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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
17章:混沌の戦場

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断ち切るべき畏怖の念 (10)

 その姿にもはやギガバイソンの名残はなかった。

 それどころか余計なものがすべて排除されている。


 それまでは人型へと徐々に変貌しながらも背中に生えた翼や尻尾、背びれ、肩の棘、頭の3本の角はそのままであったが、今はそれらが完全に消え去り、見た目のシルエットは完全に人そのものである。

 とはいえ、シルエットがそうであるだけで、人と並んでも見分けがつかないといった具合の完全な人間の姿となったわけではない。

 その姿をひと言で表現するならば、医療品などのCMでよく見るCGだ。


 個性のない体つきに表情が一切ない顔。しかし、それは当然で目や眉毛がないのだ。そんな相手の感情など察しようがない。

 さらには髪の毛の類が一切なく、まさに医療品などのCMでよく見る人間のCGそのままなのだ。


 そんな姿になったザ・マザー<激情態>を鑑定眼で覗いてみる。

 すると種族名の表記がこう変化していた。パーフェクト・ギガバイソンと。

 しかも備考欄にこんな事まで書かれている。これが最終進化系ではなく、今なお進化の途中であると……


 (今なお進化の途中って……まだまだこの先があるって事か。だとしたら今の状態で止まってもらわないとまずいな……せっかく完全な人型になったのに、ここから更に変化されたらココを説得できなくなるぞ)


 そう思った時だった。

 完全な人型であるパーフェクト・ギガバイソンへと自己進化(ボディーメイク)したザ・マザー<激情態>が動いた。


 「ふむ……悪くはない。やはり余計なものはすべて取り除いたほうが動きやすいな。そういう意味では人の姿は案外理にかなっているという事か……どれ、少し試してみるか」


 そんな事を言って軽くその場でジャンプしてみたり、拳を振るって体の稼働を確かめていたザ・マザー<激情態>はこちらを見るとニヤリと笑と。


 「!?」


 次の瞬間には目の前に立っており、すでにこちらに拳を振るっていた。


 「っ!! はや!!」


 慌てて防御の姿勢を取るが間に合わない。

 オートシールドモードも検知が間に合わず、魔術障壁が発動する前にその拳をもろにくらってしまった。

 とはいえ、オートシールドモードが間に合わずともアストラルシールドは常に展開している。

 ならば多少なりともダメージは軽減できるはず。そう思ったのだが……


 ピキっと何かにヒビが入る音がした気がした。

 時間にしてわずか0.05秒、しかしそんな一瞬よりも短い出来事にも関わらず、その出来事はまるで超スローモーションで再生されているかのようにはっきりと見て取れた。


 アストラルシールドは意識を体の内側に集中して、アストラル体を活性化させ、自分以外には認識する事ができない、視認できないオーラで体全体を包み込んでコーティングする異能だ。

 つまりはアストラルシールドを砕かれるという事は自身のアストラル体を傷つけられる事を意味する。


 アストラル体はオカルト分野においてはサイキック能力や魔術、スピリチュアルな奇跡を発動するために必要な宇宙に遍満するエネルギーであるアストラル光を扱う事ができる肉体の事をいい、これは感情を司る身体である事から動物のみが持っているものだという。

 裏を返せば植物にはアストラル体は存在しないため、植物にサイキック能力や魔術、スピリチュアルを発動できないという事になる。


 とはいえ、これは神秘主義者が提唱した神智学での理屈であり、世界で最も有名な近代西洋魔術結社である黄金の夜明け団が提唱する理屈とは異なる。


 何にせよ、アストラル体は精神や感情を司る役割を担っているわけであり、これが傷つけられる事が一体何を意味するかは考えるまでもないだろう。

 そしてここは精神世界、たとえ他人の精神世界とはいえ、そんな場所でアストラルシールドを砕かれたらどうなるか……


 「このクソたれが!!」


 叫んだと同時にヒビが入ったアストラルシールドは砕け散り、ザ・マザー<激情態>の拳が腹にめり込んだ。

 とっさに超加速の異能を発動するが、それをザ・マザー<激情態>の拳の速度は凌駕した。


 「がはぁ!!」

 「立ち去れヒューマン」


 わずか0.05秒という時間の中にあって、しかしザ・マザー<激情態>が放った言葉は確かに耳に残った。

 そしてそのままはるか地平線の彼方まで殴り飛ばされてしまった。

 遮蔽物のない、この精神世界においてはたとえ地平線の彼方だろうとあっという間に飛ばされてしまう。


 そして、そんな勢いで飛ばされれば当然ながら地面に激突すればとんでもない大惨事になる。

 ザ・マザー<激情態>に殴地飛ばされ、そして遥か地平線の先で地面に激突し、その場所に大きなクレーターができてしまうほどの衝撃を与え、空高くまで砂煙があがった。

 それまで呆気に取られていたココは、しかしそれを見てようやく我に返り。


 「か、カイトさまー------!!!」


 悲痛な声を上げるが、そんなココの背後に気付けばザ・マザー<激情態>が圧倒的な威圧感でもって仁王立ちでココを睨んでいた。


 「っひ!!!」


 その恐ろしい気配を感じ、ココが恐る恐る振り返ると。


 「さぁお前を護るヒューマンはもういないぞ? どうする愚女」


 ザ・マザー<激情態>がそう言ってニヤリと笑う。

 そんなザ・マザー<激情態>を見て、ココは足をガクガクと震わせながら数歩後ずさり。


 「か、カイトさま……」


 そう口にして周囲を見回す。

 しかし、当然ながらこの場にカイトはいない。

 顔面蒼白になったココはその場にしゃがみこんでしまった。


 そんなココを見てザ・マザー<激情態>は鼻で笑うと。


 「ヒューマン風情にここまで依存するとは情けない……その精神ここで叩き直してやる」


 そう言って拳を振り上げるが、しかし……


 「っ!!」


 直後、超高火力熱線が地平線の彼方からザ・マザー<激情態>が振り上げた拳めがけて放たれた。

 周囲に暴風が吹き荒れるほどのその威力の攻撃を、しかしザ・マザー<激情態>は振り上げた拳を横に振るっただけで弾いた。


 「っち! まだ動けるのか忌々しい」


 ザ・マザー<激情態>は舌打ちして忌々しそうに地平線の彼方、超高火力熱線がやってきた方角を睨むと。


 「面倒だが確実に引導を渡さないとダメみたいだな……まったくヒューマン風情が煩わせやがって」


 そう言って手の形状を変化させ、腕から先を鋭利な刃のようなものにすると、その刃をさらに星をスライスするという真っ赤な灼熱の刃、マグマ・エンヴェロップ・スライサーへと変化させる。

 そのマグマ・エンヴェロップ・スライサーを振り上げると。


 「これで終わりだ」


 そう口にして地平線の彼方に向かって振り下ろした。

 直後、どこまでも続く果てしない精神世界の大地が切断された。

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