴らしいでしょ!! これで白黒はっきりさせましょう!!」
貴族令嬢がそう言ってフミコをビシっと指さす。
指さされたフミコは軽く頭を振ってコキっと音を鳴らすと。
「いいでしょう、その提案をしてきた事を後悔させてあげます」
そう言ってニヤリと笑った。
かくして、フミコと貴族令嬢とのお嬢様5番勝負が開始されるのだった。
そしてどこからか5番勝負はあかん! そんな声が聞こえた気がした……




