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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
7章:運命の乙女

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運命の乙女(15)

 クラウスが短い時間とはいえ時間を稼いでる間に貨物室の壁への爆薬の設置は完了していた。

 実際はこねた少量の爆薬CVZI-Eを石の短剣の先につけて壁に数本突き刺しただけだが、効果はあったようだ。


 ガス室を脅かすほどではなく、完全に空中爆発は起こさないものの、船底の貨物室には甚大な被害を与えた。

 飛行船自体を墜とすほどの爆発ではないが、船内に警報音が鳴り響く。


 とはいえ、船内はすでに無人であるためこの警報音はあまり意味を成さないだろう。

 操舵室や機関室の状況はわからないが、少なくとも貨物室以外の区画は安全なはずだ。

 しばらくの間は……


 「貨物室ごと葬る魂胆だったか? まったく……陣営不明の連中は自殺志願者だったか」


 ラピカが呆れたと言わんばかりにため息をつくが、こちらにそんな意図はない。

 なので隠す事もせずにパラシュートを背負う。


 「さて、それはどうだろうな?」


 爆発によって貨物室に煙と炎が充満するが、ラピカは躊躇せずこちらに向かって歩いてくる。

 そんなラピカがある箇所に足を踏み入れた瞬間、再び危険物発見装置のボタンを押して起爆させる。


 それは、本来なら飛行船が着陸した際に貨物室に搭載された荷物を地上に降ろすために開く船底の巨大なハッチだった。


 しかし、今貨物室には積み荷は何もなく、そしてここは遥か上空だ。

 そんなハッチが爆発によって強引に開いたのだ。するとどうなるか?


 「!?」

 「確かにあんたに勝てる気はしない……だからまともに戦う選択肢は取らない事にしたんだよ! このまま地上に落ちやがれ!!」


 床となっていた閉じていたハッチが爆発によって強引に開き、なおかつ爆発の勢いで吹き飛んだことにより、床は消えラピカは空中に放りだされる。


 当然、そのことによって開いた船底から暴風が船内に吹き荒れるが、こちらはパラシュートを背負っている。

 暴風に耐え切れず外に放りだされても何とかなるだろう。

 この差は大きいはずだ。


 しかし、ラピカは一瞬驚いた表情はしたものの特に焦る様子は見せなかった。


 「なるほどな……いいだろう。この場はここまでとしよう。ただしこれで終わると思ったら大間違いだぞ?」


 そう言ってラピカは地上へと落ちていくが、完全に落ちることはなく黒い靄に包まれて姿を消してしまった。


 「今のは……」

 「背徳の女神が回収したんだろうな」


 そうクラウスが言った直後、飛行船が大きく傾いた。


 「うわ!?」

 「か、かい君! これって!?」

 「やっぱ操舵室も制圧されてて、すでに無人で今までラピカが制御していたって事なんだろうな」


 言って大きく開いた船底を見る。

 爆発の影響で炎と煙が噴き出しているものの、今飛び出せばパラシュートを開く時間はあるだろう。

 しかし、ぐずぐずしていると操舵する人間がいなくなった飛行船はいつコントロールを失って墜落するかわからない。

 安全に脱出できるチャンスは今しかないだろう。


 「とにかく脱出するなら今しかない」

 「かい君、本当にここから飛び降りるの?」

 「あぁ、大丈夫だフミコ。パラシュートの説明はしただろ?」

 「それはまぁ……そうなんだけど」


 そう言ってフミコは不安そうな表情になった。

 まぁ気持ちはわからなくはない……

 バラエティー番組でもよく高所恐怖症の芸人が安全だとわかっているバンジージャンプをぐずって渋って結局飛ばないというシーンがある。


 安全だとわかっていても心の中の不安は簡単には拭えず、簡単に納得も理解もできないのだ。

 とはいえ、フミコはずっと飛行船の窓から景色を眺めていたし高所恐怖症というわけではないだろうが……


 (まぁ、説明だけではパラシュートが実際どういうものかはわからないだろうし、体験したり目にしてない以上は不安にもなるか……)


 そう思って、この事は今はこれ以上考えないことにした。


 「クラウス、怪我のほうは大丈夫か?」


 なのでクラウスに声をかける。

 ここで飛行船を脱出する以上、何もしなくても勝手に目的地に着くという楽な手段はなくなってしまうため、首都への案内役は絶対に必要だ。

 今最優先で気に掛けるべきはクラウスの体の状態だろう。


 墜落しかかっている飛行船の船底からのスカイダイビングができる状態でなければ、別の脱出手段を考えなければならない。

 それこそ、どうにかして操舵室に侵入して飛行船をなんとか操縦するなんて手も考えないといけないだろうが……


 「問題ない。すぐに脱出するぞ」


 クラウスは即答した。


 足の怪我は満足に歩行できる状態には見えないが、まぁ着地の時に気をつけさえすればスカイダイビングするぶんには問題はないだろう。


 「あぁ、わかった。じゃあ飛び込むぞ」


 そう言ってクラウスに肩を貸してハッチがなくなって穴が開いたような状態となっている箇所に近づいていく。

 フミコも不安そうな表情をしたままだったが、やがて意を決した表情となった。


 「じゃあ行くぞ!」

 「あぁ」

 「うん!」


 返答を聞いて、眼下の世界へと飛びこんだ。

 フミコとクラウスも続き、飛行船から飛び出して降下していく。


 一気に落下速度が増していく中、徐々に地表が近づいてくる。

 地上には牧草地が広がっていたが、安全に着地できるとは限らない。


 パラシュートを開く前にできるだけ安全そうな場所や地形、合流しやすそうな開けた場所を目視で探す。

 普通のスカイダイビングはこういった落下地点は事前に計算して行うのだろうが、こういった緊急脱出時にはそんなものできるわけがない。


 だから、焦ってすぐにパラシュートを開かず冷静に判断しなければならないのだ。

 何も考えず恐怖からパラシュートを開こうとすれば事故の元にもなるし、最悪、上昇気流の影響で飛行船に逆戻りで激突する危険もある。


 観光地で行うような行楽のダイビングだとインストラクターが一緒に飛んでくれるから、そういった心配もないのだろうが、今は自分の判断一つが頼りの綱だ。

 できるだけ冷静さを失わずに、それでも少しの焦りを抱いて決断しなければならない。


 (どうする……? どうやら森に不時着しなければ、牧草地なら落下地点が離れすぎなければ遮蔽物もないし合流しやすいだろうが……本当に安全か?)


 そう、猛スピードで落下する状態では目を凝らして放牧地の詳しい状況までは確認できない。

 一見何もなく安全そうに見えても、実は柵が沢山張り巡らせてあったり、放牧されている動物たちに激突してしまうリスクもある。

 開けた土地だから安全というわけではないのだ。


 (だが、これ以上はさすがにもう限界だな)


 思ってパラシュートを開く。

 絹製の落下傘が開き、上昇気流を捕えて落下から一転、一気に上昇する。


 そしてフミコとクラウスを探した。

 すると2人とも落下傘を開き上昇、そしてゆるやかに下降を開始していた。


 「あの牧草地の中に一本だけシンボルのようにポツンと立ってる木、あれを合流地点にしよう!! あれの近くにできるだけ落下できるようにしてくれ!!」


 そう叫ぶと、クラウスが「おう!!」と返してきた。

 フミコは「一緒に降りてくれないの!?」と不服そうな叫ぶを返してきたが、無茶言うなと思う。


 プロならまだしも、素人に上空での合流と同時に地上着地はハードルが高すぎる、というかほぼ不可能だろう。

 それ以前に、自分で言っといて自分が合流地点近くに着地できるか不安だった。


 素人がインストラクター同伴なしで落下地点の調整を行うのは至難の業だ。

 それが文明レベルが産業革命ほどの初期の落下傘であろう代物を使っているのだから尚更だ。


 「なんとかなってくれよ?」


 こうして絶景を楽しむ余裕など一切ない、緊迫したスカイダイビングが始まったのだった。




 一体どれくらいの時間を落下していたのか、自分ではわからなかった。

 一般的にスカイダイビングの所要時間はヘリで8~10分ほどの時間をかけて上空に行き、落下して滞空時間は5分ほどだと言うが、恐らくそれと同じ時間ではないだろう。


 飛行船はもっと高い位置を飛んでいただろうし、地球とこの異世界では風速など条件も多少違うはずだ。

 だから滞空時間がどれほどだったかはわからなかったが、少なくとも人生でもっとも集中した時間だったと言えるだろう。


 自分でも驚くほどの集中力を発揮し、なんとか合流地点の目印である牧草地の中に一本だけシンボルのようにポツンと立ってる木の近くに着地する。

 当然、絶景の大パノラマを堪能する余裕など一切なかった。


 集中しすぎて脳が疲れている……当分はスカイダイビングはこりごりだなと思って風に流されないようにパラシュートを切り離して畳み込む。

 そして、周囲を確認しながら合流地点のポツンと一本だけ立っている木へと向かった。




 木の根元まで来ると、すでに誰かが木に背もたれして待っていた。

 クラウスか? と思ったが違う。

 まったく別の男性だった。


 「いやぁ、大変だったね? え~っと……名前は何だったかな?」


 その人物は片手をこちらに振って笑顔で話しかけてきたが、まったく知らない人物だったので不審に思って身構えてしまう。


 「……あんたこそ誰だ?」


 そう言うと男は振っていた手で頭を掻くと困ったといった表情でこう言った。


 「あははは……まぁ、そうだよね? 突然見ず知らずの人間に話しかけられたらそうなるよね? でも僕の事、一度くらいは見たことないかな?」

 「は? 何言ってるんだ?」


 昨日、この異世界にやってきた人間がわかるわけないだろう! と思わずツッコみたくなったが、それは言ってはいけない事だ。

 だから、ほんの少し考える。


 自信満々にそう言うからにはこの異世界においてはそれなりに名の知れた人物なのだろう。

 だからと言って自分がわかるわけがないが……


 「はぁ、そうか……見たことないか……僕もまだまだだな」

 

 割と本気で落ち込む男を見て、いやこれどうしたもんかな? と悩んでしまう。

 恐らくこの異世界の人間ならすぐに反応する有名人なのだろう。

 とはいえ、知りもしない相手に「知ってますよ!」ってフリはかなりハードルが高い。


 どこかの国では有名だが日本ではまったく名前が知られていない某国の国民的スターと遭遇した時、皆さんは「知ってますよ!」で話を繰り広げられるだろうか?

 恐らく無理だと思う。

 というか絶対にボロが出る。


 なのでヘタに知ってるかも? と言わない方がいいが、それで話が進むだろうか? とも思う。

 誰もが知ってる有名人を知らないのも、それはそれで不審がられるからだ。


 そう悩んでいると、男が身の上を明かした。


 「すまないね、僕の知名度がまだまだなのは僕がまだまだ未熟だからだっていうのに……ではまずは自己紹介をしないと」


 そう言って男はゴホンと咳払いをすると身なりを整え、こう名乗った。


 「僕はヘンリー・エドバード。まぁ端的に言えばこの国のプリンス(王太子)だ」

 「……へ? いま何て?」

 「だからこの国の王子だよ」


 そう言ってヘンリーは握手を求めてきた。

 さて、この王子とやらは背徳の女神側か運命の乙女側、一体どっちだろうか?

 この王子と一緒にフミコや運命の乙女陣営のクラウスが来るのを待ってていいのだろうか?

 判断に困る事態となった。

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