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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
7章:運命の乙女

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運命の乙女(4)

 そのカフェは金融街の一角にありながらも意外と客層は幅広く、金融街とは無縁そうな層もテーブルに腰掛けていた。


 堅苦しいルールなりがあるのかとも思ったが、そんな事はなく至ってどこにでもある普通のカフェのイメージだ。


 「ここってこの街はおろか、この国を支える金融の中心なんだろ? いいのかこれで?」


 そう言って注文したコーヒーを飲むがお世辞にも美味しいとは言えなかった。

 まぁ、これがこの世界のスタンダードな味なのかもしれないが、正直次回以降の注文は遠慮したい。


 テーブルを挟んで向かいの席ではフミコが微妙な表情でコーヒーを飲んでいた。

 この世界のコーヒーは時代に関係なく日本人には合わないらしい。


 「というか、一番の問題はなんでてめーも一緒になって飯を食ってるのかって事なんだがな?」


 そう言って隣の席を睨むと、カラスが一心不乱に皿の中の鳥用のエサを食べていた。

 クチバシで突いては「やはりこの世界の飯はまずいの~」と呟きながらまた突いている。

 いや、まずいなら一心不乱に食うなよ? とツッコミたくなった。


 そんなこちらの心の内を読み取ってカグは皿から顔を上げてこちらを見ると、軽くゲップをしてから周囲をクチバシで指す。


 「周りを見ればわかろう? ここは動物も一緒に食事できる店じゃわい」


 言われて周囲を見る。

 周りの席では犬や猫やフェレットのような小動物を連れて食事を楽しんでいる客ばかりだった。

 ここは金融街じゃないのか? 金融街のカフェってこういうもんなのか?


 日本にいた時は趣味もない高校生だったもので、金融街だろうと、そうでなかろうと、カフェとはこういうものというのがわからない。

 まぁ、地球と異世界の常識を比べるものではないのかもしれないが……


 「そんな事より、ちゃんと話は聞いとるじゃろうな?」

 「あぁ、聞き耳はずっと立ててるよ」


 カグに言われて目を細める。

 一心不乱に皿の鳥の餌を食べていたカラスが何を偉そうにと思うが、今はそれは置いておこう。

 カフェ内の喧騒の中に、この異世界の情勢のヒントはいくつもあった。


 というよりは、腐っても金融街の一等地っぽい立地にあるカフェだけあって、それなりの会話が聞き取れる。

 資本主義経済はマクロ経済であれ、ミクロ経済であれ、世の中の情勢の影響をモロに受ける。

 世が乱れれば経済もそれなりの打撃を受けるため、投資家にとって世の乱れは死活問題だ。


 それゆえに、世情に対する変化には敏感で、情報共有も欠かせない。

 それが世の中全体を巻き込むかもしれない問題となれば尚のこと必死となる。


 だからこそ、カフェの中では至るところで話題にあがっていた。

 「運命の乙女」と「背徳の女神」というワードが……


 見るからに貴族の身なりをした者や友人との会食を楽しむ者、ペットの散歩がてら寄った人に、商談をしているような人達まで、会話の中で必ずその話題を口にする。

 そう、「運命の乙女」に「背徳の女神」……これらが今この異世界における世を騒がす事象の中心らしい。


 話を聞く限り「背徳の女神」というのは周期は一定ではないものの、過去に何度もこの世界に現れては混沌をもたらした畏怖の対象であり、その姿は時代によってバラバラであるようだ。


 ある時代では妙齢の女性であり、ある時代では年端もいかない女の子、またある時は妖艶な熟女であり、人種もまったく異なるらしい。

 しかし、容姿は替わっても中身は替わらないようで、いつの世でどんな姿をしていようとかつてと同じ意思を持っているという。

 「背徳の女神」という記憶と意思が何度も転生を繰り返して復活し、世に混沌をまき散らしているのだ。


 そしてその「背徳の女神」に対抗する存在が「運命の乙女」だという。

 こちらも時代によって姿はバラバラであるが、「背徳の女神」のように記憶と意思を継承しているわけではないらしい。


 「運命の乙女」は「背徳の女神」が復活した際に対抗する形で召喚される存在らしく。

 いうなれば混沌をもたらす存在に対するカウンター機能のようなものであり、その都度その都度で召喚されるため記憶の連続性はない。


 しかし、その時の状況に合わせて最良の存在が召喚されるため、記憶や意思の連続性は必要ないという。

 なぜそういう結論になるのか根拠はわからないが、そういう事らしい。


 とにかく、今この異世界では「背徳の女神」が復活し、それに対抗するため「運命の乙女」が召喚された。

 カフェで聞き耳を立てて盗み聞きした限りではそういう状況のようだ。


 「背徳の女神に運命の乙女ね……女神ってまさかてめーのお仲間じゃないだろうな?」


 疑いの眼差しをカグに向けるが、しかし神を自称するカラスは皿の中のエサを突きすぎて顔中に食べ残しをつけまくったマヌケ面でゲップをすると。


 「そう勝手に名乗っ取るだけじゃろ? そもそも神なら同一世界で転生を繰り返す必要はあるまい?」

 「……聞かれても神の事情も常識もわからんわ」


 ため息をついてコーヒーを一気に飲み干す。

 そして考える。


 「背徳の女神」か「運命の乙女」どちらかは異世界転生者、転移者、召喚者だろう。

 普通に考えて背徳の女神が転生者で運命の乙女が召喚者。

 そして流れ的に召喚者の運命の乙女が地球から召喚された異世界召喚者であるに違いない。


 しかし、確実にそうだとはまだ確証は持てない。

 何せこれはまだカフェで盗み聞きしたレベルの、この世界の常識程度の情報だからだ。


 確実にそうだと結論づけるにはもっと情報がいるし、背徳の女神に運命の乙女、それぞれを直に見て会って判断する必要もあるだろう。


 「まぁ、何にしても今後の行動目的ははっきりとしたな」


 そう言うと向かいの席で微妙な顔をしてコーヒーを飲み干したフミコがキョトンとした顔で聞いてくる。


 「どうするの?」

 「まずは運命の乙女か背徳の女神、どちらかを探し出して接触する」

 「会って大丈夫なの?」

 「探す上で情報収集も必要になるが、その段階で危険と判断したら接触せず遠巻きに確認するに留めるさ」


 フミコに説明するが、どうにもさっきからジト目で不服そうにこちらを見ている。

 名前から察するにターゲット2人が女性なのが気にくわないのだろう。


 ケティーとの毎朝の喧嘩もそうだし、前回の極寒の異世界ではフミコはアドラと仲良くなったものの、最初アドラが自分と握手するのを妨害して敵対心まで見せていた。

 自分と他の女性が接触するのが嫌なのだろう。

 典型的なまでの独占欲とも言える。


 そこまで想ってもらえて嬉しいのだが、それゆえに精神世界で無我夢中で自分がフミコに何を言ったのか思い出せないのがなんとも申し訳ない気持ちになってしまう。


 そう思っている時だった。

 カフェに何者かが入ってきた。


 その者は全身を黒いローブで覆っており、顔もフードを深く被って隠している。

 見るからに怪しいその者は、声をかけた店員も無視して一直線にこちらに向かって歩いてくる。


 そして、自分たちのテーブルの前まで来ると立ち止まって自分とフミコを一瞥するとフミコは無視して自分に話しかけてきた。


 「ねぇ、あなたがそうなの?」

 「は?」


 女性の声であったため、全身を黒いローブで覆った何者かは女性なのだろう。

 突然話しかけられた内容が「あなたがそうなの?」とは一体どういう事だ? ちょっとヤバイ人なのかな?

 混乱していると、向かいの席でフミコがキレてテーブルをバンと叩いて立ち上がり。


 「ちょっと!! あなたいきなり何なの?」


 と怒鳴るが、何者かはまったく気にせず無視している。

 そしてカグはいつの間にか姿を消していた。

 逃げたなあの自称神め……


 「すみません、一体何をおっしゃっているのかわからないのですが?」


 愛想笑いを浮かべて極めて慎重に聞き返したその時だった。

 店員が慌ててやってくる。


 「ちょっとあなた! こちらのテーブルのお連れさまですか?」

 「いえ、違います!」


 何者かが答える前に間髪入れず返答した。

 なんかやべー奴の臭いがする……店員さんに押しつけて申し訳ないが、何とか対処してもらいたい。


 「こちらのお客様は知らないとおっしゃられてますが? トラブルなら店の外でお願いします。勧誘なら店内でのそういった活動は禁止しております。どうぞお引き取りください」


 店員がそう言うと何者かはため息をつくと黒いローブを脱いだ。

 すると店員が驚いた表情となる。


 黒いローブを脱いだ何者かは端整な顔立ちをした女性であった。

 フリフリのフリルがついた日本ではいわゆるゴシックファッションの部類にあたる黒いドレスを着ており、スタイルもスラっとしていて誰もが目を引く美しさであった。


 「名乗り遅れて失礼しましたわね。わたくしシャルル・スルブレフ・ハーヴェルと申します」

 「は、ハーヴェル家のご令嬢!?」


 店員はさきほどまでの態度とは打って変わって低姿勢となり平謝りしだした。

 どうやらこの女性、相当敵に回してはいけないタイプの貴族の娘らしい。


 そんなご令嬢が、この異世界に来たばかりの自分に何の用だろうか?

 そう思っていると、シャルル・スルブレフ・ハーヴェルと名乗った女性は再び聞いてくる。

 核心に触れる部分を付け足して。


 「ねぇ、あなたが「()()()()()()()()()()」なの?」

 「!?」


 運命の乙女の取り巻きか? だと……?

 どういう事だ? この貴族のご令嬢は自分を運命の乙女の関係者と勘ぐってるという事か?

 いや待て……なぜ、そういう事を聞く?


 運命の乙女の取り巻きと勘ぐってる状況から考えられる答えは2つ。


 1つは運命の乙女の取り巻きと親しくなって運命の乙女に取り入ってもらおうという貴族的な勢力争い。

 そしてもう1つは運命の乙女の敵対勢力が運命の乙女陣営の力を削ぎ落としにきている……


 (あぁ、最悪だ……できれば異世界の事情に関わらずに転生者、転移者、召喚者を見つけ出すのがベストだっていうのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)


 「なぜそう思う? そう聞くって事は、てめーはもしかして背徳の女神の関係者か?」


 貴族令嬢にそう問いかけると、さきほど平謝りした店員含め店内の誰もが驚いた表情で彼女を見る。

 注目を浴びた貴族令嬢シャルル・スルブレフ・ハーヴェルはニヤリと笑うと。


 「えぇ、その通りよ……わたくしは「背徳の女神」直属の部隊「トリニティーブラッド」に所属しておりますわ」


 そう言って背中から刃物を取り出す。


 それは短剣。

 2本の平行するバーの間に渡された握りを持って斬り裂くよりも突き刺すという打撃方面に特化した武器、ジャマダハルだ。

 それを両手に握っている。


 「ふふ……これはほぼ取り巻きで確定ですわね?」


 そう言って右手に握ったジャマダハルをこちらへと突き出してくる。


 「こいつ! こんなところで!?」


 咄嗟に席から離れて椅子を盾にする。

 が、シャルルの刺突はあっさりと椅子を粉砕した。


 「まじかよ!?」


 椅子を破壊してまっすぐこちらに向かってくる刃先をかわすが、シャルルが続けざまに驚くべき速さで連続の突きを繰り出してくる。


 「この!!」


 なんとかギリギリでこれらをかわしながら反撃の機会を窺う。

 すると、横から銅剣を構えたフミコが割り込んできた。


 「かい君を傷つけるやつは許さない!!」


 フミコが銅剣をシャルルに振り下ろすが、これをシャルルは左手で握ったジャマダハルで受け止め弾き返す。


 「きゃ!?」

 「フミコ!!」


 体勢を崩したフミコだが、しかし続けざまに別の銅剣を取り出してすぐにシャルルへと攻撃を加える。

 これをシャルルはその場から距離をとって回避する。


 その隙にこちらも懐からアビリティーユニットを取り出しレーザーの刃を出す。


 「こんな非戦闘員が多くいる店内でいきなり戦闘はじめるなんて、さすが混沌を招く背徳の女神だな?」

 「ふふ、酷い言われよう……」


 シャルルはそう言って笑うと、次の瞬間には恐るべき速さでこちらに連続の刺突を繰り出してくる。

 これをなんとか受け流すがその速さについていくので精一杯だ。

 とても反撃の糸口を掴める状態ではない。


 しかし、その攻撃はフミコには向けられず自分にだけ集中していた。

 なので、横からフミコの横やりが入る。

 そう文字通り横やりだ。


 フミコが手にしていたのはさきほどまでの銅剣ではなく銅矛。

 シャルルに対抗して高速で攻撃を行うなら一点特化型の銅矛のほうが銅剣より素早く動かせる。


 フミコのその素早い銅矛の突きにシャルルも標的をフミコへと変更する。

 シャルルの意識がフミコへと逸れたその隙をついて、レーザーの刃をしまい銃身をグリップにセット。

 ハンドガンモードにしてすぐにシャルルへと銃口を向ける。


 悠長に照準を合わせている暇はない。

 そこまで待ってくれる相手ではないだろう。だからとにかく引き金を引いて撃ちまくった。


 「!?」


 フミコの攻撃への対処に気をとられたシャルルはそのままハンドガンの光弾をくらって後ろに吹き飛ぶ。

 まだ食事中だった客達のテーブルにぶつかってこれを倒し、床に倒れてシャルルの体中が客達がまだ食べきっていなかった食べ物や飲み物で汚れた。


 店内の客達はすでに悲鳴をあげながら店外へと逃げており、店員も厨房に避難して隠れており店内ホールには自分とフミコ、そして倒れているシャルルしかいない。


 そんな中、警戒を解くことなく倒れているシャルルに銃口を向け、フミコも銅矛の穂先をシャルルに向けていたが、当のシャルルは食べ物や飲み物で汚れた自らのドレスを見て笑いだした。


 「ふふふふ………あーっはっはは!! ほんとにもう、どうしてくれるのこのドレス? こんなに汚してくれちゃって弁償してくれるのかしら?」

 「仕掛けてきたのはそっちだろ? そんな事言われても知らないぞ?」


 そう言うとシャルルは「まぁ、そうよね」と呟くと起き上がって汚れたドレスを自ら破って脱ぎ捨てだした。


 「な、何してるんすか?」

 「ふふふ、こんなドレスじゃもう戦えないしね? だから衣装替え」


 そう言うと、どこからか無数のベルトが空中に飛び出してくる。

 そのベルトはまるで生きた蛇、もしくはウナギのようにうねうね動きながらシャルルの体に巻き付いていく。

 ドレスを脱ぎ捨て、体のラインがわかるピッタリとしたタイトな黒いインナースーツのようなもののみを纏っていたシャルルはそのインナースーツの上に何重にもベルトのようなものを巻き付けた格好となる。


 「さて、それじゃあ続きといきましょうか?」


 シャルルはそう言うとメタリックな野球の硬式球のようなものを懐から取り出し、それを前に突き出すと力一杯握りしめ、そして呟いた。


 「スチーム、オン」


 直後、メタリックな野球の硬式球のようなものからカチっと音がして、球から蒸気が噴出する。

 その蒸気はそのまま店内を飲み込んだ。

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