これはとある騎士の追憶(2)
「そういえば殿下、どうして俺をあの時拾ったんですか?」
第三王女の日々の公務における護衛任務中、目的地へと向かう途中の馬車の中でリュカルはダヤンに尋ねた。
その馬車の中には第三王女付きの騎士であるリュカルと第三王女であるダヤンに王女の侍女の3人しかおらず、他人に会話の内容を聞かれないという意味ではこれ以上ない環境であった。
とはいえ、この質問に特にこれとった深い意味はない。
ただふと気になって尋ねた、それだけだ。
王女との会話が途切れたその時に何気なしに尋ねた、それだけの話だ。
それをダヤンもわかっているから少し意地悪な表情をしてリュカルをじらす。
「ふふ、知りたいですか?」
「そりゃまぁ……普通に考えて俺みたいなどこの馬の骨とも知らない貧民街でその日暮らしをしていた平民の子を王族が拾って専属の騎士として雇用するなんておかしいでしょ」
「まぁ、言われてみればそれもそうですね……あなたが疑問に思うのも当然でしょう。で・す・が! 教えてあげませーん!」
「えぇー!? なぜです殿下!」
「もー! それですよそれ! なんですか殿下って? その他人行儀な言い方! それが許せないんですよ! ふーんだ!」
そう言ってそっぽを向いたダヤンにリュカルは苦笑いを浮かべながら取り繕う。
「いやいや、今は公務中ですよ? 公の場で不敬な事言えないでしょ」
「公務中? 公の場? 何言ってるの? ここには今わたくしとあなた、それにリリしかいないじゃない! この馬車には防音の術がかけられていて会話が盗み聞きされる事はないんですよ? なのに殿下って……なんでいつものように俺のヤンと呼んでくださらないの? 前にも言ったでしょ? ふたりでいる時にそんな他人行儀は禁止ですと! 何のために馬車に防音の術をかけたと思ってるんですか? ふたりの時間を! 恋人の時間を少しでも長く確保するためでしょ!! まったく! あなたは硬すぎです」
頬を膨らませながらふたりの時間を強調するダヤンに隣に座る侍女が「リリもいますよ?」と口にするがダヤンは無視した。
そんなダヤンとリリを見てリュカルは苦笑しながらも。
「どこで誰が聞く耳を立てているかわからないのだから慎重になるのは当然というか仕方ないでしょ。いくら防音の術がかけられていても、本気でこちらの動向を探ろうとする連中はそれすら突破してくるって」
そう言って車窓から外の様子を確認する。
今は警護を務める近衛騎士団が要人を警備しやすい、身を潜める場所など一切ない、視界が開けた街道を移動中だ。
馬車の周囲には騎馬に乗った上級騎士4名が四方を警戒し、馬車の前後には隊列を組み周囲を警戒する騎士たち。
さらにダミーの馬車も数台用意されているなど、万全の体勢だ。
しかし、これらの護衛の騎士の中にスパイが紛れ込んでいないという保証はない。
騎馬に乗って馬車を警護する上級騎士も、次の瞬間には裏切って馬車を襲撃するかもしれない。
そう疑ってかかってしまうほど、今の王家の権力争いは苛烈なのだ。
ダヤンの王位継承権は低く、彼女に王位が転がり込んでくる事はまずありえない。
にも関わらず命を狙われる。蹴落とそうと刺客が差し向けられる。
そんな状況なのだ。
なにより……
「本気でわたくしの動向を探ろう、ね……はぁ……お兄様も一体何を考えているのか……よりにもよって、もっとも仲が悪い隣国の王子と手を組むなんて」
「そうだな、第四王子が何を思って敵国の王子に支援を求めたのかはわからないが……だからこそ、完全に安全が担保されたプライベートスペース以外では軽率な行動は慎むべきだ」
「はぁ……それって城の自室か、わたくしが所有する離宮以外では王族としての顔を常にしてろって事よね? そんなの無理!! 窮屈で死んじゃうわ!!」
「そうならないように、色々と屁理屈こねて無理言って、勢いで押し切ってこうして一緒にいるんじゃないか」
「うん、それは感謝してる」
ダヤンはそう言うと少し頬を赤くし、わかりやすくもじもじしだすと、上目遣いでリュカルの顔を覗き、そして我慢できないと言わんばかりに素早くリュカルの隣に移動し、勢いよく抱き着きイチャつきだした。
そんな様子を見てリリはため息をつき「リュカルさんの話聞いてましたか?」と口にして窓の方へと視線を向けた。
自分は何も見てないとでも言わんばかりに。
その直後だった。
ドーン! と大きな音がして、衝撃が車内に伝わった。
「きゃぁ!?」
「な、何事!?」
「っ!!」
突然の事に驚く侍女のリリと怯えた表情を浮かべリュカルに抱き着くダヤンと違い、リュカルは真剣な表情になるとダヤンを安心させるべく肩を抱き寄せながらも、扉に立てかけてある剣に視線を向ける。
そして、外から声が聞こえてきた。
「奇襲だー!! 各自警戒!! 防御陣形を展開し剣を取れ!! 賊をこれ以上殿下に近づけるな!!」
その言葉を聞いてダヤンとリリは緊張した表情となる。
そんなダヤンにリュカルは笑顔でこう声をかけた。
「大丈夫だよ俺のヤン、君には絶対に指一本触れさせない! 絶対に!!」
そして扉に立てかけていた剣に手を伸ばした。




