表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
8章:DifferentWorlds

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/537

錬金術の世界(前編)

 次元の狭間の空間、その中にあって異様なほど煙をもくもくと食堂や温泉以上に吐き出す施設があった。


 広場の中でも今だ用途がわからず放置されている最奥地エリア。

 その先にはゲートがあり、一様巨大な宇宙船のような謎のものが通行不能なゲートの先に居座っているが、まだ解放されてないスペースだという謎のメッセージによりゲートより先にはなぜか進めない。


 進めない以上調査も散歩もしようがないので長らく放置していたが、このエリアに新たに施設を設置したのだが、それがまさに煙を吐き出す施設である。


 外観は中世欧州の街並みに溶け込みそうな煉瓦作りの建物であった。

 中を覗けば壁中にびっしりと張り巡らされたメモの数々に数多のフラスコや薬剤、ガスバーナーなどが机の上に並べられている。


 そして、その机の前で椅子に腰掛けて頭を悩ませている者と隣に立って何やら話し込んでる者たちがいた……




 「わからん……さっぱりわからん!」


 思わずそう口に出すと、隣でフミコが笑顔で「頑張れー!」と言ってきた。

 まったく、こっちの苦労も知らないで気楽なものだとため息をつきそうになるが、フミコとは反対の隣にいるケティーは手厳しく急かしてくる。


 「川畑くん! 手が止まってるよ? これじゃあ今日中に完成しないじゃない!」

 「そうは言ってもこっから先がどうにもならないんだよ……これマジで材料合ってるの?」


 そう言って机の上に置かれたフラスコの中身を見る。

 その中で沸々と湧き上がる無数の泡からは目的の品ができるような気配は垣間見れなかった。


 「合ってるに決まってるでしょ!! ちゃんと正規ルートで取り寄せたレシピに書いてるんだから!」


 そう言ってケティーは手にした古びた羊皮紙をペシペシと叩く。


 「大体、奪った能力使ってるのになんで調合できないの?」

 「能力は奪った相手の技量そのままにしかならないからな……あの召喚者が下手くそだったんだろ」

 「そんな事ってあるの? だって川畑くんは次元の亀裂を発生させるほどのイレギュラーをその異世界にまき散らしてる転生者や転移者、召喚者を狩ってるわけでしょ? だったら奪った能力がゴミ虫以下の技術って話がかみ合わなくなるよ?」

 「それはそうなんだけどね……」


 ケティーがまさにその通りな指摘をしたが、こればかりはそうなのだから仕方がない。

 奪った能力は世に言うチートではなく、レシピ通りにやってもうまく調合ができない平凡以下であった。もしくは条件や相性が整えばスムーズに調合できるのか……

 はてさて、そんな今使用している能力はズバリ「錬金術」であり、新たに設置した施設は調合室……そう工房(アトリエ)であった。


 錬金術、そう聞いて皆さんはどんな事を思いつくだろうか?

 巨大な釜に材料を何でも放り込んでグルグルかき混ぜる美少女の姿だろうか?

 それとも両の手のひらをパンを重ね合わせて錬成する兄弟の姿だろうか?

 はたまた怪しい液体の入ったフラスコを投げまくる狂人の姿だろうか?


 いずれにせよ、錬金術とは現実社会ともファンタジー世界とも相性がいい技術である。


 地球において錬金術は古代ギリシャに始まり、イスラムへ渡って、それを輸入し研究した西欧州の形態がある。

 その他、インドや中国(中国においては錬丹術と呼ばれる)でも錬金術は存在した。


 この錬金術、目的は読んで字のごとく卑金属から貴金属を精錬しようという飽くなき挑戦であり、中国やインドなど宗教が絡んだものになれば不老不死の薬を生み出すという肉体や魂といった領域にまで手を伸ばす技術だ。


 当然、これらが地球で成功した試しはなく(ただし、費用対効果を考えなければ強大な核爆発を引き起こせばごく少量の金を算出できる)夢見物語である。

 しかし、これらの技術研究によって科学、とりわけ医療技術が発展したのも事実である。


 と、そんな地球での錬金術はさて置き、ファンタジー世界においての錬金術で最もクローズアップされるのが「賢者の石」であろう。


 それは錬金術師の究極の目的であり、それを生み出すことが世界の真理に繋がるというのがファンタジー世界の一般常識だ。

 その使い道は様々で不老不死の薬、エリクサーの材料になったり、魔導核として半永久機関の要にされたりと使い道に事欠かない。

 そんな「賢者の石」を今まさに調合室でケティーがどこぞの異世界で入手してきたレシピを元に錬成しようとしているのだが、まったくうまくいかないのだった。


 そんなわけで賢者の石を大量生産して色んな異世界で売りさばいて大儲けしたいケティーが急かす中、まったく協力しない、というかしようがないフミコの生暖かい「頑張れー」という応援と受け取っていいのかわからない声援の元、何度も失敗を繰り返えしているのだが、いい加減やめたくなってきた。


 そもそもなんで自分がケティーの金儲けのためにここまでやらなければならないのか?

 ため息が出そうになった。

 そして思い出す……昨日の出来事を。

 この錬金術の能力を奪った時の事を。




 その街はまさに絵に描いたような中世欧州の煉瓦造りの街並みであった。

 市中に一歩足を踏み入れたら、そこには旅行代理店の店先に置いてるパンフレットに掲載されているような観光地の景観が広がっており、ファンタジー映画やゲーム、アニメに出てくる風景そのままであった。


 そんな街並みを歩きながら情報収集を行っていると妙な噂を耳にする。


 「そういや旧市街のもう森に飲み込まれたような忘れ去られた区画に立ってる工房に最近新入りが来たみたいだよ」

 「あの工房、かつてはトリスメギストスの血筋のものが運営してるって評判だったけど最近は没落していたからね……区画整理したい行政と立ち退き騒動で揉めてたからね~そんな時に新人って来るもんかね?」

 「しかも今の工房の所有者って確か先代が突然隠居したから急遽後を継いだっていう小娘だろ? そんな半人前の嬢ちゃんに弟子入りする奴なんているのか?」

 「本当かどうかわからないが、なんでも行政に区画整理を考え直させるために高度な技術を使えるってのを証明しようとして失敗して、その時の影響でどこかの世界から呼び寄せたとかなんとか」

 「なんだそれ? 道具を錬成しようとしたら召喚魔法でも錬成しちまったのか?」


 こう言った話は街中の至る所で聞かれ、酒場や広場のカフェでは酒のつまみのネタにされていた。


 「かい君どう思う?」

 「まぁ、噂の真偽はどうあれ、十中八九その工房に現れた新人が召喚者で間違いないだろうな」

 「じゃあ、まずはその工房に行ってみないとね!」


 フミコはそう言うと笑顔で旧市街へと続く道に向かった。

 今日はやけに気分がいいが何かあったのだろうか? そう思いながら自分も後に続く。


 旧市街地に入ると街の雰囲気は一変した。

 至る所に木の根などが伸びて浸食し、草木が石造りの道路を覆っていた。

 その光景はほぼ旧市街地全体が森に沈んでしまった印象を受ける。


 なるほど、確かにこれは見方によっては廃墟同然だ。

 街はもはや森に飲み込まれ自然に還ろうとしている……

 行政機関がここを区画整理し再開発したい気持ちもわかるような気がした。


 そんな街と言っていいのかわからない風景を突っ切って、目的の工房の前へと辿り着いた。


 「ここがその工房か……」


 それは巨大な樹木に寄り添うように建てられた煉瓦造りの建物だった。

 煙突から煙が出ているあたり、工房の中には錬金術師がいるのだろう。

 留守という事はないはずだ。


 「さて、どうするか……」

 「とりあえず中に誰かいないかノックして呼び出してみる?」

 「いや、まずは周囲を調べて中を覗けそうなら一旦そこから観察してみよう。うまくいけば召喚者と能力を使う瞬間が見られるかもしれない」


 言って工房の入り口から庭の方へと足を向けようとした時だった。

 庭の中程に手提げカバンを持った女性が立っていた。


 「おわ!?」


 思わず声を上げてしまったが、女性は気にした風もなく笑顔で話しかけてくる。


 「あの、うちの工房に何か用事ですか? もしかして調合の依頼とかかな?」


 そう言って女性はこちらへと近づいてくる。

 身長は低く小柄でブカブカの学者が着るようなローブを纏っているため体型はわからない。

 髪の色はブラウンでショートヘアー、特徴的な帽子を被っている。

 笑顔が似合う可愛らしい少女だった。


 この子が先代が突然隠居したため急遽工房を継いだっていう錬金術師で間違いないだろう。


 「あぁ、すみません……工房の前で邪魔ですよね」

 「いえ、私も今材料の採取から戻ったところなので……お仕事の依頼なら中でお伺いしますよ?」


 そう言って錬金術師の少女は駆け足で工房の前まで来ると扉を開け、笑顔でこちらに挨拶してきた。


 「それでは中へどうぞ! ようこそ私、フイロソフイル・トリスメギストスの……フィーロの工房へ!」


 そう言ってフイロソフイル・トリスメギストスと名乗った錬金術師の少女は工房の中へと自分達を招き入れてくれた。


 工房の中は羊皮紙の巻紙や本、台帳、薬品、試験管、調合の材料などでごった返していた。

 歩けるスペースは確保されているが、とてもじゃないが綺麗に整理整頓されてるとは言えない。

 そして薬品のものなのか独特の鼻にくるきつい臭いがして少し息苦しい。


 「はは、ごめんなさい。最近バタバタしていてゆっくりと腰を据えて片付けする時間がなくって……はずかしいところ見せちゃいましたね。気にしないでください、あ、私の事はフィーロと呼んでくださいね」


 そう言いながら恥ずかしそうに頭を掻いてフィーロは居間へと通してくれた。

 そこは辛うじて部屋の中が綺麗に保たれており、促されるがまま椅子に腰掛ける。


 「で、今日はどのような依頼で来られたんですか? 採取の依頼ですか? 調合の依頼ですか? 魔物の討伐の依頼ですか?」

 「討伐? フィーロは錬金術師じゃないのか? なんで魔物の討伐なんかやってるんだ?」


 疑問に思って聞くとフィーロは恥ずかしそうに下を向くと。


 「お恥ずかしい限りですが、今現在行政の方と揉めてまして、工房の有用性を証明できれば工房の存続ができる形なので仕事の内容はなりふり構ってられないんです……錬金術で調合した武器やアイテムは強力ですので魔物退治にも有効ですから」

 「なるほど……」


 武器はともかく、錬金術で造ったアイテムの使い方は簡単なものはともかく、複雑なものは造った本人にしかわからないだろう。

 そして説明するより自分で使った方が早い……だからどう考えても戦闘に向いてなさそうな錬金術師がする魔物退治も評価の一環としてるわけだ。


 ここを立ち退かせたい行政からすれば、万が一魔物討伐でこの子が命を落としても、それはそれで滞りなく土地を接収できるというものだ。

 何とも卑怯な手段だと思う。


 (しかし、異世界の事情に関われない身とは言え……このフィーロって子危なっかしいな、色々と大丈夫か? 仕事の依頼と称して騙されたり強姦被害にあったりしてないだろうな?)


 なんだがフィーロが心配になってきたが、ここで脱線するわけにはいかない。

 ここでフィーロに救いの手を出すような事になれば、それこそミイラ取りがミイラになってしまう。


 「それでお仕事の……」

 「ごめんフィーロ、実は仕事の依頼をしに来たわけじゃないんだ」

 「え?」


 フィーロの言葉を遮り、本題に入る事にする。


 「フィーロ、君には最近弟子ができたらしいが、その弟子について教えてくれないか?」

 「弟子ってショウイチくんの事?」


 言ってフィーロは可愛らしく首を傾げた。

 噂の弟子の名前はショウイチというらしい。

 名前からして日本人だろう、これは間違いない。


 「そう、彼はフィーロが召喚したのか?」


 そう聞くとフィーロは腕組みして「う~ん」と唸りだした。


 「なんて説明したらいいかな? 恥ずかしい話なんだけど実は賢者の石を使って時を遡る装置を錬成しようとしていたんだけど失敗しちゃって……」


 なんかとんでもない事を言い出した。

 時を遡る装置? タイムマシーンでも作るつもりだったのか?


 「時空に干渉する穴じゃなくて次元に干渉する穴を作っちゃったんだよね……まぁ一瞬だったし、賢者の石もすぐに壊れて穴は閉じたんだけど……その一瞬でどうやらこの世界に迷い込んじゃったみたいんなんだよね彼」


 フィーロの失敗と呼んでいいのか奇跡と呼んでいいのかわからない功績によって地球から1人召喚してしまったらしい。

 召喚された者からすればたまったものではないが、偶然召喚してしまった以上、すぐに地球に返すという事ができなかったらしい。

 何せ失敗から生まれた技法だ、どうしてそうなったのか再現しようがないのだ。


 尚且つ触媒になった素材は錬金術の中でも最高級の代物である賢者の石。

 そう易々と作り出せる代物ではなかった。


 召喚してしまった彼を地球に帰すにはまず前提条件として賢者の石を作り出さなければならない。

 まさに難易度MAXのミッションといえた。


 「私は自分の失敗で彼をこの世界に引き込んでしまった……だから責任を持って彼を元の世界に帰さないといけない……そのためには最低でも最高難易度の賢者の石を作り出さないといけない」


 まったくもってフィーロは運がないと言えるだろう。

 先代が突然いなくなったせいでこの工房を切り盛りしなくてはならなくなり、そこへ行政との立ち退きバトルが発生したところでの召喚者騒ぎだ。

 少し同情したくなる。


 しかし、責任を感じていたのは召喚者も同じだったようだ。


 「賢者の石を私は作った事がありません。私が錬成で使ったのは先代の……私の師匠が以前作ったものでした。だから必死で作り方を探して勉強しました。そんな時です。彼が自分も手伝いたいと言ってきたんです。自分を元いた世界に帰すために私がここの問題に取り組めていない事をすごく気にかけてくれて……これは私が蒔いた種だというのに彼、自分が私のために何かしてあげたい。賢者の石でも行政の課題でも自分がこなすって……自分を帰すために私が尽力して結果、この工房を手放す事になる未来は絶対嫌だって言ってくれたんです。私その時泣いちゃいました」


 その時の事を思い出したのだろう。

 フィーロの瞳は少し潤んでいた。


 「だから、彼に教えたんです。錬金術を……私も師匠からすべてを教わっていない半人前ですけど、それでも私の持ってるものすべてを彼に教えようと思ったんです。まだまだすべてを伝えられてないし、どう教えたらいいのかわからないところもありますけど……でも、私は彼の気持ちに応えたいから」


 そう言ってフィーロは頬を染めて両手で首飾りのブローチを優しく握りしめた。

 恐らくは召喚者からの贈り物か何かだろう。


 そんなフィーロの姿勢に自分の隣にいたフミコはいたく感動したようで。


 「フィーロわかるよぉ!!! その気持ちすごくわかるぅぅぅ!!」


 そのままフィーロに抱きついた。

 共感したんだろうが、あまり現地人と仲良くなりすぎるのはよくないぞ? とかつての事を思い出させようとしたが、次にこんな事を言い出した。


 「そうだ! フィーロ、私達にも教えてよ錬金術!」

 「フミコ? おい、何を言い出すんだ!?」

 「私達もフィーロのお手伝いするんだよ!」


 フミコが興奮気味に言うので、思わず立ち上がってフミコの腕を掴んでフィーロから引き離し小声で諭す。


 「おいフミコ何考えてるんだ!?」

 「だって、そうすればフィーロはたぶん召喚者を地球に返せるよ? そうなれば、かい君は()()()()()()()()()()()んじゃないかな?」

 「な!?」


 フミコの言葉に思わず息が詰まった。

 そう、フミコはわかっている。隠しているつもりでいたが気づかれている。

 自分が転生者、転移者、召喚者を殺すたびに躊躇している事を……少しずつ心が病んでいってる事を……

 だからこその提案なのだろう。


 「しかしなぁフミコ……」


 とは言え、そうする事ができないのがこの旅の辛いところだ。

 何せ、いつかはわからないが確実に自分たちにはタイムリミットがあるのだ。

 それがいつかわからない以上、一つの世界に長く留まる博打は打てない。


 さて、どうフミコを説得するかと悩んだ時だった。

 フィーロがフミコの提案に乗っかったのだ。


 「その提案、すごく嬉しいです! ではどうですか、一度体験してみますか? 錬金術」


 フィーロが頬の横で両手合わせて笑顔で言い放った。


 「へ?」


 その笑顔の圧とフミコの懇願する上目遣いの視線を受けて、縦に頷くしかなった。

 まぁいい、工房には召喚者はいないようだし、ちょっとの間は付き合ってもいいいだろう。

 そう自分に言い聞かせる。


 この時、工房の中にいる誰も気が付いていなかった。

 窓の外から工房内を怒りに震えた目で見ている者がいる事に……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ