断ち切るべき畏怖の念 (14)
「しかしとんでもない威力だな……」
地平線の彼方に立ち上がった煙を見て思わず口にしていた。
その恐ろしいまでの威力を目の当たりにして、今までの攻防は何だったのか? と思いたくもなるが、しかしここはココの精神世界だ。彼女がその気になれば相手が誰であれこの世界では敵なしなのは当然であろう。
そう、あれだけ散々自己進化する事を拒んでいココがいざ決意してそれを行えばあっという間に決着がついた。
精神世界とはそういう場所なのだ。
心のありようがすべてに反映される、そういう場所なのだ。
だからこそ、母親に畏怖の念を抱いてる状態のままではココに勝ち目はなかった。
それを断ち切らせる必要があった。
でなければココが心の奥底で抱いている母親への絶対的恐怖に打ち勝つことはできない。
それすなわち、ココの精神に侵入し、その記憶を読み取り、ココが最も恐れをなす存在になりきってココの精神を支配しようとする暴走する迷宮の核の思うがままになってしまう事を意味する。
けど、ココは打ち勝った。
母親の呪縛を見事打ち払った。
ならばもう、暴走する迷宮の核に支配される事はないだろう。
スタンピードに取り込まれる事はないだろう。
(まぁ、まだこの異世界でのやる事は終わってないが、ココの事に関してはひとまず一件落着だな)
そう思って立ち上がろうとするが、しかし体はまったく動かない。
やはり傷ついたアストラル体はそうすぐには回復しないようだ。
(くそ! ココの事が片付いても肝心の体がこんな状態じゃ外の世界に戻る事もできないぞ?)
体が動かない以上、どうする事もできのだないが、それでも何とかしようとしていると、地平線の彼方に立ち上がる煙をじっと見ていたココがこちらへと振り返り笑顔で駆け寄ってくる。
「カイトさま!! 見てましたか? ココの大活躍!! ココ、カイトさまのためにあのクソ親をやっつけたです!! ココの事褒めて褒めてー!!」
そう言うココに対し、しかし今の自分は体が動かないためどうする事もできない。
頑張ったココを労ってやりたいが、さてどうしたものか……
そんな事を思っていると駆け寄ってきたココが動けない自分を見てハッとした表情となり。
「はっ!! そうかカイトさま、あのクソ親に何かされて動けなくなってるんでした。なんてこったです!! せっかくカイトさまにいっぱい褒めてもらおうと思ったのに……あのクソ親、死してなおココの邪魔をするですか!! 許せないです!! けどカイトさま、安心してくださいです。ココがカイトさまをココの愛の力で救うです! ココの献身的な奉公の癒しで絶対治すです!」
そう言って動けない無防備な自分の体を抱え上げると問答無用でキスしようとしてきた。
いやココさん、あなた何根拠のない意味わからない事言って無抵抗な人にキスしようとしてるんですかやめなさい!
そう心の中で叫んだ直後だった。自分を抱え上げるココの背後、はるか地平線の彼方で何かが爆発する音が聞こえた。
その音を聞いたココはすぐに真剣な表情となり、振り返って地平線の彼方を殺気を放ちながら睨む。
「っち! まだ生きてやがったですか! ほんとしつこいクソ親です」
そんなココの言葉に反応するように地平線の彼方から声が届く。
「親に対してなんて口の利き方だ、この愚女が」
「黙れです!! いい加減、ココに付きまとうなです!! ココはもうカイトさまのものだと何度言ったらわかるですか!!」
「まったく、どこまでも一族の恥を晒しやがって……だが、愚女が見事に上位種の秘儀である自己進化を習得した。それもまた事実か……」
地平線の彼方から届く声がそう言うと、小さく唸り声が聞こえ、そして少しの間をおいて。
「非常に不愉快だが……本当の本当に不愉快極まりないが……認めなければならない、そのヒューマンのおかげで愚女がその領域に達したと……上位種の仲間入りを果たしたと……はらわた煮えくりかえる思いだが事実は事実として受け入れなければならない……それを促せたのがそのヒューマンだと」
そんな悔しさをにじませた言葉が地平線の彼方から届いた。
その言葉を聞いて、ココが鼻息荒く怒鳴り返す。
「ふんだ! カイトさまを他のヒューマンと一緒だと侮ったクソ親が悪いです!! 思い知ったかです!! ココのカイトさま以外にココを高みに誘える存在はいないのです!! わかったらとっとと元の世界にでもあの世にでも去るです!!」
そんなココの言葉に地平線の彼方から聞こえる声は一瞬キレたような反応を見せた。
これには思わずひやっとしてしまう。
おいココさん、何挑発してるんや、やめなさい!
せっかくこれで終わりそうな空気がでてたのに、また戦闘再開になるような挑発するんじゃありません!
そう注意したかったが、しかし体が動かない以上、そんな注意をココにする事はできない。
だが、地平線の彼方から聞こえる声はそんな挑発に乗る事はなかった。
「愚女め、口の利き方に気をつけろ! ……まぁ、今の愚女には何を言っても無駄か。まったく、ヒューマンに惚れ込んでヒューマンに高みに導いてもらうなど前代未聞だぞ? まぁ、それも頂へと至るひとつの手段か……」
地平線の彼方から聞こえる声はそう納得したように言うと、ココではなく自分に対して声をかけてきた。
「おい、ヒューマン、今回は愚女がお前のおかげで上位種となれた、その礼として今回だけはお前を治療してやろう。だが今回だけだ、次はないぞ? というか今度こっちの世界に戻ってくる事があったら覚えておけよ? 絶対に愚女を上位種に引き上げた落とし前をつけさせてやるからな!」
いきなり何を言い出すんだ? と思ったが、直後、体全体が眩しく光り輝きだし、みるみる内に傷ついたアストラル体が修復していき、あっという間に元通りとなった。
「こ、これは?」
アストラル体が修復した事により体が動くようになったため起き上がると、ココが不服そうな顔をこちらに向けてくるが無視して地平線の彼方へと視線を向ける。
すると地平線の彼方から声が聞こえてきた。
「今回は引くとしよう、だが忘れるなよ? 絶対に落とし前はつけさせるからな?」
それを最後に地平線の彼方から声がこちらに届くことはなかった。
そして、具体的に説明するのは難しいが、これまでずっと違和感のように感じていた何かとてつもない重圧というかプレッシャーがなくなり、何かから解放されたように体全体が軽くなったような感覚を覚える。
それは強大な何かがこの世界から去ったという事なのだろう。
何にしても、この精神世界での戦いは終わったのだ。
そして、完全に母親から解放されたココは、束縛するものがなくなったと言わんばかりの晴れやかな表情になると、地平線の彼方に向かって。
「あのクソ親!! カイトさまを治すのはココの役目だったのに! ふざけるなです!! 覚えてやがれです!! というか二度とココとカイトさまの前に現れるなです!!」
と怒鳴りまくった。
そんなココを見て思う。
いや、何をするつもりだったかは知らんが、まぁ具体的に何を自分にしようとしてたかはわかるが、絶対にココのやり方じゃ治らなかったと思うぞ?
とはいえ、この言葉は心の中に押しとどめる事にした。
何にせよ、もうココは大丈夫だろう。ならば精神世界にこれ以上もう用はない。
そう思った時だった。
突然、地面が大きく揺れ出し、そして地平線の彼方に巨大な大樹が姿を現したのだ。
「な、なんだあれ!?」
「わからないです。けど、あれのせいでココ、ずっと頭がぐわんぐわんして気持ち悪いです」
「何だって!? それってまさか」
巨大な大樹を見て気持ち悪そうに口元を押さえるココを見て、もしやと思い鑑定眼で巨大な大樹を見てみると。
「まじか」
巨大な大樹の正体はココに寄生した暴走した迷宮の核が精神世界で具現化したものだった。
つまりはあれを破壊しない事には終わりではないという事だ。
「ココ、あの大樹を破壊できるか?」
なのでココにそう尋ねてみる。
自分が破壊してもいいのだが、やはりココが自らの手であれを破壊したほうがいい気がしたからだ。
訊かれたココは拳をぐっと握りしめると。
「はいですカイトさま!! ココの大活躍、見ててくださいです!!」
そう言って地平線の彼方に君臨する巨大な大樹を見据え深呼吸すると。
「はぁぁぁぁぁぁ!!! ぶっ壊れろですー---!!!!」
叫んで拳を巨大な大樹目掛けて突き出す。
直後、拳の先から暴風レベルの衝撃波が放たれ、地平線の彼方に聳え立つ巨大な大樹を木っ端みじんに粉砕した。
「ふふん、まぁ、こんなものです! カイトさま、ココの大活躍見てくれましたか?」
ココは得意げにそう言って笑顔でこちらを向く。
そんなココの頭を優しく撫でてあげた。
「ああ、ちゃんと見てたぞ。さすがだ」
「へへ、じゃあ約束の子作りをば……」
頭を撫でられたココは嬉しそうにそう言って抱きついてこようとしたので、慌てて距離を取り、天を指差す。
「それじゃ外の世界に戻るとするか、まだ問題は山積みなんだしな! 大量の召喚者にアシュラのやろう、それに白亜の連れて来た連中と面倒な事この上ないからな」
しかし、これにココは反発する。
「カイトさま!! ココの事今避けたでしょ!! ひどいです!! あんまりです!! ココは悲しいです!! そんな態度をココに取るなら外の世界に戻る必要ないです!! カイトさまはここでずっとココと暮らすです!!」
「いや、ずっとここにって何無茶言ってるんだ怖いわ! というか他人の精神世界に入れても長く留まれる異能じゃないからな精神潜航って。しかも過去に使用した履歴から引っ張って使うって荒業をしてる以上、本来の異能にはなかったバグがでてくるかもしれないし、だとすると本当に何も影響がないのか保証がないからとにかく用事が済んだならとっとと外に出ないとまずいんだよ!!」
「カイトさま!! ココ、カイトさまが何言ってるかわからないです!! というか用事ならまだ済んでないですよココと子作りまだしてないですカイトさま! 用事が済んで戻りたいならはやく子作りするです!!」
「いや、そんな用事ねーし!! いいから早く戻るぞココ!! あ、こら!! 離せ!! 何するんだココ!! あー-----!!!」
それから数分、ココの暴走に抗いながらも何とか精神世界から脱出する事ができた。
そうして元の世界に戻ってきたわけだが、その直後何か背筋がゾクっとした。
(な、なんだ!? この感覚……まさか、精神世界での事、フミコにバレたのか?)
一瞬そう思って周囲を見回すが、しかし監視塔の屋上には自分とココしかいない。
では、あの恐ろしい感覚は何だったのか? そんな疑問を抱いた直後、ココがこんな事を言い出した。
「うぅ、カイトさまと子作りしてから戻ってきたかったです……ココ悲しいです。けど、クソ親に視られてる中でするのも嫌だし、今回は我慢するです」
「視られてる? 何言ってんだココ、精神世界で戦ったあれはココに憑りついた暴走した迷宮の核がココを洗脳するために見せていたココの記憶から作った姿だろ? あの場所にココの母親はいな……」
「カイトさま何言ってるんです? 暴走した迷宮の核? はココが粉砕したあの大きい樹ですよ? クソ親はあの樹に寄生して実体化してたです。ほんとやる事頭おかしいです」
「は? いや、何言って?」
「そもそもギガバイソンは種全体で精神が共有できるです。そしてクソ親はその共有した精神で皆に指示を出して繁殖期に集合かけたりしてるめんどい役目担ってるです、ココはあんな役目まっぴらごめんです」
ココの言葉で頭が真っ白になった。
うん? どういう事? つまり精神世界で戦った相手はガチでココの母親だったの?
え? まじで? ……あれ? そういや最後になんかすごい事言ってなかった?
たしか……
「というか今度こっちの世界に戻ってくる事があったら覚えておけよ? 絶対に愚女を上位種に引き上げた落とし前をつけさせてやるからな!」
背筋がゾクっとした。
あれ? もしかして今命狙われてる?
でもこっちの世界って事は、あの異世界にいかなきゃ特に問題はないって事だよな?
うん、だったらあの世界に行くのは当分控えよう。
ギルドの仕事だったりユニオンへの報告は代理でヨハンに任せたら大丈夫だろ。
うん、問題ない!
……問題ないよな?
そう心の中で自問自答して頷き、精神を落ち着かせた。
しかし、かの異世界ではこの日以降、ドルクジルヴァニア周辺でヴィーゼント・カーニバルでもないのに禍々しいオーラを纏ったギガバイソンが何度も目撃されるようになり、その原因の調査依頼がユニオンから緊急クエストとしてギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>に言い渡され、結局カイトはココの母親と相対する事になるのだが、それはココをメインヒロインに据えたスピンオフ作品「※恋のギガバイソン伝説」で描かれる別の物語である。
※25年11月現在、同名タイトルのスピンオフ作品は存在しません




