運命の乙女(11)
駅舎を出てすぐという立地の宿屋の一室で自分は就寝していた。
寝心地がいいとはあまり言えないベットだが、この辺り一帯が本当に何もない場所だからなのか、外からの喧騒はまるでなく快適に眠ることができた。
この宿屋に泊まる際、自分とフミコの部屋を借りる時に一悶着あった。
それは宿屋側とではなく、フミコが自分と同じ部屋で寝ると喚いたからだが、最終的には別々の部屋を借りる事ができた。
これから先も異世界で泊まる事が発生した場合、このドタバタが定番イベントとなるのか? と思うと乾いた笑いが起こるが、今は先の事を気にしても仕方がない。
そう思って眠りについたのだが……
「ほれ、起きんかい! もう朝ははじまっとるぞ?」
耳元で気分が削がれる声が聞こえた。
そして、その声の主は遠慮なくクチバシで頭を突いてくる。
「ほれ! 起きんかい!!」
「痛っ!! やめろこのクソカラス!!」
「神に向かってクソカラスとはなんじゃ!! もっと敬意を表せ!!」
「だったらもう少し敬われる行動しろ!!」
枕元で暴れるカラスを殴りつけてベッドから起き上がる。
おかげでシーツに随分カラスの羽根が散乱してしまったが、これ大丈夫かな?
なんか追加料金請求されたりしないだろうな?
「で? なんだよいきなり……モーニングコールのつもりか?」
嫌みったらしく言うと、カグは窓際に止まって頷く。
「すっきり起きれたじゃろ?」
「最悪の目覚めだ……そもそも昨日はてめー、カフェで襲われた時真っ先に逃げて、その後行方知れずだったのにどういう風の吹き回しだ?」
「ふむ……わしは戦闘には参加できんしの?」
「……こいつ」
「まぁ、それはさて置き注意するんじゃぞ?」
「あん? 何に注意するんだ?」
「気付いとるじゃろ? この世界の事情に巻き込まれとることを」
「……そりゃな」
本来、異世界渡航者の自分は訪れる異世界の事情に踏み込めない。
というか踏み込んではいけない。関わってはいけない。
それをしてしまうと、本来の目的から反することになるからだ。
地球に出現したジムクベルト、それを追い出すために次元の亀裂を修復しなければならない。
そのために自分は多くの異世界を巡り、次元の亀裂を生んでいる原因である異世界転生者、転移者、召喚者から能力を奪い、殺していっている。
つまりは自分は、これ以上異世界で追加のイレギュラーを起こして亀裂をさらに広げる事はしてはいけないのだ。
そのためには極力、異世界での出来事に関与せずに転生者、転移者、召喚者を見つけ出さなければならない。
しかし、今回はその前提が崩壊してしまった。
そう、カグの言う通り、自分はどういうわけかこの異世界の事情に巻き込まれている。
言うなれば、自分にフミコもこの異世界での物語の登場人物になってしまったのだ。
もはや静観する事が許されなくなっている。
つまりは、いつこの異世界の事情の核心部分に触れるイベントに遭遇、もしくは参加を余儀なくされても不思議ではないという事だ。
「まったく……どうしてこうなった?」
やれやれと思いながらも、出発の準備をする。
とにかく今は首都を目指すしかない。
自分と一緒の部屋で寝れず不満たらたらなフミコをなだめて宿屋を後にする。
宿屋を出ると駅舎周辺はすでに列車を待つ人や切符を求める人でごった返していた。
駅舎周辺に宿屋と同じく、申し訳程度に建ち並ぶ飲食店にも朝食を摂る人達の波が押しよせていた。
こういう光景を見ると、宿屋で朝食を取ってからチェックアウトして良かったと思う。
値段は割高だったから、カグ曰くGodpayの還元率は高いとはいえ、日本での自身の口座の残高が気になるところだが、朝からあの群れの中に突撃して朝食を食べるという、朝一で体力を大量に浪費する事にならずに済んだ。
さて、駅舎周辺のそんな喧騒も空港へ向かうにつれてすぐに静まっていく。
これは駅舎周辺の僅かな場所にしか宿屋街、飲食街がないのだから当然で、駅周辺から離れれば空港施設の鉄塔につくまで本当に何もない平原となるからである。
これだけの未開発な土地と、駅舎周辺の密集地域にあれだけ人がいるならいくらでもビジネスチャンスはあるはずなのだが、この異世界ではそこまで資本主義はうまく機能できる段階ではないようだ。
数分歩くと巨大な3つの鉄塔と格納庫などの空港施設が見えてくる。
そしてここも人でごった返していた。
「かい君、ここも混んでるね?」
「まぁ、ここが実際メインだしな。とはいえ、こっちには飲食店やらはさすがにないか」
現代の空港のようなお土産屋や飲食店が併設してるわけではなく、本当に検閲とチケットの確認をする施設しかないようだ。
鉄塔の近くにある施設も飛行船の燃料保管所や整備施設であって、乗客のための施設ではないだろう。
さすがに医療施設はあると信じたいが、そんな文化があるのかはわからない。
「さて、指定された場所は第2鉄塔から出航のクリスチャース号、一般客室乗船乗り場だったな……第2鉄塔は……あれか」
3つ建ち並ぶ巨大な鉄塔のうち、真ん中の鉄塔を見て確認する。
この異世界での文字で2番と大きく書かれたパネルが鉄塔中程に取り付けられていたからだ。
「後は一般客室乗船乗り場ってのにどう行ったらいいかなんだが……ヒースのやつ、仲間の名前も言わなかったしどうすればいんだ?」
「とりあえず第2鉄塔に行ってみよう?」
「ん、そうだな」
悩んでいても仕方がない、フミコの言う通り第2鉄塔まで行ってみることにした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! すごい!! すごいよかい君!! 大きいね! これが空飛ぶんだよね! 今から乗れるんだよね!!」
第2鉄塔の前まで来ると、鉄塔に停泊している飛行船クリスチャース号が間近で見れた。
それを見てフミコが蒸気機関車の時以上の興奮を見せる。
うん、フミコは乗り物全般のオタクになってしまったか……
乾いた笑いで「そうだな」と相づちを打っていると、後ろから声をかけられた。
「おい、お前たち! もしかしてヒースが言ってた連中か?」
なんだ? と思い振り返ると、メガネをかけた男が不満そうな表情をしてこちらを見ていた。
「ん? どちら様で?」
「ヒースから聞いてないのか?」
メガネをかけた男の言葉でヒースが「メガネをかけた、いけ好かない奴って第一印象受けるかもしれないけど根はいいメガネをかけた奴」って言っていたのを思い出す。
あぁ、こいつがそうなのか。
「あぁ、ええっと……話はちゃんと聞いてますよ。あなたが首都まで案内してくれるって方ですよね?」
そう言うとメガネをかけた男は不満そうな態度を見せると、右手でメガネをくいっと持ち上げて名前を名乗った。
「俺はクラウス。お前たちを首都まで案内してやる。短い間だが、まぁよろしくな」
「どうも。俺はカイト。この子はフミコです。首都までの案内よろしく頼みます」
「……ふん」
そう言って握手しようと手を差し出したが、クラウスはそのまま踵を返して入場ゲートのほうに歩き出す。
ん? あれ? これ歓迎されてない?
「……クラウスさん?」
「勘違いするな。短い間とはいえ、お前たちと慣れ合う気はない。案内してやってくれと頼まれたからするだけだ」
「……あぁ、そうっすか」
これは何とも打ち解けにくい奴だなと思うが、本来の目的からすれば親睦を深めるよりこの距離感のほうがいいに決まっている。
しかし、そうとわかっていてもクラウスの態度は少し苛っときてしまった。
(まぁ、こいつの言う通り、短い間の同行だ。気にすることないか)
そう思ってクラウスの後をついていく。
飛行船に夢中になっていたフミコも慌てて自分の後についてきた。
入場ゲートをくぐり、一般客室乗船乗り場へと向かう。
飛行船クリスチャース号の客室はVIPルームと一般乗客ルームに分かれており、食堂と多目的ホールは共同であるがVIPたちとは段差で区切られている。
そんな船内に入って窓際の席に座るとフミコはさっそく車窓にかじりついた。
「かい君かい君! これが今から飛び立つんだよね! すごいね!」
「あ、あぁ……そうだな」
フミコのテンションの高さに若干引き攣った笑顔になるが、実際は自分も少しワクワクしていた。
飛行機には乗った事はあるが飛行船には乗った事がない。
飛行機と違って、どういった空からの景色が見れるのか、興味がないわけがなかった。
そんな自分達を見てクラウスは小さく鼻で笑った。
「お上りさん丸出しだな?」
「……あぁ、そうっすね」
「ふん、少しは周りの視線も気にしたらどうだ?」
クラウスはそう言うが、実際は周囲の客もフミコと似たような反応だった。
VIPルームに乗っているような客を除けば、実際飛行船に初めて乗る客がほとんどだろう。
もしくは何回乗っても興奮するといったところか。とにかく、自分とフミコだけが浮いているというわけではなかった。
「別段フミコが浮いてるわけじゃないと思うけど?」
「そう思い込んでるだけじゃないか?」
「……いちいち突っかかりますね?」
「返すようだが、そう思い込んでるだけだろ?」
「……あぁ、そうっすか」
ダメだこりゃ、このクラウスってやつとは多分友達にはなれそうにないわ。
まぁ、友達になる必要はないし、異世界渡航者である分なるわけにもいかないのだが……
(それでも最低限の情報は聞いておくか)
そう思い、クラウスに質問してみる。
「なぁ、クラウスは運命の乙女の取り巻きって事でいいんだよな?」
すると、クラウスが思いっきりキレた顔でこちらを睨んできた。
「あぁ!? 誰が取り巻きだって?」
「違うのか?」
「なぜ俺があんなやつの取り巻きなどしなきゃならん!」
クラウスは激怒して怒鳴った。
てっきりルークやヒースの時みたいに「取り巻きじゃねー! 恋人だ! 彼氏だ!」と言うのかな? と思ったのだが、違った。
「俺はあんなやつの連れになった覚えはない! むしろ付きまとわれて迷惑しているくらいだ!!」
クラウスはどうやらルークやヒースと違って運命の乙女の事はあまりよく思っていないようだ。
運命の乙女が無理矢理仲間に引き入れたという事だろうか?
何にしてもクラウスからは気軽に情報を聞き出せそうにはなかった。
そうこうしてるうちに、飛行船クリスチャース号は鉄塔から引き離され、出航する。
離陸を開始するとフミコはより一層、車窓に張り付いて「おぉ!!」と唸るのだった。
大空へと飛び立った飛行船クリスチャース号は首都トルディウムへと向かう。
そんな飛行船クリスチャース号の操舵室では異変が起きていた。
方向舵に昇降舵の舵輪、ガスやバラスト水の操作盤、エンジンテレグラフが所狭しと設置されており、ガラス張りの正面や側面のガラスの上には舵手用の磁気コンパスやジャイロコンパス、高度計や昇降計に微気圧計、傾斜計それに昇降舵手のための指示計など計器類が多数配置されている操舵室には多くの乗組員がひしめき合っていたが、誰しもが目が虚ろであった。
そんな乗組員たちの中心にいるのは黄金の刺繍が施された黒いローブを着た人物であった。
黒いローブを着た何者かに乗組員の1人が声をかける。
「ラピカ様……準備は完了しております」
「そうか、ご苦労」
「は!」
ラピカと呼ばれた黒いローブを着た何者かはフードを外して素顔を晒す。
その素顔は銀髪の長いストレートヘアーをした美しい女性だった。
「では諸君、行動を開始しようか」
ラピカがそう宣言すると、操舵室にいる虚ろな目をした乗組員全員が皆一斉に声をあげる。
「はい、背徳の女神さまの導きのままに……」
首都トルディウムへと向けて飛び立った飛行船クリスチャース号で波乱が起きようとしていた。




