運命の乙女(8)
まったく動きが読めなかった。
ソナタが蒸気に包まれた直後、すでにソナタはルークを斬り裂いていたのだ。
抵抗すらできずルークはそのまま地面に倒れてしまう。
「まじかよ? フミコ、今の見えたか?」
「いいや、何が起きたのかまったくわからなかった……かい君、あれはまずいよ」
フミコは緊張した面持ちで枝剣を構える。
こちらもアビリティーユニット・アックスモードを構え、ソナタの次の行動に備える。
(さて、どうする? あんな移動したかどうかもわからないような攻撃、どうやって防げっていうんだ?)
本格的にこれはさきほど拾ったスチームボールを使うべきか? と悩むが、そもそも使い方がわからない。
握って「スチーム、オン」と言えば蒸気が出るのか、その蒸気を浴びれば速くなるのかすらわからない。
わからない物に頼るのは危険だ。
そうなると高速戦闘に持ち込ませない戦い方をしなければならないが、それがもっとも難しい。
(策がないことはないが……その下準備の時間が稼げないとどうにもならない)
考えているとソナタがこちらを向いてククリナイフの刃先を向けてくる。
「次はあなた達の番です。もう素直に殺しましょう、運命の乙女陣営から奪い取るのも面倒です」
そう言ってソナタは懐からスチームボールを取り出した時だった。
ソナタの背後に落雷が発生、直後ソナタに向かって電撃が放たれる。
これをソナタは即座に手にしていたククリナイフを放り捨て、地を蹴ってその場から離れて回避する。
が、回避した先にはすでに短刀を構えたルークが待ち構えていた。
「な!?」
「まさか俺様があっさりやられたとでも思ったのかい? 可愛らしい背徳の女神の手先さん?」
ルークはそのまま短刀をソナタへと振り下ろす。
ソナタは感電を恐れてククリナイフを放り捨てて回避してきたため、現在手元に武器を持っていない。
慌ててホルスターからダガーナイフを引き抜きこれを受け止める。
しかし。
「ようやく俺様のペースに持ち込めたぜ、可愛らしい背徳の女神の手先さん?」
ルークはニヤリと笑うと短刀の刀身から放電を放つ。
その放電はそのまま短刀を受け止めていたダガーナイフの刃を通じてソナタの全身に電流が流れる。
「ぐ!?」
ソナタははじめて苦悶の表情を浮かべる。
それを見てルークはさらに放電の威力を強める。
眩しい光が周囲を照らし、ソナタはそのまま意識を失い倒れてしまった。
倒れたソナタは体中から煙があがり、焼け焦げた臭いがしていた。
「はぁ………はぁ………まったく俺様とした事がスマートな勝ち方じゃないな」
ルークはそう言うとこちらへと歩いてくる。
そしてフミコに向かってウインクして見せた。
「どうだったお嬢さん? 俺様の勇姿は?」
しかしフミコはまったくの無反応だった。
うむ、残念だったなキザ野郎、フミコはお前など眼中にないようだぞ。
そんなフミコの反応にルークは「あれー?」といった表情で苦笑いするが、すぐに本題へと移る。
「さて、可愛らしい背徳の女神の手先さんは倒したが、一体君たちはどうして狙われてたんだい?」
「あぁ、それな……どうにもシャルルって女に運命の乙女の取り巻きと勘違いされたらしくてな」
「へぇ? どうしてまた?」
「さてな? おかげでこんな街中で戦うハメになってしまった」
「ふむ……なるほど」
そう言ってキザ野郎のルークは考え込む仕草をした。
何か思うところがあるのかこんな事を聞いてくる。
「ひょっとして、何か聞き込みとかしていたのかい?」
ルークの言葉に一瞬ドキっとしたが、まだこの世界ではそれは行っていない。
噂話などを盗み聞きする程度で不審に思われることはしていないはずなのだが、ルークはそれを聞いてきた。
「そんな事はしてないがどうして?」
「いや、俺様が聞いた話ではどうにも背徳の女神や運命の乙女の情報を嗅ぎ回っている不審な人物がいるとの事だったんでな。もしかしたらそれで背徳の女神の手先に狙われたんじゃないかと思ったが……」
そう言ってルークは自分とフミコの格好を見ると笑顔でうんうんと頷く。
「どうやら別人みたいだね? 聞いてた格好とも違うし」
「ちなみにその不審な人物はどんな格好をしていたんだ?」
聞くとルークはこう言った。
「全身フルプレートの甲冑姿……当然兜で顔はわからない」
カイトにフミコ、ルークが話している場所から少し離れた建物の屋上で、フルプレートアーマーに身を包んだ何者は観察していた。
手の中でハンターケース型の懐中時計の蓋を開け閉めしていた何者かは、やがてガシっと懐中時計の蓋を閉めると胸元に懐中時計をしまう。
「まぁ、巡った異世界の数もまだ少ないからな……こんなものか」
そう言って鼻で笑うとフルプレートアーマーに身を包んだ何者は身を翻して屋上を後にする。
去り際に何者かは誰に言うでもなくつぶやいた。
「せめてこの異世界にいる間にもう少し成長しろよ? GX-A03の適合者」
ルークは不審者の情報を教えてくれたが、身に覚えはなかった。
そもそも西洋甲冑で街中彷徨いていたら目立って仕方ないと思うが、そんな変人には会っていないし見てもいない。
なのでその情報は自分とは関係ないだろう。
どっちにしろ、なんで自分たちが運命の乙女の取り巻きと間違われたのか?
倒れている背徳の女神の手先2人に聞くのが手っ取り早いだろう。
そして背徳の女神の情報も聞き出さなければならない、そう思ってとりあえずは倒れている2人を回収しようと思ったその時だった。
なぜだがゾクっとして背中に怖気が走った。
それはフミコにルークも同じようで、怯えた表情でフミコが自分の腕にしがみついてくる。
「な、何!? かい君なんか変だよ?」
「あ、あぁ……なんだか突然空気が変わったような?」
警戒して周囲を見回す。
ルークも冷や汗を流して短刀を構え当たりを見回している。
異様な空気はやがて環境にも変化を及ぼす。
突然空が曇りだし、空を厚い雲が覆いだした。
そして急速に夜になったかのように辺り一面が薄暗くなる。
「どうなってやがる?」
アビリティーユニット・アックスモードを構えて当たりを見回していると、突然地面から黒い靄のようなものが発生しだす。
「な、何これ!?」
「なんだ一体!?」
自分とフミコは驚いてその現象を見ていたが、ルークだけはガクガクと全身を震わせながらもその黒い靄を睨み付ける。
「まさか……こんなところにお出ましってか!?」
「お出まし? 一体何がだ?」
聞くとルークは冷や汗を流しながらも黒い靄を指さして言う。
「決まってるだろ! 背徳の女神だ!」
「……!!」
ルークが言った直後、地面から発生した黒い靄は勢いを増して大きくなる。
そして、黒い靄の中から黒い触手のようなものが飛び出して、倒れているシャルルとソナタに巻き付き一気に黒い靄の中へと引きずり込む。
そして黒い靄の中から何者かの声が轟く。
「我の可愛い子らを痛めつけるとは……まったく野蛮極まりないな? 運命の女神の取り巻きよ」
「俺様から言わせれば、可愛い子と思うなら戦闘の最前線に立たせるべきじゃないと思うんだけど?」
冷や汗をかきながらもルークが背徳の女神だという黒い靄につっかかる。
しかし、黒い靄から反応はなかった。
代わりに黒い靄はより一層勢いを増して大きくなり、この区画一帯に暴風を巻き起こす。
「ぐ!? まずい!! 何かに掴まれ!!」
ルークが叫ぶが、言われるより先にフミコの手を取って聖斧の能力で壁を作り、そこに避難していた。
とはいえ、完璧に周囲を壁で囲むでもしない限り吹き飛ばされるかもしれないが、背徳の女神が目の前にいるというなら地球からの転生者かどうか見極めなければならない。
そして、もし地球からの転生者だとしたら能力を視ておかなければならない。
隙があり能力も奪えそうなら尚のことだ。
しかし、そんなこちらの思惑とは裏腹に暴風の勢いは増していく。
まるで最大級の台風が直撃している時に街中に飛び出した状況のようになっている。
そして黒い靄は大きくなり、この区画一帯を黒い靄の中に飲みこまんとする。
「我に歯向かう愚かな運命の乙女の取り巻きよ。今日は我の可愛い子らを回収するだけにしておいてやるが、次は命はないと思えよ? 命惜しければ運命の乙女を見限り、我の元へ来い。門はいつでも開けといてやる」
そう言って黒い靄はさーっと消えていく。
直後、暴風がこの区画一帯を吹き飛ばした。
「フミコ、大丈夫か?」
「うん、平気。かい君こそ大丈夫なの?」
「あぁ、問題ない」
そう言ってフミコの手を取って起き上がる。
背徳の女神の置き土産ともいうべき暴風によって、大通り一帯は瓦礫の山と化していた。
幸い、背徳の女神が消える直前になって咄嗟に岩の壁を大量に造って即席の防空壕のようなものを造って滑り込んだため、暴風の被害を受けることはなかったが、大通りのありさまは酷いものだった。
あれだけ建ち並んでいた建物は根こそぎ倒れており、この区画一帯だけ瓦礫に埋もれている。
いたるところで人々の怒号が飛び交い、救助活動が行われていた。
医師団のような集団も見られ、あたり一帯騒然としている。
見れば見るほど、地球でのジムクベルト襲撃直後から地球を旅立つまでの光景を思い出し気分が悪くなる。
考えたこともなかったが自分は軽いPTSDを発症してるかもしれない。
救助活動を手伝った方がいい、というか手伝うべきなんだろうが地球での光景を連想してしまって吐きそうだった。
「かい君本当に大丈夫?顔色悪いよ?」
フミコが心配そうに顔を覗いてくる。
自分が今どんな顔をしているのか、想像したくはなかった。
「悪い、大丈夫だと言いたいところだが……正直気分が悪い。ここを離れよう」
「うん……そのほうがいいと思う。かい君が心配だよ」
なんとも情けないが、フミコに肩を貸してもらってその場を後にする。
この惨状を巻き起こした当事者の1人でありながら、この場の後処理も救助活動もせずに離れるのは申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、自分の精神が持たない。
本当に情けない話だった。
まったく、自分が嫌になる……
「そう言えばルークってやつはどうなったんだ?」
「さぁ? あたしは見てないよ?」
「そうか……運命の乙女の手がかりだったが、仕方ないか」
そう言ってたどたどしい足取りでその場を後にした。




