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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
17章:混沌の戦場

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混沌の戦場 (18)

 カイトに思い切り殴られた野村健太郎はそのまま勢いよく地面に倒れ込む。

 その際、殴られた勢いで何本かの歯が抜けてどこかへと飛んでいき、さらに血も大量に吐き出した。


 誰の目から見ても野村健太郎はすでに満身創痍であり、秘奥義失敗の代償によって内蔵の多くを持っていかれている事もあって、まともに起き上がる事もできない状態であった。

 しかし、そんな野村健太郎の元にカイトは駆け寄ると、そのまま馬乗りになって胸倉を掴み、上半身を持ち上げると、そのまま野村健太郎の顔を容赦なく殴りつける。

 そして、それは当然ながら一発では終わらなかった。


 「このクソッタレのクソリーマンがぁぁぁぁぁ!!!!」

 「あがぁ!? ぐ、ごはぁ!!」


 何度も何度も力いっぱい拳を握りしめ、怒りの感情をそのまま叩きつける。

 殴られるたびに野村健太郎は口から血を吐き、何本かの歯が地面へと零れ落ちる。


 カイトは怒りのままに野村健太郎を殴り続け、野村健太郎は殴られるたびに「ぐぁ"ぁ"」と悲痛な声をあげていたが、その声も徐々に小さくなっていき、やがてカイトが野村健太郎を殴る音と、血が地面へと飛び散る水音だけが周囲に聞こえる状態となっていく。


 ただ殴られ続けるだけの野村健太郎はすでにその目が死んだ魚の目となっており、顔は血とあざだらけ唇も切れて膨れ上がり、オールバックにきめていた髪型も今はボサボサ、メガネのフレームも原型を留めないほどに歪んでいた。

 そんな状態になってもなおカイトは馬乗りになった状態を維持し、野村健太郎を怒りのままに殴り続ける。


 「このやろう!! ココに何をしやがった!? さっさと言え!! 言えっつってんだろ!! 何黙ってやがんだ!! あぁ!? テイムできなかったからって腹いせにくだらねー事しやがって!! おいコラ!! 聞いてるのか!?」


 カイトの怒鳴り声に、しかし野村健太郎は何も言い返さない。いや、言い返せない。

 何かを言おうにも、容赦なくカイトが殴り続けてくるからだ。


 ゆえに野村健太郎は何かを言う事もできず、そして何も喋らない野村健太郎を見てさらにブチ切れるカイトに殴られ続けるという負のスパイラルが続いていた。

 そんな光景に耐えられなくなった早乙女音羽が。


 「健太郎さん……ダメだ、見てられない!! もう十分でしょ!! それ以上はやめて!!」


 意を決して止めに入ろうとするが、しかしすぐにフミコに止められる。


 「ねぇ、今かい君が尋問してるんだけど? 少し黙っててくれる?」


 カイトほどではないにせよ、フミコも誰の目から見ても相当に怒っているような表情でもって早乙女音羽の前に立ちはだかり、低いトーンでそう言い放つ。

 そのフミコの雰囲気に早乙女音羽は一瞬ビクっとしながらも。


 「あ、あんたねぇ! 何が尋問よ!! あんなのただの一方的な暴力じゃない!! これ以上は健太郎さんが死んじゃうでしょうが!! あんたも止めなさいよ!!」


 極めて平然を装い、フミコにそう言い放つが、しかしこれに対しフミコはため息をつくと。


 「ただの一方的な暴力? これ以上は死んじゃう? は? 何言ってるの? 仕掛けてきたのはそっちでしょ? それとも何? 自分たちは反撃されないとでも思ってたの? こっちに喧嘩ふっかけてきておいて、殴り返されたら被害者ぶるの? どんだけご都合主義なわけ?」


 そう言ってその手に銅剣を握り、早乙女音羽の喉元に剣先を突き付ける。


 「っ!!」

 「あのね、あたしもかなり頭にきてるんだけど? わかる? というか、こんだけやらかしておいて今更手打ちにしてくれってそれ通用すると思ってる? 普通は思わないんけどな?」


 フミコと早乙女音羽が対峙する中、早乙女音羽以外の野村健太郎の他の仲間と寺崎歩美は無言で事の成り行きを見守っていた。

 というよりか、早乙女音羽以外の他の男3人は何かを発言できるような空気ではなかった。

 そんな中、カイトに殴られ続けるだけだった野村健太郎が何とかかすかに声をあげる。


 「わ……わか……ゴホッ」

 「あぁ? なんだって!?」


 しかしすでにブチ切れ状態のカイトは怒鳴りつけながら殴るのをやめない。

 そんなカイトに野村健太郎は殴られ続けながらも言葉を紡ぐ。


 「わか……らない……俺に……も、わか……らない。あいつが……なん……で……俺……が……テイム……して……いた……連中を……引き連れて……さった……のか」


 そんな野村健太郎の言葉を聞いたカイトは、しかしさらに怒り心頭となる。


 「はぁ? わからないだぁ? ふざけてるのかてめぇ!! わからないってなんだ!? てめぇが使った異能だろうが!! てめぇが何かしらの結果を期待して、てめぇが発動した異能だろうが!! それをわからないだぁ? ふざけるのも大概にしろ!!」

 「そ……んな事、言われ……も……奪っ……ばかり……じゃ……何……が……起こ……る……かなんて……わか……」

 「あぁ!? ふざけんなよクソリーマン!! 奪ったばかりじゃどんな異能かわからないなんて、そんなの当たり前だろ!! 常識だろうが!! てめーは取説も見ずに機能満載の最新家電の性能すべてをAIなしで即座に把握できるのか? できねーだろうーが!! スマホだって操作方法は基本どれも同じでも機種やOSが違うだけでボタンだったりの細かな差異があるのは当然だろうが! その差異をてめーは調べもせずに前の機種と同じやり方で、アン〇ロイドと同じやり方で、ア〇フォンと同じやり方で新機種を操作するのか? それで何かおかしな設定になったりして取り返しがつかなくなったらどうするんだ? 普通はそうならないよう、まずは最低限の基本的な事は調べてから使うだろ! 違うか? でなきゃスマホに限らず機能満載の最新家電なんて怖くて使えねーだろ! てめーはそれをしないのか? 奪ったばかりじゃ何が起こるかわからない? 当たり前だ! なのにどうなるかもわかりもせずにてめーは呑気にチートだと安易な考えで意気揚々と異能の全容を知らないまま、疑問も持たず使ったのか? リスクを考えなかったのか? 失敗した場合を想定しなかったのか? 能天気にその結果に責任も持てないまま使ったのか!? どれだけ無能なんだてめぇ!!」


 カイトはそう野村健太郎に言い放ってからもう一度その顔に拳を叩きつける。

 もう一度殴られた野村健太郎はそのまま地面に頭をぶつけ、小さく唸り声をあげた。




 異世界渡航者は転生者・転移者・召喚者からその異能を奪い、行使する事ができる。

 それは他人から見える範囲の異能から、他人には見えない、本人にしか認識できない範囲の異能まですべてである。

 つまりは、他人には認識されていない、()()()()()()()()()()()()()()()()()も含めて、すべて余すことなく引き継ぐのだ。


 それは言うなれば弱点を増やすという事でもある。

 何も知らない他人には一見するとチートに見える、というかどう考えても反則な異能であっても、その発動条件だったり、それを行使するにあたって負うリスクだったりを考慮した場合に「さすがにそれは遠慮するわ」と、ついに口にしてしまう異能は少なくない。


 というよりノーリスク・ハイリターンなチートすぎる異能のほうが珍しいといえるだろう。

 大抵はチートとなる代わりにそれなりの代償を支払う事になる。


 そのリスクが何かを知ってからでないと、普通は怖くてチートすぎる異能など使えない。

 だからこそ、異世界渡航者は次の異世界にたどり着くまでに次元の狭間の空間で見極めるのだ、その異能が使えるかどうかを。徹底的に調べ尽くすのだ、どのようなリスクを孕んでいるのかを。


 その上で、リスクがあろうと関係ないと判断すれば次の異世界からは使う。

 このリスクはさすがに看過できないと判断すれば使用はできるだけ控える。

 そうして考えなしに異能を使用し、制御不能な事態になる事を避けるのだ。


 しかし、これはあくまで奪った異能は一度次元の狭間の空間に戻ってアビリティーユニットをメンテしないと使えないという制約があるから冷静に行えているという側面もある。

 量産型(まるよん)のように出力は本来の8割になってしまうとはいえ、奪ったその場でその異能が使えるとなれば、異能の詳細を何も知らずとも必要に応じて行使しなければならない事態もありえるだろう。


 なればこそ、奪ったばかりの異能は慎重に行使しないといけないのだ。

 ただ単に、転生者・転移者・召喚者が使用していたのを見て、それがチートだったから奪って即使ったでは最悪、その場で命を落とす危険も孕んでいるのだから……




 「健太郎さん!!」


 早乙女音羽はカイトに殴られ、地面に頭をぶつけた野村健太郎を心配し、フミコに喉元に銅剣を突き付けられていようが気にせず野村健太郎の元に駆けつけようとするが、そんな彼女を見てフミコは大きくため息をつくと。


 「はぁ……かい君、もうそんな無能ほっといてココを追いかけよう。そいつに何を聞いても多分無駄だよ。だって自分が何をしたかもわかってないし、何かをする事もできないよ」


 そう言って早乙女音羽の喉元に突き付けていた銅剣を下げて、すぐに霧散させる。

フミコの言葉を聞いたカイトはしばらく無言で野村健太郎を睨みつけていたが、やがて馬乗りになっていた状態から立ち上がると。


 「そうだな……フミコの言う通りだ。こんな無能に割いてる時間はないな。ちょっと冷静さを欠いてたみたいだ、すまない。はやくココを追わないと」


 そう言って倒れている野村健太郎から離れ、フミコと寺崎歩美の元へと向かう。


 カイトが野村健太郎から離れ、フミコも特に邪魔をしなくなったのを見て早乙女音羽はすぐに野村健太郎の元へと走る。

 彼女に続き、他の男3人も同様に野村健太郎の元へと大慌てで向かう。


 そんな彼らをぼやける視界の中で確認した野村健太郎だが、しかし彼の脳内にはある言葉がずっと木霊していた。




 「能天気にその結果に責任も持てないまま使ったのか!? どれだけ無能なんだてめぇ!!」

 「かい君、もうそんな無能ほっといて……」

 「……こんな無能に割いてる時間はない」




 無能。カイトとフミコが野村健太郎へと発したその言葉がずっと頭の中で離れなかった。

 そして、それは野村健太郎の中のある記憶を呼び起こさせる。


 それは十数年前、新入社員だった頃の記憶……

 右も左もわからない社会人なりたてだった野村健太郎はがむしゃらに働き、必死に食らいつきながらも、ミスも多く、学生とまったく違う社会人のルールに戸惑っていた。


 そして時代は就職氷河期時代。非正規雇用が拡大し、数少ない新卒が上司から使えない即戦力と見下され、碌に教育もしてもらえなかった時代だ。

 教えてもらえてないのだからできなくて当たり前なのだが、しかし上司はそんな事気にせず怒鳴りつけてきた。


 「いつまでこんなミスしてるんだこの無能が!! 本当に使えないなお前は!! こんなやつを採用した人事のやつらの神経を疑うわ! 働けない無能はこの会社にいらねーんだよ!」


 その上司はことある事に自分を無能と怒鳴り散らしてきた。

 これが現代ならば、恐らくはその上司はパワハラで即クビが飛んでいただろう。

 だが、あの頃はそんな時代ではなかった。それが当たり前だった時代だ。


 誰に相談しても「怒られているうちはまだ期待されてるんだよ。期待されてなきゃ怒らないさ、何も言わず解雇になってる」と取り合ってもらえなかった。


 そんな苦しかったあの頃の記憶がふと蘇り、自然と野村健太郎の目からは涙がこぼれていた。


 「ぐ……ぐぞ……ぶざ……げや……がっ……で……」


 そう言いながら手で涙を拭おうとするが、しかし体が言う事を聞かない。

 そんな野村健太郎の元に早乙女音羽と他の男3人が駆けつけた時だった。

 彼らのすぐ近くにいつの間にか白亜が立っていたのだ。


 「「「「っ!!」」」」

 「めが……み……さま……」


 驚く早乙女音羽と他の男3人と違い、野村健太郎は申し訳ない気持ちで白亜を見るが、しかしそんな野村健太郎を見た白亜は。


 「まったく……何をやっているんだ貴様、失望したぞ」

 「っ!!」


 そう突き放すような言葉を言い放った。


 白亜は仮面を被っているため、どんな表情をしているかはわからない。

 だが軽蔑の眼差しを向けている事は容易に想像できる。

 そして、さきほどの白亜の言葉、それは野村健太郎の心を砕くのに十分であった。


 「めが……み……さま……お、俺……は」


 野村健太郎は白亜に弁明しようとするが、しかし白亜はこれを聞こうとはしなかった。


 「貴様はもう戻れ、これ以上ここで何かする事は許さん。まったく、別段仲良くしろとは言わないし、強制もしないが対立して抗争を起こすなんてもってのほかだ。まったく、今後に支障をきたすようなバカな真似をしやがって。関係をこじらせてどうする」


 ため息交じりにそう言うと、念押しするように野村健太郎を見て。


 「いいか? もう一度言うぞ? 貴様はもうこれ以上何かするな」


 そう言い残し、野村健太郎の返答を待たずにその場から姿を消した。


 「あ……あ……めが……み……さま……そ、そん……な」


 野村健太郎はまるで見捨てられたと言わんばかりの悲痛なうめき声をあげるが、早乙女音羽と他の男3人はそんな野村健太郎に何か気の利いた言葉をかける事はできなかった。




 白亜が去った後も、野村健太郎と早乙女音羽にその他の男3人はその場に留まっていた。

 本当なら白亜の指示通り、次元の狭間の空間に戻るべきなのだろう。

 しかし彼らはそうしなかった。


 ただ単に満身創痍の野村健太郎の容態を見て、どうすべきか迷っていたのか。それとも、ささやかな抵抗だったのか……

 いずれにせよ、彼らは今すぐには次元の狭間の空間に戻る気はない事は明白だった。


 そして、そんな彼らの事を見ている者がいた。

 その者はネイティブ・アメリカンがつけているような木彫りの仮面をつけており、その表情は窺えないが、しかし彼らを見てニヤリとした事は間違いないだろう。


 ネイティブ・アメリカンがつけているような木彫りの仮面をつけたその男は、懐から手のひらサイズの円形の石を取り出すと、それを木彫りの仮面の上にかざした。

 直後、ネイティブ・アメリカンがつけているような木彫りの仮面をつけたその男の姿が変化し、手のひらサイズの円形の石から音声が発せられる。


 『アステカ』


 そして、その姿がアステカ文明の戦士の姿へと変化する。

 とはいえ、その顔はネイティブ・アメリカンがつけているような木彫りの仮面に覆われたままでその素顔を覗く事はできない。

 そんなアステカ文明の戦士の姿へと変化した何者かは円形の石を懐にしまうと。


 「さて、それじゃスカウトしてきちゃいましょうかね? うふふ」


 そう言って野村健太郎たちの元へと近づいて行った。

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