ココ救出奪還作戦 (8)
爆炎に包まれたバルコニーであったが、しかしすぐに煙は風に流されていく。
そして、煙が消えたバルコニーの入り口の前には重盾が立てかけてあり、寺崎歩美の姿はなかった。
そんなバルコニーの入り口前を人型のカブトムシは無言で睨む。
すると、重盾がガタっと動き、その後ろから寺崎歩美が姿を見せた。
「ゲホっゲホっ煙たっ!爆発が防げたのはいいけど煙たっ!!というか今の何?まじ死ぬかと思った……」
そう言って涙目で咳き込む寺崎歩美はひとしきり咳き込んだ後、ペっっと唾を吐き一息つくとアビリティーユニット・シールドモードを構え直し人型のカブトムシを睨む。
「こいつ、やってくれたな!飛ばしてきた球体を爆発させるとかビックリするわ。けど、なるほど……飛んでくる球体を何個か確保できれば爆発の威力は減るはず!これは確かに生存率にかかわるわ、未来人ちゃんが言う事も納得だわ」
そう言っていまだ動かない人型のカブトムシの腹部に目を向ける。
さきほど飛ばしてきた透明な球体は今は腹部にはなく、無防備な状態を晒している。
という事は今相手の懐に入り込み、腹部を攻撃するできれば致命傷を負わす事も容易いというわけである。
逆に言えばチャンスは人型のカブトムシが腹部の透明な球体をすべて飛ばした今しかないとも言える。
なので寺崎歩美は決断する。
(未来人ちゃんはできるだけ球体確保してって言ってたけど、これ確保しなくてもいけるんじゃね?要は爆発に巻き込まれなかったらいい話でしょ?)
そう考え、一歩踏み出し、アビリティーユニット・シールドモードを前面に押し出す形で人型のカブトムシに向かってタックルすべく駆けだす。
「うりゃぁぁぁぁ!!!吶喊っ!!」
しかし、寺崎歩美の動きを見た人型のカブトムシは姿勢を低くすると地面を蹴り、次の瞬間には寺崎歩美の背後に立っていた。
「なっ!?」
そして驚くべきことに、このわずかな時間のうちに人型のカブトムシはその腹部にほんの少しではあるが透明な球体を出現させており、そのわずかな透明な球体をためらわず宙へとばら撒く。
「こいつ!!」
それを横目で確認した寺崎歩美は慌てて体を捻って反転、透明な球体が爆発する前にアビリティーユニット・シールドモードを構えようとするが、それより速く人型のカブトムシが動いた。
透明な球体をばら撒いた直後、人型のカブトムシは寺崎歩美に背を向けるとそのまま右足に力を込め、ばら撒いた透明な球体が寺崎歩美の体全体をカバーできるタイミングを見計らい、振り向きざまに上段前回し蹴りを放ったのだ。
しかし、その上段回し蹴りは寺崎歩美本人を狙ったものではない。
狙ったのは寺崎歩美に向かってばら撒かれた透明な球体。人型のカブトムシが放った上段回し蹴りはそれらを破壊し、寺崎歩美がアビリティーユニット・シールドモードを構える前に大爆発を起こした。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
アビリティーユニット・シールドモードを構え、防御する事が出来なかった寺崎歩美は爆発に飲み込まれ、そのままバルコニーの端の柵まで吹き飛ばされる。
「がはぁ!?」
そして柵に叩きつけられ、その衝撃で大量に吐血し、床へと転がり落ち倒れ込む。
そのまましばし動けずにいたが、だが何とか力を振り絞って上半身を起こす。
「く……はぁ、はぁ」
何とか息を整えようとするが、しかし人型のカブトムシはそれを待ってやるほど甘くはない。
即座に腹部に少数の透明の球体を出現させると寺崎歩美に向かって飛ばしてきた。
「っ!!」
上半身を起こし、柵を手で持つ形で一息つこうとしていた寺崎歩美は透明な球体が背後に迫るのを感じると。
「回復盾!!」
「ディフェンダー」の異能のスタイルを防御盾仕様から回復盾仕様にチェンジした。
直後、ステータス値が回復盾仕様のものへと変化する。
とはいえ、寺崎歩美にそれをいちいち確認している余裕はない。そこまでのゆとりが彼女にはないのだ。
実際このスタイルチェンジも咄嗟に行った偶然の賜物であって、体に染みついた反射的なものでもなければ、経験則からくる判断でも勘でもない。本当にたまたまなのだ。
そう、寺崎歩美にはまだまだ経験というものが足りないのである。
だから見当違いな行動や手段を取ってしまう可能性ゼロではないのだが、今回に限っては正解であった。
回復盾、それは文字通り盾を装備する事によって回復に徹するスタイルだ。
盾による防御以外の行動を封じ、敵の攻撃の一切を引き受ける代わりに攻撃を受け止める度に自身が受けたダメージを回復する。条件をもっと厳しくすれば仲間も含めた全体回復も可能となるのだが、現在の状況ではこれは意味をなさないので現状では条件を厳しくする意味はないだろう。
何にせよ、寺崎歩美は回復盾にスタイルチェンジした事によって透明な球体の爆発をアビリティーユニット・シールドモードで受け止め一気に回復する事ができた。
おかげで、体も問題なく動くようになり、床を蹴ってその場からすぐに離脱、人型のカブトムシから距離を取る。
(くそ!あいつのスピードといい何なの?無茶苦茶厳しいんだけど?これ、歩美一人でどうにかできるの?)
そう思いながらも寺崎歩美は頭の中で色々と思考を巡らせる。
(とはいえ、あの爆発。球体の数が少なければ回復盾で問題なく防げるし回復もできる。なら、あいつの腹が透明の球体でいっぱいになる前に仕掛けてあいつに球体を飛ばさせられれば立ち回れるってわけか……回復盾はこちらの耐久値と攻撃を受けるたびに回復する量を上回るダメージをくらったら終わりだし、うまくダメージコントロールしないと……そうなると間髪入れずに仕掛けるべき?)
そんな事を考えていると人型のカブトムシが新たな動きを見せる。
それは腹部に透明の球体をひとつだけ出現させると、これまでのようにすぐには飛ばさず、そのひとつだけの球体を手でもぎ取って、足元に転がっていた爆発によって崩落した外壁の一部に埋め込んだのだ。
「は?一体何を?」
人型のカブトムシの行動を見て不審に思った寺崎歩美だったが、直後、人型のカブトムシによって透明の球体を埋め込まれた崩落した外壁の一部である瓦礫の表面に気味の悪い目玉とニヤリと笑う口が浮かび上がった。
その姿はまるで、某有名RPGに登場する自爆する岩石のモンスターを連想させるものであり、ニヤリと笑った表情の瓦礫はそのまま寺崎歩美に向かって突進してくる。
「は?え?何これ?なんか嫌な予感しかしないんだけど?」
そんな瓦礫を見て寺崎歩美が慌ててアビリティーユニット・シールドモードを構えた直後、瓦礫は大きくジャンプして寺崎歩美の目の前まで迫り、そこで自爆した。
目の前での自爆によって強烈な衝撃波と爆風に晒された寺崎歩美だが気にせず。
「やっぱり、ばくだ〇いわじゃないのー--!!!」
そう叫ぶと、回復盾が自爆の衝撃を受け止め、回復するのを待って行動に移る。
「ふざけんなこの!!」
爆炎と煙の中を突っ切って寺崎歩美は真正面から人型のカブトムシに向かていく。
素早くアビリティーユニット・シールドモードをパージし、剣のエンブレムを針で指してレーザーの刃を出し構えると、人型のカブトムシが何かする前にレーザーブレードの剣先を腹部に突き出す。
まだ人型のカブトムシの腹部には透明の球体は出現していない。
つまりは無防備に晒されている弱点に渾身の一撃を叩き込めたわけだ。
(勝った!!)
なので寺崎歩美はそう思ったのだが、しかし……
「っ!!」
寺崎歩美の一突きは人型のカブトムシの腹部を貫く事はできなかった。
なぜなら、まるで待ち構えていたように、透明の球体がひとつだけ腹部に出現していたからだ。
恐らくは数が少なければ少ないほど、透明の球体は一瞬で生み出せるのだろう。
そして、その透明の球体は見事に寺崎歩美の刺突を受け止めていた。
まさにたったひとつの透明の球体がピンポイントの盾となったのだ。
その事に寺崎歩美は驚愕し、そして即座に気付く。
(まずい!!まさかこれも爆発する!?)
直後、透明の球体は爆発して寺崎歩美を吹き飛ばす。
とはいえ、透明の球体がひとつだけだたおかげか、ダメージは軽微であった。
そして、それは弱点である腹部で爆発を引き起こした人型のカブトムシも同じである。
いや、同じではない。向こうにはかすり傷ひとつない。
それを見て寺崎歩美は理解した。
「なるほど、爆発反応装甲ってわけか」
爆発反応装甲、それは爆破効果によってダメージを減じる現代の戦車戦車の補助装甲だ。
そして、寺崎歩美は知る由もないが、カイトがアシュラとはじめて戦った際にカイトが使った手段でもある。
「まったく……全部一辺に飛ばして来たら大爆発、少数でも個別に投げても爆発、落ちてる瓦礫に埋め込んだら自爆モンスター生み出しちゃうし、お腹に残ってたら爆発反応装甲になるって何なのよそれ」
寺崎歩美はため息交じりにそう言うと。
(となると……やっぱり未来人ちゃんが言う様にあの球体をできるだけ確保しないといけないわけか。そりゃ生存率にかかわるわ)
レーザーの刃をしまい、アビリティーチェッカー上に浮かび上がった「ディフェンダー」のエンブレムを再び指しアビリティーユニットがアビリティーユニット・シールドモードに変化した。
だが、今回はさきほどまで使用していた重盾と違い片腕に装着し、防御面積も狭く、軽い素材の小型の盾であるバックラーのような外観をしている。
それは「ディフェンダー」の回避盾仕様を使用する際のスタイルだ。
それに合わせステータス値も回避盾仕様に変化する。
寺崎歩美は一息つくとバックラーを構え、人型のカブトムシを睨みつける。
「ぶっつけ本番でどこまでできるかわからないけど……生存率に関わるならやるしかないね」
人型のカブトムシも寺崎歩美を睨み、そして腹部に透明の球体を出現させていく。
そんな光景を見ながら寺崎歩美は考える。
(今あの球体を奪いに行っても意味ないか……さっきの感じだと無理にもぎ取ろうとしたら爆破させそうだし……やっぱり飛ばしてきた球体を爆発する前に確保するしかないか……回し蹴りで爆破させたり、何か衝撃を与えない限り爆破はしないんだろうし……けど、本当に飛んでる最中の球体を手にしても爆発しないの?うーん?)
リーナ(成長ギャル化版)はそこまでは教えてくれなかった。
だからここからは憶測で動くしかない。
だが、状況的に飛翔中に確保する以外に術はないように思える。
ならばやるしかない、寺崎歩美は腹をくくった。
(ぶっつけ本番だけど……ぶっつけ本番だけどやってやる!!やるかしかないんだ!!生存率をあげるために!!)
そして姿勢を低くして、いつでも駆けだせる準備をする。
それを見た人型のカブトムシは雄たけびをあげ、一瞬で腹部を透明の球体で埋め尽くし、それらを一斉に飛ばしてきた。
それを見た寺崎歩美は床を蹴って目にも止まらぬ速さで一気に駆ける。
そして、あっという間に人型のカブトムシが飛ばした無数の透明の球体をすべて確保してしまった。
回避盾、それはタンクでありながらも敵の攻撃を防御せずに回避する事に特化したスタイルである。
攻撃を受ける事は想定せず、すべて回避する事を前提としているため、ステータス値は極端なものとなり、特に防御力に関してはタンクにしてはあるまじき耐久値を犠牲にするという愚行を犯しているため、一発でも攻撃をくらえば即死ものだが、しかし当たらなければどうという事はない!というのが回避盾の信条であり、それを体現すべく素早さや反応速度のステータス値の高さは異常である。
そんな回避盾の速度を生かし、寺崎歩美は迫りくる無数の透明の球体を何かに触れて爆発する前に次々と確保していく。
確保した透明の球体は即座にリーナ(成長ギャル化版)から渡されたウエストポーチ型のアイテム収納ボックスにしまっていく。
このアイテム収納ボックス、収納できる最大容量は東京ドーム2000個分だというから驚いてしまうが、しかし冷静になって考えると東京ドーム2000個分の収納用量ってなんだよ、東京ドーム何個分って普通土地面積の時の目安じゃないの?
寺崎歩美はそんな事を考えながら黙々と透明の球体を確保し、アイテム収納ボックスの中に放り込んでいく。
そうしてすべての球体を確保し終えると、人型のカブトムシの後方に回り込んで足を止め鼻で笑ってみせた。
さきほどのお返しだと言わんばかりに。
それを見た人型のカブトムシは少し怒ったような表情をすると雄たけびをあげ、再び腹部に透明の球体を出現させ、一斉に飛ばしてくる。
だが、これらも寺崎歩美はすべて確保してしまう。
そうして、それからこの攻防が幾度も続いた。
おかげで寺崎歩美はかなりの数の透明の球体を確保できたが、そこである疑問が浮かぶ。
(うーん、できるだけ確保って未来人ちゃんは言ってたけど、もう十分じゃないかな?)
そう、慣れてしまえばどうという事はない作業であり、そして回避盾のスピードがあれば透明の球体をすべて確保した後で無防備な腹部への攻撃も安易にできそうな気がした。
だから、もう十分じゃないか?と思ったのだ。
そう、この人型のカブトムシ相手の生存率はもう十分に確保されているだろう。
だからもう倒しても問題ないんじゃないか?
寺崎歩美はそのように考えた、だが直後にある疑問が浮かぶ。
それは……
(いや、ちょっと待って……あの生存率って言葉は本当にこいつ相手の事だったの?)
そう、普通に考えば妙なのだ。
リーナ(成長ギャル化版)が見せた表情や態度、生存率という言葉から未来の世界では寺崎歩美には最悪の事態が待ち構えているのは間違いない。
それは言葉のふしぶしからわかる。
では、その最悪の事態は一体いつ起こるのか?
もし、この人型のカブトムシ相手に敗北し、死亡したのならば、そもそもリーナ(成長ギャル化版)は寺崎歩美の事を知らないはずなのだ。
そう、たとえ話を聞いていたとしても、寺崎歩美の顔は知らないはずである。
にも関わらず、リーナ(成長ギャル化版)は寺崎歩美を最初に見た時に驚いた表情をして、動揺した後に「おひさー」と言ったのだ。
つまりはリーナ(成長ギャル化版)の過去、今の時間軸の幼女であるリーナと寺崎歩美は面識があったという事になる。
寺崎歩美はここにくるまで幼女と知り合ってはいない。
つまりは今の時間軸の幼女のリーナとはこれから出会う事になる。
そして、リーナ(成長ギャル化版)が言った生存率という言葉……それが絡んでくるのはこれから先の出来事という事だ。
そう、今ではない。つまりは……
(未来人ちゃんはできるだけ確保してと言った……要するにそれって、これから先、歩美が生き残れるかはこの透明の球体をどれだけ確保できるかにかかってるって事だよね?)
人型のカブトムシは腹部全体に出現させた透明の球体をすべて飛ばしてもすぐに出現させる。
そして回避盾のおかげで現状問題なくそれらをすべて確保できている。
そして確保したそれを収納できるスペースも十分にある、つまりは……
(あのバケモノも球体を無限に生み出せるわけじゃないだろう。歩美だって体力が落ちてきたら確保できなくなってくるかもしれない。けど、まだ相手は球体を生み出せて歩美はまだまだ動ける……だったら!どちらかの限界がくるまで続けてやろうじゃないの!それが歩美の生存率に関わるっていうんだったら、やるしかないじゃない!!)
寺崎歩美は決意を新たに気合いを入れ直し、人型のカブトムシを睨む。
そして更に透明の球体を確保すべく駆けだした。
よろしければ☆評価、ブクマ、リアクション、感想などなどお願いします!