騎士の時代の終わり(3)
まず大前提として発動したカウンターアタックを防ぐ手立てはない。
絶対に回避不可能、これはそういう攻撃なのだ。
姑息な知恵で抜け道を探しだし、なんとか回避しようなどと考えるだけ無駄なのだ。そんな無駄な悪あがきは正しく無駄足に終わる。そういうものなのだ。
だからこの攻撃は甘んじて受け入れなければならない。
どれだけ瀕死の状態であろうと、ひとたび発動したからには耐えなければならない。耐え忍ばなければならない。
そういうものなのだと割り切らなければならない。
そんなカウンターアタックを受けたくないのであれば、そうなる前にリュカルに攻撃を届かせなければならない。
連続パリィ成功回数を途切れさせなければならない。
そうする以外にカウンターアタックを防ぐ手立てはないのだ。当然だろう。
ただし、リュカルの鉄壁の防御を正攻法で切り崩すのは至難の業だ。
前世で斬れぬ剣聖とまで言われた彼の鉄壁の守りを打ち破るには、相当な腕前と、技術と、経験と、天性のひらめきと、並々ならぬ覚悟と、ここ一番の巡り合わせともいうべき強運が必要である。
そう、並大抵の実力ではどうにもならないのだ。 個人の力量だけではどうにもならないのだ。幸運を引き寄せられなければどうにもならないのだ。
技術があっても、観察眼と洞察力があっても、明晰な頭脳によって導き出された理論であっても、自然の法則や理屈によって構築された最善策であっても、その時の空気感ともいうべき、漠然とした感覚的な何か……人間には制御できない時の流れのようなものも味方にできなければ絶対に勝てないのだ。
なれば卑怯な手段や騙し討ち、非合法なアイテムに手を出せばどうにかなるかと言われれば、そうはならない。
それでは絶対に届かない。
どこまでいっても、卑劣な手段は卑怯な手段でしかなく、正当な手段には劣るのだ。
結局のところ、実力と運という奇跡でリュカルを上回るしかないのである。
そして、フミコは正当な手段においてリュカルを切り崩すには至っていない。
まだまだ奥の手である攻撃は温存しているが、それらが通用する可能性は低い。
たとえ使ってもカウンターアタックのダメージ総量を一気に押し上げるだけであろう。
では運の部分ではどうか? と言われれば、これに関しては本人で推し量る事はできない。
そもそも推し量る事ができるならば、それはもはや「運」ではない。自分でコントロールできる別の何かだ。
となれば、もう完全にお手上げである。
そのうえで勝機があるとすればそれは……
(カウンターアタックが発動した直後!! 隙が生じるのはここしかない!!)
フミコは身代わりのペンダントを手にその時を待つ。
そして……
90回の大台のカウンターアタックの威力は絶大で、バルコニーは崩落するのではないか? と思うほど大きく揺れ、周囲に瓦礫が散乱する。
そしてバルコニー全体を飲み込んだ眩しい虹色の光の濁流はすぐに爆炎へと変わり、黒煙がリュカルの周囲を包み込み視界を奪う。
とはいえ、リュカルは気にする事はない。
警戒する様子も見せず両手を下げると、小さく一息ついた。
すると、体全体が痙攣するように小さく揺れる。
それは魔物の体が疲弊している証拠であった。
リュカルが転生した魔物は汗こそかかないが、疲弊すればこのように体全体が痙攣するのだ。
これ以上は危険だと、体がもたないと警告するように。
そう、いくらリュカルがパリィの異能を有しているといえど、体は疲労しないわけはない。限界は必ず訪れる。
むしろリュカルの異能はそのほとんどを異能とは関係ない、本人の力量に委ねている。
本人が異能に頼らず自力で何とかしない限り、異能の力は発揮されない、応えてはくれないのだ。
そして、その異能を発動させるための連続パリィを成功させるために、肉体も精神も極限まで集中させるため、その後の脱力感と疲労感、倦怠感はとてつもないのである。
だからこそ、カウンターアタックを発動した直後は蓄積された疲労が一気に噴出し、一瞬の隙が生じる。
とはいえ、それもすぐにリュカルが一息ついて仕切り直すため、隙が生じるのはせいぜいコンマ数秒といったところだ。
さらにそのコンマ数秒の時間、相手はカウンターアタックをくらって倒れているか、倒れないにしても大きく吹き飛ばされているため、このわずかな時間のチャンスをものにする事はできない。
だからこそ、実質的にリュカルがパリィをできない時間は存在しないはずなのだ。
だが……
「今が好機!!」
「っ!?」
目にも止まらぬ速さで視界を遮る煙を突っ切り、フミコがリュカルの懐に飛び込んだ。
(バカな!? すぐに動けるようなダメージ総量じゃないはずだぞ!?)
驚くリュカルは慌てて迎撃のために腕を振るおうとするが、まだ完全に体の震えは治まっていない。
「っち!」
思わず舌打ちしたリュカルは、目の前の女が今が好機と捉え、まだ見せていない隠し持った強力な奥の手を放ってくる事を期待した。
この状況ではそれが一番ありがたいからだ。
どれだけこちらを滅せられるほどの強力な威力を誇る切り札といえど、それが初めて見る攻撃であるならば何もせずとも初見パリィで防げるからだ。
そうして、その間に体勢を立て直し、仕切り直して次の一手に対処する事ができる。
だが、それに期待する事はもう不可能だろう。
何せ、もうバレてしまっているのだ。彼女は初見の技がどう足掻いても通用しない事を知っている。
だから間違っても、相手からすれば絶交の機会であるこの場面で初見の技は放ってこないだろう。
そう、相手は確実にこちらが対処できない速度、角度、精度で殺しにかかってくる。
そしてそれにリュカルは対応できないだろう。
そう理解した上で、リュカルはしかし痙攣する体を無理矢理に動かしてフミコを迎え撃つ構えを取る。
(それでも俺は!! こんなところで負けるわけにはいかないっ!!)
全身が悲鳴をあげ、軋みはひどくなるが構わず刃が生えた腕を振るう。
だが……
「残念……仕掛けるのはそっちじゃないんだよね」
懐に入り込んだフミコはそう言ってニヤリと笑うと、手にしていた粉々に砕け散った身代わりのペンダントの欠片を真横に捨て、その動作と同時にもう片方の手に持っていたアビリティーチェッカーを目の前に突き出す。
『Take away ability』
それと同時に音声が鳴り響き、リュカルの全身から光りの暴風があふれ出した。
「な、なんだこれは!? うぐ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
そして地面に倒れたリュカルは苦しそうに地面をのたうち回り、そんなリュカルの全身からあふれだす光の暴風はフミコのアビリティーチェッカーへと吸い込まれる。
バルコニーにリュカルの叫び声が木霊する中、リュカルの全身からあふれだした光りの暴風をすべて吸い込んだフミコのアビリティーチェッカー上には新たなエンブレムが浮かび上がっていた。
それを見たフミコは一息ついて床に倒れているリュカルを見下ろし。
「奪わせてもらったよ。あなたの異能」
そう言って手にしたアビリティーチェッカーをリュカルへと見せつけた。
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