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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
7章:運命の乙女

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運命の乙女(7)

 「かい君気をつけて!!」


 フミコが叫んだ時にはすでにソナタは目の前に迫っていてククリナイフをこちらに振りかざしていた。

 ククリナイフは湾曲した刀身の内反りが特徴だが、その湾曲部は相手の持ち手に斬り込むのに適した形状と言える。

 つまりは懐に入り込まれたら勝ち目はない。


 (踏み込まれたらまずいのはわかるがこいつ……シャルルとかいう女より速くないか!?)


 シャルルはメタリックな球から蒸気を出した直後にスピードが増していたが、新たに現れたこのソナタはそれがない。

 咄嗟にアビリティーユニット・アックスモードを振るってククリナイフの斬撃を受け止める。


 アビリティーユニット・アックスモードの刃はレーザーブレードと同じくレーザーの刃、当然ソナタのククリナイフはすぐに焼き切れて鍔迫り合いにはならない。


 その事にソナタは特に驚いたりはせず、すぐにククリナイフを投げ捨てるとホルスターから投げナイフを3本抜き取り、刃を指で挟んでこちらに投げつけてくる。


 これをアビリティーユニット・アックスモードを真横に振るって斬り落とすが、その間にソナタは新たなククリナイフを両手に持って再びこちらに斬りかかってくる。


 一瞬にして目の前にソナタの振り下ろすククリナイフの刃身が迫っていた。


 「まじかよ!?」


 今からアビリティーユニット・アックスモードを振るっても間に合わない。

 斧はそもそも高速戦闘には向かない武器だ。スピード勝負に対抗できる代物ではない。


 「くそ!! 間に合うか!?」


 なのでアックスモードでソナタのククリナイフと単純にやり合うのはやめて、聖斧の能力で対処する事にする。


 刃先を地面に突き刺して岩の壁をソナタに向けて発生させる。

 ソナタは地面からこちらに向かって迫ってくる岩の壁を見て、すぐにこちらへの斬劇を止め、後ろに退避、距離を取る。


 「面倒ですね……運命の乙女陣営から奪い取るのは諦めてさっさと殺しますか」


 そう言ってソナタは両手に持っていたククリナイフを一旦右手だけで2本持つようにすると、左手でホルスターからトゥルスによく似た形の投げナイフを引き抜く。


 トゥルスはスーダンを長らく支配していたマフディー教徒の兵士が使用していた投げナイフだ。

 3方向に別々に向いた刃が特徴で、別々の場所を向いているため破れかぶれで投擲しても必ずダメージを与えられる優れものである。


 そんなトゥルスをソナタはこちらに寸分の狂いなく投げ放ってくる。

 慌ててアックスモードの刃先を地面に刺して岩の壁を出し、投擲攻撃を防ぐが直後、背後にソナタがククリナイフを構えて現れる。


 「な!?」

 「かい君!!」


 ソナタの移動があまりにも速すぎる。

 フミコが枝剣を振るって大蛇をソナタへと放とうとするが、どう考えても間に合わない。

 そして振り返って対処しようにも、そうする前に背中を斬り裂かれてしまうだろう……


 (くそ!! 詰んだか!?)


 思って、それでも抗おうとアックスモードを振るって振り返ろうとした時だった。

 突然、前触れもなく落雷が自分とソナタの間に発生する。


 「おわぁ!? な、なんだ!?」

 「ち!」


 ソナタは惜しげもなくククリナイフを放り捨てると地面を蹴って後退、距離を取る。

 そして忌々しくつぶやいた。


 「”雷電”ルーク……まさか生きていたとは驚きです」


 気付けばさきほど落雷が発生した場所に何者かが立っていた。

 その何者かは長身で手に短刀を握っていた。

 短刀の刀身にはかすかに紫電が迸っている。


 「あれしきで俺様が死ぬとでも思ったのかい? 可愛らしい背徳の女神の手先さん?」


 何者かはそう言うと短刀を握っていないほうの手で前髪を掻き上げるとキザったらしくウインクして見せた。

 うん? 何だこのキザ野郎は?


 そんな何者かの動作にソナタは無反応だった。

 すぐにホルスターからククリナイフを引き抜き構える。


 「まぁ、生きていたのならそれで構いません。運命の乙女の取り巻きであるあなたをこちら側に引きずり込むまでです」

 「やれやれ、熱烈なお誘いなら大歓迎だがそれだけは聞き入れられないな?」


 ソナタはそう言った。

 ちょっと待て、運命の乙女の取り巻きだと!?

 このキザ男がか?


 突然湧いて出てきた展開に思わず笑いがこぼれそうになる。

 背徳の女神か運命の乙女、どちらかが地球からの転生者か召喚者だろうが、どちらにも繋がる手がかりが目の前に揃いやがった。


 そう思っているとフミコがこちらにやってくる。


 「かい君大丈夫?」

 「あ、あぁ……問題はない」


 そう言うとフミコは安堵のため息をもらす。

 ソナタの怒濤の攻勢もそうだが、落雷にかなり冷や冷やしたようだ。


 そんなフミコに運命の乙女の取り巻きだという何者かがウインクしてみせる。


 「心配ないぜお嬢さん、俺様が来たからにはもう安心さ! 彼とどこかに隠れて俺様の勇姿を見ているといい」

 「……はぁ? お気遣いどうも」


 何者かがキザったらしい仕草をフミコに見せるが、フミコは無反応だった。

 何なら「こいつ頭大丈夫か?」とでも言いたげな表情だ。


 うむ、どうやら運命の乙女の取り巻きだというキザ男に対して今ここにいる女性陣は興味がないらしい。

 あー良かった……どうにもいけ好かないキザ男だが、見た目はイケメンだからフミコが何か妙な反応しないか冷や冷やしたぞ……


 だがまぁ、フミコがイケメンにうつつを抜かさなくて良かった良かった。

 そう思っているとフミコが小声で話しかけてくる。


 「ねぇかい君、あの男なんか胡散臭くない?」


 思わず吹きそうになった。

 それは言ってやるな……

 イケメンは気にくわないが、まだ奴の人となりを知らない状態でそれを決めつけてやるな。

 だがフミコがイケメンを気に入ってなくてちょっと安心したぜ……


 うむ、フミコが自分が他の女子と喋ったり仲良くなったりするのを嫌がる気持ちが今何となくわかった気がする。

 何だかんだで自分もフミコに他の男が寄ってきて欲しくないんだな。


 自分にも独占欲的な感情があるのか……などと思いながら、それが普通の感情かとも考え、とりあえずはキザ野郎に尋ねてみる。


 「なぁ、聞いていいか?」

 「なんだい少年」

 「……あんたは少年じゃないのか?」


 キザったらしい何者かに尋ねようとすると芝居がかった仕草で言われた。

 一々鼻につく野郎だな? 見た目はどう考えても自分と変わらない気がするが、同年代を少年と呼ぶか普通?

 そう思って訝しんでいるとキザったらしい何者かが額に手を当てて、キザったらしく言った。


 「俺様は美少年だ」

 「……あぁ、そうっすか」


 ダメだこいつ……たぶんまともに会話が成立しない気がする。

 なので一方的に情報だけ聞き出せる質問をする事にした。


 「で、あんたは運命の乙女の取り巻きなのか?」

 「ふ……愚問だな?」


 そう言ってキザったらしい何者かは大げさに両手を広げると、芝居がかった仕草で顔を上げて宣言した。


 「俺様は取り巻きなどではない……運命の乙女の恋人。否、婚約者(フィアンセ)だ!」

 「……ほう」

 「そして、世のすべての女性の味方でもある」


 そう言ってキザったらしい何者かがフミコに向かって投げキッスをして見せた。

 うわ、こいつ何やってんだ?

 しかし、当のフミコは怪訝な表情を浮かべただけだった。


 まぁ、弥生時代にそんな風習ないしな、そりゃ反応せんだろ……

 うん、ないんだよな?


 「俺様の名はルーク・アルバーク。”雷電”の2つ名を賜っている」


 そう言ってルークと名乗ったキザ野郎は豪華な装飾が施された短刀を手の中でクルクルと回して握ると刃先をソナタへと向ける。


 「さぁ、それじゃあ目の前の敵を退けるとしよう。可愛らしい背徳の女神の手先さん、前回のようにはいかないぜ?」


 そう言ってルークはさわやかに白い歯を見せてニっと笑って見せた。

 なんだろうか、どうにもあの男はいけ好かない……

 恐らく自分が異世界渡航者だから異世界の事情に関われないとか関係なく、ルークとは仲良くなれない気がする……

 少なくとも自分は仲良くなろうとは思わない、そういった印象を受けた。


 ルークの態度に呆れていたのはソナタも同じようで、ため息をつくとククリナイフを構え。


 「”雷電”ルーク……その無駄口いい加減うんざりです。少し喋れなくしてやりましょう」


 言って、次の瞬間にはルークの目の前まで移動しておりククリナイフを振り下ろしていた。

 

 「さすがに速いな! まったく対処に困る!」


 そう言ってルークも目にも止まらぬ速さで短刀を振るう、それからソナタとルークは互いに目で追うのも困難なほどの速さで斬りつけ合う。


 そのスピードについていけず、何がどうなってるのかさっぱりな状態だった。


 「くそ! 高速戦闘の次元が違いすぎるぞ!! どっちが優勢かもわからん!!」


 今の自分にはこういった高速戦闘に対応できる力がないし、そういった能力にもまだ出会ってないし、奪っていない。

 まったく、自分がまだまだ弱いと思い知らされる。


 そう歯がみしてると、目の前で再び落雷が発生する。

 そして、それから逃れるようにソナタがククリナイフを惜しげもなく地面に放り捨てて距離を取る。

 落雷が発生した場所にはルークが短刀を構えて立っていた。


 その短刀の刀身には紫電が迸り、少し煙りもでている。

 雷電の2つ名からもわかる通り、ルークは雷を発生させる事ができる能力を持っているのだろう。


 だが、それもソナタを完全に追い詰めるには至っていないように見える。

 そんなルークは肩で息をしながらも、余裕の表情を見せる。


 「まったく末恐ろしいな可愛らしい背徳の女神の手先さんは……その速さ地だろ? スチームボールを使わずにそれじゃ、スチームボールを使ったらどこまで速くなるのか考えたくもないな……」


 スチームボール? シャルルが使っていて、ストーンブラストでダウンさせた時に落としたメタリックな球の事だろうか?

 そう思って、拾ったメタリックな球を見る。


 確かにシャルルの異常な速さはこの球から蒸気を出した後でいつも繰り出されていた。

 つまりはこいつを使えば高速戦闘に対応できるのか?


 そう思っているとソナタが鼻で笑った。


 「スチームボールは身体強化の道具にすぎませんが……そうですね、このままじゃ面倒ですし使いましょうか。別段使わなくてもいい気はしますが……」


 そう言ってソナタは懐からメタリックな球のスチームボールを取り出すと、軽く上へと放り投げる。

そして放り投げたスチームボールが顔のところまで落ちてくると右手で勢いよくキャッチして強く握る。


 「スチーム、オン」


 そしてつぶやいた。

 カチっと音が鳴り、スチームボールから蒸気が噴出しソナタの全身を包む。


 次の瞬間には、ソナタはルークをククリナイフで斬り裂いていた。

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