断ち切るべき畏怖の念 (1)
最短ルートで監視塔の屋上へと向かうため、塔内のフロアを移動して階段を駆け上がるという煩わしい行程をショートカットすべく飛翔魔法を行使したわけだが、発動してわずか数秒のうちに監視塔の上空まで到達していた。
これまでに飛翔魔法は何度か行使した事はあるが、ここまでの上昇速度を叩き出したのは今回が初めてであった。
「この速度まじかよ」
思わず声に出てしまったが、これがユニットリンクの効果なのだろう。
とはいえ、実際のところはまだ正式にはユニットリンクシステムは発動していないのだが……
ユニットリンクシステムは向こうからリンクを求められても、こちらが求めてきたアカウントをまず承認し、ユニットリンクする事を承諾しない限りは正式には発動しないという2段階認証方式を採用している。
そして現在、こちらのアビリティーチェッカーにはフミコ、寺崎歩美、リーナ(成長ギャル化版)のアカウントがリンクを求めてきて、それを承認しただけの状態だ。
そう、アカウントの承認の次の段階であるリンクの承諾はまだのため、つまり今はまだ正式なユニットリンクではなく仮の発動状態なのである。
しかし、正式な発動でなくとも、アカウントを承認しただけの仮の状態ですら、能力値はそれなりに向上している。
となれば、これが次の段階である承諾を行い、正式なユニットリンクシステムの発動となればどれほどの能力値向上となるのか……考えただけでワクワクしそうなものだが、しかし、それをおこなうのはココと直接対峙した時だ。
いや、ココを操っている元凶というべきか……
(何にせよ、まずは屋上に着地しない事には)
そう思い、眼下の屋上を見下ろす。
監視塔の屋上は黒い渦に飲み込まれており、時折紫電が所々で迸っている。
そんな状況となっているため今現在、屋上のどこにココがいるのかの検討はつかない。
それどころか床が見えないため、どこに飛び込めば安全に着地できるかもわからなかった。
(くそ! とりあえず適当な場所に飛び込んで、あとはなるようにしかならないか……クソッタレが! そういう出たとこ勝負が一番厄介だってのに!)
そう心の中で愚痴を吐いてから、一旦心を落ち着かせ、そして一気に上空から屋上へと飛び込み着地する。
その時の着地時に発生した衝撃波によって、着地した床の周囲の黒い渦が吹き飛ばされて屋上の全体像が一瞬だが確認する事ができた。
(屋上の中央に人影! つまりは!!)
そう思った次の瞬間にはもう黒い渦は屋上全体を再び飲み込んでしまう。
「っち! 面倒だな!!」
まずはこの視界を遮る面倒なものを排除しなければならない。
アビリティーユニットのボタンを押し、風の刃を出現させる。
そして、そのままエアブレードを真横に振るった。
まだ仮の状態であるとはいえ、ユニットリンクシステムの影響で暴風度合が増したエアブレードの一振りによって屋上を飲み込んでいた黒い渦は一瞬で吹き飛ばされ霧散する。
そして、遮るものがなくなった屋上のその中央に、魔物の姿へと戻ったココはいた。
とはいえ、その魔物の姿はかつてのギガバイソンの姿ではない。
進化したギガバイソンとは一線を画した存在、超ギガバイソン極の姿である。
二本足で立ち、仁王立ちでこちらを睨むその背中には東〇が世界に誇る、最も有名な怪獣王を連想させる背びれが生えており、尻尾の先には鋭利な棘まで生えていた。
さらには両肩から鋭くとがった巨大な棘も生えており、頭の角は禍々しい形に変化している。
そんな東〇が世界に誇る、最も有名な怪獣王の敵怪獣や、円〇プロが世界に誇る光の巨人の戦士の敵怪獣ですよと紹介されても納得してしまいそうな姿となったココを前にカイトは手にしていたエアブレードを下げて風の刃をしまい、戦う意思がないと言わんばかりに両手を広げて敵意がない事を示してから。
「ココ!! 俺だ!! カイトだ!! 迎えにきたぞ!! まったく、こんなところで何やってるんだ? さぁ、俺と一緒にみんなのところに帰ろう!!」
そう呼びかけるが、しかし、超ギガバイソン極の姿をしたココは何の反応も示さなかった。
それどころか、少しブルブルと首を震わせると背中の背びれから紫電が迸り、やがて背びれ全体が眩しく光り出した。
「……まじか」
その光景を見て思わず苦笑いを浮かべてしまうが、そんなこちらの様子など気にせずココは大きく口を開き、その口から強力な放射熱線を放ってきた。
「くそ!! やっぱ対面じゃ話は通じないか!!」
叫んで魔術障壁を5つ重ね合わせて展開するが、しかしココが放った放射熱線はこれをあっさり砕いた。
「っち!」
魔術障壁を砕いて迫る放射熱線を真横に飛んで地面を一回転して受け身を取り回避、すぐさま起き上がって移動し、走りながら攻撃の機会を窺う。
そんなこちらに向かってココは、今度は両肩から生えた巨大な鋭く尖った棘を眩しく光らせ、そこからリング状のエネルギー衝撃波を連続して放ってくる。
「っ!!」
これを魔術障壁を5重に重ね合わせて展開し激突させるが呆気なく魔術障壁は砕け散る。
そしてそのままこちらの足元近くに無数のリング状のエネルギー衝撃波はぶつかり大爆発を起こす。
「おわ!? くっ!! ココ!! 聞いてくれ!! 俺はココと戦いに来たんじゃないんだ! ココ!!」
爆発の衝撃に煽られながらも走るのを止めずココへと言葉をかける。
だが、ココが耳を傾ける様子はまったくなかった。
(やっぱ魔物の姿のココに面と向かっての説得は無理か……いや、もしかして俺の言い方が悪かったか?)
そう思い、ではどう呼びかければいいかを考え、いつものココの言葉を思い出す。
「カイトさま、ココと子作りしましょう!!」
「ココはカイトさまのものです! 邪魔するなです!!」
「カイトさまー!! カイトさまのココですよー!! さぁ一緒に出掛けましょう!! カイトさまにはココ以外のメスは必要ないのです! ココだけがカイトさまの傍にいればいいのです!」
ココのこれまでの数々の言動を思い出し、頭を抱えたくなった。
え? ちょっと待って? もしかして言うのか? それを言っていいのか? 言わなきゃダメなのか?
まじで言わないとダメ?
……まぁ、ダメなんだろうな。
う~~~~ん………
しばし脳内で葛藤し、そして割り切る事にした。
というよりは何事も試してみない事には始まらない!
そう、始まらないんだ! うん、今はそういう局面だ!
そう思ったところでふとフミコの顔が脳裏に浮かんだ。
浮かんだがすぐに振り払った。
(今はココを取り戻すためにココと向き合わないといけない時だ! この瞬間だけは、俺はココの気持ちに寄り添わないといけないんだ! だからこれは決して浮気でもなんでも……あ、いや、別にフミコとは付き合ってるわけでもないんだし、気にする必要もないっちゃないんだが……ってそういう事を考えている場合ではないだろ!! 本当に真剣に向き合わないと、スタンピードからココを引き剥がせないぞ!!)
心の中で自身に喝を入れ、そして走りながらココに叫ぶ。
「ココ!! 俺だ!! 君のカイトだ!! わからないのか!? まったく、こんなところで何をやってんだ? 心配したじゃないか! さぁ帰ろう! 俺たちの家に!! そしてはやく帰って子作りしようじゃないか!! 俺との子ども欲しがってただろ? こんなところにいたらする事もできないぞ?」
自分でも何言ってんだ? と思うが、これまでのココの言動を考えれば、こんな言葉をかけたら一目散にこちらに駆け寄ってくるはずである。
さぁ、何かしらの反応を見せてくれよ?
そう思って足を止め、ココの動きを観察する。
こちらの言葉を聞いたココは一瞬その動きが止まった。
効果あったか!? そう思ったが、その直後、ココはブルブルと全身を震わせた後、背びれではなく角に紫電を走らせる。
それを見て何だか嫌な予感がした。
「うーん……これはココではなくスタンピードの元凶のほうの逆鱗に触れたか?」
なので魔術障壁を複数展開して防御の体勢を整える。
その直後、紫電迸るココの角から周囲に稲妻が放たれ、それを合図として再び黒い靄の渦が出現し、屋上全体を包んでいく。
そしてその黒い渦の中から無数のギガバイソンに似た黒い何かが飛び出して来た。
「召喚魔術……いや、具現化魔術か?」
現れたそれらを見てアビリティーユニットを手にし、そしてカチっとボタンを押す。
「バブルブレード」
飛び出したのはレーザーの刃でも、光の刃でも、闇の刃でも、火の刃でも、風の刃でも、水の刃でも、氷の刃でも、雷の刃でも、土の刃でもない……
それは無数の泡が重なり合って棒状となっている刃であった。
その異能はこの異世界の前に訪れた異世界で転生者から奪った、泡ですべてを解決する異能である。
その異能は万能の泡を生み出す事ができ、この異能を有していた転生者は泡ですべてを解決できる世界最高峰の泡使いとして異世界にその名を轟かせていた。
その泡は大きくすれば泡の中に護衛対象を閉じ込めて外敵から守る事ができる。
そう、泡は絶対に敵の攻撃を通さない無敵の防御壁になる一方、敵を閉じ込めて牢屋代わりにする事もできるし密封して中に閉じ込めた者を窒息死させる事もできるし、中に水を注ぎ込んで溺死させる事もできる。
その強度は自由自在に変えられるため、薄い氷が張った真冬の湖の上も泡の中に入って楽々渡る事もできるし、逆に氷の湖の中心で泡を砕いて中に入れた人間を真冬の湖に突き落とす事もできる。
溶岩の海に落とす事もできる。
さらには泡の中に重い荷物を入れた後、泡全体の重さを軽くして浮かせて運ぶ事もできるし(人間や動物でも同様)、逆に泡に何かを入れた後で泡を重くして地面に張り付けて固定したり、そのまま地面にめり込ませたり、地面に沈めて埋める事もできる。
そして究極の使い方は魔法なり、神の神秘なりが発動した瞬間、それを泡の中に閉じ込めて保管し、いざとなった時に泡を砕いてその場に閉じ込めていた魔法なり、神の神秘を発動するというもので、まさに捕縛も解放も意のままというわけなのである。
そんなチートな泡の集合体ともいうべきバブルブレードを黒い渦とそこから出現した無数のギガバイソンに似た黒い何かに向かって容赦なく振るう。
するとバブルブレードはその刃を形成していた無数の泡がすべて周囲へと散らばり、あっさりとバブルブレードは消滅するが、しかし周囲へと散らばった泡たちが黒い渦とそこから出現した黒いギガバイソンたちをその泡の中に閉じ込めて、そしてそのまま風に流されどこかへと飛んで行ってしまった。
そうして再び屋上には遮るものがなくなる。
とはいえ、ココもすぐに黒い渦を再び放ってくるだろう。
もしくは別の攻撃を仕掛けてくるか……
そうなる前に、仕掛けなければならない。
泡の刃が消えたアビリティーユニットにアビリティーチェッカーを装着し、プロトリンクシステムのエンブレムをタッチする。
そしてフミコ、寺崎歩美、リーナ(成長ギャル化版)のアカウントのリンクの承諾を行う。
直後、アビリティーユニットが眩しく光り輝き、足元の床下へと光が放たれる。
そう、それはこちらがリンクを承諾し、今までの仮ではなく正式に繋がった証だ。
「みんな、力を借りるぞ……ユニットリンク!!」
眩しい光で床下と繋がったアビリティーユニットを手にして、今度はアビリティーチェッカー上に浮かび上がった2つの別のエンブレムに触れ、そして一気にココの元へと駆ける。
2つのエンブレムのうちのひとつは超加速。
ユニットリンクの能力値向上によってさらに加速度が増した事により、ココが行動を起こす前にその懐に飛び込むことができた。
「ココ!! 今助け出してやるからな!! 精神潜航!!」
そしてもうひとつのエンブレムは言うまでもなく精神潜航。
これまでの異能の使用履歴を見れるようになった事により、かつて1回使用きりの異能であったはずの精神潜航を再び行使する事ができるようになったのだ。
この異能を使い、ココの精神世界へと潜り込む。
そこで救い出すのだ、スタンピードに囚われたココの魂を。
そして引導を渡すのだ、すべての元凶に。
スタンピードの大元、暴走した迷宮の核に鉄槌を下すのだ。
こうして戦いの舞台はココの精神世界へと移る。




