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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
7章:運命の乙女

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運命の乙女(12)

 「おぉぉぉぉ!!! すごいすごい!!」


 飛行船クリスチャース号が空港を出発し、首都トルディウムへと向けて飛行を始めてからフミコはずっと窓に張り付いてこの調子であった。


 今は無理に窓から引き剥がす必要もないだろうし、そっとしておくか……

 そんなわけで隣で不機嫌そうに座っているクラウスに話しかける。


 「なぁ、運命の乙女につきまとわれて迷惑ってことはクラウスは運命の乙女とは距離を取りたいってことなのか?」

 「あぁ!? 何が言いたい?」

 「それとも仲間になりたくなかったのか?」


 そう聞くとクラウスは心を落ち着かせるようにメガネをくいっと持ち上げると、ぶっきらぼうに。


 「誰も仲間になりたくないとは言ってないだろ……ただ馴れ合いたくないだけだ」


 そう言うとこちらを睨んできた。


 「これでいいか? これ以上話すことはない」

 「……あぁ、そうっすか」


 これ以上、この事を深掘りしてもキレられるだけのような気がしたのでこの話題は打ち切る事にした。

 なので代わりに金融街で拾ったスチームボールについて聞いてみる。


 「なぁ、クラウスはこれが何なのか知ってるか?」


 そう言って懐からスチームボールを取り出して見せると、クラウスが驚いた表情となった。


 「な!? バカ! すぐ隠せ!」

 「へ?」

 「いいから! はやくしろ!!」


 クラウスの慌てように、まずかったか? と思い懐にすぐにしまう。

 クラウスは周囲を警戒して見回した後、ものすごい形相で睨んできた。


 「お前、それをどこで手に入れた?」

 「金融街で背徳の女神直属の部隊の一員だっていうやつが落としたのを拾ったんだよ」

 「なるほど、鹵獲したのか……連中から渡されたわけじゃないんだな?」

 「あぁ……一体これは何なんだ? 連中から譲渡された場合だと何かまずいのか?」


 聞くとクラウスは顔を近づけてきて小声で話しだす。


 「それはスチームボール。拾ったということは連中が使用してるところは見たんだろ?」

 「あぁ」

 「なら蒸気が噴出するのは当然知ってるな?」

 「まぁな、あの蒸気が身体強化だとか言ってたが?」

 「それは間違いじゃない……あの蒸気を浴びることで一時的な身体強化や移動速度が向上したりする」


 クラウスの言葉を聞いて、だとすればこれから先の戦闘でこの道具は役に立つんじゃないか? と思ってしまう。

 しかし、それは甘い考えだとクラウスは続ける。


 「とはいえ、それも万能じゃない。スチームボールに内蔵されている蒸気は当然限りがある。無尽蔵に扱えるわけではない」

 「そりゃそうだよな……でもシャルルとかいう女はお構いなしに蒸気を噴出しまくってたけど?」


 そう、シャルルは攻撃を行う際は必ずスチームボールを使っていた。

 いくら蒸気とはいえ、野球の硬式球程度の大きさの代物にあれだけの量が内蔵されていたとは思えない。

 それに、シャルルは身体強化以外にもスチームボールを使っていた。

 あれは一体どういう事だろうか?


 「そうだな……スチームボールは背徳の女神の配下に加わることによって、はじめて真価を発揮するアイテムだ。今お前が持ってるものは連中から譲渡されたものじゃなく拾ったもの。つまりは背徳の女神の加護がついていないってことだ」

 「加護がついていない?」

 「そう、だからそのスチームボールは身体強化を促す蒸気を噴出する事はできるが、その中に貯蔵してある量を出し切ればただのガラクタになる。しかし、背徳の女神の配下に加わり加護を受ければ……」

 「無尽蔵にあの蒸気を出せるようになるってわけか……」


 そして、恐らくは身体強化以外の用途も可能となると……

 あの生き残った警官にしたような事を。


 「わかったか? そのアイテムは言うなれば背徳の女神の配下の証のようなものだ。下手に出さない方がいい」


 クラウスはそう言うと再び周囲を警戒する。

 ひょっとしたら見られてるかもしれない……最悪の事態を想定して臨戦態勢をとっている。


 (警戒しすぎな気もするが……これが運命の乙女陣営と背徳の女神陣営の戦いの最前線ってことなのか)


 そう思って、懐からアビリティーユニットとアビリティーチェッカーを取り出す。

 背徳の女神の加護がない以上、使い切りのアイテムになるという事はここぞという時にしか使えない。

 なら試しに雑貨屋の能力で登録できるかやってみようと思ったのだが……


 (登録は……一様できたが引き出せる数は3つか)


 この拾ったものを含めれば4つ。

 とはいえ、これもどれだけの残量があるかはわからない……実質3つと思っておくべきだろう。


 (まぁ、それでもないよりはましか)


 そう思ってアビリティーユニットを懐にしまった時だった。

 クラウスがさきほどよりも緊張した面持ちで周囲を見回している。


 「どうした?」

 「気付いていないのか?」

 「何がだ?」

 「俺たち以外の客が1人もいないぞ?」

 「……な!?」


 クラウスに言われて思わず席を立ち、周囲を見回すが本当に誰もいなかった。

 さきほどまでは客はいたはずだがどうしたのだろうか?


 「なんだか嫌な予感がするな……」

 「あぁ、まったく同感だ」

 「危険かもしれないが少し船内の様子を確かめた方がいいんじゃないか?」


 そう言っていまだ窓に張り付いて景色を堪能しているフミコを窓から引き離す。


 「フミコ!! 車窓を楽しむのもいいが非常事態だ!!」

 「へ!?」


 まったく脳天気な表情をフミコはしていたが、すぐに異様な雰囲気に気付いたのか立ち上がって周囲を見回す。


 「かい君どうなってるの?」

 「わからん……だが少し見て回ったほうがよさそうだ」

 「そうだね……ここに留まるのは危ないかもしれない」


 フミコも同意したところで、窓際の席を離れ別のフロアへと警戒しながら向かう。



 食堂フロア、多目的ホール、VIPルーム、客室乗務員待機室、厨房などを見て回ったが物の見事に誰もいなかった。

 小さな部屋やトイレなども隈無く調べたが本当に人がいる気配がしない。


 「本当にどうなってるんだ?」

 「かい君、みんな一体どこに行っちゃったんだろう?」


 フミコが不安そうな表情で言うが、これだけ探しても見つからないとなると、そもそもこの飛行船に自分たち以外の客がいたのかどうかも怪しくなってくる。


 「まさか幻を見せられていたのか? いやしかし……」


 クラウスが難しい顔をしてブツブツと独り言を言いながら思考しているが、結論はでそうになかった。


 「あと見てないところは操舵室に機関室、ガス室、貨物室か……」


 操舵室と機関室は一般客が気軽に立ち入れないよう区画が分けられていたはずだ。

 ガス室も、飛行船の浮力に関わる根本の部分であるため明確に区切られているだろう。

 となると残りは貨物室だが……


 「貨物室へのルートは確か……」


 狭い通路の壁に貼り付けてある案内板を見る。


 「この先か、船内区画の中では一番広いフロアだが……」

 「要警戒すべきだな」


 クラウスの言葉に同意して頷く。

 フミコも同様に頷き、気を引き締めて貨物室へと向かう。


 狭く急な階段を降りて、飛行船内の最も最下層へと向かう。

 貨物室は船底の区画にあり、空港に着陸したらそのまま床がハッチのように開く構造となっているらしい。

 階段を何度も降りて、そんな貨物室へと足を踏み入れると異様な光景が広がっていた。

 

 「……なんだ!?」

 「一体どうなってる?」


 船内で一番広いフロアの貨物室には荷物や運搬物資などが一切置かれておらず、何もなかった。

 その貨物室の壁際には虚ろな目をした乗客や客室乗務員に厨房のコックたちが無表情で整列していた。


 「おい! お前達一体どうしたんだ!? 何があった!?」


 クラウスが叫んで彼らに近づこうとしたが、すぐにその足が止まる。


 「クラウス? どうした?」

 「おいお前ら止まれ! これ以上踏み込むな!!」

 「は!? 何を?」


 言って気付いた。

 貨物室全体に紫色をした蒸気が充満している事に……


 「これはまさか……」

 「背徳の女神か!!」


 クラウスが舌打ちして言うと、貨物室の壁際に整列している虚ろな目をした乗客や客室乗務員に厨房のコックたちが皆一斉に言葉を発した。


 「背徳の女神さまの導きのままに……」


 そして皆が金融街で警官がシャルルに渡されたのと同じ黒いスチームボールを手にして前に突き出し、握る。

 黒いスチームボールから蒸気が噴出し、貨物室全体を蒸気が飲み込んだ。


 蒸気が消えた時には、貨物室には誰もいなかった。

 代わりに、貨物室の奥、真っ暗な闇の中から何者かがこちらへと歩いてくる。


 コツコツと足音を響かせ、何者かの人影がゆっくりとこちらへと迫ってきた。


 「誰だ!?」

 「誰か、ね? ……わからないか?」


 人影はそう言って口元を歪ませる。


 「まさか、背徳の女神か?」

 「だったら今頃お前たちはとっくに死んでるな?」


 そう言って近づいてきながら何者かは立ち止まり名乗った。


 「わたしはラピカ。背徳の女神直属の部隊「トリニティーブラッド」を統べる者だ」

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