最強無敵ビースター
時は1994年、日本はバブル崩壊からはじまる経済の長期低迷の真っただ中にあった。
ただし、緩やかとはいえ景気は回復傾向にあり、GDPも前年のマイナス成長からプラスへと転じている。
とはいえ、その数値は微々たるものであり、とても停滞感を打ち破れる明るい未来を実感できるものではなかった。
そんな平成という新たな時代がはじまって数年しか経っていないこの頃、人々はまだまだこの世の春を謳歌していたバブル経済期の余韻に浸る事ができ、現在の苦境が一時的なものであると信じて疑わなかった。
というよりも忘れられなかったのだ、日本経済が世界を牛耳る一歩手前までいったあの輝かしき時代を……
そして夢にも思っていなかった。
今この時……この先、失われた30年と呼ばれる長い長い大不況の時代のはじまりにに突入しているという事を。
誰もかれも……
そんな1994年の都内某所にて、日本全体を、否、世界全体を脅かす大事件が人知れず発生していた。
それは……
摩天楼立ち並ぶ新宿ビル街群の一画で静寂を切り裂くように大爆発が起こった。
それと同時に地面が大きく振動し、耳をつんざくような大きな音とともに粉塵をまき散らしながらビルが倒壊していく。
そして倒壊したビルはその瓦礫を地面にまるで決壊した川の堤防から市街地へと流れ込む濁流のように撒き散らしていくが、しかしそれだけの災害が起こっているにも関わらず人的被害はゼロであった。
それどころか、日中の新宿ビル街群の一画であるにも関わらず人っ子一人いなかった。
そう、信じられない事に日中の新宿ビル街群の一画が無人なのだ。
とはいえ、これは偶然そうなったわけではない。意図的に作られた状況だ。
そして、なぜこの区画から意図的に人をいなくしたのか?
その答えがさきほど起こったビルの倒壊だったのだ。
そして、当然ながらこれで終わりではない。ビルが倒壊し、粉塵が立ち込める中、煙の向こうに巨大な影が浮かび上がる。
それはビルの倒壊の原因……その巨大な影は腕を振るい、粉塵を払うとその姿を現す。
それはグロテスクな見た目の粘液がまとわりついた鎧のようなもので全身が覆われた巨人であった。
そのバイオ装甲巨人は不快な叫び声をあげながら周囲のビルをなぎ倒しながら前へと進み、そして目の前に立つ何かを睨みつけた。
それは全長50メートルはあろうかという巨大ロボであった。
巨大ロボ内部、コックピット。そこには3人の少年少女がいた。
見た目は小学生であり、実際彼らは小学5年生であった。
そんな彼らはコックピット内の操縦席に座って、それぞれ役割を分担し巨大ロボを動かしていた。
とはいえ、巨大ロボを動かすのは彼ら3人であっても、それをサポートする面々は他にも複数いる。
彼らは巨大ロボとバイオ装甲巨人が戦っている現場のすぐ近くにいたり、本拠地でオペレーターとして活動していたりと様々だ。
そんな現場でサポートを担当する面々がバイオ装甲巨人によって破壊され瓦礫の山と化した一画に身を潜めながら戦いの様子を焦った様子で眺めていた。
「はぁ!? まだあいつ動けるのかよ!? どんだけ頑丈なんだよ!!」
そう冷や汗を流しながら言う背の高い少年の隣でオドオドした少年がなぜか携帯ゲーム機であるゲーム〇アを手に必死にボタンを連打していた。
こんな緊迫した状況でゲームに打ち込んでいるとは何事か! と思うかもしれないが、ゲーム〇アの液晶画面に映し出されているのはゲーム画面ではない。
新宿ビル街群の一画を丸々包み込んで中で行われている戦闘を隠蔽しているフィールドを維持するためのオペレーション画面だ。
本来なら新宿ビル街群の一画を丸々カバーする規模のフィールドは膨大な出力が必要となるため、本拠地である秘密基地にあるオペレーションルームに敷設してある大型コンピューターで操作しなければ維持できない。
だが、現場の状況を直接見なければ判断できない局面もあると皆が所有する携帯ゲーム機に特別な改造が施され、秘密基地のオペレーションルームにいなくとも現場でフィールドを維持できるようになったのだ。
とはいえ、携帯ゲーム機での維持はやはり出力に限度があり、フィールドを維持できる時間も極端に短くなってしまった。
だからこそ、彼らは今焦っているのだ。
「おい桐山!! 何とか時間を引き延ばせないのか?」
「そ、そんなの言われなくても……い、今必死でやってるよ……けど、やっぱり、こ、ここじゃどうにも……どうにもならないよ」
そうオドオドしながら言う少年を見て背の高い少年は舌打ちすると。
「ったく!! ゲーム〇アなんかでオペレーションしようとするからだろ! 俺のバー〇ードバトラーを改造してたらこんな事には」
拳を握りしめ、ブルブルと震えながらそんな事を言い出したが、オドオドした少年はそれを見て呆れたようにこう言った。
「い、いや……カ、カード読み込むだけのゲーム機じゃ、もっと維持できる時間短くなってたと……お、思うけど」
この指摘に背の高い少年はブチ切れる。
「てめーバー〇ードバトラーをバカにするな!! ていうかてめー、俺が集めた色んなお菓子や雑誌の付録でついてたカードすべて読み込ませて作った最強の戦士に勝てなかったくせに何言ってやがる!!」
「え、えぇ……い、今それ関係ないんじゃ」
「うるせー!!」
困惑するオドオドした少年に背の高い少年はまだ何か言おうとするが、しかしそこである事に気付く。
「ん? おい桐山!! あれってもしかして」
「え? な、何? ど、どうしたの?」
オドオドした少年はゲーム〇アのボタンを必死に連打するのをやめ、背の高い少年が見ている方を向く。
そして目を見開いた。
「こ、これって!」
「あぁ! 間違いねー! やつの弱点だ!!」
背の高い少年はそう言うと周囲を見回し、そして瓦礫の山の中にまだ破壊されていない電話ボックスを発見する。
そしてポケットに手を突っ込んでテレホンカードを取り出すと。
「ちょっとしずかに伝えてくる!」
そう言って電話ボックスに向かって走り出した。
そんな背の高い少年にオドオドした少年が一旦ゲーム〇アから手を離し、ポケットに手を突っ込んで携帯電話を取り出し手を振りながら背の高い少年に声をかけた。
「ち、ちょっと!! わ、わざわざ公衆電話使わなくても……け、携帯電話持ってるよ? テレカの度数残り少ないって言ってなかった?」
しかし、これに背の高い少年は振り返る事なく。
「いらねー! それ電話がかからない時のほうが多いじゃねーか!!」
「うっ!!」
そう怒鳴って電話ボックスの中に入り込んだ。
1994年の携帯電話事情は、この頃から小型軽量化が進み、細長い本体にボタンが敷き詰められ、上部に液晶画面が搭載されるという現代に繋がる基本デザインが完成した時期である。
そして、それと同時に2Gサービスの開始によってアナログ通信からデジタル通信へと変化した移動通信システム黎明期であった。
しかし、この頃の日本の携帯電話の普及率は2%から3%代であり、当然ながら持っている人の方がレアであった。
ゆえに利用者数も少なかった事から通信も安定せず、だからこそ、街中の至るところに設置されていた公衆電話が重宝されたのだ。
そして公衆電話を使うためには小銭を持っている必要があり、長電話をするには大量の小銭を要する。
だが、そこまで小銭を持ち運びたくない、身軽でいたい人にとって、テレホンカードはとんでもなくありがたい存在、必須アイテムだった。
特に普段お金を大量に持っていない学生や子供たちにとって、テレカほど貴重な存在はなかったであろう。
そんな品を背の高い少年は公衆電話に差し込み受話器を取る。
そしてボタンを高速で連打していくが、電話をかけるにしては数字のボタンを押す回数が異様に多い気がした。
それはそのはずで、背の高い少年は公衆電話を使いながらも電話をかけているのではない。
巨大ロボに乗っている3人のパイロットの内の一人にメッセージを送っているのだ。
メッセージ、そうポケベルにである。
ポケベルの本来の用途は連絡したい相手が所持しているポケベルを鳴らすという、ごく簡単なものであった。
やがて液晶画面に数字を表記できる機能が増え、それを見たポケベル所持者が表示された番号に折り返し電話をかけるというビジネスツールとして確立するが、それ以上の意味はなかったのであるが、これに目をつけた当時の女子高生たちが、ポケベルに送った数字に語呂合わせで自分たちだけにわかる意味あるメッセージへと変え、これが爆発的にヒットし普及した。
そして1994年当時の最新型からポケベルに数字だけでなくカタカナやアルファベット、絵文字までも表示できるものが登場し、コミュニケーションツールとしてのシェアを一気に拡大し、黄金期を築いたのである。
公衆電話からポケベルへと送ったメッセージ。
それを受け取ったのは巨大ロボに乗り込んでいる3人のパイロットのうちのひとり、男勝りな性格でスポーツ万能、成績も優秀というクラスの人気者、赤阪しずかだ。
彼女は巨大ロボを操縦し、目の前の敵に集中しながらもポケベルに届いたメッセージにちらっと目を落とす。
そして焦りの表情から一変、笑顔になると。
「でかしたよ玉置!!」
そう叫んでコックピット内にあるボタンを押し、同じく巨大ロボ内に乗り込んでいる、別の区画にいる残りの2人に報告する。
「聞いてふたりとも、あいつの弱点がわかったよ!!」
これを聞いた別区画にいるふたりから驚きの声が返ってくる。
『まじで!? どうやって見極めたんだ!?』
『君はエスパーかい? 何か弱点を晒したような動きはなかったはずだけど?』
「いや誰がエスパーか!! もー! ポケベルに玉置からメッセージが届いたんだよ!! なんでも地上に……」
しずかの説明を聞いたふたりは納得したように唸り声をあげると。
『なるほど、それは確かに弱点だね』
『やるな玉置!! 手柄上げやがって!! くー! 俺も負けてられねーな!!』
そう言って、そのまま敵にとどめをさすべく最終シークエンス承認モードに移行する。
『よーし!! それじゃいくぞ!! しずか!! こうじ!! 抜刀ビーストファイナルスラッシュだ!!』
『言われなくてもそのつもりだよ』
「わかってるわよ、よしもり!!」
3人はそれぞれ別区画にいるにも関わらず、息も乱れぬ同じ動きで最終シークエンスの承認申請ボタンを押す。
そうして静寂が訪れる事数秒、激しいサイレンと共にコックピット内に赤いランプが点灯、コックピット内の配置が変化していく。
その頃、外では巨大ロボの形状が変化、どこからか飛んできたメカと合体し、その全長が数十メートル高くなった。
さらに天から巨大な剣が落ちてきて巨大ロボの目の前に突き刺さると、姿を変えた巨大ロボがそれを引き抜いて構えた。
巨大ロボの中では3人のパイロットが目の前に現れたレバーを握り、その時を待つ。
「さぁいくよふたりとも!!」
『そうだね』
『おうよ!! 決めるぜ全力全快だ!!』
3人は同時にレバーを力強く前に倒し、叫んだ。
『『「ビーストファイナルスラッシュ!!」』』
それと呼応するように巨大ロボはバイオ装甲巨人に対して巨大な剣を振り下ろした。
バイオ装甲巨人との戦闘を隠蔽するためのフィールドが消えた時、すでにそこにはバイオ装甲巨人も巨大ロボもいなかった。
そして不思議な事に、あれだけ倒壊し廃墟となっていた新宿ビル街群は何事もなかったかのように、元の姿に戻り、多くの人々が大通りを行き交っていた。
そんな光景をビルの屋上から見下ろし、大きく伸びをする少年がいた。
巨大ロボの3人のパイロットのひとり、潮留よしもりである。
彼は大きく伸びをした後、晴れやかな顔で。
「今日も華麗に世界を救っちまったな」
そう言うと、後ろで呆れた表情を浮かべている赤阪しずかのほうを向いて彼女の元へと歩いていく。
「そんじゃ帰ろうぜ」
「いや、まずは何か戦闘の影響が残ってないかの調査でしょ」
「え? それは玉置らの仕事じゃね?」
「よしもり、あんたねぇ!」
「ところでこうじは?」
「湊くんならもう帰ったよ? 塾があるんだって」
「かー! こんな日くらいサボればいいのに」
「あんたも少しは見習って勉強したら?」
「子供の内はしっかり遊び倒すのが仕事だってとーちゃんに言われてんだよ」
「はいはい、なら先生に毎日怒られて廊下に立たされるのも仕事ね、絶対に宿題手伝わないから」
「いや、そこは怒られるのを回避する手伝いをしてくれるとこじゃないの?」
「なんで? 何のメリットがあってあたしがあんたが怒られるのを回避する手伝いするの?」
「いや、それは……」
やいやい言い合いながら、潮留よしもりが屋上入り口のドアに手をかけた時だった。
突如空が暗くなり、夜空が世界を覆った。
そしてさきほどまでは空に浮かんでいなかったはずの赤い月が禍々しく輝き、屋上を照らす。
「「っ!!」」
背筋がゾクっとしたふたりはすぐさま後ろを振り返る。
するとそこには赤い月を背後に従えて立つ、ひとりの道化師が立っていた。
「ごきげんよう、小さなビースターのパイロットたち。今宵の宴は楽しんでもらえたかな?」
そう言って一礼する道化師を見てふたりは冷や汗を流しながらも慌てて右手を顔の前に出して、その右腕に巻いているブレスレットに手をかける。
ブレスレットにはゲームウ〇ッチのような外見の液晶画面とボタンがついた装置が装着されており、ボタンを押せば液晶画面にそれぞれが搭乗するビークルが表示され、その状態でカードを装置の端にスライドさせればビークルに乗り込む事が承認され、さきほどバイオ装甲巨人と戦っていた巨大ロボを構成するビークルのひとつである大型トレーラーを呼び出す事ができるのだ。
そんな戦闘態勢のふたりを見た道化師はざわとらしく仰け反って見せると。
「おやおや、怖い怖い。今宵はただ単に挨拶に来ただけだというのに、困った子たちだ」
そう言ってパチンと指を鳴らすと道化師の背後にバイオ装甲を纏った大きなハゲワシが現れる。
道化師は軽くジャンプすると大きく飛翔してそのハゲワシの背中に乗り。
「まぁ今日はこれ以上何かをする気はないさ、ただ……近いうちにボクと君たちとの決着をつけようじゃないか、われらが総帥もそろそろ我慢の限界だろうしね」
そう言うとハゲワシに指示してその場を去って行った。
そしてハゲワシの姿が見えなくなると、再び空は元に戻る。
それを確認してふたりは構えを解き、大きく安堵の息を漏らす。
「はぁ……何なんだよ一体、あのやろう連戦になるかと思ったぜ」
「ほんとだよ、助かった……」
「まぁ、連戦になろうと負ける気はしなかったけどな!」
そう言って鼻を鳴らす潮留よしもりを見て赤阪しずかはため息をつくと。
「足ガクガクしてるわよ」
そう指摘した。
「うるせー!」
「それにしても、バイオスターの幹部直々の宣戦布告とは……これは何かしら対策をしないとまずいかもね」
赤阪しずかは深刻な表情となってそう口にしたが、しかし潮留よしもりは鼻で笑うと。
「何心配してんだよ、大丈夫だ!! たとえバイオスターの幹部が相手だろうと総帥が相手だろうと俺たちは絶対に負けねー! 負けるわけがねー!!」
そう拳を握りしめて力強く宣言した。
そんな潮留よしもりを見て赤阪しずかはため息をつくと。
「その自信どこからくるわけ? 根拠は?」
そう尋ねた。
これに潮留よしもりは。
「根拠だって? そんなの決まってるだろ!! 俺たちが最強無敵のビースターだからだ!!」
笑ってそう答えた。
この出来事から2週間後、彼らは宣戦布告してきたバイオスターの幹部、道化師のエムブロと東京都心が火の海となり壊滅するほどの壮絶な死闘を演じ、満身創痍の末、ディメンションストロームという相手をこの世界の外側……次元の彼方に葬り去るという一度きりの大技でなんとかギリギリ勝利を収めるのであった。
しかし、それはあくまでバイオスターという地球外からやってきた侵略組織の幹部のひとりを倒したにすぎず、その後もバイオスターとの戦いは1995年まで続いた。
そして、ついに激闘の末バイオスターの総帥を倒したその時、あの出来事は起こったのである。




