騎士の時代の終わり(1)
精神潜航でリュカルの精神世界へと潜り込んだフミコはそこでリュカルの過去を垣間見る。
前世のリュカルの記憶を追体験し、そして彼の思考を理解した。
どうしてリュカルが徹底して敵の攻撃を弾き受け流す事のみに専念しているのか。
初撃パリィ・初見パリィ・カウンターアタックという異能があるとはいえ、隙だらけの相手を目の前にしても徹底して自らは動かず、攻撃せず、追撃もかけず、仕掛ける事をしないのか。
トラウマ、それがリュカルの行動すべてを縛り付けているのだ。
自らが積極的に動いた事によって護衛対象であった大切な人を失ってしまった。
そんな思いが彼に自ら攻勢に打って出る事を否定しているのだ。
その結果、どうなったのか忘れたのか? と自らを縛り付け、がんじがらめにしてしまっているのだ。
だからこそ、リュカルは絶対に動かない。
どれだけチャンスがあろうと、ひたすらに防御に徹する。
今度こそ間違えないと言わんばかりに、相手に攻撃させ、それを弾き受け流す事だけに集中するのだ。
そのためだけに、腕を振るうのだ。
それを成し遂げるためだけに鍛錬を積み重ねるのだ。
どんな攻撃であろうと絶対に弾けるように……
その事を理解し、フミコは納得したと言わんばかりに頷いた。
そんなフミコの目の前にはいつの間にそこにいたのか、少し苛立った様子のリュカルが立っていた。
フミコを見たリュカルは軽く舌打ちすると。
「人の心の中を覗くとは悪趣味な女だ」
そう吐き捨てた。
それを聞いたフミコは鼻で笑うと。
「今のあなたは人じゃないでしょ」
そう小馬鹿にしたように言ってから。
「あたしだって、別にあなたの心の中を覗くつもりはなかったんだけどね? あたしにとって精神世界はとても大切なものだから……かい君との……あたしを救ってくれた大切な人とのはじまりの場所だから……だから他の誰かに土足で踏み込まれたくないし、不用心に他の誰かの精神世界にも踏み込みたくなかった……けど、あなたに対しては知っておく必要があると思った。どうしてそこまで徹底して防御に徹するのか……攻撃に転じないのか……その理由を」
リュカルの目を見てそう口にする。
言われたリュカルは一瞬たじろいだような素振りを見せた後。
「少し覗いた程度で知ったような口を利くな!」
そう怒鳴るが、フミコは気にせず。
「少し覗いた程度でも十分に理解できたけどね?」
そう言って鼻で笑い挑発する。
これにリュカルは舌打ちしながら。
「小癪な真似を」
そう吐き捨てるが、しかしだからと言ってやはりリュカルはフミコに何か直接的な危害を加えようとはしなかった。
この事自体が、すでに今まで見てきた過去の出来事から得た結論を物語っていた。
そんなリュカルにフミコは問いかける。
「そもそも、そんなに見られるのが嫌ならパリィすればよかったじゃない。初見の攻撃は問答無用で弾けるんでしょ? なんでそれをしなかったの?」
これにリュカルは答えなかった。
そんな口を閉ざしたリュカルを見てフミコは「ふん」と鼻で笑うと。
「まぁ、できなかったんでしょ? だからこうして精神世界に潜り込めてるわけだし……精神潜航は直接的な攻撃手段じゃない。だから初見パリィは発動しなかった。そもそも何から何まで弾くというなら、あなたは味方からの治癒魔法すら弾くって事になる。けど、それはないんでしょ? まぁ、一緒に戦う仲間がいないから検証はできないけど」
そう指摘した。
リュカルはこれに対し軽く舌打ちすると。
「まったく……お前、どこまで事前に俺の情報を知っていた?」
そう尋ねるが、しかしフミコは肩をすかしてはぐらかす。
「さてね? ただまぁ、実際に精神世界に潜り込むまでは確証はなかったとだけ言っておこうかな?」
そう言ってから。
「けどまぁ、あなたの精神世界に潜り込んでわかったよ。あなたの異常な徹底した防御へのこだわりの理由もそうだけど……あのココを支配しているものが何なのかもね」
フミコはそう口にするとリュカルの目を見てこんな事を切り出した。
「ところで……あたしたちの仲間になるつもりはない?」
その提案はあまりにも予想外でリュカルは一瞬思考が追いつかなかった。
「は? おまえ、一体何を?」
驚きのあまり言葉がでてこなかったが、そんなリュカルにフミコは核心をつく。
「というか、いつまでスタンピードに取り込まれているフリをするつもりなの? 実際のところ、あなたはまったく支配されてないんでしょ? スタンピードを引き起こしているのは暴走した迷宮の核って話だけど、あなたの力なら、無理矢理自らの一部として使役して取り込もうとする暴走した迷宮の核の干渉をパリィできるはずなんだけど? だってそれは精神潜航と違って攻撃的な精神干渉のはずなんだから」
この指摘にリュカルは。
「さて? どうだかな?」
そう白を切るが、リュカルの過去を覗いてきたフミコは構わず核心を突く。
「従って役に立ったと認められれば、ココを与えてもらえると思ってるからか」
これにリュカルは顔を背け、わざとらしく咳き込み。
「ココ? 誰だそれは? 何度も言うがそんなやつは知らんし、あのお方はそんな名ではない」
えらく早口で喋りだす。
へぇー、魔物も咳き込むんだーと感心しながらもフミコは。
「けど、それは叶わぬ望みだと思うけどね? 暴走した迷宮の核はココに寄生して、ココの命を吸い取る形でスタンピードを引き起こし続けてる。そんな暴走した迷宮の核が素直に宿主を差し出すとは思えない」
そう指摘し、最後にこう付け加えた。
「それ以前にココは完全に取り込まれたわけじゃない、少なくともかい君はそう考えてる……あたしはこの考えには少し懐疑的だけど。まぁ、あなたの過去を覗いた限りでは無きにしも非ずって感じかな? つまりはココの心がまだどこかで抗っているなら、暴走した迷宮の核があなたにココの体を差し出せる状態じゃないってわけだ。それにかい君LOVEなココが、自分を乗っ取ってる何者かに自分の体をかい君以外の誰かに差し出すつもりだって気付いたら、それこそ激怒して暴走した迷宮の核をぶっ飛ばしそうなものだけどね。まぁ、かい君が好きなのはあたしだし? 他の女には興味ないだろうから、どれだけココが騒いだところで意味ないけどね」
そう言ってから、改めてリュカルを勧誘する。
「だから本気でココを……前世で失態を犯して守れなかった恋人にどこか似てる彼女を手に入れたいならわざとスタンピードに取り込まれているフリをするよりも、あたしたちの仲間になったほうがワンチャンあるかもよ? どう?」
そんなフミコの勧誘を受けて、リュカルはある疑問をぶつける。
「いいのか? 俺が仲間になって彼女と結ばれても……お前はそれでいいのか? 大切な仲間なんだろ?」
これにフミコは肩をすかしてみせると。
「別に? あたしとしてはそっちのほうがライバルが減って万々歳みたいな?」
そう口にした。
これを聞いたリュカルは思わず首を傾げる。
「誰かは知らんが、お前と彼女が想いを寄せている相手は、さっきお前の事が好きで他の女には興味ないだろうって言ってなかったか?」
この指摘にフミコはリュカルを睨みつけると。
「うるさい!」
そう怒鳴りつけた。
それからコホンと一息ついて、改めて返答を求める。
「で? 返事は?」
これを受けてリュカルは数秒目を瞑って考え込み、そして目を開くと。
「大変魅力的な提案だが……断る。騎士の誇りなど当の昔……もう前世で失ってしまったとはいえ、一度使えた主を裏切るなど、それこそ前世で俺をはめた彼奴等と同列になってしまう。そんな事、絶対に認められん! この魂にかけて、自らが決めた道は絶対に違えぬ!!」
そう力強く言い放った。
それを聞いてフミコは小さくため息をついた後。
「そう……だったら仕方ない、決着をつけよう」
そう口にしてその手にアビリティーユニットGX-A04を握りしめた。




