これはとある騎士の追憶(1)
物心がついた時、すでに両親は他界していた。
ゆえに両親の思い出など一切ない。
時折、まだ歩くのもおぼつかなかった幼い頃に両親にかまってもらった記憶のような曖昧なものがふと脳裏によぎる事はあるが、それが夢なのか現実にあった出来事なのかの区別はできない。
そうであってほしいという願望なのか切望なのか、あるいはそうだたのかもしれないという希望的観測なのか……
どちらにしろ、曖昧な記憶には曖昧な答えしか用意できない。
それくらい、自分にとって両親との繋がりは希薄なものなのだ。
しかし、これは仕方のない事だろう。
何せ両親は自分が人格を形成し個性を発芽させる前に亡くなったのだ。
ならば思い入れもなければ何の感情も抱かなくて当然だ。
だって自分は両親の事をまったく知らないのだから……
どんな人物だったのかもわからない。
周囲からはどんな評価を受けていたのかもわからない。
どういう風に接していたのかもわからない。
わからない、わからない……
そう、わからない事だらけなのだ。
だから、自分にとって両親とは考えるだけ無駄な存在なのである。
いや、すでに他界している以上、存在すらしていない。
そんな両親のいない自分を育ててくれたのは叔母であった。
とはいえ、果たして育てられたと言っていいものかどうか……
叔母は両親亡き後、自分を引き取った事は引き取った。
だが、愛情を持って育てたとはいいがたい。
叔母の家庭は自分を同じ家族として扱わなかった。
叔母の家族の住むあの家に、自分の居場所はどこにもなかった。
家にはいつも自分にきつく当たる叔母とその家族がいて、彼らは楽しく食卓を囲んでいた。
だが、その輪の中に自分は入る事ができない。
自分はいつも彼らが食事を終わるのを部屋の隅で待って、そして残飯にありつく、そんな日々であった。
それが当たり前だった、その事に何の疑問も感じなかった。
そういうものだと諦めていた。
いや、諦めというよりも、洗脳されていたといっていいだろう。
親族とはいえ身寄りのない自分をこうして引き取り、食わせてやっているのだ。
ならば感謝こそすれ、不満などありえないだろうと……
やがて、文句も言わず、反抗せず、ただ従順に従っていると叔母の息子たちから暴力を受けるようになった。
こいつは俺たちの下僕だと、奴隷だと、サンドバックだと言って殴る蹴るの暴行を繰り返し、雑用などを押し付けるようになった。
そう、どこにでもある。よくある胸糞悪い話だ。
なんて事はない、どうでもいいありふれた不幸話だ。
そんな幼少期を過ごしたリュカルは洗礼を受ける歳になると叔母の家から放り出された。
この世界では子供が洗礼を受ける歳になると、その子を連れ必ず教会に出頭し洗礼を受けさせなければならない。
教会で洗礼を受けた子は神から神託を受ける。
これにより、その子の将来がほぼ確定し、場合によっては教会や各職業訓練所に預けなくてはならなくなる。
そして、仮に教会や各職業訓練所に預ける事になった場合、親はその職業に応じて斡旋料という名の莫大な寄付金を教会に渡さなくてはならなくなる。
つまりは、我が子ならともかく、赤の他人がもし万が一教会や各職業訓練所に預けなければならないような神託を受けてしまえば、もれなく家計は火の車、ご破算というわけだ。
とても受け入れられる事ではない。
ゆえに、叔母はそうならないよう、洗礼を受ける前に自分を捨てたのだ。
かくしてリュカルは無一文のホームレスとなり、貧民街の一角で野宿をする生活となった。
そうして半年が過ぎた頃、転機が訪れた。
「あら、あなた。もしかして……」
深くフードを被ったその人物は、同じくフードを被った複数の人物を従え、生きる気力を失って路上で寝転がっていたリュカルに声をかけた。
「……? 誰です?」
リュカルはどうでもいいと思いながらも、声をかけてきたその人物に尋ねる。
すると声をかけてきた深くフードを被った人物は両手でフードを外し、素顔を晒した。
「わたくしはダヤン。この国の第三王女です」
彼女はそう名乗ると、彼女の後に控えていた恐らくは従者であろうフードを被った複数の人物たちの制止も聞かず、リュカルに手を差し出した。
「ねぇ、あなた。わたくしの『剣』になってくれないかしら?」
こうして浮浪者だったリュカルは第三王女に拾われ、身なりを整えた後、洗礼を受け、騎士見習いとなった。
ダヤンの支援の元、騎士養成学校の寮に入り、そこで剣技の基礎と教養と所作を学んだ。
そうして晴れて見てくれだけは一人前の騎士団員候補生となったリュカルは騎士養成学校を卒業。
ダヤンの推薦状もあり、近衛騎士団への入団を果たし、第三王女付きとなった。
まさにとんとん拍子、すべては順調に進んでいるかのように思えた。
そう、あの事件が起こるまでは……




