断ち切るべき畏怖の念 (4)
ジャイアント・インパクト。
それは生まれたばかりの頃の地球に火星ほどの大きさの惑星が衝突し、その時宇宙空間へと飛び散った惑星の破片がまとまって地球の周りを公転するようになり月となったとする説である。
そして、ザ・マザー<激情態>は今、上空へと放った超火力放射熱線によって衛星を破壊し、その破片をすべて掌握して大地へと降り注がせるという、まさにジャイアントインパクトとは真逆の常軌を逸した攻撃を仕掛けてきたのだ。
普通に考えればこんなもの、攻撃を放った自身も含めた地上の生物すべてを危険にさらし、死滅させるような攻撃であり、いうなれば破滅願望者の壮大な全世界道ずれ巻き込み型の壮絶な自殺といえるだろう。
そう、これが現実の世界であったならば……
「くそったれが!! こんなイカレポンチな先制攻撃かましてくるとか正気かよ!? 頭のネジがぶっ飛んでるってレベルじゃねーぞ!?」
そう叫んでアビリティーユニットを手にし、強力な防御結界を展開できる混種能力を発動しようかと思ったが。
(いや……精神世界で受け身に回っても仕方ないな。積極的に攻勢に出て優位に立ち、あの母親は怖くない、十分対抗できるんだというのをココに示さないと! ココが母親に抱く畏怖の念……あの凶悪な母親には勝てないという呪縛からココを解放できない!)
ちらっと背後に隠れているココを見て考えを改め直す。
そう、ここは精神世界だ。
周囲に気を配る必要はまったくない世界なのだ。
現実世界と違って自分とココさえ無事ならば、撃ち漏らしがあろうと被害というものはない。
いや、被害がまったくないと言うのは語弊があるかもしれない。
ここがココの精神世界である以上、その世界が戦闘の余波で荒廃してしまうと現実世界において、ココに何かしらの影響がでる可能性はある。
だが、今はそれを気にしている時ではない。
今は目の前のあのココにとっての畏怖の象徴を倒し、精神世界から排除しなければ、スタンピードからココを切り離す事はできないのだ。
ならばやるしかない。
手にしたアビリティーユニットにアビリティーチェッカーを取り付け、液晶画面の上に投影された「混種能力:対空放射」のエンブレムをタッチする。
『ability blend……anti-aircraft radiation 』
アビリティーユニットが音声を発し、直後、アビリティーチェッカーの液晶画面上に投影されていた「混種能力:対空放射」のエンブレムがどんどん巨大化し、そのまま宙に浮かぶ巨大な魔法陣のように展開する。
「さぁ、きやがれ!! そのイカレポンチな攻撃、すべて撃ち落としてやるぞクソッタレが!!」
叫んで魔法陣に手をかざすと魔法陣から超強力な高出力のレーザーが上空へと放たれた。
それは目を開けるのも困難なほどの光量を放ち、巨大な光の柱となって上空から迫る隕石の群れを次々と破壊していく。
そして、空には破壊され爆発した隕石の爆炎が無数に展開し、空全体を花火のように埋め尽くした。
魔法陣から上空へと放たれる超強力な高出力のレーザーが消えた時には、もう隕石はすべて迎撃されていた。
「どうだ見たかクソッタレが!!」
そう叫んでザ・マザー<激情態>にニヤリと笑って見せるとザ・マザー<激情態>は「ふん」と鼻で笑い。
『最初の攻撃を防いだくらいで調子に乗るなヒューマン。本番はこれからだ』
そう言って手にしていた高密度の禍々しいオーラを圧縮して具現化し、生み出した斧をさらに禍々しいオーラで強化し巨大化させ、こちらに向かって一気に振り下ろしてきた。
その斧は恐らくは普通の武器で受け止める事はできないだろう。
仮にも究極を超えていると自信満々に言ってのけた相手が生み出した武器だ。
舐めてかかると痛い目を見るのは火を見るよりも明らかだろう。
なのでこちらも最高峰の盾を展開する。
アビリティーユニットを構え、アビリティーチェッカーの液晶画面上に投影された「混種能力:防御」のエンブレムをタッチ。
『ability blend……protection』
アビリティーユニットが音声を発し、直後、アビリティーチェッカーの液晶画面上に投影されていた「混種能力:防御」のエンブレムがどんどん巨大化し、そのまま半透明の強力な防壁となる。
それをこちらへと迫る巨大な斧へと向けてその斬撃を受け止めた。
しかし……
「っ!!」
「混種能力:防御」で生み出された半透明の強力な防壁はザ・マザー<激情態>の放った巨大な斧の斬撃を受け止め切れずに砕け散ってしまう。
「まじかよ」
その事に驚きはしたものの、しかしだからと言って衝撃に打ちひしがれる事無く、素早く背後に隠れているココの腰に手を回して抱き寄せ、すぐさま真横に飛んで斧の斬撃を回避する。
「わ!? カイトさま!?」
「ココ、できればぼっとしないで動いてくれると助かるんだけどな?」
「カイトさま、ココを抱き寄せて一体ココをどこに連れていって何する気ですか? ココ、ワクワクするです! ついにココ、カイトさまと結ばれるんですね!」
「すまん、真面目に戦ってくれ」
そう言って一人盛り上がるココを離し、次の攻撃に備えるが、しかしココは不服そうに頬を膨らませて抗議する。
「なんでココを離すですか? カイトさまのケチ! これがフミコだったら絶対離さないくせに!! あんまりです!!」
「……」
「ちょっとカイトさま!? 何か言うです!! というか否定するです!! フミコも離すよと言うです!! なんで言わないですか!? うー!! フミコばっかりずるいです!! ココの事もちゃんとフミコ以上に扱ってほしいです!!」
そう騒ぐココを見て苦笑いを浮かべながらも次の策を考える。
さすが精神世界というべきか、混種能力を連続で使用しても疲労で戦闘不能に陥る事はない。
これならば強力な秘儀を連発して押し込める事も可能だろう。
いや、精神世界の恩恵もあるとはいえ、相手は仮にもレベル:ビリオンという規格外の相手だ。
最上級の切り札を後の事を気にせず連続して使用できるならそれで押し切る以外に選択肢はない。
下手な様子見は命取りになるだろう。
(そう……だからこそ、俺だけじゃなくココにも全力で挑んでもらわないと)
そう思い、ココにある提案をする。
「なぁココ、確認したい事があるんだが」
「なんです? ココは今少しカイトさまにご立腹です。『もうココ以外愛せない』と耳元で囁きながらの熱い抱擁とキスでもない限り口をきく気になれないです! ふんだ! です」
「……わかった。あとでハグでも何でもしてやるよ」
「っ!! ほんとです!? やったー!! なら子作りするです!! 今すぐするです!!」
「……そこまでは言ってない。というか今戦闘中だって忘れてないよな?」
「何言ってるです? ココは今何を置いてもカイトさまとまぐわう事以外考えられないです! さぁ、やるです!!」
「少し落ち着け、というかマジで戦闘中って忘れてないよな!? 目の前に超ビビりまくってる君の母親いるんだけど!?」
「ひっ!!」
「……正気に戻ったか? で、話を戻すけど確認したい事があるんだ」
「はいカイトさま、何です?」
「母親に対抗するためにギガバイソンの姿になってあの母親が使った秘術……自己進化だっけか? あれを今使えるか?」
この質問にココは。
「いやカイトさま、それは無理です。というかさっき言ったですよ? 種の中でもクソ親たちにしか使えないって」
そうキッパリと言い切るが。
「それは現実世界での話だろ? ここは精神世界。ココの心の持ちようがすべてを決する世界だ。だったら使えるんじゃないか? 自分にも使えると強くイメージすれば、必ず今のココにも使えるはず」
そんなココにできるとそう断言して言い聞かせる。
だが……
「え? 嫌です」
ココは即答で拒否した。
「だって、それってあのクソ親みたいに厳つい魔物の姿になるって事ですよ? そんな姿になったらカイトさま、ココの事抱いてくれないじゃないですか! 子作りしてくれないじゃないですか! だから嫌です、今のヒューマンのメスの姿でないとカイトさま、ココの事愛してくれないです。興味を持ってくれないです。だからぜっー--たいに嫌です」
そんなココの言い分に思わず顔を引き攣ってしまうが、しかしココが母親への畏怖の念を断ち切るには自分も母親と同じ秘術ができて、尚且つその姿で母親を打ち負かさない限りは乗り越える事はできないだろう。
となれば何とかしてココに自己進化を使ってもらわないといけないが……
(どうすりゃいいんじゃこれ? 自己進化がギガバイソンの一部の上位個体にしか使えないって点はここが現実ではなく精神世界である以上、ココの心の持ちよう次第で扱えるようになるはずだが、肝心のココがその使用を頑なに拒んでいては話にならんぞ?)
そう考えている時だった。
『どうした? 何の役にも立たない作戦会議か? まったく、くだらんな? 何をやったところで私には敵わないというのに』
ザ・マザー<激情態>はそう言うと4つの翼を大きく広げ、そしてその背後にまるで仏像の頭の後ろに浮かび上がる光る円の輪である円光のようなものが出現し、その輪から衝撃波のようなものが自分とココに向かって放たれた。
「ぐっ!? なんだ!?」」
「わわ!? 体が!?」
その衝撃波をくらった直後、自分とココはその場に片膝をついてしまい、そのまま起き上がれなくなった。
というよりは、強力な力によって地面に縫い付けられている感覚だ。
(なんだこれ? 重力操作か? けど、それにしては力を抜けば地面に張り付けられるという感じは受けないが、どうなってる?)
そんな動けない自分とココに対し、ザ・マザー<激情態>は円光を背後に浮かばせたままその目を眩しく光らせると、両目から強力なレーザービームを放つ。
そのレーザービームは自分とココの周囲に大爆発を引き起こしたのだった




