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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
17章:混沌の戦場

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これはとある騎士の追憶(3)

 リュカルには剣の才能が確かにあった。

 幼いころの家庭環境ゆえに騎士養成学校に入るまで剣など握った事は一度もなかったが、それでもひとたび訓練用の木刀を握れば、誰もリュカルを負かす事はできなかった。


 そう、剣を握ったのがこれがはじめてとは思えないほどに、リュカルは初めての模擬戦からその才能を開花させたのだ。

 しかしそれは当然の事と言えるだろう。何せリュカルは洗礼において騎士の神託を受けたのだから……


 ただし、騎士の神託を受けるほどの才能があったとしても、実戦において鬼神のごとき無双をできるわけではない。

 むしろリュカルは()()()であった。


 たしかに剣の才能はあるが、実戦においては鬼神のごとき無双など夢のまた夢……リュカルが唯一できる事、それは()()()()()()であった。

 相手の急所に剣を届かせ、倒す事は不得意であるが、相手の攻撃を弾いたり、受け流したり、受け止め無効化する事は得意だったのだ。


 ゆえについた二つ名は「斬れぬ剣聖」。一見すると仰々しい二つ名のように聞こえるが皮肉の混じった役立たずの代名詞だ。

 しかし、そんな不名誉な二つ名をつけられたリュカルをダヤンは気にしないと全肯定して受け入れた。


 「斬れぬ剣聖、素敵じゃない! それの一体何が不名誉だっていうの? 言いたい奴には言わせておけばいいのよ! わたくしは気にしないわ。むしろわたくしを守るためだけの剣という意味ではこれ以上ない二つ名じゃない! わたくしは誇りに思うわ」


 そう言ってくれたダヤンのためにも、証明しなければならない。

 斬れぬ剣聖は役立たずの代名詞ではないと!

 何者からも……それがたとえ神が相手であったとしても、絶対に守り抜く究極の護衛であると!

 皆に知らしめるのだ!!




 「ここで身を潜めていてくれ! 俺は外の様子を確認してくる」


 リュカルはそう言うと扉に立てかけていた剣を手に取り、扉を開けて外へと出ようとする。

 そんなリュカルにダヤンは何か言おうとするが、リュカルは振り返って笑顔で。


 「大丈夫、すぐに戻ってくる。誰もこの中には入れないさ!」


 そう告げた。

 そんなリュカルを見てダヤンは小さくため息をつくと。


 「まったく、心配なんかしていないですよ。わたくしの『斬れぬ剣聖』を斬れる相手がこの世にいるわけないでしょ!」


 そう言って身を乗り出し、外へと出ようとするリュカルの唇に自らの唇を重ねた。

 そしてすぐに身を引くと。


 「ご武運を」


 ただ一言、そう告げた。

 リュカルはそれに小さく頷き、素早く馬車の外に飛び出すと馬車の扉を閉めて周囲を確認する。

 そうしてリュカルの視界に飛び込んできたのは、正体不明の集団と交戦している騎士たちの姿であった。


 「っち! 一体どこのどいつが襲撃してきやがったんだ? まぁ、大方の予想はできなくはないが……」


 そう口にしながらリュカルは鞘から剣を引き抜き構え、周囲に敵の気配がないかを確認する。

 すると背後から数名の気配がした。


 「っ!!」


 直後、短剣を手にした数名の男がリュカルへと背後から襲い掛かる。

 しかし、リュカルは即座に反応し、彼らの攻撃をすべて弾き返した。


 とはいえ、リュカルができるのは相手の攻撃を徹底的に弾き、受け流し、受け止め無力化する事だけだ。

 そのまま反撃の一手を加え、返り討ちにする事は不得意なのである。

 ゆえに、恐るべき反射神経で襲撃者たちの攻撃をすべて弾き返しても、自分と同じく相手もまだ平然としている状態だ。


 ではリュカルは普段どうやって襲撃してきた相手を撃退しているかと言うと、相手の攻撃を受け流し、その反動を利用して相手を投げ飛ばし地面に叩きつける戦法である。

 いうなれば合気道に近いやり方だ。

 とはいえ、これはいつでも成功するわけではない。

 なので普段は攻撃を弾いた直後に火薬玉を投げる戦法をとっている。


 (数は手元に十分にあるとはいえないな……)


 火薬玉の残数を確認し、リュカルは軽く舌打ちした後、襲撃してきた相手を見回し。


 (火薬玉を節約しつつ、この場を切り抜ける算段をつけないとな!)


 そうして再度、剣を構え直した。


 「殿下を狙う不敬な賊どもめ! まとめて成敗してくれる!!」


 そうしてわざと、こちらから攻撃を仕掛けるようなそぶりを見せて、相手が先に仕掛けてくるよう誘導する。

 そして、襲撃者たちの一斉攻撃がはじまった。




 リュカルは馬車の周囲にいた襲撃者たちをすべて片付けた。

 とはいえ、すでに手持ちの火薬玉はなく、それがなければ自力で相手を倒せないリュカルにとってこれ以上はもう手に余る状況だ。

 まだ他の騎士たちは戦闘を続けているが、もう自分にできる事はないだろう。


 そう、ダヤン第三王女の護衛である自分が実力もないのに王女の元を離れ、まだ戦っている騎士たちの援軍に向かうなど愚の骨頂だ。

 身の程をわきまえているからこそ、ここはあえてこれ以上の戦いには参加せず、ダヤンの傍にいなければならないのだ。

 だが……


 「がぁぁぁ!!!」

 「誰かー--!! 援護を!! 援護を頼む!!」

 「ダメだ!! これ以上は持ちこたえられない!! こっちを誰か手伝ってくれ!!」

 「くそ!! 援軍はまだか!?」

 「誰か!!」

 「誰か!!」

 「誰か!!」


 そんな声が至る所から轟いていた。

 そう、現在我が騎士団は圧倒的に劣勢なのだ。

 このままでは総崩れになるのも時間の問題だろう。


 「……」


 リュカルは一瞬迷いを見せた。


 (このまま馬車に戻っていいのか? どっちにしろ、皆が総崩れになったら賊どもがここに押し寄せてくるんだぞ? 包囲されるんだぞ? それらに対処できるのか? 対処できる数なのか? 俺はどうすべきだ?)


 そんな時だった。

 馬車の中からダヤンの声が聞こえた。


 「リュカル! 皆の元に向かって加勢してください!」


 その言葉にリュカルは衝撃を隠せなかった。


 「っ!! 殿下な、何を!?」


 動揺するリュカルにダヤンは馬車の中から命じる。


 「もうこの周囲には敵はいないのでしょ? なら皆に加勢し敵勢力を排除なさい!」

 「しかし、殿下の護衛である俺が殿下の傍を離れるわけには!」

 「ここで加勢しなければ、あなたは一生斬れぬ剣聖のままです! 今こそ証明するのです! 斬れぬではなく、守れる剣聖であると! まさに今がその時です!!」


 ダヤンのその言葉にリュカルははっとした表情となる。


 そうだ、いくらダヤンが気にしないと言っても、世間は不名誉な二つ名を持つ護衛を傍に置き続けるダヤンにいい感情は抱かないだろう。

 そんな彼女に報いるには世間の自分への評価を覆すしかない。

 そして、そんな自分を傍に置き続けたダヤンの目に狂いはなかったんだと、皆に示すのだ。


 リュカルは覚悟を決め、剣を握る手に力を込める。


 「殿下……わかりました。しばし席を外します事をお許しください。すぐに片付けて戻ってまいりますので」


 そうしてリュカルはいまだ戦闘を継続している同僚たちの元へと走って行った。

 彼らに加勢するために。


 そして、その直後、馬車の近くに何者かの人影が浮かび上がった。

 この時、リュカルがもう少し注意深く周囲を観察していたら違和感に気付けただろう。


 あの言葉は本当にダヤンのものだったのか? と……

 ダヤンが本当にあのような事を言うだろうか? と……


 何にせよリュカルは同僚たちに加勢し、そして正体不明の賊による襲撃は一致団結した騎士団によって退けられた。

 騎士たちがまだ残党がいないか周囲を警戒する中、リュカルは肩で息をしながらも護衛対象であり、恋人でもあるダヤン第三王女の元へと一目散に駆けていく。


 (俺のヤン! すぐ向かうから!!)


 そう思い、馬車へと近づいた時、リュカルの顔から血の気が引いた。


 「は?」


 ダヤンと侍女のリリ、そして自身が乗っていた馬車が横転しており、御者と馬には剣が突き刺さって絶命していた。

 横転した馬車の近くには腹に槍が刺さったリリが横たわっており、彼女は自らの血の海の中に倒れていた。


 そして、そんなリリから少し離れた場所には首を切断されたダヤンの遺体が転がっていた。


 「う、うそだ……そんな事……噓だ噓だ噓だ噓だ嘘だ!!」


 リュカルはフラフラしながらダヤンの元へと駆け寄り、切断されたダヤンの首を拾い上げて抱きしめ、叫んだ。


 「あ、あああああああああああああああああ!!!!」


 そうしてダヤンの首を抱きしめながらその場に膝をつき、放心状態となったリュカルの元に同僚たちが続々と駆けつける。


 「こ、これは一体!?」

 「で、殿下!? まさかそんな!!」

 「どういう事だ!! 賊はすべて退けたんじゃなかったのか!?」

 「斬れぬ剣聖!! 貴様、殿下を守らずどこで何をしていた!!」


 そんな彼らの声はしかし、リュカルには届かない。

 放心状態の彼はただその場でダヤンの首を抱きしめて動こうとしない。


 とはいえ、リュカルが何か言うのを待つほど騎士団も暇ではない。

 何者かが一歩前へと踏み出し、今だ放心状態のリュカルの目の前まで行くと、リュカルの顔を思い切り殴りつけた。


 殴られたリュカルはその場に倒れ、そして自らを殴った相手を見上げる。

 その顔にリュカルは見覚えがあった。


 「お前は……」


 その人物は、かつて幼少期のリュカルを奴隷としてこき使っていた叔母の息子であった。

 彼は倒れたリュカルを見てニヤリと笑うと。


 「ダメじゃないかクズやろう。護衛が護衛対象を無視して私利私欲のための出世のポイント稼ぎに勤しんじゃ。護衛対象を殺してくれてって言ってるようなもんだぜ? 利敵行為すぎんだろ」


 リュカルにしか聞こえない大きさの声でそんな事を言い出した。

 それは叔母の息子が自分がやったと認めたも同然の言葉であった。


 「お前、まさか……」


 リュカルは怒りで頭が沸騰しそうになったが、しかし直後。


 「斬れぬ剣聖!! お前が今回の首謀者だったのか!! 敵に情報を垂れ流し、わざと襲撃させ、そしてまんまと殿下を殺させた!! こんな事許されないぞ!!」


 叔母の息子は芝居がかった大袈裟な動きと言葉でもって、この場に集まった皆の前でリュカルに罪を擦り付けた。


 「なっ!?」


 突然の事に驚き、リュカルは何か言おうとするが、しかし叔母の息子の言葉に賛同する声が集まった騎士たちの中から続々とあがりはじめる。

 瞬く間に全員の意見がリュカルが裏切者という事で一致し、リュカルはその場で拘束された。

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