ケティーと異世界デート(後編)
リマの街全体で開催されるバザーフェスティバルは確かに恐ろしい規模であった。
何せ、朝の時点ではまったくそんなイベントが開催されるという雰囲気を漂わせていなかったのに、昼過ぎになると街は至る所で露店が催され、どこから湧いてきたのかどこを見ても人、人、人な状態だった。
例えるならまるで渋谷のハロウィンのような状況だ。
これ、まともにバザーなんてできるんですかね? と疑いたくなる光景である。
何せ表通りはもちろんだが、路地裏にさえ怪しい露店が展開されてるのである。
絶対何かヤバイ物が非合法に売り買いされてるに違いない、薄暗い路地裏には近づかない方がいいだろう……
そんなわけでまずは健全な表通りの露店を見て回っているのだが如何せん道は人でごった返している。
さらに並んでいる露店の数も多く、ゆっくりと見て回っていたら人の流れも重なって日が暮れるだろう。
こんな状態でレア物なんて掘り出せるのか? 最初はそう思っていた。
しかし、そこは異世界行商人。
さっと通りを歩いただけで大体の内容を把握したようで
「う~ん、この辺にはレア物はないみたいね」
そう言って先へと進む。
「一瞬しか見てなかったけど、わかるのか?」
「まぁね~こう見えて凄腕行商人だし?」
そうケティーが得意げに言ってドヤ顔を向けてきた。
まぁ、本人がそう言うなら何も言わないでおこう。
普段のケティーと接してるときの印象はともかく、自分達と一緒にいない時の仕事ぶりは知らないのだから。
「あ、そうそう……この辺りはレア物掘り出し物はなさそうだけど、ベストショットは見れそうだよ?」
「ベストショット? なんだそれ?」
「あれだよ、あれ!」
そう言ってケティーが指さした方向を見ると、表通りの先に建つ大聖堂の鐘が鳴った。
それと同時に通りに面しているいくつもの店の軒先に設置されている鐘々が釣られて鳴り響いていく。
通りの先の大聖堂の鐘と表通りに並ぶ多くの鐘が交互に揺れて音を鳴らす風景はとても幻想的であった。
「へぇ~これは凄いな!」
「でしょ? 表通りのこの区画からでないと見れない光景なんだよ」
「なるほど、ここからの角度でしか見れないわけか」
うんうんと頷き、スマホを取り出して写真を撮ったり動画で撮ったりする。
これは現代人の性だから仕方がない……仕方がないから許して欲しい。って誰に謝ってるんだ俺は!
と心の中で一人ツッコみをしていると、隣にいるケティーが腕組みして体を寄せてきた。そして耳元でこう囁いてきた。
「ちなみにここ、リマでカップルに人気のプロポーズしたい・されたい場所第1位なんでだよ? もちろんデートスポット、告白スポットとしてもだけど」
「……へ、へぇ~~~なるほどね」
「川畑くん反応薄くない?」
意地悪い顔でケティーは言ってきた。
これデートスポットってのに反応したらダメなやつじゃないかな?
ケティーは荷物持ちとして自分を連れてきたわけだし、反応したらからかわれるだけだ。
しかしその後も表通りの先に建つ大聖堂内の礼拝堂にあるこの異世界で最大の規模を誇るステンドグラスをカップルたちに混じって見学したり、大聖堂を出てすぐの通りにあるパッサージュのようなガラスの屋根付きアーケード商店街の床に敷き詰められたモザイク模様のタイル、その中で恋人と探して見つければ必ず結ばれるとかいう伝説がある天使模様のタイルを探して回ったり、恋人と手を繋いでコインを投げ入れれば生涯を添い遂げる夫婦となるなんて都市伝説の噴水があるきれいな広場でコインを投げ入れる儀式をやらされ、街の中にある人工の森の公園内にある有名な木漏れ日の下で告白すれば必ず成功するなんて宗教じみた一説がある木の下で休憩がてら紅茶を飲んだり、その他にもデートスポットを数多く回らされた。
これがケティーが明らかにからかっての行動なら勘弁してくれとため息をつくだけで済んだのだが、どうにもデートスポットというのは集客力があるため露店の数も多く、バザーのメイン会場のような雰囲気を出してる側面もあり、どんどん荷物が増えていき、もうデートスポットというか観光スポットというか、そういったものの感想を抱く余裕はなかった。
早く帰りたい、このクソ重い荷物から解放されたい……頭の中の思考はそれだけであった。
そんなわけでケティーが何か話しかけてきても、もう何も考えずあらかじめ脳内に用意した言葉を返すオート返答機能を発動していたわけだが、さすがにケティーもそれには腹を立てたようで……
「ちょっと川畑くん聞いてる?」
「はい、ほんといい風景っすね~」
「いや、風景の話してないんだけど?」
「はい、ほんと景色が最高っすね~」
「いや、どこの景色の事言ってるわけ?」
「へー、ここってそんな逸話があるんすね~」
「……川畑くんマジで怒るよ?」
「へー、本当にすごいっすねー」
「……川畑くん、次ちゃんと答えないとキスします。そしてその場面を写メしてフミコに見せます」
「へー、本当にすごいっすねー」
「……そうですかそうですか! 川畑くんそんなに私とキスしたいんですか! では遠慮なく!」
そう言ってケティーが唇を重ねてきた。
ここに来てようやくオート返答機能が解除され思考が呼び戻される。
「んぐ!?」
「ん……ぷはぁ、どう川畑くん、唇を奪われた感想は? まぁ恋人なんだからキスくらいして当然なんだけど」
「え? ちょっ……えぇ!? 何やってんのケティー!?」
かなりの時間唇を奪われてて思わず慌てふためいてしまったが、その様子にケティーが意地悪く笑う。
「川畑くん動揺しすぎ! ほんと面白い反応するね? もしかして初めてだった? ねぇ、どうなの?」
「う、うるさいな!! あーそうだよ初めてだよ! 初めてだったよチクチョー!! 何しだすのいきなり!?」
「えー? 本当に初めてだったの? 川畑くんの初めて奪っちゃった? フミコじゃなく?」
「悪かったな! ほんと何してくれてんの!?」
怒鳴るが、その態度にケティーが余計に涙目になって腹を抱えて笑い転げる。
ほんとどうなってるのこの子?
そう思っていると、ケティーが涙を拭きながら笑いを抑えながら謝ってくる。
「ごめんごめん、でもこの異世界では私と川畑くんは恋人なんだからいいじゃない」
「よかねーよ! 返せよファーストキス!!」
「乙女か! ……ていうか何気に酷くない? それって私なんかとはしたくもなかったって事? ……私だって初めてだったのに」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃ……ていうか最後なんて言ったの? 小声で聞き取れなかった」
「あ、気にしなくていいよ? それより意外だな」
「……何が?」
「川畑くんはてっきりフミコとはもうキスくらいはやってるかと思ってたけど」
「……なんでそういう」
「まぁ、付き合ってはないんだろうけど意識してないわけはないんでしょ? なら、そうなるきっかけでキスくらいしてるんだと思ってたけど……」
そう言うケティーを見て、一様は話しておくべきかと思い、精神世界でのフミコが自分を慕ってくれるようになった原因を話す事にした。
精神世界での一連の出来事を話し終えるとケティーは物凄く微妙な顔つきになった。
「え? 何それ? 勢いで言ったので自分が何言ったか覚えてない? 最低じゃないそれ?」
「……返す言葉もない」
「それ言われた相手からしたら、あの時あれだけ情熱的に言われたのに、何でその後何もなかったかのように振る舞うの? ってなるよ?」
「……ですよね」
「最悪刺されるよ?」
「血みどろの昼ドラ展開だけは回避したいんですが?」
面目なく言う自分をケティーが哀れな生き物を見る目で見てくる。
うん、そりゃそうなるよね……
「まぁ、川畑くんが漢らしく本当の事を話して自分があの時何を言ったのかちゃんと聞くのが筋だとは思うけど……」
「まぁ、そうなるよね……」
「ただ、どうだろ? ヒトって自分の都合のいいように記憶を美化したり、ねじ曲げたりするものだからね……フミコ本人に聞いても一字一句、川畑くんがそのまま言った言葉が返ってくるとは思えないんだよね……特にあの子思い込みが激しいし、川畑くんに対する愛情が強いし」
「ですよね……だから、今まで先送りにしてきたんだよな。いずれ過去の記憶なり記録を覗ける能力が手に入るかもしれないし」
そう言った自分にケティーは少し軽蔑の視線を向けてくる。
「川畑くん、その考えは正直どうかと思うよ? それって受け身って事じゃない? 川畑くん自身はどうしたいの?」
「どうしたいと言われても、俺だってどうしたらいいか……いずれはフミコの気持ちには応えなきゃいけないとは思ってるけど」
そんな煮え切らない返答をするとケティーが呆れた表情でため息をついた。
「まぁ川畑くんが突発性の難聴系主人公タイプじゃないだけまだましか……いや、この場合似たようなものか?」
「なんか人聞きの悪い事言ってない?」
「自覚があるなら少しはどうすべきか考える事ね! フミコか私かどっちを選ぶのか」
「いや、いつからそんな話になったの? というか何でケティーこの件に選択肢として絡んできてるの? それもう半分というかほぼ告白になってません?」
そうツッコむとケティーがウインクして笑って見せた。
「それがわかってる時点で川畑くんは鈍感系主人公じゃないわけだから、説明はいらないんじゃない? 嫌いだったり意識してない相手に普通キスなんかしないよ? 今日だってずっと言ってたでしょ、デートって」
「デート……ね……」
思わず大量の荷物を見て死んだ目をしてしまった。
そんな自分の反応を見てケティーは苦笑いすると。
「ははは……まぁ、確かに今日はデート半分、荷物持ってもらおうが半分だったけど……だったらお礼にもう一回キスしてあげようか?」
そう言ってきた。
その時のケティーの表情は少し恥ずかしそうに頬を赤く染めていて魅力的であったため、思わずドキっとしてしまった。
と、同時にフミコに怒られそうだという脅迫概念が頭の中で発生する。
そう思う辺り、自分の気持ちは決まっているのだろう……
そんな自分の表情を見てケティーはどう思ったのか、ため息をつくと。
「まぁ、冗談は置いといてお礼はちゃんと用意してるから! ついてきて」
そう言ってケティーはニッコリと笑いながら歩き出した。
「お、おいケティーちょっと待てって!」
重い荷物を担いで後を追いかける。
ケティーについて行くこと数時間、リマの街を出て郊外の放牧地にやってきていた。
リマの街は都会だったが、ここは完全に田舎の風景である。
「ケティー、一体ここに何があるんだ? 街から出て随分たつがバザーフェスティバルはもういいのか?」
「うん、十分買い物できたしデートスポットも巡れたしね!」
そう言って笑顔を見せるケティーは放牧地の中にポツンと建つ一軒家を見ると、近くにある少し大きい岩まで走って行き、しゃがんで身を潜めると手招きしてくる。
よくわからないが、自分もそこまで行き、同じくしゃがんで身を潜める。
「で? 一体何なんだ?」
「あの一軒家、この放牧地の持ち主の家なんだけど」
「まぁ、そりゃそうだよな」
「転生者なんだよ、それも川畑くんと同じ国のね」
「……っえぇ!?」
「しー!!」
思わず大きい声を上げてしまったが、あの家の主が転生者?
一体どういう事だろう?
混乱しているとケティーが説明してくれた。
あのポツっと一軒家に住んでる人間は元は日本で社畜のサラリーマンであったが、社畜しすぎて体を壊し命を落としてしまったらしい。
そして気がつけばこの世界に転生していたのだとか……
日本での経験から、今回は社畜には絶対ならない! 周りから注目されず、ひっそりとスローライフを満喫したい! と思って、こんな何もない郊外の牧草地に住んだわけだが、転生特典でチート級の魔力を手に入れていたため、どれだけ静かに過ごそうと思っても、周りがそれを許してくれない、ほっといてくれないという状況であるらしい。
ようするに元社畜だけど異世界に転生したのでのんびりスローライフを過ごしたいが、周りがそうさせてくれません! ってやつだ……社畜やらおじさん転生者で割りと多いパターンだな。
「要するにあの家の主の能力は奪える?」
「そういう事! どう? お礼になるでしょ?」
そう言ってケティーはウインクしてきた。
確かに自分で転生者を探さずに済むのはありがたいが、しかしためらいもある。
「でもいいのか? ここで奪って……というか、よく気付いたな?」
「ん? 色んな異世界に行って商売してたら割と当たり前のように出くわすよ? 地球出身か他の世界出身かはわからないけど、そういうものだよ。かく言う私だってこの世界からすればそういう存在でしょ?」
「まぁ……そうだな」
言われてみればそうだ。
自分から見ればここは異世界だが、この世界に暮らす人々にとっては自分が住むこの世界が真の世界で、自分達は異世界人なのだ。
至極当たり前な事なのだが、この事を忘れがちである。
そんな当たり前な事を再認識したところでケティーが自分がまだ気付いていない事を言った。
「それに、川畑くんの旅は神が指定した異世界に行って能力を奪って殺すわけじゃない? でも私が連れてきたこの世界では能力を奪うだけで殺す必要はないよ?」
「はっ! そうか! 神が指定してない以上はこの異世界はまだ地球に影響を与えるほど次元の亀裂が発生してない!?」
「そういう事! まぁ、この先訪れる事になってたかもしれないけど、今能力を奪えば、亀裂を広げる力がない以上は神の目に留まる事はないと思うよ」
「つまりは殺さなくていい……」
ケティーの言葉でようやくその事実に気付く。
自分が異世界を巡る旅の中で一番気が進まない、心の負担になっている行為、それは能力を奪い終えた後の転生者・転移者・召喚者の殺害だ。それをここでは行わなくていい。
その事実に思わず口元がほころんでしまう。
そんな自分の表情をケティーはどう思ったのか、それ以降は無言になった。
しばらくすると空の彼方から人が飛んできた。
あれが恐らく転生者なのだろう。
「あいつがそうなのか?」
「そう、魔法で飛行してるみたいね……能力は見たし奪えるんじゃない?」
「あぁ、そうだな……しかし飛行の魔法か、珍しいな」
「そうなの? 魔法使いなら魔法で普通に飛んでそうだけど……」
「そういうゆるい世界もあるんだろうけど、少なくとも俺が魔法の能力を奪った2つの異世界ではなかったな……存在しないというより使いづらいといった感じだったけど」
そう、あくまでこれは魔法が存在する異世界の魔法ドクトリンによって変化する。
飛行の魔法が発展しすぎた異世界では当然ながら空からの一方的な魔法による攻撃が戦争においては行使される。
これは地球における爆撃機による空爆と同じだ。
そして、地球においては空からの一方的な攻撃に対して対空機銃や高射砲、そしてミサイルによる迎撃が対処法として確立している。
異世界も同じだ。
飛行して空から一方的に魔法で攻撃、これをしすぎた先に登場したのが対空迎撃魔法。
この魔法の登場により飛行魔法を使用する魔法使いの撃墜数は一気に跳ね上がる。
そして、ついに空から魔法使いは駆逐された。
飛べば撃墜されるのに飛ぶのはバカか命知らずか自らの技術を見せしめたい目立ちたがり屋となったわけだ。
短い距離や私有地ならともかく、戦場や敵国への移動に飛行魔法を使うなど殺してくれと言っているようなものだろう。
そんな世界で空を移動する手段として登場するのが飛行魔法を船に付加しての飛行という魔導飛行船なわけだが、ここまでくるともはや魔法が動力源なだけで魔法と呼んでいいかわからない……
これが飛行魔法が発展しすぎた異世界の末路だが、一方で飛行魔法は存在するものの一部の者しか使えず、また広く知られていないため空を飛ぶ者がいないという異世界もある。
この場合そもそも魔法技術がまだ世界平均で未熟なため、使用できる一部の者以外が我が物顔で使用した場合、各地に混乱を引き起こすだろう。
「まぁ、この世界では飛行魔法は当たり前としてあるって事なのか、もしくは郊外だから誰の目も気にせず使えるってことか?」
そう考え込んでるとケティーが呆れた顔を向けてきた。
「いや、リマの街の上空に浮遊してる土地がいっぱいあったの忘れた? そこに行くのに飛行魔法使わないでどうやって行くつもり?」
「……転移装置が設置されてるとか?」
「あれば便利だね~」
「……飛行魔法も十分便利でしょ」
「違いない」
そう言うとケティーは笑って立ち上がる。
「さて、それじゃあ川畑くんさっさと終わらせよう! どうせあの転生者はスローライフを送りたいのに能力のせいでスローライフ送れないんでしょ? だったら奪っても文句言われないよ、むしろ力がなくなって周りから見向きもされなくなって彼の願い通り、誰にも邪魔されないスローライフが遅れるよウインウインじゃない」
「それはそれで寂しいって言いそうだがな」
「まぁね、でもスローライフを送るにも送れるだけの力がないとダメなんだよ? そこをはき違えると、多分後で後悔する……もっと自分に力があれば! とか、力が欲しい! って真逆の考えを持っちゃう」
そう言うケティーの顔はどこか寂しそうだった。
昔そういった人を見たのだろうか?
知り合いにでもいたのだろうか?
とはいえ、無理に聞こうとは思わなかった。
「じゃあ、転生者の能力も視たし……あとは能力を奪えば今日の予定はほぼ終了だね」
「ケティー?」
寂しそうな顔から一転、ケティーは満面の笑みでそう言ってきた。
その笑顔は思わずドキっとしてしまうほどに魅力的だった。
「さ、はやく終らせよう! そしてまた、デートしようね!」
「……それは少し考えさせてくれ」
ため息交じりにつぶやいた。
こうしてケティーとの異世界デートは幕を閉じて魔法の能力を奪い、魔法のエンブレムに+2がつく事になる。
そして異世界から次元の狭間の空間に戻ってから世にも恐ろしい後日談が待っているのだが、それは誰も預かり知らぬ物語である。




