錬金術の世界(後編)
「それでは錬金術の初歩の初歩であるこのレシピから始めましょう!」
笑顔でフィーロはそう言うと机に分厚い本を数冊重ねて置いた。
なんだかドスンと音がしたが気のせいか?
というか一体どれが初歩のレシピなのだろうか?
この分厚い積み上げられた本たちの内容がそうなのだろうか?
バカなのだろうか?
とはいえ、とりあえずやってみない事には始まらない。
なので積んでる中で一番上にある本を開いた。
開いたページにはびっしりと何かの公式なのか何なのかわからない数式やらが羅列されていた。
意味がまったく理解できなかったのでペラペラとページをめくってみた。
さらによくわからない図やらが書いてあった。
脳がその情報処理を拒絶した。
「うむ、さっぱりわからん!!」
わずか数秒で考える事を放棄した。
うん、自分は文系の人間だ……こんなものわかるわけがない。
そんなわけで何か理由をつけて席を立とうとしたが、すぐに笑顔のフィーロがフラスコとよくわからない薬剤っぽい何かを持ってきて。
「それじゃあ、まずは手本を見せますから本を見ながらでいいんで真似していってください」
そう言って実演しだした。
こうなると席を立ちづらいのが個人的心境なので黙って従うことにした。
まぁ初歩の初歩だと錬金術師さんが仰ってるのだ、なんとかなるだろ……
それから数時間後、驚くほどにのめり込んでいる自分がそこにいた。
相変わらず分厚い本の中身は脳が処理を拒絶するが、それを除けば簡単な応用ならスムーズに行えるようになってきた。
これにはフィーロも関心したようで。
「へぇーカイトくんすごいじゃない! これなら中級レベルの調合や錬成もできるかも!」
と少し興奮気味に言ってきた。
自分でも気付かなかった才能というやつだろうか?
意外と自分は理系が板につくのかも知れない。
そう思うとやる気が湧いてきたので新たなレシピに手を伸ばす。
するとフィーロが自分の後ろに立って本へと手を伸ばす。
「こっちの方がわかりやすいし、成功しやすいかも! 何よりこれを調合できるようになったら応用で一気に幅が広がるから!!」
そう言ってフィーロは本を取るが、いかんせん自分の背後から手を伸ばすものだからフィーロの体が自分の背中から首に密着してしまう。
そう密着だ、本人は押しつけてるという自覚はないのだろうが、やわらかい感触が思考を遮る。
これはいかん……なんというか小柄でブカブカの学者が着るようなローブを纏っているからわからなかったが、フィーロは意外にも豊満なバストをお持ちである!
思わず赤面して何気なく横を見るとフミコがおぞましい表情をしていた。
「あのーフミコさん?」
「……かい君サイテー」
「なぜそうなる?」
これはどう考えても不可抗力だと思うのだが、フミコはそのままそっぽを向いてしまった。
うーん、これはどうしたものか?
そんな自分たちの様子など気にせずフィーロは手にした本を開くと饒舌になって説明してくる。
笑顔のフィーロは意外にも錬金術の才能があるかもしれない者に教えるのが楽しいのかテンションがあがってきて、顔を近づけて「ここはこう」と説明してくるが、それが余計にフミコの機嫌を損ねていった。
これ本当に後でどうしよう?
そうこうしてるうちに、工房内にはあふれかえるほどにわけがわからない代物が多数あるのに素材がなくなってしまった。
「あちゃー、なんか夢中で気がつかなかったですね、ごめんなさい」
そう言ってフィーロは工房内の散らかっている箇所を何かないかと探し回るが素材になりそうなものはなかったようだ。
申し訳なさそうにこちらに頭を下げると。
「ごめんなさい、お二人に錬金術を教えるって言っておきながら申し訳ないんですが、すぐそこの森に素材を採取しに行ってもらっていいですか?」
そう頼んできた。
まぁ、素材がない以上はどうしようもないのだからそれは構わないのだが。
「フィーロはついて来ないのか?」
そう聞くとフィーロは苦笑いを浮かべて。
「実は今日は行政の監査官の訪問日でして……もうそろそろ訪問してくるかもしれないので入れ違いになってもいけないので私は残ります、なので採取はお二人にお任せします。調合の材料、錬成の素材を調達するのも錬金術には欠かせない大切な事です、これも勉強と思っていっぱい採取してきてください!」
そう言って工房から追い出された。
森に採取は構わないのだが、一体何をどれくらい採取すればいいのだろうか?
そこら辺のアドバイスがなければ頼まれた方は困ると思うのだが、笑顔の割に案外スパルタ教育主義者なのだろうか?
とにかく、今は言われたとおりに森に行って採取してくるか……
あれ? 自分たちはこの世界に一体何しに来たんだっけ?
そんな事を考えていると突如何者かが目の前に現れる。
その何者かはコチラを睨み、怒鳴りだした。
「テメーこの野郎! フィーロに近づいてんじゃねーぞこの間男!! フィーロは俺のものなんだからな!!」
「は? 何言ってんだ?」
突然現れてこの男は何を言い出しているのだろうか?
そして、そう言えば工房内で錬金術レクチャー受けてるときから何か窓の外から視線を感じていたのを思い出す。
こいつさてはずっと覗いていたな?
「言いがかりも甚だしいが、俺たちは錬金術を教わってただけだぞ? 大体あんた誰だよ?」
そう聞くと男はキリっと目を見開き。
「俺は秋山翔市! フィーロの弟子にして理解者にして守護者にしてフィーロのか…カレシだぁぁぁ!!」
そう宣言した。
あぁ、こいつが召喚者か……しかし彼氏と宣言した割にはその部分だけやけに声が上ずってなかったか?
そもそもフィーロからそんな話聞いてないが……
すると秋山翔市の腕にずっと腕組みして密着している女性がむすっとした顔で秋山翔市を睨んだ。
「にゃ! ご主人適当な事言っちゃダメにゃ! ご主人とつがいになったのはアタシにゃ! あんなメスの話しちゃダメにゃ!!」
「おいおい可愛い俺のミケ、気持ちはわかるが俺の一番はフィーロなんだ、わかってくれ。もちろんミケの事も大好きだ! だけどフィーロが一番なんだよ」
「にゃ!! そんな言葉聞きたくないにゃ!! ご主人はアタシとだけつがいになるにゃ!!」
「……まったく困った子猫ちゃんだ」
なんか最低な会話が目の前で展開されだした。
おいおい、フィーロの彼氏だと宣言した直後にこれはさすがにあれすぎませんか? と思ったが、腕組みして密着してる女性を見ると少し違和感を覚えた。
いわゆる亜人、獣人という類いだろうか?
頭からは猫耳が生えており尻尾も生えている。
そして、格好は肌の露出が多い、それ防御力本当にあるの? と毎度思ってしまうビキニアーマーだった。
ちなみに巨乳である。
「嫌にゃ! あのメスには目の前にいるオスができたにゃ! もうあのメスの事は忘れてアタシと愛に溢れた家庭を築くにや!」
「ミケよ……可愛い俺のミケ、その気持ちはすごく嬉しい。だが、俺はフィーロの彼氏なんだ。間男を目の前にほいほい引き下がるわけにはいかないんだよ!!」
どこからツッコんでいいのかわからないが、とにかく表情だけは真剣に召喚者、秋山翔市がこちらを指さしてくる。
「やい! 間男!! 俺はお前を許さない!!」
「別に間男でもないし、錬金術教わってただけだとさっき言ったはずだがちゃんと話聞く気あるか?」
「言い訳など見苦しいぞ、このすけこまし!!」
ため息まじりに言ったが聞く耳持たずだった。
ダメだこりゃ……もう面倒くさくなってきた。
普通にもう戦闘しかけて能力を使わせてさっさと終わらせるか。
そう思って、とりあえず挑発してみる。
「それを言うなら、そっちだって女はべらせて最低だな? フィーロの事は好きだがそのミケって子もキープってか? ハーレム気取りもいい加減にしろよ?」
「な! てめーだって連れがいるのにフィーロに手出してるじゃねーか!! このすけこまし!!」
「錬金術教わってただけだって言ってるだろ?」
「黙れ!! フィーロの可愛さに惚れたのだろうが顔だけで判断したなら大間違いだぞ! 俺はな、フィーロが実はグラマラスボディーだって事も知ってるんだ! ………お風呂覗いたからね」
なんか最後ボソっと小声で最低な発言した気がしたが、そこはスルーしよう。せめてもの慈悲だ。
しかし、その情報でマウントを取ろうとは浅はかな……
一体何の勝負してるのかはわからんが、とにかく浅はかだ。
「知ってるよ……さっき感触を味わった」
「な!? こ、この野郎!!! 俺はまだハプニングイベントも発生してなくて直に感触を確かめてないってのに!! 許さん!! 絶対に許さん!!」
怒り狂う召喚者、秋山翔市の表情を見てたら何だかノってきた。
うむ、これは中々面白い勝負ができそうだ!
そんな自分達の様子をフミコは冷めた目で見ていた。
さきほどまで秋山翔市にべったりだったミケも同様に冷めた視線を送っている。
二人は出会って間もないというのに、仲間ではないというのにシンクロしてこう言い放った。
「「サイテー」」
そんな2人の言葉などいざ知らず、異世界渡航者と異世界召喚者の描くのも憚られる最低な闘いが幕を開けるのだが、その闘いの様子は誰も預かり知らぬ物語である……




