運命の乙女(9)
金融街から少し外れた通りまで来ると、一旦路地裏に腰を下ろす。
背徳の女神が吹き飛ばした区画からそんなに離れていないが、そこまで喧騒はなく静かであった。
「はぁ……はぁ……フミコすまない」
「かい君気にしないで! むしろドンドン頼って!!」
フミコは笑顔で言うが、男としてどうなのかとも思うのでこういった助けは極力仰がないようにしないといけない。
とはいえ、それにはPTSDを克服しないといけないのだが……
(地球を旅立ってからこういった状況に接する機会がなかったからな……まさか自分がこんな精神障害を負ってるとは思わなかったぜ。たしか治療には暴露療法がいいんだっけか? この異世界が片付けば次元の狭間の空間にカウンセラールーム作って治す必要があるな……フミコとケティーにも手伝ってもらわないと)
そう思考を巡らせているとフミコがつんつんと肩を突いてきた。
「ん? どうした?」
「いや、何だかさっきからずっと見られてる気がするんだけど?」
そう言ってフミコは路地裏のさらに奥の薄暗い細い通路を指さす。
しかし、自分には特に誰かがいるようにも隠れているような気配も感じない。
目を細めて見てみるが、特におかしな所はなかった。
「そうか? 俺は誰もいないように思うんだけど?」
そう言うと突然、路地裏のさらに奥の薄暗い細い通路の暗闇に人影が浮かぶ。
今さっきまで誰もいなかったはずだが、思わず背徳の女神だろうか? と身構える。
しかし、その人影は緊張感なく頭をボリボリと掻きながら笑って姿を見せる。
「いや~まさかバレるとは思わなかったな~すごいね君? それともボクの溢れんばかりの魅力は隠し切れなかったって事かな?」
そう言って姿を見せたのは自分たちと同じくらいの年代の白い礼服を着た少年だった。
さわやかに笑って白い歯を見せながらフミコにサムズアップして見せている。
うむ……何だろうかこいつは?
新手のナンパ師か何かか?
思わずフミコのほうを向いてしまう。
何だかんだで突然姿を現した少年はイケメンだったので、フミコが何かしら反応しないか心配になった。
しかし、それは杞憂だったようで、ルークの時と同じくまったくの無反応だった。
むしろ眉をひそめているくらいだ。
とりあえずは一安心だなと何に対して安堵してるかはわからないが、ほっと一息つく。
そして突然姿を現した謎の少年に質問する。
「あんた一体何者だ? 一体どこから出てきた?」
「ん? ボクかい? ボクはヒース。”不可視”の2つ名を賜ってて、みんなからは”不可視”のヒースって呼ばれてるよ」
そう言ってヒースと名乗った少年は顔の前で人差し指と小指を立てて中指と薬指をたたみ、そこへ親指を添えるという、まるでメタルバンドがよくやるメタルポーズのコルナ・メロイックサインのようなポーズを取ってフミコにウインクしてみせる。
あ、ダメだこいつ……これ以上フミコと関わらせてはいけない気がする。
とはいえ、やはりフミコはまったくの無反応だった。
というより「何してるんだろうこの人?」といった具合の残念な視線をヒースに向けている。
うむ、ご愁傷様だな”不可視”のヒースとやら……フミコはそこら辺で歩いてる女子とは違ってそんなナンパには引っかからないぞ?
とはいえ、一様は心配だからガードはしとこう。
そう思ってさりげなくフミコを自分の背後に隠してヒースに質問する。
「で? ヒースは結局どこから出てきたんだ」
「気になるかい? そうだよね~? それはボクの2つ名にも関わってくるんだけど」
そう言ってヒースはどこからともなく白いハット帽を取り出して被るとパチンと指を鳴らす。
するとヒースの姿が突然消えた。
「な!?」
驚き、思わず周囲を見回して警戒するが、目の前からヒースの笑い声が聞こえてくる。
「心配しなくていいよ? ボクはどこにも移動してないからさ」
「何?」
ヒースの声はさきほどまで彼がいた場所から聞こえてくる。
その事で大体の察しはついた。
「なるほど……透明になれる能力か」
「ご名答! 正確には『潜伏』ってスキルだけどね! だから透明になってるわけじゃないんだけど、スキルを使用してる間は相手に感知されない」
「それで2つ名が”不可視”か……」
完全な透明ではなく、自分以外の者に自身の認識を阻害するといった類いなのだろう。
何にしても敵にしたら厄介そうな能力だ。
「まぁ、ここまでネタばらししたからにはボクは君たちの敵ではないってことは理解してもらえたかな?」
そう言ってヒースはさわやかな笑顔を向けてくる。
まったく、このイケメンスマイルは危険だ! フミコには絶対に見せてはいけない。
そう思って警戒を緩めず質問する。
「つまりヒース、あんたは俺たちと争う気はないって事だな?」
「そういう事、ルークからも話を聞いてるしね」
ヒースの言葉で姿が見えなかったルークの事を思い出す。
「ルークから? あいつ無事だったのか?」
「うん、ルークはボクらの仲間が助けだしたよ。今は治療のため首都に移送してるよ」
そう言ってヒースは再びサムズアップして見せるが、完璧ガードを行っているためフミコには届いていないはずだ。
「つまりヒースは運命の乙女の取り巻きって事か?」
そう言うとヒースは人差し指を立ててチッチッチと唇の前で動かすと。
「取り巻きなんかじゃない……ボクはあの子の彼氏さ!!」
そう宣言した。
うん、ルークも確か似たような事言ってなかったか?
とりあえず、運命の乙女にたどり着きさえすれば何だっていいからそういう事にしとこう。
「なるほど……で? 運命の乙女の彼氏さんが俺たちに一体何の用だ?」
「何、ルークからの話で気になったから声をかけたんだよ。ルークからも声をかけてやってくれと頼まれてたしね! なんでも背徳の女神陣営に狙われてたっていうじゃないか! 放っておけないよ」
ヒースはそう言うと自分の背後にいるフミコになんとかアピールしようと笑顔を見せようとしてくるが、鉄壁のガードで絡ませないようにする。
うむ、てめー運命の乙女の彼氏だと言い張るならフミコにちょっかいだすんじゃねーよ!
イケメンだからって許されると思うなよ?
ヒースは諦めてやれやれと肩をすくめると本題に入る。
「そこでボクと一緒に首都に来てくれないかい? ボクはそこでみんなと落ち合う事になってるんだ。たぶんここにいるより君たちの安全は保証されるはずだよ?」
ヒースはそう言ってウインクして見せる。
もはやフミコにアピールするのは諦めたのか、それはモロ自分に向けられていた。
やめろ、俺にその手の趣味はねー!
しかし、この提案はまたとないチャンスだろう。
実際問題、これで運命の乙女に会えることは確定したのだ。
まだ背徳の女神と運命の乙女、どちらが地球からの転生者か召喚者かはわかっていないが、直接本人に会えるのなら問題はないだろう。
現状、背徳の女神に接触するのは危険だ。
さきほどのような目に何度も遭っていたのでは命がいくつあっても足りない。
実際、世界情勢を鑑みるに背徳の女神はこの異世界のラスボスなのだろうから当然だ。
なら話ができそうな運命の乙女から接触するのはごく自然な流れだ。
それに、普通に考えれば運命の乙女が地球からの異世界召喚者で間違いないだろう。
ゴールは近い、そう思えた。
「わかった……ヒース、あんたと一緒に首都に行くよ」
「そうこなくっちゃ!! よろしく!! えーっと……」
「カイトだ。で、この子はフミコ」
「よろしくフミコちゃん!! 仲良くしようね!!」
ヒースは自分に対しては軽い感じで挨拶を済ませたのに対し、自分の横に素早く回り込んでフミコに笑顔で握手をしようとしだしたので再びフミコを背後に隠し、笑顔で威圧する事にした。
「それじゃあよろしく頼むよ運命の乙女の彼氏くん?」
「お、おぅ……よ、よろしく~」
ヒースは引き攣った笑顔を浮かべると自分から距離を取った。
「で、首都に行くって話だが」
「あぁ、まずは汽車に乗って郊外にあるグラスガム空港に行かないと」
「空港に?」
「そう、ここから首都までさすがに汽車で移動してたんじゃ時間が掛かりすぎる。飛行船で行くほうがいい」
ヒースの言葉で首都がここ工業都市グラムガムからどれだけ離れているのか何となく想像できた。
列車や車では数日かかるという事だろう。
だから飛行船で空の旅を選んだほうがいいと……
しかし、まだ登場したばかりの頃の飛行船はそこまで速度はでなかったはずだが、この異世界の飛行船は違うのだろうか?
それとも単純に汽車の馬力が出ないため列車といえど時間がかかるという事だろうか?
車もまだまだ発展途上だろうし、幹線道路の建設も、まだまだ大規模な山奥のトンネル貫通工事などはしてないだろうし、迂回ルートも多いに違いない。
移動の手段が増えて人が移動しやすくなったとはいえ、まだまだ気軽に遠い地に旅行ができるというわけではないのだろう。
「そうか……じゃあ空港に向かおう。案内頼むぜヒース」
「任せて!! それじゃあ行こうかフミコちゃん!!」
ヒースがどさくさに紛れてフミコの手を取ろうとしたので、ヒースの手を叩いて笑顔で威圧する事にした。
ヒースは苦笑いを浮かべると、そそくさと路地裏を歩き出す。
まったく、これはスマホで動画でも隠し撮りしておいて運命の乙女とやらに見せてやるのがいいかもしれんな?
週○文○なり、○刊○潮なりの記者になった気分だぞ?
ため息がでそうになったが、フミコが自分の袖をくいくいっと引っ張る。
なんだ? と思ってフミコのほうを見るとフミコが真顔でこう言った。
「かい君、あいつうざい!」
ははは、残念だったなイケメン!
フミコはてめーには一ミリも興味はないってよ!
心の中でガッツポーズを決めて深く頷く。
「うん、フミコ。その通りだ。あいつとの会話は必要最小限にしよう」
そう言ってヒースの後を追う。
うむ、心は晴れやかになったので足取りが軽いぞ!
ヒースの後に続き路地裏を進むこと小一時間、巨大な鉄橋の真下に出た。
土地の関係上、市内を移動する路面電車と違って郊外に行く列車の線路はすべて高架に敷かれており、駅は当然高架駅となっている。
高架橋は都市内部はトレッスル橋のような構造だが、都市を出るとビーム橋のような造りになるらしい。
そして都市内部のトレッスル橋の鉄橋には螺旋階段が張り巡らされており、高架駅まではこれを昇っていかなければならないようだ。
しかし高架駅とは……見上げてため息が出そうになった。
「まじかよ……これ結構な高さじゃね?」
「そうだね……なんでも近々水流とポンプを使った昇降装置を試験配備するって話だけど、まぁ実用化はまだ先だろうね」
ヒースはそう言うと苦笑いを浮かべて階段を登り出す。
産業革命レベルの異世界とはいえ、電気式エレベーターの試作機はおろか、蒸気式や水流式のエレベーターもまだ試験設置検討レベルとは……
これは汽車もどこまでのレベルか心配になってきたな……
街が見えたときに双眼鏡で覗いた時はまともには見えたが、実際はどうなんだろうか?
金融街に行く路面電車はそれなりだったが、まさか初期の蒸気機関車のような露天客貨車じゃないだろうな?
一抹の不安を抱え、螺旋階段を昇るのだった。




