受け継がれし鋼の魂(1)
「空が青いな……そして空気が新鮮だ」
どこまでも長く一本道、その両脇には広大なサトウキビ畑が広がっており、地平線の先までずっとこの光景が続いていた。
思わず「ざわわざわわ」と歌ってしまいそうになる情景だが、しかし道の両脇に広がる畑がサトウキビ畑なのかどうかは正直わからない。
というより異世界なんだから確実に違うだろう。
しかしそんな事はどうでもいい……今は本物の陽の下で新鮮な空気を吸える喜びを噛みしめよう。
そんな思いからつい出てしまった言葉だったが、しかし隣を歩くフミコはうんざりといった表情で。
「いやかい君、いい加減この景色もううんざりなんだけど!? というかこの道いつまで続くの!? ていうか集落どころか人っ子ひとりいないじゃない!! 本当にこんなところに転生者なりなんなりがいるの? まったくそんな気配ないんだけど!?」
そう切実に訴えてきた。
確かにこの異世界に来てからかれこれ3時間ほど歩き続けているが、一向にどこまでも長く一本道とその両脇に広がるサトウキビ畑のような何かという光景が変化する気配はない。
まぁ言われてみれば、そろそろ何かしら景色に変化があってもいいようにも思えるが、しかし今はそんな事よりも閉塞感ある環境から解放された事の充実感のほうが勝っている。
なので個人的には苦でも何でもなく、むしろまだまだこのままでも一向にかまわんぞ? とさえ思っていた。
そう、それほどまでに今回の次元の狭間の空間での移動期間は長かったのだ。
そして、ココの母親の件もあり、ギルド本部に足を運ばず次元の狭間の空間内でずっと過ごしていたため、新鮮な空気に飢えていたのである。
だからこその現在の解放感であるがゆえに、変化のない景色を延々と徒歩移動する事に抵抗はなかった。
むしろあと5時間だろうと、この代わり映えしない景色を歩くことになっても問題ないとさえ思っている。
うむ、いいではないか。たまにはこんな光景を1日ずっと眺めているのも……
そんな達観した思いも芽生えたが、しかし今のフミコにそれを伝えても理解はされないだろう。
なので。
「まぁ誰に干渉される事無く理想のスローライフを送りたいって人ならありえるんじゃないか? 前世はブラック企業に勤めていた社畜でオーバーワークで過労死してこの世界に転生してきたっていうなら、こんな辺境に住んでいてもおかしくはないと思うけど?」
それっぽく言って納得させる事にした。
「まぁ確かに、なくはないだろうけど……」
フミコは唸って首を捻りながらもそう口にしたので、本心では納得していないがとりあえずは納得したのだろう。
良かった、これであと1時間くらいなら我慢してくれるはずだ。
そう思うと安堵から思わず地雷ワードを口にしてしまった。
「それに辺境とは言ってもいい景色じゃないか。こういうところに住む気持ち、今ならわかる気がする」
この言葉にフミコは激しく反応した。
「何言ってるの!! かい君はそんな気持ちわからないで!! こんな辺境に住もうとしないで!!」
そして激昂し詰め寄ってきたフミコがもう我慢の限界と言わんばかりに懐からアビリティーユニットGX-A04を取り出し、アビリティーチェッカーを装着してヒントサーチを発動させる。
ヒントサーチは量産型にのみ備わる便利機能だ。
スペック面ではGX-A00/01~GX-A03に劣る量産型のGX-A04がその性能差を埋めるべく供えられた機能であり、1度きりではあるが、今いる異世界においてターゲットが現在どこにいるかを知る事ができるのだ。
とはいえ、あくまで知れるのはヒントサーチをかけた時点での居場所であり、ヒントサーチ発動後、その場所へ向かっている途中にターゲットに別の場所へ移動されてしまうともうお手上げとなってしまう。
しかしGX-A04の強みは量産型である点だ。
たとえヒントサーチをかけた場所に出向いて、その場にターゲットがいなくても他の量産型がヒントサーチをかければいい。
そうしてターゲットを追い詰めていくのだ。
だからこそ量産型の真価が発揮されるのは量産型がまとまって集団行動している時に限るのである。
そういう意味では現在GX-A04を所持しているのがフミコと寺崎歩美のふたりだけ(リーナ(成長ギャル化版)はイレギュラーなため数に組み込んで戦力換算はできない)の状態では量産型の機能にあまり期待はできない。
とはいえ、単発でもヒントサーチは現時点での転生者・転移者・召喚者の大まかな位置を把握できるから、それだけでも十分ありがたい事ではあるのだが……
そんな自分とフミコの少し後ろを寺崎歩美とヨハンが歩いていた。
当然寺崎歩美としてはフミコにくっつきたくて仕方がないだろうが、今はなぜか我慢している。
朝食時に何かあったようだが詳しくは知らない。
まぁ寺崎歩美が騒ぐとこれまたややこしくなるから静かなのはそれはそれでありがたい事なのだが……
そんな寺崎歩美の横を少し離れてヨハンが歩いている。
ヨハンはヨハンで気が気でないといった具合で後ろをちらちらと振り返りながら歩いていた。
そのヨハンの視線の先に何があるかと言えば、リーナ、エマ、イリーナの幼女3人組だ。
彼女たちはわいわい楽しそうにサトウキビ畑のような何かの草を見上げて話し込んでいる。
リーナ、エマ、イリーナの3人はギルド内サークル<リトルトラベラーズ>を結成しており、ヨハンはその後見人である。
今回の異世界にはリーナ(成長ギャル化版)のアドバイスを受け入れて彼女たちを連れてきたが、そうなると当然彼女たちの後見人たるヨハンも必然的に同行する事になる。
リーナの護衛にはTD-66がついているため、常に見守る必要はないのだが、しかしヨハンはエマに何かあってはいけないと常に行動に気を配っていた。
そんなヨハンが見守る中、一体何の話題で盛り上がっているのか? サトウキビ畑のような道の両脇に茂っている大きな草にイリーナが触れようとした時だった。
ガザっと大きな音と共にサトウキビ畑のような何かの奥から巨大な影が浮かび上がった。
「な!? なんだあれは!?」
驚き目を見張るヨハンだったが、すぐに3人の元へと駆けだす。
異変に気付いた寺崎歩美もすぐに懐からアビリティーユニットGX-A04を取り出して3人の元に向かう。
突然の事にイリーナはビックリしてその場に尻もちをつき、慌ててリーナとエマがイリーナの元に駆け寄ると、直後サトウキビ畑の奥から巨大な腕が伸びてイリーナへと迫る。
「危ない!!」
間一髪、イリーナはリーナとエマの二人に抱きつかれて勢いのまま、地面に倒れて転がり巨大な腕を回避できた。
そんな巨大な腕に向かって駆けつけてきた寺崎歩美が銃撃を行い、ヨハンも火を噴くトカゲを召喚して火炎弾を放たせるが、しかし巨大な腕はそれらの攻撃を受けてもビクともしなかった。
その巨大な腕はすぐにサトウキビ畑のほうへと戻っていくとそのまま巨大な人型の影としてその全身を露わにした。
「な、なだこいつ!?」
その姿はまさに異形であった。
グロテスクな見た目の粘液がまとわりついた鎧のようなもので全身が覆われており、生きているのか死んでいるのかわからない精気が抜けた目をしている。
そんなバイオ装甲巨人は次の瞬間、不快な叫び声をあげ再びリーナ、エマ、イリーナへと拳を振り下ろした。
「させるかー---!!!」
そんなバイオ装甲巨人に対し、ヨハンが魔剣を召喚して一気に斬りかかる。
だが……
「は?」
魔剣の斬撃はバイオ装甲巨人に一切通じなかった。




