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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
17章:混沌の戦場

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断ち切るべき畏怖の念 (11)

 最初に母に恐怖を感じたのは物心つく前のヴィーゼント・カーニバルの後であった。


 ヴィーゼント・カーニバルとは1年に1度しか訪れないギガバイソンの貴重な発情期の事だ。

 とはいえ、これはヒューマン側が勝手につけた名称であって、そのような名称ギガバイソンたちにとってはどうでもい事なのだが、今はその話題は置いておいて、とにかくギガバイソンにとっては普段巡り合わないオスとメスが顔を合わす、滅多にない貴重な繁殖の機会なのである。


 それは言うなれば、この時期を逃せばギガバイソンは種の個体数を増やす機会を失うという事であり、つまりはギガバイソンにとって、種の存続はすべて1年のこの時期にかかっていると言っても過言ではないのだ。

 何せギガバイソンという種は普段、メスと子供だけで群れを形成し、移動しながら生活する種であり、その群れの中に基本的にオスはおらず、オスは群れに入る事なく単独行動で暮らしているのだから。


 つまりはヴィーゼント・カーニバルという1年に1度の発情期を逃せば、そもそもオスとメスがどこかでばったりと出会う事すら神が生み出した偶然の奇跡となってしまうのである。

 それすなわち、例外的に発情期がずれている特殊な個体がいたとしても、その特殊な個体に繁殖の機会は訪れないという事を意味する。


 だからこそ、ヴィーゼント・カーニバルにおいてギガバイソンのオスは皆、繁殖の機会を逃さぬよう、必死でメスにアピールすべく、コーサス要塞郡にぶつかっていくのである。


 そんな貴重な機会に、あろうことかメスへのアピールを行わず、ヒューマンとのみ戯れる特殊な個体がいた。

 その特殊な個体は恵まれた巨大な体に強大な力を秘めながらも、メスに興味を示さず、ヒューマンと力比べをする事にのみ喜びを見出す変わった考えの持ち主であり、それゆえ、闘牛士ギルド<セニョール・マタドール>のギルドマスターであるフランシス・ロメーロから勝手にイスレロと命名され、ヴィーゼント・カーニバルのオープニングセレモニーの出し物にされていた。


 そんなイスレロにかつて母はブチ切れた事があった。

 このイカレトンチキは己の欲を満たす事しか考えず、種の存続の事を一切考えない一族の恥さらしだと。

 若いオスから初老を迎えたオスまで皆が必死で種の存続のため、次の世代の子孫を生み出すためにメスにアピールする中、それを利用して種のためにならない自身の興を勤しむとは何事か! と、そう怒り散らしたのだ。


 とはいえ、そもそもギガバイソンという種に一族という概念はない。

 1年に1度の繁殖期に結ばれ、交尾を終えればまたオスとメスは別れ、互いに出会うことない旅に出る。

 1年後のヴィーゼント・カーニバルまで別々の道を歩む。


 だからこそ、自分の子が誰かなどギガバイソンたちにはわかるわけがないのだ。

 言ってしまえばヴィーゼント・カーニバルでのみ結ばれる関係であるため、下手をすれば勇敢な父の姿に惚れた娘が交尾し、父の子を産むという近親相姦も普通にありえるのである。


 いや、生涯を伴侶と過ごすという習性を持つ動物以外ではそもそも近親相姦という概念に意味はないのかもしれない。

 だからこそ、ギガバイソンという種に一族などは本来存在しないはずなのだが、しかし何にでも例外は存在する。

 それがギガバイソンの中でも特殊な支配階級にあたる上位種だ。


 ギガバイソンはヴィーゼント・カーニバル以外をメスのみの群れとオス単体で過ごすという性質ゆえに、メスには群れごとのボスが存在する。

 であるならば、群れを支配できる個体が上位種になれるかと言えばそうではない。


 群れを支配するのはあくまでその群れをまとめあげた個体であり、それと上位種は別物だ。

 上位種とは、複数の群れを統括する存在であり、遠く離れた複数の場所に散らばった群れを束ねられるだけの異能を有している個体であり、上位種がいなければヴィーゼント・カーニバルまでにすべてのギガバイソンをコーサス要塞郡に集結させる事はできないであろう。


 ゆえに上位種はその異能を維持・管理するため、他のギガバイソンと違い、その血統を徹底的に管理する例外的な存在なのだ。

 だからこそ、上位種はオスもメスもその行動に責任が伴う。

 そう、伴うのだが……しかしイスレロはそんな上位種の責任と役割を放棄し、自身の楽しみにのみ興じている。


 だからこそ母はイスレロにブチ切れたのだ。

 その精神を叩き直してやろうと。

 しかし、そんな母の言葉をイスレロが素直に聞き入れるわけがない。


 となれば、その先に待っているのは聞く耳を持たないこの叔父と母との殺し合いだ。

 上位種同士の殺し合い、それは観戦する誰もを恐怖のどん底に陥れた。


 当然だ、何せギガバイソンの上位種は他の魔物と比べてもその力が桁違いなのだ。

 その力は下手をすれば、ヒューマンのお伽話の中にでてくる魔王なる存在すら凌駕しているだろう。


 そんな存在同士が全力で戦えばどうなるか? 考えるまでもない話だ。

 誰もが腰を抜かし、その圧倒的な暴力に恐れおののいた。

 そして、そんな中の1頭が物心つく前の雄子牛だったココなのだ。


 ココの頭の中には物心つく前に見たその光景がずっとこびりついており、これが母親には絶対に勝てないという考えの原典なのである。


 そして、その時にココは目撃している。

 母がマグマ・エンヴェロップ・スライサーを使う瞬間を。

 それによって叔父のイスレロが星ごとスライスされた瞬間を。


 だからこそ、ココはその灼熱の刃に絶対的な恐怖を抱く。

 それでスライスされたらひとたまりもないと。


 そして、同時に母は一族の不始末は自分がつけなければと思う一方で、一族の誰も切り捨てるつもりはないという思いを抱いている事も知っている。

 だから、種の存続という役目から逃げている自分の事を愚女と罵りながらも、殺す事はしないのだろう。

 他種族の魔物を交配させる事で一族の面目を保ち、自分が役割を果たしたという事にして手打ちにしたいのだろう。


 かつてマグマ・エンヴェロップ・スライサーで星ごとスライスされたにも関わらず、上位種がもつ異能によって無理矢理断面を星ごとつなぎ合わせられ、一命を取り留めたイスレロと同じように。

 星ごとスライスされた時点で体罰の域を超えているとは思うが、しかし本人にとっては体罰であり、体罰を与えたのだからこれで手打ちだとしたように。


 では、母の言う通り、ここであの魔物たちと交配すれば本当に母は手打ちにして自分を解放してくれるだろうか?

 そんな風には思えなかった。

 何より叔父のイスレロはスライスされた体を繋ぎ合わせてもらえたが、ではヒューマンであるカイトさまは同じようにスライスされた体を繋ぎ合わせてもらえるか? といえば、絶対に母はしないだろう。


 つまりはマグマ・エンヴェロップ・スライサーだけは絶対に振るわせてはいけないのだ。

 そうなる前に何とかしなければいけないのだ。

 しかし……


 「これで終わりだ」


 母はその灼熱の刃を振るい、大地は切断された。

 その光景は見て、思わず悲鳴をあげてしまった。


 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! カイトさまー------!!!」


 そんな叫びも空しく、大地ははるか地平線の彼方まで切断され、景色が不自然にずれる。


 「ふむ、呆気ない幕切れだったな……まぁ、所詮はヒューマン。大した事なかったな」


 母はそう言って小さく鼻で笑ってみせた。

 そんな母の態度を見て、今まで母に抱いたことのない感情が体の中から沸き上がってくる。

 これまで散々母に対して文句を言ってきたが、しかしこれまでは、どこか敵いっこないと思いながらのある種パフォーマンスとしての言葉だった。


 しかし、今心の底から這いあがってくるものは、これまでにない感情の高まりだ。


 「よくも……よくもココのカイトさまを!! 許さない……絶対許さないです、このクソ親がぁ!!」


 気付けば怒りのままに叫んで母に殴り掛かっていた。

 これを母はニヤリと笑うと軽くかわし、そのまま右手をあげて再びマグマ・エンヴェロップ・スライサーを出現させ、こちらに振り下ろしてくる。


 「親に向かって反抗的なその態度、いい加減叩き直してやる!! まずは一回死んで来い!!」


 叫んで勢いよく振り下ろされた灼熱の刃を見て、こちらも無駄とわかってても抵抗しようと拳を振るおうとしたその時だった。


 「させるかよ!!」


 地平線の彼方で大爆発が起こり、そこから何かがこちらへと一瞬で飛んできて自分と振り下ろされる灼熱の刃との間に割って入り、目も開けていられないほどの眩しい輝きを放つ刃を振るって灼熱の刃を受け止め、そのまま横へと受け流した。


 「何!?」


 突然の事に驚く母とは対照的に、その後ろ姿を見て自分は表情を明るくさせた。

 誰が助けにきたのかだって?

 そんなの聞くまでもないでしょ!

 ココのピンチに駆けつけてくれるのはこの世でカイトさましかいないんだから!


 「カイトさま!!」


 マグマ・エンヴェロップ・スライサーを受け流した、恐らくは混種能力で生み出した剣を手にしたカイトさまはこちらを振り返ると。


 「ようやくぶつかり合う気になったみたいだなココ!! さぁ、反撃開始だ!! 一緒に倒すぞ!!」


 そう呼びかけてきた。

 なのでこう答える。


 「はいですカイトさま!! 倒しましょう! 一緒に!!」

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