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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
17章:混沌の戦場

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混沌の戦場 (11)

 魔王軍が迷宮を意図的に暴走させスタンピードを引き起こした今回の事件。

 これに対処するため、40人の召喚勇者すべてが招集され、総力戦とも言うべき大規模な城塞都市テルカ死守防衛戦が行われたわけだが、しかし40人の召喚勇者全員が同じ意思のもと城塞都市テルカのために集って戦っているわけではない。


 いや、城塞都市テルカというよりも、もっと大きな括り……いうなれば、この異世界の人類側というべきか。

 その人類側の意思とは真逆の思惑をもって集った召喚者も中にはいるのだ。


 そう、裏切者は当然いる。

 魔王軍側にそそのかされたのか、洗脳されたのか、あるいは人類側に不平不満、不信感を最初から抱いていたか……

 全員が全員、この世界の人々のために立ち上がろう! 力になろう! と思っているわけではないのだ。


 しかし、これは仕方がない事だろう。なぜなら彼らは本来であればただの学生……地球にいた頃はどこにでもいる普通の高校生だったのだ。

 しかも、何か特別な訓練を受けさせているわけでもない、日本の地方都市にあるごく普通の一般的な高等学校の一クラスの生徒たちだ。


 学校行事でのクラスの催しなどならいざ知らず、本来なら彼らに統一した意思などない。

 そう、いわば寄せ集めの集団なのだ。

 そんな彼らに、一枚岩になって見ず知らずの土地で、まったくの赤の他人のために一致団結して命を懸けて戦おう! なんてできるわけがない。


 だから、たとえ仲間であるクラスメイトの召喚勇者たちやこの異世界の人類側を裏切っていたとしても、彼を攻める事など誰にもできないのだ。

 そう、裏切者の彼……「テイマー」松野元気を。




 城塞都市テルカ近郊の迷宮、その入り口付近には魔王軍の野営テントが数多く設営されていた。

 そして、迷宮の入り口からは続々と本来なら迷宮の外にでは出てこない魔物たちがあふれ出し、その姿を陽の光の元へと現していた。

 そんな魔物たちに、魔王軍の魔導士たちが何かしらの魔術をかけて次々と強化していく。


 そうして強化された魔物たちは迷宮の外にあふれ出してきた時とは違って、統率された動きでもって列をなし、号令を待つように待機する。

 こうしてスタンピード第2派の準備は着々と進んでいた。


 そんな魔王軍の指揮を執っているのは魔王軍最高幹部のひとりヘイマン。

 彼は迷宮の入り口付近に設営されたテントの中でもっとも入り口から遠く、もっとも大きく豪華なテントの中で豪華な椅子に腰かけ、ふんぞり返っていた。

 誰もがヘイマンに恐れをなして近寄らない中、しかし一人の人間が許可も取らずテントの中へと入っていき、あろうことかヘイマンの前にズカズカと進んでいく。


 「おい! なんだ貴様!! 止まれ!!」


 ヘイマンがふんぞり返っている椅子の両サイドには槍を持った衛兵がおり、2人は槍を前へと突き出して交差させ、無遠慮にヘイマンへと近づく人間を制止した。

 しかし、そんな衛兵たちにヘイマンは手をひらひらさせると。


 「構わん、そいつは俺の客人だ」


 そう言ってニヤリと笑う。

 2人の衛兵は顔を見合わせ、困惑しながらも槍を収める。

 それを確認してから、無遠慮にヘイマンに近づいてきた人間は口を開いた。


 「なんだ? 僕の事まだみんなに言ってなかったの?」


 それを聞いたヘイマンはふんぞり返っていた姿勢から前かがみになって両膝に両肘をつき、手の甲に顎を乗せると。


 「こっちにも色々あんだよ。それよりも……首尾は上々か?」


 そう言って口元を歪ませた。

 これを聞いた人間は。


 「もちろん、いつでも招待できるぞ。テルカの中枢にな?」


 そう言って不敵に笑う。

 そんな彼を見てヘイマンは狂気に顔を歪めた。


 「よろしい! さすが俺の客人だ! 本当に魔王軍の誰よりも頼りになるな松野元気!! 今回の一件が成功した暁には俺が直々にお前の幹部入りを魔王様に推薦してやろう」

 「そう言ってくれるとありがたいよヘイマン。こっちもみんなにバレずに頑張った甲斐がある」


 そう言うとヘイマンの前に現れた人間、裏切者の「テイマー」松野元気もヘイマン同様に狂気に顔を歪ませる。

 そして、魔王軍幹部のヘイマンと彼の部下である数名の魔族を城塞都市テルカの内部へと手引きすべく、松野元気は行動を開始した。




 「テイマー」松野元気は「勇者」一条昴の事が嫌いであった。

 それはこの異世界に来る前、日本にいた頃からずっとだ。

 理由は簡単、松野元気の想い人である伊集院幸子が一条昴と恋仲だったから……よくある好きな女の子を取られた恨みだ。


 とはいえ、一条昴には松野元気に嫌われているという自覚はない。当然だ。

 何故なら松野元気は一条昴に伊集院幸子を取られたと悔しがるほど、伊集院幸子と仲良くはない。

 いや、まともに話した事すらないのだ。同じクラスとはいえ、彼女に名前を覚えてもらえているかすら怪しいだろう。


 一方で、一条昴は伊集院幸子とは中学の頃からの知り合いで、入学当初から仲もよく、誰の目から見ても明らかに伊集院幸子は一条昴に惚れていた。

 そして、それは周知の事実だった。だから付き合う前から2人は公認カップルだったのだ。


 そんな一条昴と伊集院幸子の間に割って入ろうとする者は男女共にいなかった。

 誰も一条昴にアプローチをかけないし、伊集院幸子に言い寄り告白などしなかった。

 だから、二人は恋の障害などなく付き合う事が出来た。

 そんな2人がその事で自分が恨まれてるなど考えもしないだろう。


 そもそも松野元気は名前の割にクラスでは暗くて目立たない、影が薄い存在だった。

 伊集院幸子に話しかけられなかっただけでなく、一条昴とも真正面から対峙する事すらできなかったのだ。

そんな彼が何をどう言ったところでクラスの誰からも共感を得られる事はないだろう。


 そう、本当に伊集院幸子の事が好きで好きでたまらなかったのなら、積極的に話しかければよかったのだ。

 アプローチをかけて、告白なり何なりすればよかったのだ。

 本当に伊集院幸子を取られたくなかったなら、クラスの空気など無視して、一条昴に宣戦布告すればよかったのだ。

 自分も伊集院幸子の事が好きだから、お前には負けない! と言ってやればよかったのだ。


 しかし、結局彼はそれをしなかった。

 暗くて目立たない、影が薄い存在だった彼にはそれをするだけの勇気がなかったのだ。度胸がなかったのだ。表舞台の土俵に立つだけの気合いが出せなかったのだ。


 だから、本来なら彼に一条昴を恨む資格はない。

 しかし、彼は手にしてしまった……召喚された異世界で、その力を……




 「テイマー」松野元気の手にしたスキルは魔物を使役(テイム)する力だ。

 これにより、彼はまだまだクラスの皆がレベルの低かった頃であっても強力な魔物をテイムし、それなりに戦う事ができた。

 いわゆる人間と魔王軍との戦いの最前線に立ち、食らいつくことができたのだ。


 そして、それは「勇者」一条昴と「法術師」伊集院幸子と肩を並べて戦う事を意味する。

 そうすると自然と伊集院幸子は松野元気の名前を覚えた。仲間として気にかけるようになった。

 話しかけてくれるようになった。自分がテイムした魔物を「かわいい」とかわいがり、笑いかけてくれるようになった。

 旅の途中で何かお気に入りのかわいい魔物をみつけたら「テイムして!」と懇願してくれるようになった。

 滞在した街で中々懐いてくれない野良猫がいたら、テイムして懐かせてくれるようにせがんでくるようになった。


 自分は彼女に頼られてる! 欲されてる! 必要とされている!

 そう思うと嬉しかった。

 心が満たされた。


 しかし同時に嫉妬した。

 どれだけ自分が求められても、それ以上に彼女は一条昴を求め、頼り、欲し、必要とした。

 そして、どうやっても一条昴には敵わなかった。


 当然だ。何せ自分はただの「テイマー」、しかし彼は「勇者」だ。

 何をどうしても敵うわけがない。

 そして自分は、彼女が好む魔物を「テイム」できるから彼女に必要とされているだけ……

 言うなれば、彼女が欲しているのは自分ではなく、自分が「テイム」した「魔物」なのだ。


 それに気づくと、一気に馬鹿らしくなった。

 自分の価値って一体なんだ?

 彼女にとって自分は何なのだ?


 そんな時だった。

 松野元気は新たなスキルを手にする。

 それは「従魔契約」、これまで以上により強力な「テイム」を行えるようになったのだ。


 これまでも自分より強い魔物を「テイム」できたとはいえ、限度はあった。

 あまりにも巨大で狂暴なモンスターは「テイム」できなかった。


 しかし、新たに目覚めた力はこれを可能にした。

 そして、「テイム」できる範囲はそれだけにとどまらない。

 魔物に限定されず、魔族や亜人族も使役できるようになったのだ。


 とはいえ、それをするには様々な条件をクリアしないといけないが、面倒なそれらをクリアさえすれば魔族を自由に「テイム」できる。

 つまりは魔王軍側に内通者を作る事ができるのだ。


 この事に松野元気は驚き、興奮したが、それ以上にもっとも興味を引いたのが最大で5回しか使用できないものの、最上級の強力な従魔契約が使える点であった。

 その最上級の強力な従魔契約とは「()()()()()()()()()()()()使()()()()()」というとんでもないものだ。


 どんな魔族であっても……そう、つまりは()()()()()()()()()()()()()

 この事実に気付いた時、松野元気は人類側で必死に命がけで戦う事のバカらしさを悟った。


 それはそうだろう。何せ「魔王を使役」できるのだ。

 それはつまり、自分がこの人類と魔族の戦争を終わらせる事ができる事を意味している。

 何せ魔王を「テイム」できればただ命じればいいだけなのだ、「人と戦う事を止めよ」と……

 ただそれだけで、この戦争は終わる。終わらせる事ができる。


 そう、「勇者」ではなく、「テイマー」の自分が!


 しかし、そうするには様々な条件をクリアして魔王を最上級の強力な従魔契約できる状態にしなければならない。

 そして、魔王にたどり着くまでに5回しか使えない「最上級の強力な従魔契約」の残数を残しておかなければならない。


 中々に厳しい事は確かだが、これを成し遂げた暁には伊集院幸子はきっと自分を見てくれるだろう。

 そんな淡い期待を抱き、何ならテイムした魔王に一条昴を殺させて、傷心した伊集院幸子を癒めて自分のものにしてもいいかもしれない。


 そんな野望を抱き、松野元気は密かに行動を開始する。

 そして、彼は魔王軍最高幹部の一人であるヘイマンを「最上級の強力な従魔契約」で「テイム」したのだ。

 残る回数は4回。うまくいけば残りの幹部もあと数名ほど手駒にできるだろう。


 そうして数々の謀略を巡らせ、様々な経緯を経て、松野元気は今ヘイマンにスタンピードを引き起こさせ、そして彼と彼の部下を城塞都市テルカの中枢に招き入れようとしている。

 次なる魔王軍幹部の懐に入り込み、彼を「最上級の強力な従魔契約」で「テイム」するために……


 「もうすぐだよ、待っててね伊集院さん……もうすぐ僕のものにしてあげるから」


 松野元気は狂気に顔を歪めながら魔族たちを引き連れ、城塞都市テルカの内部へと繋がる秘密の抜け穴に足を踏み入れる。

 魔王軍幹部のヘイマンをはじめ、魔族たちがその存在すら知らなかった抜け穴に驚く中、松野元気は足早に抜け穴を抜け、城塞都市テルカの中に入る。

 隠し通路の入り口を隠していた扉を開け、路地に出て……その光景が目に飛び込んできた。


 「は?」


 思わず呆気に取られてしまった。

 一体どういう状況だろうか? 見知った顔のクラスメイトが数名の集団に囲まれて、殺されていた。


 その殺されたクラスメイトは支援職の男子、片岡だ。

 確か好きな女子が弓使いのスキルに目覚めたため、彼女をサポートすべく現地人の仲間とパーティーを組んでいたはずだ。

 その片岡がなんでひとりで見ず知らずの連中に取り囲まれ、殺されてるんだ?


 しかも殺した相手の着ている服装は……


 「スーツ? いや、まさか……この世界にその服装はなかったはず。という事は僕たちの他にも召喚された人たちがまだいたのか?」


 松野元気が疑問を口にした時だった。

 スーツを着た男がこちらに気付き、眼鏡をくいっと持ち上げ口元を歪ませ。


 「どうやら回ってきたツキはでかいようだな? こうも連続で向こうから来てくれるとは探す手間が省けて助かる」


 そんな事を言って、松野元気にレーザーの刃を向けた。

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