騎士の時代の終わり(4)
リュカルは自分の身に一体何が起きたのか理解できなかった。
確かに全身に激痛が駆け巡り、地面をのたうち回る事しかリュカルにはできなかったのだが、しかしその激痛は外的な攻撃による損傷からくるものとは大きく異なっていた。
言うなればそれは体の中から何かが抜き取られ、搾り取られていく気味の悪い感覚だ。
体の中のありとあらゆる臓器が根こそぎ奪い取られ、体中を駆け巡る血液が最後の一滴になるまで吸い尽くされるかのような、そんな感覚だ。
そんな感覚を味わっていれば嫌でもわかる。
具体的に何をされたのか理解できないが自分の中の確固たる何かが奪われた、その事だけはわかった。
しかし、そこでリュカルは疑問に感じる。
なぜ自分はこの攻撃を防げなかったのか?
こんな恐ろしい攻撃を初撃パリィが防がないわけがないのだ。
さきほどの精神世界に侵入されたのと違い、これは明らかに攻撃性がある。
なのに初見パリィが発動しないとは一体どういう事か?
リュカルはそこまで考え、そこである事に気付く。
相手がこの攻撃を行った直後に轟いた『Take away ability』という音声、それをリュカルはこの戦いの最中に一度聞いている。
そう、それはどう考えても攻撃を仕掛けるタイミングでも何でもない、戦闘が止まった状態で無意味に仕掛けてきた攻撃だった。
明らかに防がれるとわかっている状態で、しかもそれによってこちらはカウンターアタックを発動できるようになるという状態でだ。
よくよく考えればあの攻撃は不自然だった。
不審な点が多すぎる警戒すべき攻撃だった。
そう、言うなれば後々に大事な局面で使うために、前もって初見パリィを消費させておいて、いざという時に無効化されるのを防ぐための布石のような……
(くそ! なんという事だ!! 俺とした事が!)
地面をのたうち回り、悔しがるリュカルだったが、その全身からあふれだしていた光りの暴風はいつしか消え、全身を襲っていた激痛は徐々に引いていく。
しかし、だからと言って体はすぐには動かない。
激痛は消えたが、同時に全身を虚無感と脱力感が支配する。
そうして倒れたままのリュカルにフミコが近づき、手にしたアビリティーチェッカーを見せつけたながらこう言った。
「奪わせてもらったよ。あなたの異能」
フミコのその言葉を聞いてリュカルはようやく理解した。
自身の身に何が起こったのかを。
「そう、か……お前は俺の力を奪うためにわざとカウンターアタックを誘発したのか」
リュカルの言葉にフミコは頷き答える。
「えぇ、あの攻撃は確かに回避不能な厄介なものだけど、同時に発動直後のあなたは一瞬とはいえ無防備な状態になる。パリィができないインターバルが生じる。ここを狙わない道理はない」
「普通はダメージ総量が致死領域に達する90回でそれを狙わないんだがな?」
「かもね……でも、その攻撃のダメージを受けるのを肩代わりしてくれるものがあるなら話は別でしょ」
「あのペンダントか」
「そう、もう粉々に砕けて跡形もないけどね……けど、おかげであなたから異能を奪う事ができた」
フミコはそう言うと手にしているアビリティーチェッカー上に投影されている針を指で動かし、新たに表紙されたエンブレムを指す。
それは言うまでもなく、たった今リュカルから奪ったパリィの異能のエンブレムだ。
パリィの異能を指で指して発動させ、フミコは倒れているリュカルに言い放つ。
「さて、これでもうあなたに新しい技を放つたびに絶対に弾かれる煩わしい思いをする事もなくなったわけだけど……どうする? 騎士らしく正々堂々戦ってあたしから異能を奪い返してみる? まぁ、その奪い返そうとしてる異能を今発動したから、今度はあなたの攻撃があたしに尽く弾かれる番だけどね?」
フミコはそう言ってからアビリティーチェッカーを持っていない方の手に銅剣を出現させて握り。
「とはいえ、メンテ前の奪ったばかりの異能は本来の8割の威力しか発揮できないわけだけど、けどあなた相手じゃ十分でしょ? だってあなたが得意なのはあくまで相手の攻撃を弾くだけ、自ら動いて仕掛ける分には素人同然だもんね? 斬れぬ剣聖さん?」
銅剣の切っ先をリュカルに向け、そう挑発する。
これを聞いたリュカルは鼻で笑うと。
「舐められたものだな……そもそも俺の異能は初撃パリィと初見パリィにカウンターアタックと精神干渉だけだ。つまりは最初の攻撃と初めて見る攻撃以外は自分で防がなければならない。カウンターアタックを発動するためには自力で防ぎ続けなければならない。果たしてお前にそれができるかな? 大体、異能を失ったとはいえ、俺はほとんどのお前の攻撃を自力で防いでいたのだ。この事実を忘れてないか? つまりは俺から異能を奪おうと、お前は俺に攻撃を届かせられない。お前の攻撃を俺は防げるという事実に変わりはないんだ。この事実は揺らがない。絶対にな!」
そう力強く口にした。
しかしフミコは呆れたと言わんばかりにため息をつき。
「あのね? あたしがあなたに切り札を……奥の手をすべて見せていたとでも本気で思ってるわけ? 初見の攻撃は絶対に防がれる。そして、それが後々回避不能の攻撃となって自分に跳ね返ってくるとわかっていて、絶対的な破壊力を誇る大技を繰り出すわけないでしょ」
そう指摘した。
これにリュカルは反論する事無く押し黙る。
そんなリュカルにフミコは。
「だからまぁ、今ここで特大の呪術を放ってもいいんだけど……その前にあなたに今一度聞くわ。あたしたちの仲間になる気は?」
再度意思を確認する。
これを聞いたリュカルは鼻で笑うと。
「愚問だな……何度問われようと答えは変わらん。お断りだ! 俺は最後まで騎士としての誇りを胸に戦い、抗う!! 最後の血の一滴までな!!」
そう力強く宣言し、フラフラしながらも立ち上がって刃の生えた腕をフミコへと突き出す。
それを見てフミコも銅剣を構え。
「そう……だったら終わらせてあげるよ。あなたの騎士の時代を!!」
最後の戦いがはじまった。
(この女は一体何者なのだろうか?)
リュカルは刃が生えた腕を振るいながらふとそんな事を思っていた。
これは戦いが始まってからずっと抱いていた疑問だ。
そう、どういうわけか、フミコからは人とは違う、別の何かの気配を感じるのだ。
これは精神世界にフミコが侵入してきた時により顕著となる。
そして死の間際、その疑問にある答えが導き出された。
(あぁそうか……この感覚、これは)
結局、リュカルの攻撃は届かなかった。
当然だ。何せリュカルの最初の攻撃は絶対に初撃パリィで弾かれる。
そして、そこからリュカルが繰り出す攻撃はどれも子供のお遊び程度のものなのだ。通じるはずがない。
そしてリュカルの攻撃を弾いたフミコはカウンターアタックを発動する事なく両手に銅剣を出現させた後枝剣に変化させ、そのまま緑色の大蛇を放った。
これをリュカルは防ぐ事ができず、呆気なく飲み込まれ敗北した。
もしリュカルがパリィの異能を有したままだったならば、初見パリィで防ぎ、その時に緑色の大蛇の特性を見抜いて自身の実力で持って自力で緑色の大蛇を防げたかもしれない。
だが、そうはならずリュカルは緑色の大蛇の前に成す術なく負けたのだ。
全身を引き裂かれ、頭部と肩腕だけ残った胴体となった体が床に激突し転がる中、リュカルはぐるぐると回る視界の中心にフミコを捉え、その背後にいる存在を睨む。
(思い出したぞ……あぁ、思い出したぞクソッタレが!!)
睨み、そして憎しみを込める。
リュカルがこの世界に転生する時に一瞬だけ出会ったその存在。
その神の名を叫ぶ。
「こうなるとわかっててこの地に転生させたのかカグゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
その叫びは誰に届くでもなく、フミコに聞かれる事もなく、されどフミコの背後にまるで憑依するように浮かび上がるその神には届いた。
そして、その神……カグは顎髭を右手で撫でながらつぶやく。
「だから言ったじゃろ、そなたは糧じゃと……何を今更」
そのつぶやきは誰に届くでもなく風に掻き消え、リュカルの胴体が壁に激突し、止まった時にはもうカグの姿はどこにもなかった。
そして、そんな事知る由もないフミコはリュカルの胴体の元へとゆっくりと歩いていく。
とどめを刺すために……
リュカルは薄れゆく意識の中、ゆっくりと明暗する視界の端にこちらへと歩いてくるフミコを捉えながら、もうここにはいない前世の恋人へと別れの言葉を紡いでいた。
「すまないヤン……どうやら俺の騎士の時代は終わったようだ。せめて最後くらいかっこよくできたらよかったのだが、ハハ……見ての通りこのざまだ……まぁこれも仕方ない、そういう星の元に俺は生まれたんだ……かっこよくはなれない……ただ誰かの剣を技を敵意を弾く事しかできない……きっと君を沢山失望させただろう……君はそんな事はないと言うかもしれないけれど、ガッカリさせたのは事実だと思う……だから今度はもっと積極的になろうと思う。受け身ではなく、自ら動いて大切なものを守れるようになると誓うよ。そしてその姿をいつか必ずヤン、君に見せるよ。だから……だから……またどこかで君に巡り合えたら……今度こそ俺は君を世界のすべてから絶対に守って離さないよ……絶対に」
そうしてリュカルの意識は途絶えた。
フミコにとどめを刺される前に、リュカルは死を迎えたのである。
「……」
そんなリュカルの遺体の前にフミコは立ち、その姿を見下ろして少しの間祈るように目を瞑ると。
「どうか安らかに……かの者の魂の安寧を」
そう小さく呟いてから目を開き、そしてリュカルの遺体へと手を伸ばす。
その直後、リュカルの遺体は刃が生えた腕の硬質な黒い鱗以外がすべて灰となって風に飛ばされ霧散する。
後に残されたのはゲームで言えば部位破壊した素材、もしくはドロップアイテムだと言わんばかりのそれだけであり、フミコはそれを拾い上げると。
「何の役に立つかはわからないけど、戦利品としてもらっておくよ」
そう口にして踵を返した。
こうしてフミコとリュカルの戦いは幕を終えたのである。
そして、それは同時に監視塔へと突入した全員がそれぞれ四天王(仮)を倒した瞬間でもあった。
そう、ここからが本番。
ココを奪還するための戦いの本番の幕がいよいよあがる。




